日々の僕たち

 「今度さ」
 アイツがいきなり口を開いた。

 「ん〜ん?」
 オレはアイスを咥えたままで返事。

 「サイクリングへ行かないか」
 アイツは青空に浮ぶ雲を見つめながら言った。

 「どうしたんだよ、今まで一度も誘った事は無かったのに」
 そうだオレはアイツの自転車趣味を知る数少ない友人だけど
 サイクリングに誘われた事は無かった。

 「たまにはイイだろう? 夏休みの思い出作りにさ」
 アイツは食べ終わったアイスの棒を見せながら。当たりと書いてある。

 「当たりか」

 「そう、当たり」
 「それでさ行く? 行かない?」
 
 「オレの家はママチャリしかないぞ」
 しかもオレのじゃぁ無い
 お袋のだ
 因みにアイスの先から覗く棒はハズレだな、食う気無くした。

 「自転車だったらボクのを貸すよ」
 「この間買った電動アシスト」
 アイツはオレの目を見つめる
 穏やかな視線だが瞳の奥は真剣だ。

 オレにとって大切な友だ
 リクエストには応えてやりたい
 ただ問題が一つ
 「どこまで行くんだ?」
 サイクリング未経験のオレにとって重要なポイントだ。

 「羽田空港だよ」
 アイツが答える。

 「羽田か、ココから二十Kmくらいかな」
 往復で約四十Km
 初心者にとっては少しキツイかなぁ。

 「キミにも無理の無いコースを選んであるよ」
 「因みに直線距離では無いから」

 「二十Km以上は有るのか」

 「そういうコト」
 アイツはしれっと答えた。

 「うーん」
 しばし考える
 電動アシスト自転車ねえ。

 「電動アシストは楽だよ」
 
 なっ! オマエなぜそれを
 読心術でも心得ているのか?

 「そんな訳ないか」
 そうだよな。

 「なんの事?」
 アイツが心配そうな顔で聞いてくる。

 「いや、すまない」
 「コチラの事だ」
 そうオレの馬鹿げた妄想だ。

 「どうする、サイクリングは中止にする?」
 アイツが更に心配そうな顔で聞いてくる。

 「いや、大丈夫だ」
 「せっかくプランを立ててくれたんだ」
 「一緒に行こう」
 そうだ、友情は大切にしないと。

 「ありがとう! これでネコの魂も天国へ行けるよ」
 アイツの顔がパッと明るくなる。

 「ネコの魂? 天国?」
 なんの事だろう。

 「この間、可愛がっていたネコが死んだ話しをしたろう」
 ふむふむ確かに聞いたぞ
 「お葬式が終わって、この子はどこへ逝くのだろう? そう考えたらさ」
 天国じゃぁないのか?
 「やっぱり天国かなって」
 そうだろう人懐っこい可愛いネコだったからな。

 「それで? 無事天国へ逝けたんじゃないかな」
 オレはそう思うぞ。

 「うん、ボクはそう思うけど」
 何やら神妙な面持ちだ。

 「何か有ったのか?」
 不安になって聞いてみた。

 「家族は、化けて出ないと良いけどとかさ」
 「葬式代にいくら掛かったと思ってるんだ? とかボクに言うんだ」
 アイツの瞳は潤んでいる。

 「そんな事が有ったのか」
 アイツは自転車でバイト代を散財してたからな
 家族の言い分も判らなくも無い
 でもよ
 ネコを一番可愛がっていた
 アイツに言う事か?

 「それでさ」
 「空への玄関って言うくらいだから」
 「空港へ行って」
 「ネコの魂を見送りたいと思って」
 アイツは鼻をすすると
 涙をハンカチで拭いて
 俺に言った。

 「それで羽田か」
 オレも少しウルッときたが
 二人して泣いても
 ネコは浮かばれない。

 「ゴメンね変な話しをしてさ」
 「こんなのタダの自己満足なのに」
 男とは言えアイツも人の子
 泣きたい時は我慢する事は無いし
 おセンチな話しも
 たまには悪くないぞ。

 オレはアイツの顔をシッカリ見て
 「ありがとうな!」
 偽らざる気持ちを伝えた。

 「急にどうしたの?」
 アイツはキョトンとしている。

 「オマエ独りでも羽田へ行くつもりだったんだろ」
 「個人的イベントに誘ってくれてよ、友としてこんなに嬉しい事はないぜ」
 我ながらキマった!

 「ボクの方こそ」
 「どうもありがとう!」
 「それよりも」
 アイツは苦笑している。

 「なんだ?って」
 「ゲッ! アイスがっ」
 食べかけのアイスは見事に溶けて
 オレの左手はベトベトだ。

 「はい、コレ」
 アイツはウェットティッシュを取り出し
 オレに渡した。

 「さんきゅっ」
 
 「どういたしまして」



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