日々の僕たち
新しく何かを始めようとする時には
理想と現実の狭間で いつも迷う
「お客様?」
俺が迷っていると店員が話しかけてきた
それもそうだな、これだけ長い間うろつき回っていれば 万引きか何かと間違われても仕方がないか
「すいません 初めての物で勝手が判らなくて」俺は頭をポリポリと掻きながら答えた
「そうですね。初めてお見かけするお客様ですし」店員もさっきと比べればリラックスした様子で応えた
「初めてでも行けそうな物って、どんな感じですか?」何やら質問になっていないけど仕方がないよね、初めて なんだから
「お客様は 工具をお持ちですか?ニッパーとか、カッターナイフですよ」店員の質問は的を得たものだ。確かにこれがないと始まらないよね
「ニッパー 、カッターナイフ、接着剤と見た事も無いような様々なヤスリそれから塗料にエアブラシ?とかいうやつもあります」俺は弟の部屋で目についた物から答えてみた
「どなたか、ご家族の物なのですか?」
店員は屈託もなく聞いてきた
「全て 弟の物です」俺が答えると店員の目の色が変わった
「もしかして、オオバ シンジロウ様のお兄様ではないですか?」店員の口から弟の名前が出た
「そうです、兄の新一ですけどよく判りましたね」俺と弟はあまり似ていないんだけどね、店員さん 本当によく判ったな
「こちらも長い間 客商売をしている者でしてね」店員さんはどことなく嬉しそうだ
「ところで 弟さんはしばらくご来店していませんが、お元気ですか?」店員さんの質問は俺にとっては クリティカル。さて、どうした物かな
ここは隠しておいても仕方がない。どうやら弟はこの店に ずいぶん お世話になっていたようだし
「弟は ひと月前に亡くなりました」
「それは一体どう言う····」店員さんの話が途切れた
しばしの沈黙状態
その時、店の奥から店長らしき人が出てきた
「シンジロウ君亡くなったって?どうしたんだい」驚きの声はどことなく張りが無い
「交通事故に遭って。酷いものです人間があんなになっちゃうなんて」俺は見たままを話した
「残念だな本当に残念だ、あれだけの逸材はそうはいなかった」そう語る店長の目は少し赤かった
店員さんはハンカチで目を抑えてただ頷く
店長は俺の顔を見ると
「今日は遠くへ 旅だったシンジロウ君への餞別だ」そう言って バックヤードに入っていった
戻ると手にはプラモデルの箱を持っている
「シンジロウ君がこの店で初めて買った物だよ」
「どこかの戦闘機ですか?」
俺にはそれくらいしか判らない
「1000円でいいよ」
店長はそう言うが、俺には相場もわからない
ただ、俺を見て微笑む2人の様子から悪意は感じられない
そうなると····
「俺にも作れますかね」
だよな、俺はソレなりに器用な方だけどプラモデルは作ったことが無い
店長は「大丈夫だよ、シンジロウ君が作っている所を1度くらいは見たことあるだろう?」
「それは見たことありますけど、部品をていねいに切り離して接着するくらいしか」こんな事になるなら、あいつの趣味にもっと理解をしめして置けば良かった。後悔先に立たず····
「まあ、判らない事はいつでも聞きに来ていいからさ」店長に続き店員が「メールでも受け付けてますよ、こちらは午前3時までです」
随分と遅くまでサポートしてくれるんだなぁ、少し驚いたぞ!
店長は俺の顔を見て
「アフターサービスは万全に。と言うのが当店のモットーだ、それに皆昼間は働いているだろ?モデラーには夜型が多いんだ」
確かに仕事もしないでプラモデルばかりと言うのはあまり聞いたことがない
店長の言う事に、いちいち頷く俺
「まぁ家に帰ったら、とりあえず手を動かしてみろや」店長は店員の持ってきたビニール袋にプラモデルを入れると俺に手渡した
「1000円でしたね」俺は財布から1000円札を取り出すと店長に渡した
「毎度あり、頑張れよ!」
俺は2人に一礼すると店を出た
「お兄さん大丈夫ですかね?」
「まぁ、こればかりは経験が物を言うからな でも俺は信じてるぞ」
「店長がそう言うのならば、間違いは無いのでしょう」
「相変わらず少し引っかかる言い方だな。さ、仕事に戻るぞ!」
終