日々の僕たち
我が国と隣国が長年抱えてきた領土問題····
互いの国の外交部の働きによって何とか均衡は保たれていたが、貧しい隣国からやって来る多数の難民は自分たちの暮らしが豊かになることだけを考え、ためらうことなく越境してくる。
我が国は難民は不法入国者と捉え、隣国へ追い返していたが国際連盟加入各国は難民は政治的迫害を受けていると言う立ち位置から、我が国への難民の受け入れを求めるが、実際はそのような迫害の事実は一切無く、国際連盟議会において我が国の総理がスピーチを行ったが加入国の2/3が退席するという辛酸を嘗めた。
事ここにおいて我が国の総理部は外交努力での問題解決は不可能と判断。
総理は内閣部を通して軍部に対し隣国への軍事侵攻作戦の立案を要請。軍部は当初難色を示していたが、国境沿いにある難民キャンプにおいて我が国の陸軍に対する爆弾テロが行われたことにより、国民感情が隣国に対する報復へと一気に傾く。
この件に関して隣国は我が国の自作自演だと非難する声明を発表するが、国際連盟の職員も巻き添えで犠牲になったことにより、国際連盟 議会において隣国への経済制裁が決定。
風向きが変われば····
隣国と国境を接する他国も、自国防衛の為に国境付近に軍隊を派遣。我が国も軍部の立案した戦争計画に基づき、国境地帯に軍隊を集結させ国境線を突破した。
当初 3ヶ月で終わると言われた戦争も、敵国 兵士の練度の高さによって一進一退を繰り返し、我が国の軍隊は多くの犠牲を出した。
それでも 粘り強く戦うことによって、少しずつだが敵国の首都へと進軍して行った。
戦争が始まってから2年と半年、我が軍は敵首都を射程にとらえていた。
そんなある日の出来事。
「ほら、さっさと荷物を纏めろ!」将校が喚き散らす。この地に本部を設営して5日目、やっと腰を据えた所なのに陣地転換。我軍が勝っている証しとは言え慌ただしいな。
「軍曹!柿崎軍曹は何方に!」誰かが俺を探している。辺りを見回すが、この騒ぎの中では見付け出すのは難しいだろう。仕方無い「ちょっと行ってくる、伊藤!俺が戻らなかったら先にトラックに乗ってろ!」
「了解であります」伊藤が応えると、側で荷物を纏めていた友部が「軍曹はどうするんで?」もっともだ、次の本部設営地は知らされていない。この広い大地で迷ったら野垂れ死にだ、それでも俺を探し回ってる者がいる。そいつに今会えない事の方が俺にとっては大問題だ。
「俺の事は気にするな!這ってでも後を追いかける!」友部と伊藤にそう告げると、俺は呼び声のする方へ急いだ。
移動のトラックへ向かう兵士達をかき分け、俺は声のする方へ向かう。人も疎らになって来た処に彼は居た。
「柿崎だが、呼んでいたのはお前か?」歳の頃は20歳そこそこ、小柄に不釣り合いな狙撃銃を担いだ2等兵に尋ねた。彼は俺と目が合うと安堵の表情を浮かべ「はい!そうです。良かった、人がどんどん居なくなって途方に暮れていたところです」そして「高井2等兵です、今日付けで軍曹の分隊に配属されました。よろしくお願いします!」ビシッと敬礼をされたが俺の分隊に配属?そんな話しは聞いて無いぞ。だが挨拶は返しておこう「柿崎だ、第2分隊の分隊長を務めている、よろしく頼む。ところで配属と言ったが」「はい、そうです!」「おかしいな、そんな話しは聞いて無いぞ」ここ数日の記憶を辿る····やはり覚えが無い。「高井と言ったな」彼は再び敬礼をして、はい!何也と御命令をと応えた。参ったな、これから先ずっとこの調子なのか?命令と言ったな、では早速「俺の前では敬語は止めろ、性に合わん。それと此処に置いて行く訳にも行かんからな、俺の部隊で面倒を見る。その代わりシッカリと仕事をしろよ」そう言って高井の狙撃銃に目をやると「村では猟師をしていて、兎から熊まで1発で仕留めてたんだ」鼻の下を指で擦りながら自慢気に語った。やれやれ、少し威かしてやるか「此処は戦場だ、人を撃った事は有るのか?」「村を襲撃した盗賊団を撃退した事が有る」成る程、腕前は確かなようだ。しかしな「何処を狙った?」「脚を狙った」そんな事だろうと思ったよ。俺は高井の眼を見詰め、人差し指で自分の頭を突きながら「狙うのはここだ」高井はゴクリと生唾を飲み込み「そんな事をしたら死んじまう」怯みながらも声を絞り出した。
その時「其処の2人!何をしているんだ、置いて行くぞ!」将校のガナリ声が聞こえた。「急ぐぞ!」俺は高井の腕を掴み取り走り出す「軍曹!僕一人でも走れます!」新兵が生意気な事を言う、黙って付いて····? 高井は俺に並び、そして追い抜いて行った。「コンニャロめ!」全力で後を追うが差は開くばかり「くっそー!」更に全力を出す。しかし先にトラックへ着いたのは高井だった「軍曹!急いで!」トラックへ乗り込んだ高井が俺を呼ぶ。成る程、野山を駆け巡った健脚と言う訳か「気に入った」トラックの荷台から差し出された高井の手を取って呟いた。
「何処へ向ってるんです?」トラックに揺られる事1時間半、高井が俺に尋ねる。参ったな、俺も知らないぞ?同乗している者達に聞いてみるが誰もが判らないと答える。仕方が無い雑嚢から地図とコンパスを取り出して行き先を調べてみる「ふむ、西へ向っている様だ。2日前に友軍が落した倉庫街が有る。目的地は其処だな」俺が調べ終えると車内が騷しくなる「やったな、屋根付きだぞ」「まともな食い物に有りつける」「脚を伸ばして眠れる」どいつもこいつも呑気だな、最前線だぞ?「高井、狙撃銃の手入れをしておけ」俺も自分の突撃銃をチェックする「戦闘が始まるんですか?」高井が不安気に聞いてくる。さっきは威かし過ぎたかな「大丈夫だ、俺の命令を聞いていれば良い」「軍曹はいつからこの戦争に?」俺にそれを聞くのか?まぁいい「開戦した時からだ。それに陸軍には25の時入隊した、伊達に修羅場をくぐっちゃいない、こう見えてもベテランだ」少し気恥ずかしいが、これで高井も落ち着くだろう。実際、高井の俺を見る目が変わった。何かキラキラと輝いている。少し効き過ぎたかな。
倉庫街に着くと既に作戦本部が設営されているようだ、検問所でトラックが止まる。俺は高井に、何が有っても動くなと指示を出す。高井はポカンとした顔をしていたが、直ぐに青ざめる。突撃銃を構えた兵士が2人、トラックの荷台に乗った俺達に向って狙いを定めた。高井は涙目で俺を見詰める「目を瞑っていろ」高井に向って囁くと、直ぐに目を瞑った。2人の兵士は荷台の兵士達に1人ずつ順番に狙いを付けて行く。最後は俺だ。「異常無し!」1人の兵士が声を張る。「失礼致しました」もう1人はこちらに向って敬礼をした。トラックは動き出し、本部へと入る。「おい、何時まで目を瞑っている」高井は目を開くと検問所の方を見ながら「毎回こんな事をされるんですか?」「此処は作戦本部だからな警戒は厳重だ。もしかして銃を向けられたのは初めてか?」俺の問いに対して高井は真顔で「当たり前です!しかも味方ですよ?」やれやれ、とんだ甘ちゃんだな。新兵ならば致し方無いか「中に入ったからと言って安心するなよ?憲兵が目を光らせているぞ」「憲兵ですか?」俺は一人の兵士を指差す「あの赤い腕章を付けた兵士だ。気を付けろ、目を付けられたら独房行きだ」「独房って····」高井は固唾を飲む。
トラックは広場に誘導されて、そこで停車。「さあ!皆んな降りるんだ!」曹長に促されて荷台から降りる。座りっぱなしだったから尻が痛いな。「軍曹!柿崎軍曹!」兵士が俺を呼んでいる、やれやれ今度は何だ「柿崎は俺だが」兵士に呼び掛ける「ああ、良かった最後のトラックに乗っていたのですね」「敬語は止めろ」「判った。大佐が呼んでいる、5番倉庫へ向ってくれ」兵士は軽くお辞儀をすると去って行った。「高井!」「何です?」「お前も付いて来い、倉庫の外で待ってろ」「はい、ところで軍曹、向こうの柵の中に居るのは?」高井が指差す方を見ると、柵の向こうに30人程の捕虜が居た。ちょうど良い「高井、良く見て覚えておけ。アイツらが敵だ、戦場で見たら迷わず撃て!」高井は1瞬俺の顔を見て何かを言いたそうだったが、はい!とだけ応えた「狙うのは何処だ?」俺の問いに、頭ですと小さな声で答える「聞こえない!もう一度!」「頭です!」そうだ、それでいい「いいか?奴らはお前を殺しに来る、手を緩めるな!確実に仕留めろ!」「はい!」返事はいいが戦場で使い物になるか?まあ、これからだな。
5番倉庫に着いた。倉庫街で1番大きな倉庫だ。扉は開け放たれていて、中では 大佐がテーブルの上に広げた地図を眺めながら、何やら考え事をしている「柿崎、入ります!」俺に気付いた大佐は両腕を広げて「おお、久しぶりだな、待っていたぞ!早速だがこれを見てくれ」大佐は広げた地図の解説を始めた「ここが 現在地点、この街道を通った15km先の街が最前線だ、 戦闘中だが苦戦している。そこで君の出番だ!第3、第5そして第8分隊の指揮権を与える、交通の要衝であるこの街を何としても落としてくれ!」大佐が俺の目をじっと見る。「街の南西に有るこの道を敵が補給路として使用している可能性は?」俺は街の近くの森から伸びる道を指さした「判らない偵察部隊からは何の連絡も無いんだ」偵察部隊は全滅したな····「判りました俺達が直接行って確かめます。敵がいれば戦闘に入って道を奪取。敵がいなければ、街へ突入 そのまま敵の背後を突きます」「そうか、君の事は頼りにしている。これ以上 戦闘を長引かせる事は出来無い、早速向かってくれ!」
作戦会議を終え倉庫を出ると既に各分隊が集結していた。
「伊藤、友部!」「軍曹!」互いに再会を喜び合う。そうだ「紹介したい者がいる、高井!前へ!」「高井2等兵です、宜しくお願いします!」各分隊員がざわつき始める。仕方がないフォローしておくか「高井はまだ若いが腕前は確かだ。安心して背中を預けられる!」実戦経験はまだ無いが、これぐらいのハッタリは必要だろう。「トラックの用意が出来ました」近寄って来た兵士が告げる「よし、第2、第3分隊そして第5、第8分隊に分かれてトラックに乗れ!」俺の号令で隊員達がトラックへ乗り込む。そしてトラックに揺られて検問所を通過、作戦本部の外に出ると車内が賑やかになりだした。気の緩みは即、死に繋がる。とは言え緊張しっぱなしでは上手く行く物も失敗しかねない。この辺りの塩梅が難しい所だな、指揮官としての俺の手腕が試される状況だ。それに現地に着く前にあらかた 作戦を考えておかなければならない。さて、どうした物かな····いや、待て待て俺が緊張してどうなる!立ち上がり荷台から前方を見ると、手前の林の向こうに煙が上がっている。
「随分と派手にやりあってますね」俺に気が付いた運転手が話しかけてきた。両軍ともに、ここいらが正念場だ。総力戦の様相を呈するのも無理はない。「少し先に見える立木の所で降ろしてくれ。その後は前線司令部へ行き、怪我した奴らを本部へ運んでやってくれ」「判りました。軍曹ご武運を」「やるだけやってみるさ」そう言って荷台を見ると俺と運転手の話を聞いていたのか、隊員たちは皆引き締まった顔で俺の方を見つめている。どいつもこいつも、いい面構えだ。伊達にここまで生き残って来た訳じゃない。高井のやつまで必死の形相だ。おいおい、無理をするなよ?
目標地点に着きトラックを降りると各分隊長を集めてブリーフィング。地図を広げて分隊ごとに作戦目標を指示。作戦に対する異論がない事を確認すると、15分間の休憩を与えた。「高井!俺とお前は何も食ってないだろう?」近寄ってきた高井にレーションを渡すと、その場に座り食事を始めた。高井も座って食べ始める。俺は高井に向かって地図を広げ、命令を伝える「街と森を繋ぐ道の間に茂みがある。道からは500mほど離れているが、ここから敵を狙えるか?」高井は直ぐ様「狙えます、この狙撃銃には高性能のスコープも付いていますし。任せて下さい!」高井をじっと見る「狙うのはどこだ?」「頭です!」「そうだ、それでいい。後、もう1つ」そう言うと、高井は食事の手を止めて俺の顔を見る「初歩的な事だが大切な事だ。お前の他にもう1人狙撃手が待機する。いいか決して同時に弾を撃つなよ?順番に撃って狙撃の手を緩めるな!」高井は、はい!と応えた。いい返事だ、こいつなら上手くやってくれるだろう。
休憩を終えて進軍を開始する。第1の目標は、狙撃地点となる茂みだ。背を低くして各分隊は茂みに接近そのまま身を隠す。俺は双眼鏡で前方を確認、案の定 街と森をつなぐ道は敵の補給路となっている。森からは弾薬が街へと運ばれ、街からは負傷兵が森へと入って行く。
俺は地図を広げ各分隊長に指示を出す「もう1度作戦を確認しておく。第8分隊は森の東方300mに有る窪地まで移動。迫撃砲を施設、森の入り口から中央に向かって砲撃」「判った!」
「第5分隊は街の入り口を狙える、ここまで移動しろ。街から出てくる敵兵を片っ端から機関銃で撃ちまくれ!」「任されよ!」
「第2、第3分隊は道の前方150mまで、ほふく前進で移動! 第8分隊の砲撃を合図に突撃する」「りょーうかい!」
「高井、太田!両名はこの場に残り第2、第3分隊の援護射撃を行う!」
「はい!」「お任せあれ····」
俺は地図を畳みながら「道を制圧したら俺たちも街へ入り戦闘に参加する!何か質問は有るか!」すると「我が第8分隊は市街戦の経験が有りません」おい〜そう言う事は早く言ってくれよ「俺たちの後を付いて来ればいい。必要が有れば砲撃を要請する!」
分隊長は少し考えた後「判りました付いて行きます!」何とかなったな。
「よし、各員行動開始!」各分隊は目標地点へ向かって移動を開始した。「俺たちは道の手前300mまで徒歩で接近する。背を低くしろ、行くぞ!」なるべく背の高い藪に隠れて前進する「よし!ここからは、ほふく前進だ。固まるなよ?広がれ!」這いつくばって前進を続け、目標地点に到達した。片腕を上げて静止の合図を送る。この距離ならば双眼鏡を使わなくても様子を伺う事が出来る。敵兵士の数は20名程、装備は突撃銃に銃剣を装着している。そろそろ迫撃砲の準備が出来る頃だ、その時を息を潜めて待っている。草むらの中をバッタが飛び交う「気楽なものだな」「軍曹、どうしたんで?」隣の伊藤が話し掛けて来た「何でもないさ、前に注目してろ」その時、迫撃砲の砲撃音が聞こえた。森の入り口に着弾、炸裂して数名の敵兵士を吹き飛ばした。そして目の前の敵兵士が頭を撃ち抜かれ 1人、また1人と倒れた。
僕の狙撃銃を構える腕は少し震えていた。頭を狙えと言われても同じ人間だ、太田さんは重症を負わせて放っておく方が残酷だと言うけれど、僕は今回が初めてだから太田さん程の境地には達していない。それでも引き金に指をかけ敵を狙撃していく。今のところ銃弾を外してはいないけど、これは後で軍曹に怒られるのが怖いし僕の教官である太田さんに恥をかかせる訳にはいかない。だから僕は狙撃を続ける。
高井と言ったか····
いい目をしているが、まだ圧倒的な経験不足だ····
今回の任務でどう化けるか?楽しみではあるな「高井、その調子だ。射撃のリズムを身体に叩き込め····」
「はい、判りました!」
俺と高井は狙撃を続けた。
「よし! 各員突撃!」草むらから起き上がると腰を低くし突撃銃を構えて駆け出した!完全な奇襲攻撃だ、敵兵士は慌てふためいている。更に狙撃により次々と倒れていく。だが、これでは不充分だ「グレネード!」俺はそう叫ぶと敵兵士に向かってグレネードを投げた、他の兵士も次々と グレネードを投げる。爆発に巻き込まれた敵兵士が次々と倒れていく「敵に撃たせるな、斬りかかれ!」俺はそう叫ぶと敵兵士を斬りつけた。銃剣の切っ先が敵兵士の喉を切り裂く「がっ!」断末魔の叫びを上げ 敵兵士が倒れた。返り血を浴びたが、そんな事を気にしている隙は無い「敵が立て直す前に始末しろ!」俺が叫ぶと同時に森の中から爆発音が聞こえた。どうやら森の中に蓄えて有った敵の弾薬に迫撃砲弾が命中したようだ。そして街の入り口に向かって機関銃を発砲する音が聞こえる。残った数名の敵兵士は敗北を悟ったのか、突撃銃を捨て両腕を上に挙げた。戦争は殺し合いだが、虐殺は条約違反だ「こいつらどうします?」友部が聞いて来た。「手脚を縛って置け」そう言って森の方を見ると炎が上がっている。
「よし、目標地点を制圧した。伊藤、第8分隊を呼んでこい」「判った」伊藤は第8分隊の方へ走って行った。俺は狙撃班の待機している茂みに向かって大きく両腕を振った。双眼鏡で見ると、高井と太田が此方へ向かって走って来る。「こちらの損害は?」「銃創が1人。弾は抜けているが 脚なので、この後の戦闘に参加するのは難しいな」第3分隊の隊長が答えた。俺は暫し考えて「ならば、この捕虜を見張らせて置こう」「判った、そうしよう」第3分隊の隊長も了解した。
負傷した兵士の手当てをしていると、第8分隊が到着した。狙撃班も合流「よし、第5分隊と合流したら、そのまま街へ突入だ!」
街の入り口に着くと第5分隊が始末した敵兵士の遺体が複数転がっていた。「曲がりくねった1本道か。太田、お前だったら何処から狙う?」太田は迷わず「右側の6軒先にある2階の窓から狙います····」双眼鏡で見ると、窓は開いているのにカーテンが閉まっている。「迫撃砲、狙えるか?」 「もう少し接近出来れば狙えます!」「機関銃、窓に向かって射撃開始!迫撃砲の接近を援護しろ!」第5分隊は機関銃を撃つ「各分隊は玄関前に移動、射撃待機!アクション!」俺の号令で各隊員が動き出す「迫撃砲、準備できました!」「各員、射撃待機完了!」準備は整った「迫撃砲、撃て!」砲弾が窓から飛び込み、室内で炸裂した。窓から爆炎が噴き出すと同時に玄関が開き敵兵士が飛び出して来た!よく見ると非武装だ「射撃待て!敵兵士を包囲しろ」敵兵士の数は8人、前に歩み出てきた士官に向かって尋ねる「これで全員か!」士官は1拍置いた後「全員だ。我が部隊は、この場で戦闘を停止 。降伏する」そう言って帽子を取り投げ捨てた。他の敵兵士たちも士官に習いヘルメットを投げ捨てる。なかなかに潔い態度だ。俺も、いざと言う時はこう有りたい物だな「判った降伏を受け入れる。しかし拘束はさせてもらう。こいつらの手脚を縛り上げろ!」敵兵士を拘束している間に士官に尋ねる「この先に待機している部隊を教えてもらう」士官は俺の目をじっと見て「このルートに待機しているのは、我が部隊だけだ」「本当か ? 捕虜が虚偽報告をした場合、軍法審判ものだぞ」「それは判っている。虚偽報告はしていない」俺も士官の目をじっと見る。どうやら 嘘は言っていないようだ。「よし、進行を再開する!第2、第5分隊は道の右端を進む。第3、第8分隊は道の左端を進め! いいか、気を緩めるなよ! 動く物は何でも撃て!」「りょーうかい!」「判った!」「任されよ!」各分隊長が応える。
街の中央に近づくにつれ、きな臭い匂いが濃くなってくる。更に進むと、前方から兵士が走って来た。部下達は突撃銃を構える。だが、少し待て。俺は左腕を挙げ各分隊を射撃待機させる。「伝令、伝令!撃つな、伝令だ!」「どうやら友軍のようだな、射撃待機解除!」部下たちは突撃銃を降ろし、リラックスムードだ。向こうから味方がやって来たと言うならば、もうこの道に敵は居ないと言う事になる。少し休ませて置くか「各員、休憩に入れ」各員思い思いに休みを取る。そう言えば高井はどうしたかな。目で追って探してみると、第三分隊の太田と何やら話し込んでいる「女の話かね?」友部がニヤつきながら話しかけてきた「まさか、相手は太田だぞ」そう言ってポケットから取り出した煙草を口に咥えると、友部が火を回してきた。火を貰い1服吹かすと伝令兵が到着した「第2分隊の柿崎軍曹でありますか!自分は第1歩兵大隊司令部所属の····」俺は左手で伝令兵を制して尋ねた「急ぎの用か?」「いえ、現状報告です」「だったらお前も少し休め」煙草をもう1服吹かすと、伝令兵も水筒の水を飲み始めた。俺は街の地図を取り出し伝令兵に見せると、彼はペンを取り出して「此処と此処。それから市庁舎裏の各機銃陣地は無力化しました。で、残りの敵兵士は市庁舎に立て籠もって居ます」「戦闘は?」「敵軍の抵抗は有りません。弾薬が尽きたのか、或いは 最後の反攻のために市庁舎内に弾薬が蓄えて有るのか?突入するまで判りません」うーん····「我軍は市庁舎を包囲してるんだな?」「そうです。でも我が大隊は消耗が激しく、両軍の兵力は拮抗している物と思われ、司令部も突入指示を出せません」俺は 各分隊を見渡す。隊員達はこちらを注視している「俺たちがやるしかないか」俺の1言で皆んなザワ付きだした「とんだハズレくじ だな」「せっかく ここまで生き延びたのに」「死にに行く訳じゃ無いんだ、上手くやればいいさ」皆んなの言う事も判る。俺だって死にたかない「何か名案でも?」伊藤が聞いて来た。俺は伝令兵に爆薬の有無を尋ねる「まだ残ってますが、何に使うんです?」「市庁舎を爆破する」「それは····司令部は敵の降伏を望んでます」笑わせてくれる、そんなのは 多数の犠牲者を出した責任を敵に擦り付けるための方便だろ?この期に及んで自分の保身しか考えない上層部には呆れたよ。「とにかく市庁舎の爆破だ、これ以上の犠牲者は出せない。司令部には俺たちが 爆薬を仕掛けると伝えろ。爆破のタイミングはそちらに任せるとな」伝令兵は水筒のキャップを閉めながら「判りました、ご武運を!」そして敬礼をして、街の中心へ戻って行った。「俺達は、ゆっくり行こうや。司令部にも考える時間が必要だろう」
街の中心部に近づくと、あちらこちらの建物から煙が上がっている。かなりの激戦が繰り広げられていたようだ。正面に見える建物が市庁舎か「道路の端に寄れ。敵の狙撃手に気を付けろ」部下達は物陰に身を隠す。「軍曹!お待ちして····」駆け寄ってきた伝令兵が頭を撃ち抜かれ、倒れた「クソ!市庁舎3階、右から2番目の窓だ!迫撃砲、1発ブチ込め!」「準備できました!」「砲撃!」俺の合図で砲弾が窓に飛び込み爆炎が上がる!「軍曹、もう砲弾が有りません」第8分隊の分隊長は困った顔をした。「司令部へ行けば何とかなるだろう。俺に付いてこい、姿勢を低くしろよ」ところで司令部はどこだ? 近くで身を潜めている兵士に尋ねると、少し先にあるラジオ局の中という事だ。俺は地図を広げてラジオ局の位置を確認する。なるほど。引き籠もるには、うってつけの場所だな。ラジオ局に着くと入り口を見張っている兵士のボディチェックを受けた。更に武器は置いて行けとの事だ。理由を聞いても、おそらく答えないだろう。指示通りに武器を置いてラジオ局の中に入ると、1階のラウンジが司令部になっていた。「君は?」地図を見ていた少佐に声をかけられる。「司令官で有りますか?自分は柿崎軍曹であります!」そう言う俺に 少佐は「そう片肘張らずに気楽に行こうや」少佐とは気が合いそうだ。では早速「市庁舎の爆破を提案したい。ここに来る途中で見て来たが、どの兵士も疲れ切っている」少佐は俺をじっと見て「俺は代理の指揮官でね、本来の指揮官の少将殿は戦死した。作戦本部の見解は?」俺は倉庫街の作戦本部の司令官から聞いた事をそのまま伝えた。「ふむ、これ以上の犠牲は避けたいと。戦力の逐次投入と言う愚を犯して置いて、今更何を言う」俺はすかさず「現在、我が軍は敵首都を包囲しつつある。外交部の特使も派遣された。早期休戦も見越しての····」「君は何様だ?1兵卒が口を慎め」前言撤回 こいつはとんだ曲者だ「では、何か名案でも?」俺は多少皮肉っぽく 答えてみた。少佐は拳銃を抜き天井へ向かって発砲した「口を慎めと言っただろう?」こいつ少将閣下を手に掛けたな、理由は?敵軍と通じてでもいるのか?そうと判れば長居は無用だな「では、任務に戻ります」俺と分隊長が踵を返すと、後ろから「市庁舎の爆破を認める。だが、全ての責任は君が負え」俺は振り返らずに「了解で有ります」そう答えると分隊長と共にその場を後にした。
「柿崎軍曹、少将閣下は····」俺は分隊長に向って「名誉の戦死だ。それと司令部で起きた事は誰にも言うな」分隊長は頷いた。「それよりも弾薬はこんな物で足りるか?」「充分です」「そこに有るリアカーを使おう」リアカーに弾薬を積むと、上からシートを被せた。「こんな物かな。それでは戻ろう。分隊長、途中で使えそうな者を5人程スカウトしてくれ」「判りました!」「よっと!」俺はリアカーを曳き、皆んなの元へ戻った。
「軍曹、戦争でも始めるんですかい」開口1番、伊藤が絡んで来た。部下を見渡すと皆んなリラックスしている。1体どういう事だ?第5分隊長が携帯ラジオを持って近寄って来た「聞いてみてくれ」ラジオに耳を寄せると我が国と敵国の首脳部が終戦へ向けた話し合いを始めたと聞こえて来る。「来るべき時が来たか!停戦命令は出ているか?」そんな事は聞かなくても判る、さっきまで司令部に居たからな。俺の問いに誰1人 答え無い「本部からの指示は?」そう言いながら俺はリアカーに被せたシートを剥ぎ取った「どうした 早く弾薬を受け取りに来い」再び皆んなを見渡すが気不味い顔をして目を合わせ無いようにしている。俺は市庁舎を指さして「あいつらを無罪放免にするのか?あいつらのせいで何人仲間が死んだと思ってるんだ!」
スカウトして来た兵士達は拳を強く握りしめ俯向き涙を流している。「軍曹ここはひとまず様子を見た方がいい」友部が穏やかに話し掛けて来た。気持ちが揺れ動く。確かに独断で行動した結果、こいつらに迷惑をかけたら指揮官失格だ「ふーっ」俺は大きく溜め息をつくと、空を見上げる。日は西に傾き始めていた。
その時、市庁舎の方が騒がしくなった。見てみると敵の司令官が白旗を揚げて入り口から出て来た。士官と兵士が後に続く。周りの友軍たちは 包囲する事も無く呆然と立ち尽くすのみ。そこへ我が軍の公用車が走って来て、司令官の前で停まると車内から先程の少佐が降りて来た。2人は何やら言葉を交わすと、握手をし続いてハグをした。そこでも何か囁いている。我が部隊にスカウトしてきた兵士達は背中を向け嗚咽をこぼした。やはり少佐は敵軍と通じていたか!俺も泣きたいよ、だがここで涙を流しても何の解決にもならない。遣る瀬無いな。その時、太田が近づいて来て俺の耳元で囁いた「夜になるのを待ちますか?」こいつと言う奴は。相変わらず大胆だな!俺も太田に囁く「この先状況が変わればラジオ局に夜襲を仕掛ける。太田、仲間を集めて置いてくれ」「判りました····」太田は俺から離れて、何事も無かったかのように元の場所に戻った。
日が暮れて夜になった。
皆んな夕食を済ませ思い思いにくつろいでいる。ラジオからは歌謡曲が流れていたが、緊急速報に変わった。「本日現地時間20時15分 我が国と敵国の間で終戦協定が結ばれました。繰り返します····」終わっちまったか。俺は何とも言えない虚無感に襲われていた。街の至る所から戦闘停止を表す青い色の信号弾が打ち上がる。太田が近寄って来て、何かを言わんかとするが俺は右手で制して「認めるしか有るまい、お前も猟師にでもなれ」太田は「それも良いかも知れません」そう言って微笑んだ。
「太田!」「はい?」「お前が笑うの初めて見たぞ!」太田は気恥ずかしそうに「今のは黙っていて下さい····」隠す事は無いと思うが「判った見なかった事にしておこう」俺は夜空を見上げた。満天の星空だ。
おそらくはこの星の数だけ敵方にも味方にも犠牲者が出た。そう考えると素直に終戦を喜べないな····
両手を腰に当て溜め息をつく。
「柿崎軍曹」
そう呼ばれて隣を見るといつのまにか高井がいた「どうした、休まないのか?」
「疲れてはいるんですけど、どうにも休みたい気分じゃなくて」そう言うと高井も星空を見上げた。
俺は煙草に火をつけ、1服吹かしてから
「お前はこれからどうするんだ、故郷に帰るのか?」
「僕は志願兵なので、もうしばらく軍人を続けてみようと思います」高井は応える。
「そうか、陸軍へようこそ」
俺は右手を高井に差し出した。高井も右手を出し、固い握手を交わす。
高井が去り、1人になる。俺はこのまま軍人を続けるか?それとも退役するか?
「もう少し続けてみるか」
誰に聞かせるでも無く独り呟いた。
終