「白無垢の⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」

 鶴丸様がやってきたのは昨日と同じ頃。暑い昼下がり。
 鶴丸様が昨日と同じく縁側に腰掛けたので、私も昨日と同じように麦茶をグラスに注いでいると、彼は羽織の懐から何かを取り出した。笹の葉を模した紙に包まれたプラスチックケースだ。そうだ、今日の彼の手土産は、お茶菓子だった。
「朝から並んだんだぜ。時期外れの今は、数が限られているからな」
「時期外れ?」
 私が見つめる先で、鶴丸様は包みと輪ゴムをさっさと外していく。ケースの中には、大福が二つ。大きくて真っ白な餅に、苺と餡子がのっていた。
「苺大福!」
「好きかい?」
「甘いものは全部好きですよ」
「そいつは良かった。そら、どうぞ」
 促されて、さっそく大福を手に取る。粉がぽろぽろ落ちるので、せめてあまり落とさないようにと慎重に口に運ぶ。意外と大きくて一口目は餅と餡子だけしか口に入らなかったが、やわらかくて程よい甘さに、勝手に頬があがった。
「んんん……!」
「ははっ、美味いか」
「とっても。でも、鶴丸様の好きなお菓子が苺大福だなんて、ちょっと意外です。枝豆とか持ってくると思ってました。甘いの、好きなんですね」
「いや、甘いは苦手だぜ」
「じゃあどうして苺大福を……」
 私が不思議に思って見つめていると、鶴丸様もケースから苺大福を取り出す。
「主が、この店の大福を大層気に入っていてな。内番をしてるといろんな大福が八つ時に出てきたもんだ。で、俺が顕現して初めて食った大福が、この苺大福だ」
 そう言って、鶴丸様も大福にかぶりつく。
「ん、美味い! ……ん? どうした?」
「いえ……。鶴丸様がご自分の話をされるの、珍しいと思って」
 珍しいこともあるのだなあとまじまじ鶴丸様を見つめていたら、鶴丸様は居心地が悪そうにふいっと目を逸らして、残りの大福を口に詰め込む。せっかくの好物だろうに、彼は無理矢理流し込むように麦茶で飲み下した。
「……つまらない話さ。忘れてくれ」
 ああやっぱり、と答え合わせができたような気になった。鶴丸様はきっと、意図的に、自分自身について話すことを避けていた。
 話の端々から、鶴丸様が長く生きていらっしゃるのは知っていた。顕現しておそらく百年以上は経っているはず。となれば、彼を励起した審神者はもうこの世にいない。彼にとって昔を話すことは、つらいことなのかもしれない。
 しばらく、なんとも言えない沈黙が続く。
 大福を食べ終えた私は、麦茶で喉を潤しながら、ぼんやり空を眺めた。雲が速い速度で流れていく。
「……口直しに、面白い話を聞かせてやろう」
 鶴丸様が突然そんなことを言った。
「今朝、大福屋に並んでいたときに聞いた、怪談なんだが」
「ええっ、怪談」
「おっと? 怖いのは苦手か? 可愛いなあ」
 いじめっ子みたくニヤニヤした鶴丸様に、思わず私はムッとする。
「違います。ただ、鶴丸様が、そんな子どもじみたものに興味がおありだなんて思わなかったもので」
「本当は怖いくせに。素直じゃないきみも可愛いなあ」
「怖くないです。どんな話ですか。どうせ子供騙しのような話なんでしょう」
「ははは。子供騙しかどうかは、聞いてみてからのお楽しみだ。きみは、『白無垢の鶴丸国永』について、聞いたことはあるかい――」



怪談「白無垢の鶴丸国永」


 その日、審神者は一振りの刀剣男士を伴って、万屋街へと赴いた。
 もっぱら日用品の買い出しのためであったが、その日はこの刀剣男士への褒美も兼ねていた。審神者の本丸では初の刀剣男士が特に昇格すると、褒美を与えるのが通例であった。褒美は何がいいかと尋ねられた刀剣男士は、次の買い出しの供がしたいと答えたのだ。
 男士にとって万屋街に来たのは初めてだったようで、それはそれははしゃいでいた。審神者ははぐれないようにと彼に念押しした。
 しかし、いよいよ本丸へ帰ろうという頃、男士の姿がない。
 審神者は男士を探して万屋街を歩き回っていたが、気がつくと、ひと気のない小道へと入り込んでいた。喧騒は遠く、陽が落ちてきたせいか空気も冷たい。言いようのない不気味さにはやく戻らねばと踵を返したそのとき、小道の奥の闇から、声が聞こえた。
「迎えにきてくれたのかい」
 それは探していた男士の声だった。
 暗くて姿は見えないものの、とにかく合流できたことにホッとした審神者は、慌ててそちらへと駆け寄る。
 しかし、闇の中にぼんやりとその姿が見えてきたとき、審神者は違和感を覚えて立ち止まった。
 闇の中にいたのは、頭の先から足下まで真っ白な――白無垢姿の花嫁。綿帽子を被っていたが、その下の顔は、審神者が供に連れていた男士と同じ顔だった。ただし表情豊かな男士と違って、目の前のそれは魂が抜け落ちたように虚ろであった。焦点もまるで合っていない。
「どうしたんだい。おいで。こちらへおいで」
 花嫁が男士の声で、審神者を手招く。
 審神者は咄嗟に首を横に振る。
「おいで、おいで。我が妻、我が番、我が伴侶」
 白無垢の裾を引き摺りながら、花嫁が審神者へと迫る。
「おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで」
 無機質にそう繰り返し迫ってくる花嫁に、審神者はたまらず背を向けて逃げ出す。
 しかし審神者は花嫁の腕に捕えられてしまった。審神者は抵抗したが、花嫁の腕はまるで鉄のように固く、緩む様子はなかった。審神者に為す術はなく、花嫁はそのまま審神者を抱きしめたまま、闇の中へと連れていこうとする。
「ああ、愛しい、愛しい、愛しい」
「いやっ、離して、離してっ」
「愛しい、我が花嫁」
「助けて!!」
 審神者が叫んだとき、突然、審神者の体から花嫁の腕が離れた。突然解放されて倒れかけた審神者を、別の者が受け止める。それは逸れていた刀剣男士だった。
 男士は審神者を守るように片腕で抱き寄せて、花嫁へと刀を向ける。
「この子は俺の物だ。おまえのじゃない」
 男士が睨め付ける。
 しばらく花嫁はその場で固まっていた。しかしやがて、肘から先を失った腕をぱさりと下ろす。
「マちがエた」
 ふらつきながら、花嫁はゆっくりと審神者たちへ背を向ける。
「……ドこ……どこにイる……我が、花嫁……」
 ふらふらと花嫁は闇の奥へと歩いていく。姿が闇に溶けていくと、地面に落ちた花嫁の腕と袖も、さらさらと紅白の紙吹雪となって消えていった。
 花嫁がいなくなり、すっかり安堵した審神者は男士を抱きしめ返す。
「鶴丸……あなたが来てくれなかったら、私……」
「ああ。きみを守れてよかった」
「……ねえ。さっき言った『俺の物』って……?」
 審神者が頬を赤らめて尋ねると、男士も同じように頬を赤らめながら、審神者の手にある物を握らせた。審神者が手を開くと、それは可愛らしい櫛だった。
「きみに、似合うと思って。つい立ち止まっていたら、きみとはぐれてしまった。どうか受け取ってくれ。……きみが好きだ」
「……! 私も、鶴丸が好き……!」



「――そうして、審神者と男士は結ばれましたとしさ。めでたし、めでたし」
 鶴丸様はそう言って、一仕事やりきった!と清々しい様子で、麦茶で一服し始めた。
「あのう、鶴丸様。その怪談話に、男士……というか鶴丸国永と主の、取って付けたような恋愛は必要だったのでしょうか」
「きみ、意外と風情がないな。物語に色恋は付きものだろう」
「そう言われましても……ううん……せっかく男士をわざわざ怪異と同じ鶴丸国永にするなら、最後に『さあ帰ろう、愛しい主……いや……我が花嫁』だとか意味深に言わせてみたほうが、怪談っぽくなる気がします」
「きみ、天才か? 噺家の才を感じる!」
 ハッとしたように鶴丸様は私を見返してくる。
 やっぱり子供騙しな作り話だったなあと呆れている私に気がついたのか、鶴丸様はひとつ咳払いした。
「まあ、『怪談らしく』するんなら、きみの言うとおりなんだが。これは、実際の話だからな」
「え。白無垢姿の鶴丸国永が、現実に、万屋街を彷徨っているということですか? そんなことが本当に起こっていたら大事件だと思うのですが……そんな話、初めて聞きました」
「そりゃあ、実害が起きてないからな」
「そうなのですか?」
「今の話はお供の刀剣男士が撃退したが、そうでなくても、審神者が連れていかれることはない。というのも、いよいよ連れてかれる!って段階になると、間違えた、と言い出して、審神者を解放するんだそうだ」
「ええ……なんて人騒がせな鶴丸国永……」
「はははっ。鶴丸国永の名誉のために言わせてもらうが、鶴丸国永の形をした怪異な。怪異」
 すると鶴丸様は麦茶を飲み干して、縁側から立ち上がる。ずっと座り続けて体が鈍ったのか、上体をひねったり腕を伸ばしたりしながら、こちらを見た。
「きみも一人でいないようにな。きみはいい女だから、『白無垢の鶴丸国永』にさらわれちまいそうだ」
「でも、間違えたと言って解放してくれるのでしょう? 平気ですよ」
「誰彼構わず女と見りゃあ声をかける、ナンパ野郎だぜ? 愛らしいきみはきっと攫われちまう……」
 鶴丸様が私の頬に触れる。
 優しい手指。優しく大事に触れられて、切なげに見つめられると、どうしてもどきどきしてしまう。
「どうか怪異なんぞに連れていかれないでくれよ。きみは、俺の嫁なのだから」
「まだ嫁ではありませんよ」
「まだということは、いずれはなってくれるということだな?」
「……言葉のあやです」
「ふふ、つれんなあ」
 彼の手が離れていく。ちょっとだけ、名残惜しい。
「じゃあな。また明日来る」
「はい。また明日」



怪談「白無垢の鶴丸国永」
(2024.09.15執筆)
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