下書き・ボツ

「小道の闇に潜むもの」



 鶴丸と買い出しに万屋通りにやってきた。しかし彼との買い出しは、迷子になるのがおやくそく。それを毎度私が探して迎えにいくのもおやくそくだった。
 さて。私の鶴丸は、とても遠くにいた。万屋通りの外れだ。とんだ方向音痴である。
 ため息しながら、迎えに行く。日が暮れてきても通りはひとでごった返していたが、中心部から離れていくにつれ、ひと気もなくなり、左右に並ぶ店も雨戸を締め切ったものが増えていく。
 目を閉じれば、ぼんやりと白い影が見える。どうやら二軒先の店とさらにその先の店、その間にいるらしい。
 目を開けて、通りから小道を覗き込む。
 小道は暗くてよく見えない。ただ、彼の白い羽織がうっすらと見えた。先まではフードを被っていなかったのに、今はなぜかフードを被って、小道の奥を向いている。
「鶴丸! もう、こんな遠くまで来て。帰るよ!」
 通りから彼の背中へそう叫べば、彼がわずかに揺れた。
「…………さがしにきてくれたのかい」
「そうだよ。早く帰ろう?」
 けれども、彼はちっとも動こうとしない。
 しびれを切らして、私は小道へ踏み込んだ。
 建物の間で日陰になっているからだろうか、ここだけ季節が違うみたいに、ひやりと冷気が手足にまとわりついてくる。体をぶるりを震わせながら、私は鶴丸の羽織を掴んだ。羽織もすっかり冷たい。いったいどれだけこんな場所にいたのだろうと思う。
「ほら、鶴丸、もう帰る、よ……」
 羽織を引っ張ってから、気がつく。肩口から背を飾る、金鎖の飾りがないことに。代わりに、赤い紐がついていた。ところどころが蝶結びになっている。なんというのだったか……そうだ、水引きだ。
 すると、彼が体ごとこちらを振り返る。
 振り返った彼は、彼ではなかった。
 白無垢姿の花嫁だ。紅の差し色が着物のふちを彩っている。頭に深くかぶった綿帽子、その下は、鳥の面が付いていた。丸い目穴から、黒い闇がじっと私を見ている。
 ぞくりと背中が震える。
 なぜ、私はこれを鶴丸国永だと思ったのだろう。
「ご、ごめんなさい。間違えました」
 羽織から手を離す。
 引っ込めようとした手首を、突然、掴まれた。
「かえろう」
 途端に、手首を掴む力が強くなる。痛い。折られる、そう思った。
「い、痛いッ、離して……っ!」
「かえろう、かえろう、かえろう」
「嫌っ」
「いとしい、いとしい、おれの、およめさん」
 その瞬間、視界を白い光が走った。
 私の手首を捕まえていた花嫁の手が、手首からちぎれていた。断面から、鮮血の代わりに紅白の紙吹雪が噴き上がっている。
 かと思えば、今度は後ろから誰かに抱き締められる。そのまま私を抱き締めたひとは、通りまで一足で跳びのいた。視界が夕暮れの光で眩む。
「主、平気かっ!」
 顔をあげれば、鶴丸が小道を睨め付けていた。
「鶴丸っ」
 半泣きになりながら、私を抱き締めてくれる彼にしがみつく。私の手首を掴んでいた花嫁の手は、もう紙吹雪になって散り散りに消えていた。
「かえろう、かえろう、? おれの、およめさん」
 小道からまだ声が聞こえてくる。ずず、ずず、と布を引きずる音がして、小道の闇から白いそれが出てこようとしていた。闇からぬるりと、手を失った白い袖が伸びてくる。袖の先からちらちらと紙吹雪が落ちていた。
 すると鶴丸が私を抱き締めたまま、抜身の刀をそれへと向ける。
「この子は俺のものだ。貴様のものではない」
 鶴丸の言葉に、びたりと花嫁が動きを止めた。綿帽子の下から鳥面の丸い目穴が、じっと私たちを見ている。
 かこん。
 木を打ち鳴らす音がした。花嫁が首を傾げた。
「たしかに」
 かこん。花嫁の首が戻る。
「すまなんだ。まちがえた。すまなんだ、すまなんだ、すまなんだ……」
 しきりにそう唱えながら、花嫁はゆっくりと背を向ける。ずず、ずずと白無垢の裾尾を引きずって、小道の奥へと消えていった。



「小道の闇に潜むもの」
(2023.02.16執筆)
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