日々の僕たち
「俺は確かに聞いたんだ」
「隣の部屋の二人が」
「話し合う声を」
あれは
一月前のこと。
「あちぃー」
何だってこんなに暑いんだ
まだ七月なのに今年はどうかしてるぜ。
おっと、ドリンクの自動販売機 発見
早速スポーツドリンクを買おう。
俺はスポーツドリンクのボタンを押して、IC カードを読み取り機にかざした。
「ピッ! ゴロンゴロン」
「冷てぇー」
俺は出てきたペットボトルを首筋に当てた
暑さでボンヤリしていた 頭が、だんだんとハッキリしてくる。
やべ 会社への定時報告 忘れてた。
俺は首と肩でペットボトルを挟むと
スマホを取り出し
メールを打ち込み始めた
頭が斜めになっているので少し打ちづらいけどね。
報告が遅れたのは
取引先との話し合いが白熱していたためと言う事にしておこう。
後は、
特に成果はありませんでしたが
自分にとって良い経験になりました
明日は今日以上に頑張ります。
こんなところでいいだろう
んじゃ、送信と。
スマホをしまって 日陰に入る
ドリンクのキャップを開け 一口飲む
「ふーっ」
生き返るようだ
もちろん 今まで死んでた訳じゃないけどさ
例えだよ、た·と·え。
しばらく飲んでいると鞄の中でスマホのバイブレーションが響いた。
さっきのメールの返信だな
スマホを取り出し 確認
やはり 上司からのメールだ。
「暑い中 ご苦労だった」
「今日はそのまま帰ってもらって構わない」
「明日は出社前に少し寄り道をしてくれ」
「新しい取引先に挨拶をしておいて欲しい」
「詳しい事は またメールを送る」
ヤッタ!
正直な話しこれから会社へ戻ると思うと気が重くなっていたところだ
だってさ
この暑さだぜ
早く帰って冷たいビールでも飲みたいだろ。
そうと決まれば。
俺はスマホで最短の帰宅ルートを
検索する
バスを二台乗り継げば四十分で帰宅できるぞ
それでは早速
一台目のバス停はここから歩いて五分か
俺は ドリンクを飲み干すと
バス停へ向かって歩き始めた。
さてと、帰ってきましたよ 我が家へ
まぁ築三十年のボロアパート なんだけどさ
内装は リフォームされていてエアコンだって付いている
これで、なかなか 住み心地がいい。
ただ一つ。
最近 異臭がすることを除いてはね。
異臭の元は隣の部屋
今年に入って 若夫婦が引っ越してきた部屋だ。
引っ越しの挨拶に来た二人は感じの良さそうな若者で
壁越しに互いを気遣う 声が聞こえる事はあっても
夫婦喧嘩の声は聞いた事がない。
仲がいいんだな〜羨ましい。
俺はいつまで 独り身なんだろう
そんな事を考えたりもしました。
その若夫婦の部屋から 異臭がする
そういえば最近、朝のゴミ出しで
顔を合わせる事がなくなった。
汚部屋?
いやいやそれはないだろう
今まで、きちんと ゴミ出しをしていたのに
ゴミを出さなくなる理由が見当たらない
きっと ゴミを出す時間帯が変わったんだろう。
だとすると一体何の臭いだろうか。
ユニットバスでシャワーを浴びて
さっぱりしたところで
冷蔵庫へ向かう
何を隠そう トランクス 一丁だ
まぁ隠すほどの事ではないけどさ
一人暮らしの気楽なところだよね。
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをラッパ飲み
「ゴクゴクゴク、ぷはー」
やっぱこの季節、一番旨いのは冷たい水 だよな〜
そして。
おっと、こいつを忘れちゃいないぜ
冷えた缶ビール!
プシッ!
「グビッグビッグビッ、うまー!」
近所のスーパーで買った弁当を電子レンジで温め、エアコンの効いた部屋で
「いただきま〜す!」
さて、どこから手を付けようか
迷い箸は行儀が悪いけどさ
一人なんだから大目に見てよ〜
よし、先ずは鯵フライからだ
「んっ!」
「サクサク」
「もぐもぐ、ゴクン」
こ、コレは! 衣は口当り軽やか
身はふっくら肉厚でしっとり
噛みしめるごとに鯵の旨味が
広がって行く····
平のサラリーマンが
こんな贅沢をしていいのだろうか
いや、スーパーマーケットは庶民の味方だ
ヨンキュッパでこの味ならば
問題ない。
さて次はと。
「ん?」
今、隣の部屋から何か聞こえたぞ
俺は不謹慎ながらも耳を澄ませた。
しーん····
何も聞こえない
どうやら 気のせいのようだ
そう言えば、最近お約束の
「はい、あなた」
「うん、美味しいよ」
二人で食事中のやり取りが聞こえてこない
羨みながらも、心和む 時間だったんだけどな〜
さてと
夕ご飯を食べ終えて
会社からのメールをチェック
上司の指示に従い
明日の準備を整えてと
新しい取引先は少し遠方に有る
挨拶を済ませてからの出社は昼頃になるのか。
スマホを手に取りSNSを開く
社員共有のチャンネルに
明日の出社が遅れるむねを打ち込む
「これで良しと」
ちょっと待てよ。
俺が挨拶に行くと言う事は
担当は俺になるのか
この距離はかなりキビシイぞ
上司からのメールをチェック
担当者の件には特に触れていない
それでも
担当は自分に任せて下さい!
とか言って置いた方が得策か。
まぁ、これは明日出社してからだな。
「さてと」
歯を磨いたら
明日に備えて早く寝よう。
畳んであった布団を敷いて
エアコンはおやすみモードに設定
枕の位置を調節して
布団にゴロ寝
「おやすみなさ〜い」
おっと、明りを消してないや
スイッチをパチン!
あらためて
「おやすみなさ〜い」
目を閉じて、ウトウトしてきたころ
隣の部屋から何か聞こえる
なんだよ〜気になるなー
耳をすませば····
「お前、暑くないか」
「あなたこそ暑くないの」
「お前、暑くないか」
「あなたこそ暑くないの」
「お前、暑くないか」
「あなたこそ暑くないの」
延々と続く二人の会話。
何なんだよ、暑かったらエアコン
使えばいいだろう
まったく、明日は早いのに
俺はタオルケットを頭から被る
それでも微かに聞こえてくるが
気にしなければ済む事だ。
その晩は
何とか眠りについた。
隣の部屋の二人の会話は
次の晩も
また次の晩も
そのまた次の晩も続いた。
初めこそ鬱陶しかったけどさ
不思議な事に
あの会話が聞こえてくると
自然と眠りに落ちていた。
なんて言うか、聞いていると
心地よくなってくるんだ。
そんな日々が続いた八月の休日
朝から隣の部屋が騒がしい。
別に例の若夫婦が喧嘩とかしている訳ではなく
人の出入りが激しいんだ。
俺は玄関へ向いドアを開けた
すると目の前には警察官が立っていた
警官もコチラに気が付き、二人の目が合った
ちょうどいい何が起きたのか聞いてみよう。
「ずいぶんと騒がしいですけど」
「隣で何か有ったんですか」
すると警官は
「お騒がせして申し訳ありません」
「詳しいお話は当アパートの管理者から後ほど有ると思います」
「お急ぎで無ければ」
「部屋にお戻りいただけませんか」
帽子を取って俺にお辞儀をした。
うむぅ、仕方が無い
ここは引き下がる他ないか。
「ご苦労様です」
俺は警官に挨拶して部屋に戻った。
ドタバタは昼過ぎまで続き
夕方になると大家さんが訪ねてきた
「今日は悪かったね」
「刑事さんも一緒だけどイイかな」
イイも何も、わざわざ訪ねて来るにはソレなりの理由が有るのだろう
追い返す訳にも行かない
「構いませんよ、どうぞ上がって下さい」
俺がそう言うと刑事は手帳を開いて見せた
これが例の! 初めて見たぞ。
「それじゃぁ失礼するよ」
大家さんは遠慮が無い。
「私はここで構いませんよ」
刑事は手帳を懐にしまいながら言った。
「何を遠慮してるんだい、減るもんじゃなし」
「サッサと靴を脱ぎな!」
大家さんは相変わらず強引だな。
刑事も従った方が得策と見たか、靴を脱いで部屋に上がって来た。
「どっこいしょと」
大家さんは部屋の真ん中にあぐらをかく
刑事は隣で正座だ。
俺が二人にお茶を出すと
大家さんが切り出した。
「隣のさ、若夫婦知ってるだろ」
「ええ、もちろん」
俺も座りながら答えた。
大家さんは続ける
「家賃をさ、滞納してたから 今朝 取り立てに行ったんだ」
「ピンポン押しても出て来ないし」
「あの臭いだろ」
「もしかしてと思ってさ」
「鍵使ってドア開けたらさ〜」
「二人して死んじまっててよ」
そこまで話すと、大家さんは
お茶をすすった。
「ここから先は私が話します」
刑事がそう言うと大家さんは
「そうかい、オレはもう疲れちまっててよ」
そう言ってお茶をすする。
「大家さんから聞いた様に、二人は亡くなっていました」
「あらかじめ言って置きますが事件性は有りません」
「検視の結果、死因は病死」
「現在病院からの連絡待ちですが」
「栄養失調、それと直接の死因は熱中症と見られます」
「栄養失調ですか、今時珍しい」
俺が口を開くと大家さんが
「いやな、金が無くて安い即席ラーメンばかり食べてる奴がさ」
「けっこう居るんだよ」
「もっと肉とか野菜を食べないと」
ズズー! お茶をすする。
俺もお茶を飲みたいけど
刑事が手を付けないので飲みづらい
おっ、手を湯呑みに伸ばしたぞ
ず、ずずずー
やった、お茶を飲んだ!
それでは俺も
ずずずー、ず、ずっ。
三人でお茶をすする。
「それにしても昨日の晩は」
「二人の話し声が聞こえてたのに」
「熱中症ですか怖いですね」
俺の話しで大家さんと刑事が顔を見合わせている
何だ? 俺、マズイ事言ったか。
大家さんが俺に問いかける
「何を話してたんだ」
「暑いとか何とか。エアコン故障でもしてたんですか」
俺が答える。
「故障なんかしてねえよ」
「もし壊れたらオレが業者に直させる」
「あの二人は電気代払えなくて止められたんだ」
「ついでにガスと水道もな」
大家さんから聞いた真実。
「それで一ヶ月近く我慢してたのか」
「どうして誰かに助けを求めなかったんだろう」
俺の話しを聞いて、二人はまた顔を見合わせている
「亡くなった二人の会話は、毎日聞こえていたのですか」
今度は刑事が聞いてきた。
「ええ、毎晩聞こえていました」
答えたは良いものの、どこか話しが噛み合わない。
「おいおい、いくら夏だからって」
「冗談は止めてくれよ」
「あの二人は一月前に死んでるんだぜ」
大家さんの話しに耳を疑う。
「いや、確かに二人の話し声が聞こえていました」
俺が反論すると、刑事が聞いてきた
「一体どの様な話しでしたか」
「お前、暑くないか」
「あなたこそ暑くないの」
「これが毎晩続いてました」
俺は聞いたままを答えた。
「うーん」
大家さんは一言唸ると
「オレもこの仕事長いからさ」
「ヨソから色んな話しを聞いてきたけどよ」
「まさかウチで起きるとはなぁ」
「参った参った」
そう言って平手で頭の後ろをペチンと叩いた。
認めたくないけど
やはり心霊現象なのかな
俺だってこんなの初めてだよ
参ったなぁ〜
隣の部屋が事故物件だなんて
この先、ろくでも無いヤツが入居してくるぞ。多分ね
だってさ家賃下がるだろうし
訳アリで普通のアパートに入居出来ないゴロツキまがいのヤツらにとっては絶好の物件だ。
「大方の事情は把握しました」
「あなたの体験した謎の現象に関しても」
「報告書に記載しておきます」
刑事は立ち上がると
「お茶、ごちそうさまでした」
「自分はまだ仕事が残っているので」
「これで失礼します」
そう言って部屋を出ていった。
「仕事つってもよ、隣の部屋に居るだろうから」
「なんか有ったら頼るといい」
大家さんはお茶を一気に飲み干して立ち上がる
「よっこらせと」
「ああ、それからよ」
「隣の部屋は一段落ついたら」
「リフォームするから、少しうるさくなるだろうけど」
「勘弁な!」
そう言い残して部屋を出た。
そうか
俺は一ヶ月近くも幽霊の声を聞いていたのか。
不思議と恐怖感はない
何しろ、あの声を聞きながら安眠していたのだから。
それから 数ヶ月後。
隣の部屋は見違えるようにリフォームされ
新しい 入居者もゴロツキなどではなく、大学の教授だ。
この部屋で起きた出来事を承知の上で入居したと言うのだから
少し変わり者なのかもしれない。
さて、そろそろ出社の時間だ
最近は少し肌寒く
あの夏の暑さが嘘のようだ。
あの若夫婦の声はあの日以来 聞こえてこない
大家さんが 念入りに 供養していたから、成仏できたのかな。
俺は空を見上げ、思わず つぶやく
「天国なんてあるのかな」
終
「隣の部屋の二人が」
「話し合う声を」
あれは
一月前のこと。
「あちぃー」
何だってこんなに暑いんだ
まだ七月なのに今年はどうかしてるぜ。
おっと、ドリンクの自動販売機 発見
早速スポーツドリンクを買おう。
俺はスポーツドリンクのボタンを押して、IC カードを読み取り機にかざした。
「ピッ! ゴロンゴロン」
「冷てぇー」
俺は出てきたペットボトルを首筋に当てた
暑さでボンヤリしていた 頭が、だんだんとハッキリしてくる。
やべ 会社への定時報告 忘れてた。
俺は首と肩でペットボトルを挟むと
スマホを取り出し
メールを打ち込み始めた
頭が斜めになっているので少し打ちづらいけどね。
報告が遅れたのは
取引先との話し合いが白熱していたためと言う事にしておこう。
後は、
特に成果はありませんでしたが
自分にとって良い経験になりました
明日は今日以上に頑張ります。
こんなところでいいだろう
んじゃ、送信と。
スマホをしまって 日陰に入る
ドリンクのキャップを開け 一口飲む
「ふーっ」
生き返るようだ
もちろん 今まで死んでた訳じゃないけどさ
例えだよ、た·と·え。
しばらく飲んでいると鞄の中でスマホのバイブレーションが響いた。
さっきのメールの返信だな
スマホを取り出し 確認
やはり 上司からのメールだ。
「暑い中 ご苦労だった」
「今日はそのまま帰ってもらって構わない」
「明日は出社前に少し寄り道をしてくれ」
「新しい取引先に挨拶をしておいて欲しい」
「詳しい事は またメールを送る」
ヤッタ!
正直な話しこれから会社へ戻ると思うと気が重くなっていたところだ
だってさ
この暑さだぜ
早く帰って冷たいビールでも飲みたいだろ。
そうと決まれば。
俺はスマホで最短の帰宅ルートを
検索する
バスを二台乗り継げば四十分で帰宅できるぞ
それでは早速
一台目のバス停はここから歩いて五分か
俺は ドリンクを飲み干すと
バス停へ向かって歩き始めた。
さてと、帰ってきましたよ 我が家へ
まぁ築三十年のボロアパート なんだけどさ
内装は リフォームされていてエアコンだって付いている
これで、なかなか 住み心地がいい。
ただ一つ。
最近 異臭がすることを除いてはね。
異臭の元は隣の部屋
今年に入って 若夫婦が引っ越してきた部屋だ。
引っ越しの挨拶に来た二人は感じの良さそうな若者で
壁越しに互いを気遣う 声が聞こえる事はあっても
夫婦喧嘩の声は聞いた事がない。
仲がいいんだな〜羨ましい。
俺はいつまで 独り身なんだろう
そんな事を考えたりもしました。
その若夫婦の部屋から 異臭がする
そういえば最近、朝のゴミ出しで
顔を合わせる事がなくなった。
汚部屋?
いやいやそれはないだろう
今まで、きちんと ゴミ出しをしていたのに
ゴミを出さなくなる理由が見当たらない
きっと ゴミを出す時間帯が変わったんだろう。
だとすると一体何の臭いだろうか。
ユニットバスでシャワーを浴びて
さっぱりしたところで
冷蔵庫へ向かう
何を隠そう トランクス 一丁だ
まぁ隠すほどの事ではないけどさ
一人暮らしの気楽なところだよね。
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをラッパ飲み
「ゴクゴクゴク、ぷはー」
やっぱこの季節、一番旨いのは冷たい水 だよな〜
そして。
おっと、こいつを忘れちゃいないぜ
冷えた缶ビール!
プシッ!
「グビッグビッグビッ、うまー!」
近所のスーパーで買った弁当を電子レンジで温め、エアコンの効いた部屋で
「いただきま〜す!」
さて、どこから手を付けようか
迷い箸は行儀が悪いけどさ
一人なんだから大目に見てよ〜
よし、先ずは鯵フライからだ
「んっ!」
「サクサク」
「もぐもぐ、ゴクン」
こ、コレは! 衣は口当り軽やか
身はふっくら肉厚でしっとり
噛みしめるごとに鯵の旨味が
広がって行く····
平のサラリーマンが
こんな贅沢をしていいのだろうか
いや、スーパーマーケットは庶民の味方だ
ヨンキュッパでこの味ならば
問題ない。
さて次はと。
「ん?」
今、隣の部屋から何か聞こえたぞ
俺は不謹慎ながらも耳を澄ませた。
しーん····
何も聞こえない
どうやら 気のせいのようだ
そう言えば、最近お約束の
「はい、あなた」
「うん、美味しいよ」
二人で食事中のやり取りが聞こえてこない
羨みながらも、心和む 時間だったんだけどな〜
さてと
夕ご飯を食べ終えて
会社からのメールをチェック
上司の指示に従い
明日の準備を整えてと
新しい取引先は少し遠方に有る
挨拶を済ませてからの出社は昼頃になるのか。
スマホを手に取りSNSを開く
社員共有のチャンネルに
明日の出社が遅れるむねを打ち込む
「これで良しと」
ちょっと待てよ。
俺が挨拶に行くと言う事は
担当は俺になるのか
この距離はかなりキビシイぞ
上司からのメールをチェック
担当者の件には特に触れていない
それでも
担当は自分に任せて下さい!
とか言って置いた方が得策か。
まぁ、これは明日出社してからだな。
「さてと」
歯を磨いたら
明日に備えて早く寝よう。
畳んであった布団を敷いて
エアコンはおやすみモードに設定
枕の位置を調節して
布団にゴロ寝
「おやすみなさ〜い」
おっと、明りを消してないや
スイッチをパチン!
あらためて
「おやすみなさ〜い」
目を閉じて、ウトウトしてきたころ
隣の部屋から何か聞こえる
なんだよ〜気になるなー
耳をすませば····
「お前、暑くないか」
「あなたこそ暑くないの」
「お前、暑くないか」
「あなたこそ暑くないの」
「お前、暑くないか」
「あなたこそ暑くないの」
延々と続く二人の会話。
何なんだよ、暑かったらエアコン
使えばいいだろう
まったく、明日は早いのに
俺はタオルケットを頭から被る
それでも微かに聞こえてくるが
気にしなければ済む事だ。
その晩は
何とか眠りについた。
隣の部屋の二人の会話は
次の晩も
また次の晩も
そのまた次の晩も続いた。
初めこそ鬱陶しかったけどさ
不思議な事に
あの会話が聞こえてくると
自然と眠りに落ちていた。
なんて言うか、聞いていると
心地よくなってくるんだ。
そんな日々が続いた八月の休日
朝から隣の部屋が騒がしい。
別に例の若夫婦が喧嘩とかしている訳ではなく
人の出入りが激しいんだ。
俺は玄関へ向いドアを開けた
すると目の前には警察官が立っていた
警官もコチラに気が付き、二人の目が合った
ちょうどいい何が起きたのか聞いてみよう。
「ずいぶんと騒がしいですけど」
「隣で何か有ったんですか」
すると警官は
「お騒がせして申し訳ありません」
「詳しいお話は当アパートの管理者から後ほど有ると思います」
「お急ぎで無ければ」
「部屋にお戻りいただけませんか」
帽子を取って俺にお辞儀をした。
うむぅ、仕方が無い
ここは引き下がる他ないか。
「ご苦労様です」
俺は警官に挨拶して部屋に戻った。
ドタバタは昼過ぎまで続き
夕方になると大家さんが訪ねてきた
「今日は悪かったね」
「刑事さんも一緒だけどイイかな」
イイも何も、わざわざ訪ねて来るにはソレなりの理由が有るのだろう
追い返す訳にも行かない
「構いませんよ、どうぞ上がって下さい」
俺がそう言うと刑事は手帳を開いて見せた
これが例の! 初めて見たぞ。
「それじゃぁ失礼するよ」
大家さんは遠慮が無い。
「私はここで構いませんよ」
刑事は手帳を懐にしまいながら言った。
「何を遠慮してるんだい、減るもんじゃなし」
「サッサと靴を脱ぎな!」
大家さんは相変わらず強引だな。
刑事も従った方が得策と見たか、靴を脱いで部屋に上がって来た。
「どっこいしょと」
大家さんは部屋の真ん中にあぐらをかく
刑事は隣で正座だ。
俺が二人にお茶を出すと
大家さんが切り出した。
「隣のさ、若夫婦知ってるだろ」
「ええ、もちろん」
俺も座りながら答えた。
大家さんは続ける
「家賃をさ、滞納してたから 今朝 取り立てに行ったんだ」
「ピンポン押しても出て来ないし」
「あの臭いだろ」
「もしかしてと思ってさ」
「鍵使ってドア開けたらさ〜」
「二人して死んじまっててよ」
そこまで話すと、大家さんは
お茶をすすった。
「ここから先は私が話します」
刑事がそう言うと大家さんは
「そうかい、オレはもう疲れちまっててよ」
そう言ってお茶をすする。
「大家さんから聞いた様に、二人は亡くなっていました」
「あらかじめ言って置きますが事件性は有りません」
「検視の結果、死因は病死」
「現在病院からの連絡待ちですが」
「栄養失調、それと直接の死因は熱中症と見られます」
「栄養失調ですか、今時珍しい」
俺が口を開くと大家さんが
「いやな、金が無くて安い即席ラーメンばかり食べてる奴がさ」
「けっこう居るんだよ」
「もっと肉とか野菜を食べないと」
ズズー! お茶をすする。
俺もお茶を飲みたいけど
刑事が手を付けないので飲みづらい
おっ、手を湯呑みに伸ばしたぞ
ず、ずずずー
やった、お茶を飲んだ!
それでは俺も
ずずずー、ず、ずっ。
三人でお茶をすする。
「それにしても昨日の晩は」
「二人の話し声が聞こえてたのに」
「熱中症ですか怖いですね」
俺の話しで大家さんと刑事が顔を見合わせている
何だ? 俺、マズイ事言ったか。
大家さんが俺に問いかける
「何を話してたんだ」
「暑いとか何とか。エアコン故障でもしてたんですか」
俺が答える。
「故障なんかしてねえよ」
「もし壊れたらオレが業者に直させる」
「あの二人は電気代払えなくて止められたんだ」
「ついでにガスと水道もな」
大家さんから聞いた真実。
「それで一ヶ月近く我慢してたのか」
「どうして誰かに助けを求めなかったんだろう」
俺の話しを聞いて、二人はまた顔を見合わせている
「亡くなった二人の会話は、毎日聞こえていたのですか」
今度は刑事が聞いてきた。
「ええ、毎晩聞こえていました」
答えたは良いものの、どこか話しが噛み合わない。
「おいおい、いくら夏だからって」
「冗談は止めてくれよ」
「あの二人は一月前に死んでるんだぜ」
大家さんの話しに耳を疑う。
「いや、確かに二人の話し声が聞こえていました」
俺が反論すると、刑事が聞いてきた
「一体どの様な話しでしたか」
「お前、暑くないか」
「あなたこそ暑くないの」
「これが毎晩続いてました」
俺は聞いたままを答えた。
「うーん」
大家さんは一言唸ると
「オレもこの仕事長いからさ」
「ヨソから色んな話しを聞いてきたけどよ」
「まさかウチで起きるとはなぁ」
「参った参った」
そう言って平手で頭の後ろをペチンと叩いた。
認めたくないけど
やはり心霊現象なのかな
俺だってこんなの初めてだよ
参ったなぁ〜
隣の部屋が事故物件だなんて
この先、ろくでも無いヤツが入居してくるぞ。多分ね
だってさ家賃下がるだろうし
訳アリで普通のアパートに入居出来ないゴロツキまがいのヤツらにとっては絶好の物件だ。
「大方の事情は把握しました」
「あなたの体験した謎の現象に関しても」
「報告書に記載しておきます」
刑事は立ち上がると
「お茶、ごちそうさまでした」
「自分はまだ仕事が残っているので」
「これで失礼します」
そう言って部屋を出ていった。
「仕事つってもよ、隣の部屋に居るだろうから」
「なんか有ったら頼るといい」
大家さんはお茶を一気に飲み干して立ち上がる
「よっこらせと」
「ああ、それからよ」
「隣の部屋は一段落ついたら」
「リフォームするから、少しうるさくなるだろうけど」
「勘弁な!」
そう言い残して部屋を出た。
そうか
俺は一ヶ月近くも幽霊の声を聞いていたのか。
不思議と恐怖感はない
何しろ、あの声を聞きながら安眠していたのだから。
それから 数ヶ月後。
隣の部屋は見違えるようにリフォームされ
新しい 入居者もゴロツキなどではなく、大学の教授だ。
この部屋で起きた出来事を承知の上で入居したと言うのだから
少し変わり者なのかもしれない。
さて、そろそろ出社の時間だ
最近は少し肌寒く
あの夏の暑さが嘘のようだ。
あの若夫婦の声はあの日以来 聞こえてこない
大家さんが 念入りに 供養していたから、成仏できたのかな。
俺は空を見上げ、思わず つぶやく
「天国なんてあるのかな」
終