手を繋がないと出られない部屋
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手を繋がないと出られない部屋
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人生とは、何があるか分からないものだ。そう世間は口を揃えて言うが、一体誰がこんな展開を予想出来たというのだろう。
「な、な、」
棒立ちになって、口をポカンと開けている少女は、数分前の私、衣織だ。
「なんじゃこりゃあ!」
少女の叫び声が、真っ白な空間の中で響き渡る。部屋で叫んでは、他の人に迷惑がかかるとか、そんな事を考えている余裕は無かった。
◆◆◆
と、言うのも、数分前から私は何故か白い部屋に居た。何も無い。いや、白い机の上に白いメモ帳だけはあったのだが、これだけでは人は住めないだろう。どうして私はこんな所に居るのか、そして、何故この部屋に入るまでの記憶が無いのか。何も分からない。先程から足にチクチクと針で刺すような痛みがあるし、その上記憶もあやふやと来たら、いよいよどうしようも無い恐怖で頭がおかしくなってしまう。そして、何より
「あっ、叫んでごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ。......気持ち、分かりますから......」
私の隣に居るのは香織さん。私は先程まで急に知らない部屋に連れてこられてきゃあきゃあと騒いでいた。それを謝ったのは良いが、何故彼女が私なんかと一緒にいるのだろうか?それが不思議でたまらなかった。私たちは同じ女子校に通っている1年生で、お互い名前くらいは知っている。いや、香織さんに至っては人気者で有名人なので、名前どころか誕生日、血液型、果てには視力までもが筒抜けなのだが。実の所、私も少し香織さんに憧れている。まあ、話した事はおろか、挨拶すら交わしたことの無い仲ではあるが。女子校の王子様って、本当に居たんだなあ、と感動した記憶が私にあった。そうなってくると、ますます私と香織さんが同じ部屋にいる事が不思議である。
「えっと、とりあえずそこのメモ、見ます?」
「あっ、メモあるんだったっけ。」
香織さんの言葉で思い出す。そうだ、ここは何処なのか。まずはそれを知らなければ何も始まらない。足の痛みに耐えながら私は急いで白いメモを手に取り、その中身を確認する。そこにはこう書いてあった。
『ようこそ!衣織&香織様。貴方達はとあるゲームに参加する権利を与えられました!おめでとうごめんなさい!』
と、なんともよく分からない文章が綴られていた。それにしても、ゲームとはなんだろうか。まさかとは思うが、殺生をしろと言っては来ないよな。「ごめんなさい」とはあるので、少しは悪いと思っているのだろうか?
「なんでしょう......ゲーム......?」
「ゲーム......ねえ香織さん。これって、まるで......」
私は、不安でどうしようもなくて、つい、縁起でもない事を言ってしまう。しかし、それは私の隣にいる彼女も同じ気持ちだったようだ。
「これって、まるで、デスゲームみたいじゃない」
「まるで、クトゥルフ神話TR○Gみたいですよね......」
いや、想像しているものは少し違った様だが、命が危険であると言う認識はズレていなかったようだ。
「......」
「......えっと、メモ、続き見ようよ。これじゃあ何のゲームなのかすらも分からないし」
私たちは恐る恐るメモをめくる。紙と紙とが擦れる音すら、私たちにはうるさいと感じた。メモをめくり、怖いくらいに上手な文字で書かれてあったのは
『今から衣織の足の痛みが引くまでの時間以内に手を繋いでください。手を繋ぐことが出来なければ、貴方達2人は此処で一生涯を全うする事となります。』
この、恐ろしい程上手な文字で書かれた恐ろしい文章に、私は冒頭の「なんじゃこりゃあ!」を叫ぶのだった。
〖完〗
と言う使い古された冗談は置いておいて、なんだこの、罰の重さと課題の軽さのギャップは。︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎手を繋ぐ” 確かに、改まって手繋ぎとは、照れくさいものがあるが、それまでだ。命と比べられたら当然手繋ぎをとる。と言うか、「足の痛みが引くまで」などと曖昧な事を言われては、余計に焦るというものだ。
「衣織さん、やりましょう!」
「うぇ!?」
そんな事を考えていたら、香織さんの方から私に手を差し出してきた。彼女の顔を見ると、緊張しながらもやる気に満ちた顔をしていたので、断る理由も無かった。
「そ、そうだね。やろう」
手汗が出ていないかだとか、自分の手が冷たくないかだとか、少し不安になりながらも、ごく自然に香織さんと手を繋ぐ。
「なにも、起きませんね......」
「どうしてだろ......」
あれから1分程手を繋げたままにしたが、特に何も起きなかった。それどころか、部屋のシステムからも何の音沙汰も無い。
「やっぱり、何か別の条件があるのかな?」
「そうですね……あ、」
「どした?香織さん」
「いえ、あの、メモ帳に書かれてある言葉が増えています......」
やっぱり、何かあるのだ。私は手を繋いだのに音沙汰無かったことに納得しつつも、部屋から出られなかったことに落胆しながらメモ帳を見る。
『それは握手です。やり直してください』
「ええーっ!」
「何が違うのでしょう......」
香織さんがそう疑問を口にした時、メモの文章がまた増えた。目の前で超常現象が起きたにも関わらず、私たちは妙に冷静だった。
『いま、貴方達2人は、条件をクリアしようと誓い合うための握手をしたに過ぎません。きちんと、深い関係を築き上げている2人がするようなディープな手繋ぎをお願いします。ちなみに、足の痛みが引くまでにかかる時間は凡 そ30分です。』
書道家が書くような美しい文字で、なんて事を綴っているのでしょうこのメモ帳は。字面だけ見れば綺麗だが、言っていることは下品極まりない。それに、先程の私たちの手つなぎが、本当にただの握手だったというのか?私の心の中では、未だに疑問が渦巻いていた。大体、私と香織さんは今日初めて話したばかりで関係など到底ない。それに、手繋ぎにディープもクソもあるものか。
「まあ、とにかくやってみましょうよ」
私が家に入り込んだ蚊を見るような目でメモを睨むと、香織さんが慌ててフォローを入れてきた。彼女は優しい性格の持ち主なのだなあと感心すると同時に、少し申し訳なく思った。まあ、香織さんの言う通り、とりあえず、試してみよう。
「じゃあ、衣織さん」
「はい」
私は香織さんと手を繋ぐ。私たちは困難と青春を共に生きてきた盟友なのだと言った雰囲気を醸し出しながら。
「......えっと、私たちだから、きっと、今回の苦難も乗り越えられるよねっ」
「そうですね!私たちなら出来るはずです!......ええと、ぜ、前回も共に乗り越えましたし!」
「......えーと」
「......」
言葉が詰まる。初めて話す人と親友ごっこは流石に無理があっただろうか。もう少し設定を練るべきだったな、と反省をした。きっとこんなのでは部屋から出してはくれないだろうと思いつつも、ダメ元でメモ帳を覗き込む。
『いいですねぇ、青春』
良いのかよ。......いや、良いとしたらば、どうして部屋から出してくれないのか?私は嘘つきを見るような目で蔑むようにメモ帳を見た。すると。
『ありがとうごめんなさいでした。えっとォ、そーゆーんじゃないんすよねwなんか、イチャ♡イチャ♡ラブ♡ラブ♡って感じの手繋ぎして欲しいッすww』
メモ帳が急におかしな文体になりながらも、私たちをここから出してくれない理由を述べてくれる。なるほど、この部屋は私たちがイチャイチャラブラブするのを求めていたのか。
「いや、なんでよ」
思わずツッコミを入れる私に、香織さんが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
「あ、うん、平気だよ」
「よかったです」
安心した様子の香織さんは、改めて私の顔を見つめてくる。彼女はおもむろに両手で私の右手を握った。そして、恥ずかしげもなく「かわいい」と言ってくれる。香織さんも、この部屋が恋人同士のような手繋ぎを求めていると気づいたのだろう。可愛いと言われるのは率直に嬉しい為、その反動でこれが部屋から出るための演技であることに悲しくなる。しかし、可愛い、可愛いと歌を口ずさむように言われると、やっぱり照れと嬉しさが大きくなった。
香織さんの方が可愛い。
ふわふわしている髪も、ぱっちり二重の目も、透き通るような肌も、全てが完璧だと思った。
そんな彼女が、今、私の手を握っている。これは夢ではないのだろうか。手を繋いでいない方の手で頬っぺたを引っ張ると、ちゃんと痛かった。
「あの、」
「ん?」
「私に……その、キス、とか……」
勇気を出して言ってみた。手を繋ぐだけでも相当に緊張したというのに、更にハードルの高いことを言ってしまった。と言うか、キスだなんてこの部屋も望んでいないことではないか。そう考えると、余計に恥ずかしくなってくる。どうして突然私はそんな事を言ってしまったのだろう?私は自分で自分を殴りたくなってきた。ああ、もう死にたい。いや、死にたくは無い。なんと言うか、消えたい。全世界の人の記憶から私という存在を抹消したい。
「キス......ですか?」
私がそんなネガティブ思考になっていると香織さんが返事をしてくれる。彼女は握っていた片方の手の指を口元にあて、相変わらず綺麗な声で話した。その仕草だけでもドキドキしてしまう。私、別に女の子が好きって訳じゃ無かったはずなのに、どうしてだろうか?香織さんに、憧れていたから?いやでも、それはただの憧れであって、恋心などでは無いはずだ。......無いはずだった。
「あっ、ええと。」
私がえっと、と口ごもっていると、香織さんが微笑んだ。
「キス......して下さらないのですか?」
「えぇぇっ」
「それとも、手を繋いだままでは難しいでしょうか」
あまりの展開に声が裏返った。香織さんが何を言っているのか理解できない。彼女は私にキスをして欲しいと言っているのだ。私は彼女の言葉の意味を噛み砕いて飲み込んだ後、またもや声がひっくり返る。
「えっ!?いや、その」
私は混乱して何も言えない。何も言えないでいると、香織さんが不意に顔を近づけてきて......
「衣織さん、顔まっかです!......かわいい」
至近距離で、彼女は微笑んだ。そうやってまた可愛いことを言うのだから、本当にどうしようも無い。
「私、キスはするよりされる方が好きなのです。......キス、して下さいな」「え、ちょ、ちょっと待って!」
私は焦った。だっていきなり過ぎる。いや、キスだなんて世迷い事を言い出したのは私の方なのだが。それでも、こんなのおかしいじゃないか、と。しかし、そんな私の動揺を他所に、私の体はどんどん彼女にどんどん近づいていく。手を離さないように気をつけながらも、私たちはキスをしようと近づいていった。唇まであと数センチ……といったところで、部屋の扉が開いた。
『お疲れ様でした』
先程までのふざけた口調とは違う、少し真面目な雰囲気の声が聞こえる。条件を達成した時は分かりやすく聴覚で伝えてくれたのだろう。
「あーあ、終わっちゃいましたね」
残念そうな声を出す香織さん。そして、私はと言うと、我に返ってやっと自分の意思通りに動けるようになった身体で慌てて香織さんから離れた。
「あ、あの、」
「衣織さん、真っ赤っかですよ?」
「うぅ……」
恥ずかしくて仕方がない。香織さんはそんな私の反応を見て、くすりと笑った。そして、「大丈夫です」と言ってくれた。何に対しての大丈夫なのかは分からないけれど、その言葉でいくらか救われた気がした。
「さてと、出ましょうか」
香織さんが手を差し伸べてくれる。今度は握手ではなく、しっかりと手を繋げるように、と。
香織さんに引っ張られて部屋の外に出たそこは、私たちが通っている学校の保健室だった。
「あ......」
私はどうやら変な夢を見ていたらしい。むくりと保健室の白いベットから起き上がって漸く気づく。
「おはようございます」
そう言って私に優しく微笑みかけるのは香織さん。頬に赤い跡がついているから、私のベッドの隣で彼女も寝ていたのだろうか。寝ている間ずっと私の手を握ってくれていたらしい。私はその事に気づいた途端、恥ずかしくなって俯いた。
「どうかしましたか?まだ具合が悪いのならば寝ていた方が......」
心配そうに声をかけてくる彼女。夢の中での彼女と変わらない優しい声音だ。私は首を横に振った。
「いえ、そういう訳では……。ただ、その、恥ずかしいだけです」
「無理をして倒れるのは良くないことだけれど、努力するのは良い事ですよ。」
段々と、ここ、保健室に来るまでの記憶が蘇ってくる。今日は体力測定の日で、持久走があったのだ。「今回は20分をきるんだ」って意気込んで......倒れた。いつもは精々25分の人間が、いきなり20分以下でゴールまで到達しようとしたとして、出来る訳が無い。途中で気分が悪くなり、倒れてしまった。香織さんが助けてくれなかったら今頃どうなっていたことだろう?一応、保健室の先生がチェックポイントで見ていてくれているが、先生の死角になってる場所なんて沢山ある。
「香織さん、ありがとうございました。」
私は素直に頭を下げた。
「どういたしまして。もう......いきなり目の前で倒れる物ですから、慌てましたよ。」
香織さんは軽口を叩くように、愚痴を零す。
「……すみません」
「謝ることじゃありませんよ。」
「……はい」
「まぁ、でも、自分の体調管理はしっかりしてくださいね。」
「……分かりました」
私はまたもや反省をする。どうしてこう上手くいかないのか。
「……ところで、衣織さん。先程、どんな夢を見ていたのですか?」
「えっ!?」
唐突に聞かれたものだから、つい大きな声で驚いてしまった。
「ふふっ、驚きすぎですよ。」
「いや、あの、えっと......忘れちゃいました。」
咄嵯に嘘をつく。だって、言えるわけないじゃない!あわあわと慌てる私に香織さんは楽しそうに微笑む。
「......嘘をついている人がよく使う言い訳ですねー、怪しいです!」
「ほんとうですよ!」
「本当ですか?」
「ホントです!!」
そんな問答を何度か繰り返した後、彼女は笑いながら言った。
「なら、これ以上追及するのは止めましょうか。」
「そ、それがいいと思う!」
私が全力で肯定すると、彼女がくすりと笑った。
「そんなに必死になるなんて......本当に覚えていないんですか?」
「うん」
「へぇー......」
何故か意味深な返事をした彼女の顔がだんだんと近づいてくる。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
思わずストップをかける。
「あら、誘ったのは貴方でしょう?」
「あっ、あれは!部屋が恋人同士の演出を望んでいたからであってぇ」
しどろもどろになりながらも、何とか誤魔化す。そうだ。あの時は、演出の為にキスを強請ったのだ。しかし、このごまかし方法を選んだ事を私は直ぐに後悔する。
「......衣織さん。」
「はっ、はいぃい!」
「やはり、覚えているでしょー」
にやにやと笑いながら図星を突く。そんな顔をしていても可愛いと思ってしまうのだから、私はもうどうしようも無いな......って、そうではなくて、どうして香織さんがそのこと、つまり、部屋の事を知っているのだろうか。
「な、なんのことでしょうか」
動揺を隠しきれず吃ってしまう私をみて、やっぱり、と言わんばかりの表情を浮かべる彼女。
「さっきの反応を見て確信しましたよ。それにしても......」
「それにしても?」
「いえ、何でも無いです。......ふふ、人生とは......、人生とは、何があるか分からないものですね。こんな奇跡もあるものです。」
そう言って笑う彼女に首を傾げる私。
「ねぇ、何か知ってるんだよね?教えてよぉ~......」
「嫌です。これは私の宝物なので誰にも渡しません」
「けちんぼ......」
「おほめの言葉として受け取っておきますね」
そうやって二人で会話をしてしばらく経った後、彼女が口を開いた。
「衣織さん、少し聞きたいことがあるんですけど」
急に真面目な雰囲気になったので身構えてしまう。
「......何ですか?」
「......私、香織の事はどれくらい知っているのですか?」
真剣そうな様子で問いかける彼女。その問いに対して、私は素直に答えた。
「えっと、名前とか......好きなこととか、視力が1.7な事とか......あとは........夢の中でしか会ったことがないって感じかなぁ」
どうせバレて居るのだから、素直に夢の事も話す。
「それにしても、突然どうして?」
「いえ……実は、ここ最近変なことが起こるんですよ。」
「例えば?」
「先程あった事とか......ですかね」
「なるほど……確かにそれは不思議だね。」
「毎回毎回、私の夢には衣織さんが居たのですよ。......まあ、覚えてくれていたのは今回が初めてですが。」
「……夢を見始めたのはいつ頃から?」
「……そうですね、去年の5月ぐらいだったと思います。」
夢を見ているということは……、私は香織さんが夢を見た5月に既に出会っていたことになる。いつ、会ったのだろうか。
「香織さん……私と香織さんが初めて会ったその時、私は何をしてた?」
「えっと、確か……寝てました」
「......寝てたんですか」
なるほど、覚えていない訳だ。納得したように呟き、彼女は続ける。
そういえば、先程からずっと気になっていた事がある。
私は、目の前にいる香織さんをじっと見つめてみた。
透けるような白い肌、さらりとした長い黒髪、そして、吸い込まれてしまいそうになる大きな瞳。……綺麗。
そんな感想が出てくると同時に、どこか懐かしい気持ちになる。何処で見たのか思い出せないけれど……。まあきっと、私が覚えていないだけできっと、何処かで会ったのだろう。
「あのー」
「はい?」
香織さんの声ではっと我に帰る。いけない、見惚れてしまっていたようだ。
「……体調は大丈夫ですか......?病気でも無いのに居眠りをしていた私が言えた事でもありませんが、午後の授業は受けた方が良いかと。それに、お弁当も食べていませんし......」
時計を見ると、そろそろ4時間目が終わる時間帯だった。私が倒れてから、30分くらいしか経っていなかったんだなあと、変な感動をする。いつの間にか、足の痛みも引いていた。
「あー、授業......いや、昼休み終わってから教室もどる......」
何故かお腹も空いていないし、何より眠かったので私は、そのままベッドに横になった。
「あら、では私ももう少しここに居てもよろしいでしょうか?」
香織さんがあどけるように微笑む。私はなんだか香織さんだけを立たせているのが悪く思えてきて、これまた世迷い事のような提案をした。
「じゃあ、香織さんもベッドに入る?これ、結構広いし行けると思う」
「あら、良いのですか?......では、お邪魔します。」
つまり、香織さんと2人で1つのベッドに入ることとなる。緊張して眠れないと思いきや、寧ろ普段より寝付きが良くなった。何故だろうか。不思議な程安心するのだ。私は奈落に誘われるように眠りに落ちていった。心地よい温もりに包まれながら。
◆◆◆
目が覚めると、私は何故か白い部屋に居た。何も無い。いや、白い机の上に白いメモ帳と白いベッドだけはあったのだが、これだけでは人は住めないだろう。どうして私はこんな所に居るのか、そして、何故この部屋に入るまでの記憶が無いのか。何も分からない。......いや、先程までの記憶が薄ぼんやりと蘇ってくる。そうだ、確か私は……
「おはようございます」
声が聞こえた方を振り向く。そこには、香織さんが立っていた。
「えっと、ここはどこか分かる?」
「さぁ、分かりません」
「えっと、私はどうして此処にいるんだろう......?」
「知りたいですか?」
…………少し考えてみる。思い出せそうなのに、思い出せない。......ああ、思い出せそうなのに思い出せない事が辛い。まるで漢字テストの様だ。......そんな変な例えは置いておいて、私は一体どうしてしまったのだろう?
「衣織さんが望んでいる答えを言ってあげましょうか?」
「……うん」
香織さんが、目の前にあった机......いや、机の上にあるメモ帳に手を伸ばす。そして、メモ帳の背表紙を私に見せて......
『添い寝しないと出られない部屋』
そこには綺麗にレタリングされた文字でそう書かれていた。
「……え?」
思わず聞き返す私を見て香織さんはくすりと笑う。その表情には悪戯心が見え隠れしていた。
「香織さん......いや、そのメモが言っている意味がよくわからないんだけど……」
「だから、私達が一緒に寝ないとここから出ることは出来ないのです」
「えっと」
私が戸惑っていると、香織さんがメモ帳を机に置いて、私を見つめる。
「思い出そうと、してくれているのでしょう?」
「う、ん……」
「思い出せそうとするだけでも、大きな成果です。」
「……どういうこと?」
「いえ、なんでもありませんよ。」
彼女はそう言うと、私の手を取り、ベッドへと引っ張っていく。︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎添い寝しないと出られない部屋” つまり、香織さんと2人で1つのベッドに入ることとなる。私は慌てて手を振り解こうとしたが、それが出来なかった。特段強い力で握られていた訳でもないのにも関わらず。恐らく、私の気持ちだ。彼女の手を離したく無いと思っている。
「あの、」
私が口を開く前に彼女が言葉を発する。
「衣織さん、いらっしゃい」
香織さんはベッドに入るとぱああっと明るい笑顔で私を誘う。明らかに落ち着いていて、彼女はもしかしてここに何度も入った事があるのかもしれないと不穏な想像が頭を過る。でも、今はそれを考えない事にして、私はそそくさと布団の中に入った。
「……失礼します……」
恐々とベッドに潜り込むと、ふんわりと甘い香りが鼻腔を刺激した。その香りに彼女との距離を意識してしまう。ああ、香織さんの綺麗な首すじがこんなに近くに。
「ふふっ、緊張しているんですか?可愛いですね。」
「か、かわ!?」
「はい、とても可愛らしいですよ」
「あぅ……」
顔が熱くなるのを感じる。きっと真っ赤になっているに違いない。恥ずかしくて、香織さんの顔が見れない。私は目を瞑って、彼女から顔を逸らす。
「衣織さん、こっちを向いて下さいな」
「む、無理だよ」
「どうしてですか?」
「だって、」
「ほら、大丈夫。怖くないですよ」
優しく諭されるように言われ、私はゆっくりと彼女に向き直った。すると、香織さんが優しい笑みを浮かべていて、私はドキッとした。
「やっとこちらを向いてもらえましたね。嬉しいです。」
「ごめんなさい……」
「謝らないでください。私は貴女とこうしてお話が出来ているだけで幸せなのですから。」
「……ありがとうございます」
こうやって話しているとどこからともなく眠気がやってくる。緊張して眠れないと思いきや、寧ろ普段より寝付きが良くなった。何故だろうか。不思議な程安心するのだ。私は奈落に誘われるように眠りに落ちていった。心地よい温もりに包まれながら。......ああ、私、なんだかこの部屋の仕組みが分かった気がするよ。
◆◆◆
目が覚めると相変わらず白い部屋だった。保健室で眠っていたのだから目が覚めた時に白い部屋なのは当然である。
「おはようございます」
そして、隣で寝ていた香織さんの声が聞こえた。そして、私は、『寝る前』に考えていたことを彼女に伝える。
「2人で寝る時は、これから気をつけなきゃだね」
❦ℯꫛᎴ❧
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人生とは、何があるか分からないものだ。そう世間は口を揃えて言うが、一体誰がこんな展開を予想出来たというのだろう。
「な、な、」
棒立ちになって、口をポカンと開けている少女は、数分前の私、衣織だ。
「なんじゃこりゃあ!」
少女の叫び声が、真っ白な空間の中で響き渡る。部屋で叫んでは、他の人に迷惑がかかるとか、そんな事を考えている余裕は無かった。
◆◆◆
と、言うのも、数分前から私は何故か白い部屋に居た。何も無い。いや、白い机の上に白いメモ帳だけはあったのだが、これだけでは人は住めないだろう。どうして私はこんな所に居るのか、そして、何故この部屋に入るまでの記憶が無いのか。何も分からない。先程から足にチクチクと針で刺すような痛みがあるし、その上記憶もあやふやと来たら、いよいよどうしようも無い恐怖で頭がおかしくなってしまう。そして、何より
「あっ、叫んでごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ。......気持ち、分かりますから......」
私の隣に居るのは香織さん。私は先程まで急に知らない部屋に連れてこられてきゃあきゃあと騒いでいた。それを謝ったのは良いが、何故彼女が私なんかと一緒にいるのだろうか?それが不思議でたまらなかった。私たちは同じ女子校に通っている1年生で、お互い名前くらいは知っている。いや、香織さんに至っては人気者で有名人なので、名前どころか誕生日、血液型、果てには視力までもが筒抜けなのだが。実の所、私も少し香織さんに憧れている。まあ、話した事はおろか、挨拶すら交わしたことの無い仲ではあるが。女子校の王子様って、本当に居たんだなあ、と感動した記憶が私にあった。そうなってくると、ますます私と香織さんが同じ部屋にいる事が不思議である。
「えっと、とりあえずそこのメモ、見ます?」
「あっ、メモあるんだったっけ。」
香織さんの言葉で思い出す。そうだ、ここは何処なのか。まずはそれを知らなければ何も始まらない。足の痛みに耐えながら私は急いで白いメモを手に取り、その中身を確認する。そこにはこう書いてあった。
『ようこそ!衣織&香織様。貴方達はとあるゲームに参加する権利を与えられました!おめでとうごめんなさい!』
と、なんともよく分からない文章が綴られていた。それにしても、ゲームとはなんだろうか。まさかとは思うが、殺生をしろと言っては来ないよな。「ごめんなさい」とはあるので、少しは悪いと思っているのだろうか?
「なんでしょう......ゲーム......?」
「ゲーム......ねえ香織さん。これって、まるで......」
私は、不安でどうしようもなくて、つい、縁起でもない事を言ってしまう。しかし、それは私の隣にいる彼女も同じ気持ちだったようだ。
「これって、まるで、デスゲームみたいじゃない」
「まるで、クトゥルフ神話TR○Gみたいですよね......」
いや、想像しているものは少し違った様だが、命が危険であると言う認識はズレていなかったようだ。
「......」
「......えっと、メモ、続き見ようよ。これじゃあ何のゲームなのかすらも分からないし」
私たちは恐る恐るメモをめくる。紙と紙とが擦れる音すら、私たちにはうるさいと感じた。メモをめくり、怖いくらいに上手な文字で書かれてあったのは
『今から衣織の足の痛みが引くまでの時間以内に手を繋いでください。手を繋ぐことが出来なければ、貴方達2人は此処で一生涯を全うする事となります。』
この、恐ろしい程上手な文字で書かれた恐ろしい文章に、私は冒頭の「なんじゃこりゃあ!」を叫ぶのだった。
〖完〗
と言う使い古された冗談は置いておいて、なんだこの、罰の重さと課題の軽さのギャップは。︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎手を繋ぐ” 確かに、改まって手繋ぎとは、照れくさいものがあるが、それまでだ。命と比べられたら当然手繋ぎをとる。と言うか、「足の痛みが引くまで」などと曖昧な事を言われては、余計に焦るというものだ。
「衣織さん、やりましょう!」
「うぇ!?」
そんな事を考えていたら、香織さんの方から私に手を差し出してきた。彼女の顔を見ると、緊張しながらもやる気に満ちた顔をしていたので、断る理由も無かった。
「そ、そうだね。やろう」
手汗が出ていないかだとか、自分の手が冷たくないかだとか、少し不安になりながらも、ごく自然に香織さんと手を繋ぐ。
「なにも、起きませんね......」
「どうしてだろ......」
あれから1分程手を繋げたままにしたが、特に何も起きなかった。それどころか、部屋のシステムからも何の音沙汰も無い。
「やっぱり、何か別の条件があるのかな?」
「そうですね……あ、」
「どした?香織さん」
「いえ、あの、メモ帳に書かれてある言葉が増えています......」
やっぱり、何かあるのだ。私は手を繋いだのに音沙汰無かったことに納得しつつも、部屋から出られなかったことに落胆しながらメモ帳を見る。
『それは握手です。やり直してください』
「ええーっ!」
「何が違うのでしょう......」
香織さんがそう疑問を口にした時、メモの文章がまた増えた。目の前で超常現象が起きたにも関わらず、私たちは妙に冷静だった。
『いま、貴方達2人は、条件をクリアしようと誓い合うための握手をしたに過ぎません。きちんと、深い関係を築き上げている2人がするようなディープな手繋ぎをお願いします。ちなみに、足の痛みが引くまでにかかる時間は
書道家が書くような美しい文字で、なんて事を綴っているのでしょうこのメモ帳は。字面だけ見れば綺麗だが、言っていることは下品極まりない。それに、先程の私たちの手つなぎが、本当にただの握手だったというのか?私の心の中では、未だに疑問が渦巻いていた。大体、私と香織さんは今日初めて話したばかりで関係など到底ない。それに、手繋ぎにディープもクソもあるものか。
「まあ、とにかくやってみましょうよ」
私が家に入り込んだ蚊を見るような目でメモを睨むと、香織さんが慌ててフォローを入れてきた。彼女は優しい性格の持ち主なのだなあと感心すると同時に、少し申し訳なく思った。まあ、香織さんの言う通り、とりあえず、試してみよう。
「じゃあ、衣織さん」
「はい」
私は香織さんと手を繋ぐ。私たちは困難と青春を共に生きてきた盟友なのだと言った雰囲気を醸し出しながら。
「......えっと、私たちだから、きっと、今回の苦難も乗り越えられるよねっ」
「そうですね!私たちなら出来るはずです!......ええと、ぜ、前回も共に乗り越えましたし!」
「......えーと」
「......」
言葉が詰まる。初めて話す人と親友ごっこは流石に無理があっただろうか。もう少し設定を練るべきだったな、と反省をした。きっとこんなのでは部屋から出してはくれないだろうと思いつつも、ダメ元でメモ帳を覗き込む。
『いいですねぇ、青春』
良いのかよ。......いや、良いとしたらば、どうして部屋から出してくれないのか?私は嘘つきを見るような目で蔑むようにメモ帳を見た。すると。
『ありがとうごめんなさいでした。えっとォ、そーゆーんじゃないんすよねwなんか、イチャ♡イチャ♡ラブ♡ラブ♡って感じの手繋ぎして欲しいッすww』
メモ帳が急におかしな文体になりながらも、私たちをここから出してくれない理由を述べてくれる。なるほど、この部屋は私たちがイチャイチャラブラブするのを求めていたのか。
「いや、なんでよ」
思わずツッコミを入れる私に、香織さんが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
「あ、うん、平気だよ」
「よかったです」
安心した様子の香織さんは、改めて私の顔を見つめてくる。彼女はおもむろに両手で私の右手を握った。そして、恥ずかしげもなく「かわいい」と言ってくれる。香織さんも、この部屋が恋人同士のような手繋ぎを求めていると気づいたのだろう。可愛いと言われるのは率直に嬉しい為、その反動でこれが部屋から出るための演技であることに悲しくなる。しかし、可愛い、可愛いと歌を口ずさむように言われると、やっぱり照れと嬉しさが大きくなった。
香織さんの方が可愛い。
ふわふわしている髪も、ぱっちり二重の目も、透き通るような肌も、全てが完璧だと思った。
そんな彼女が、今、私の手を握っている。これは夢ではないのだろうか。手を繋いでいない方の手で頬っぺたを引っ張ると、ちゃんと痛かった。
「あの、」
「ん?」
「私に……その、キス、とか……」
勇気を出して言ってみた。手を繋ぐだけでも相当に緊張したというのに、更にハードルの高いことを言ってしまった。と言うか、キスだなんてこの部屋も望んでいないことではないか。そう考えると、余計に恥ずかしくなってくる。どうして突然私はそんな事を言ってしまったのだろう?私は自分で自分を殴りたくなってきた。ああ、もう死にたい。いや、死にたくは無い。なんと言うか、消えたい。全世界の人の記憶から私という存在を抹消したい。
「キス......ですか?」
私がそんなネガティブ思考になっていると香織さんが返事をしてくれる。彼女は握っていた片方の手の指を口元にあて、相変わらず綺麗な声で話した。その仕草だけでもドキドキしてしまう。私、別に女の子が好きって訳じゃ無かったはずなのに、どうしてだろうか?香織さんに、憧れていたから?いやでも、それはただの憧れであって、恋心などでは無いはずだ。......無いはずだった。
「あっ、ええと。」
私がえっと、と口ごもっていると、香織さんが微笑んだ。
「キス......して下さらないのですか?」
「えぇぇっ」
「それとも、手を繋いだままでは難しいでしょうか」
あまりの展開に声が裏返った。香織さんが何を言っているのか理解できない。彼女は私にキスをして欲しいと言っているのだ。私は彼女の言葉の意味を噛み砕いて飲み込んだ後、またもや声がひっくり返る。
「えっ!?いや、その」
私は混乱して何も言えない。何も言えないでいると、香織さんが不意に顔を近づけてきて......
「衣織さん、顔まっかです!......かわいい」
至近距離で、彼女は微笑んだ。そうやってまた可愛いことを言うのだから、本当にどうしようも無い。
「私、キスはするよりされる方が好きなのです。......キス、して下さいな」「え、ちょ、ちょっと待って!」
私は焦った。だっていきなり過ぎる。いや、キスだなんて世迷い事を言い出したのは私の方なのだが。それでも、こんなのおかしいじゃないか、と。しかし、そんな私の動揺を他所に、私の体はどんどん彼女にどんどん近づいていく。手を離さないように気をつけながらも、私たちはキスをしようと近づいていった。唇まであと数センチ……といったところで、部屋の扉が開いた。
『お疲れ様でした』
先程までのふざけた口調とは違う、少し真面目な雰囲気の声が聞こえる。条件を達成した時は分かりやすく聴覚で伝えてくれたのだろう。
「あーあ、終わっちゃいましたね」
残念そうな声を出す香織さん。そして、私はと言うと、我に返ってやっと自分の意思通りに動けるようになった身体で慌てて香織さんから離れた。
「あ、あの、」
「衣織さん、真っ赤っかですよ?」
「うぅ……」
恥ずかしくて仕方がない。香織さんはそんな私の反応を見て、くすりと笑った。そして、「大丈夫です」と言ってくれた。何に対しての大丈夫なのかは分からないけれど、その言葉でいくらか救われた気がした。
「さてと、出ましょうか」
香織さんが手を差し伸べてくれる。今度は握手ではなく、しっかりと手を繋げるように、と。
香織さんに引っ張られて部屋の外に出たそこは、私たちが通っている学校の保健室だった。
「あ......」
私はどうやら変な夢を見ていたらしい。むくりと保健室の白いベットから起き上がって漸く気づく。
「おはようございます」
そう言って私に優しく微笑みかけるのは香織さん。頬に赤い跡がついているから、私のベッドの隣で彼女も寝ていたのだろうか。寝ている間ずっと私の手を握ってくれていたらしい。私はその事に気づいた途端、恥ずかしくなって俯いた。
「どうかしましたか?まだ具合が悪いのならば寝ていた方が......」
心配そうに声をかけてくる彼女。夢の中での彼女と変わらない優しい声音だ。私は首を横に振った。
「いえ、そういう訳では……。ただ、その、恥ずかしいだけです」
「無理をして倒れるのは良くないことだけれど、努力するのは良い事ですよ。」
段々と、ここ、保健室に来るまでの記憶が蘇ってくる。今日は体力測定の日で、持久走があったのだ。「今回は20分をきるんだ」って意気込んで......倒れた。いつもは精々25分の人間が、いきなり20分以下でゴールまで到達しようとしたとして、出来る訳が無い。途中で気分が悪くなり、倒れてしまった。香織さんが助けてくれなかったら今頃どうなっていたことだろう?一応、保健室の先生がチェックポイントで見ていてくれているが、先生の死角になってる場所なんて沢山ある。
「香織さん、ありがとうございました。」
私は素直に頭を下げた。
「どういたしまして。もう......いきなり目の前で倒れる物ですから、慌てましたよ。」
香織さんは軽口を叩くように、愚痴を零す。
「……すみません」
「謝ることじゃありませんよ。」
「……はい」
「まぁ、でも、自分の体調管理はしっかりしてくださいね。」
「……分かりました」
私はまたもや反省をする。どうしてこう上手くいかないのか。
「……ところで、衣織さん。先程、どんな夢を見ていたのですか?」
「えっ!?」
唐突に聞かれたものだから、つい大きな声で驚いてしまった。
「ふふっ、驚きすぎですよ。」
「いや、あの、えっと......忘れちゃいました。」
咄嵯に嘘をつく。だって、言えるわけないじゃない!あわあわと慌てる私に香織さんは楽しそうに微笑む。
「......嘘をついている人がよく使う言い訳ですねー、怪しいです!」
「ほんとうですよ!」
「本当ですか?」
「ホントです!!」
そんな問答を何度か繰り返した後、彼女は笑いながら言った。
「なら、これ以上追及するのは止めましょうか。」
「そ、それがいいと思う!」
私が全力で肯定すると、彼女がくすりと笑った。
「そんなに必死になるなんて......本当に覚えていないんですか?」
「うん」
「へぇー......」
何故か意味深な返事をした彼女の顔がだんだんと近づいてくる。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
思わずストップをかける。
「あら、誘ったのは貴方でしょう?」
「あっ、あれは!部屋が恋人同士の演出を望んでいたからであってぇ」
しどろもどろになりながらも、何とか誤魔化す。そうだ。あの時は、演出の為にキスを強請ったのだ。しかし、このごまかし方法を選んだ事を私は直ぐに後悔する。
「......衣織さん。」
「はっ、はいぃい!」
「やはり、覚えているでしょー」
にやにやと笑いながら図星を突く。そんな顔をしていても可愛いと思ってしまうのだから、私はもうどうしようも無いな......って、そうではなくて、どうして香織さんがそのこと、つまり、部屋の事を知っているのだろうか。
「な、なんのことでしょうか」
動揺を隠しきれず吃ってしまう私をみて、やっぱり、と言わんばかりの表情を浮かべる彼女。
「さっきの反応を見て確信しましたよ。それにしても......」
「それにしても?」
「いえ、何でも無いです。......ふふ、人生とは......、人生とは、何があるか分からないものですね。こんな奇跡もあるものです。」
そう言って笑う彼女に首を傾げる私。
「ねぇ、何か知ってるんだよね?教えてよぉ~......」
「嫌です。これは私の宝物なので誰にも渡しません」
「けちんぼ......」
「おほめの言葉として受け取っておきますね」
そうやって二人で会話をしてしばらく経った後、彼女が口を開いた。
「衣織さん、少し聞きたいことがあるんですけど」
急に真面目な雰囲気になったので身構えてしまう。
「......何ですか?」
「......私、香織の事はどれくらい知っているのですか?」
真剣そうな様子で問いかける彼女。その問いに対して、私は素直に答えた。
「えっと、名前とか......好きなこととか、視力が1.7な事とか......あとは........夢の中でしか会ったことがないって感じかなぁ」
どうせバレて居るのだから、素直に夢の事も話す。
「それにしても、突然どうして?」
「いえ……実は、ここ最近変なことが起こるんですよ。」
「例えば?」
「先程あった事とか......ですかね」
「なるほど……確かにそれは不思議だね。」
「毎回毎回、私の夢には衣織さんが居たのですよ。......まあ、覚えてくれていたのは今回が初めてですが。」
「……夢を見始めたのはいつ頃から?」
「……そうですね、去年の5月ぐらいだったと思います。」
夢を見ているということは……、私は香織さんが夢を見た5月に既に出会っていたことになる。いつ、会ったのだろうか。
「香織さん……私と香織さんが初めて会ったその時、私は何をしてた?」
「えっと、確か……寝てました」
「......寝てたんですか」
なるほど、覚えていない訳だ。納得したように呟き、彼女は続ける。
そういえば、先程からずっと気になっていた事がある。
私は、目の前にいる香織さんをじっと見つめてみた。
透けるような白い肌、さらりとした長い黒髪、そして、吸い込まれてしまいそうになる大きな瞳。……綺麗。
そんな感想が出てくると同時に、どこか懐かしい気持ちになる。何処で見たのか思い出せないけれど……。まあきっと、私が覚えていないだけできっと、何処かで会ったのだろう。
「あのー」
「はい?」
香織さんの声ではっと我に帰る。いけない、見惚れてしまっていたようだ。
「……体調は大丈夫ですか......?病気でも無いのに居眠りをしていた私が言えた事でもありませんが、午後の授業は受けた方が良いかと。それに、お弁当も食べていませんし......」
時計を見ると、そろそろ4時間目が終わる時間帯だった。私が倒れてから、30分くらいしか経っていなかったんだなあと、変な感動をする。いつの間にか、足の痛みも引いていた。
「あー、授業......いや、昼休み終わってから教室もどる......」
何故かお腹も空いていないし、何より眠かったので私は、そのままベッドに横になった。
「あら、では私ももう少しここに居てもよろしいでしょうか?」
香織さんがあどけるように微笑む。私はなんだか香織さんだけを立たせているのが悪く思えてきて、これまた世迷い事のような提案をした。
「じゃあ、香織さんもベッドに入る?これ、結構広いし行けると思う」
「あら、良いのですか?......では、お邪魔します。」
つまり、香織さんと2人で1つのベッドに入ることとなる。緊張して眠れないと思いきや、寧ろ普段より寝付きが良くなった。何故だろうか。不思議な程安心するのだ。私は奈落に誘われるように眠りに落ちていった。心地よい温もりに包まれながら。
◆◆◆
目が覚めると、私は何故か白い部屋に居た。何も無い。いや、白い机の上に白いメモ帳と白いベッドだけはあったのだが、これだけでは人は住めないだろう。どうして私はこんな所に居るのか、そして、何故この部屋に入るまでの記憶が無いのか。何も分からない。......いや、先程までの記憶が薄ぼんやりと蘇ってくる。そうだ、確か私は……
「おはようございます」
声が聞こえた方を振り向く。そこには、香織さんが立っていた。
「えっと、ここはどこか分かる?」
「さぁ、分かりません」
「えっと、私はどうして此処にいるんだろう......?」
「知りたいですか?」
…………少し考えてみる。思い出せそうなのに、思い出せない。......ああ、思い出せそうなのに思い出せない事が辛い。まるで漢字テストの様だ。......そんな変な例えは置いておいて、私は一体どうしてしまったのだろう?
「衣織さんが望んでいる答えを言ってあげましょうか?」
「……うん」
香織さんが、目の前にあった机......いや、机の上にあるメモ帳に手を伸ばす。そして、メモ帳の背表紙を私に見せて......
『添い寝しないと出られない部屋』
そこには綺麗にレタリングされた文字でそう書かれていた。
「……え?」
思わず聞き返す私を見て香織さんはくすりと笑う。その表情には悪戯心が見え隠れしていた。
「香織さん......いや、そのメモが言っている意味がよくわからないんだけど……」
「だから、私達が一緒に寝ないとここから出ることは出来ないのです」
「えっと」
私が戸惑っていると、香織さんがメモ帳を机に置いて、私を見つめる。
「思い出そうと、してくれているのでしょう?」
「う、ん……」
「思い出せそうとするだけでも、大きな成果です。」
「……どういうこと?」
「いえ、なんでもありませんよ。」
彼女はそう言うと、私の手を取り、ベッドへと引っ張っていく。︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎添い寝しないと出られない部屋” つまり、香織さんと2人で1つのベッドに入ることとなる。私は慌てて手を振り解こうとしたが、それが出来なかった。特段強い力で握られていた訳でもないのにも関わらず。恐らく、私の気持ちだ。彼女の手を離したく無いと思っている。
「あの、」
私が口を開く前に彼女が言葉を発する。
「衣織さん、いらっしゃい」
香織さんはベッドに入るとぱああっと明るい笑顔で私を誘う。明らかに落ち着いていて、彼女はもしかしてここに何度も入った事があるのかもしれないと不穏な想像が頭を過る。でも、今はそれを考えない事にして、私はそそくさと布団の中に入った。
「……失礼します……」
恐々とベッドに潜り込むと、ふんわりと甘い香りが鼻腔を刺激した。その香りに彼女との距離を意識してしまう。ああ、香織さんの綺麗な首すじがこんなに近くに。
「ふふっ、緊張しているんですか?可愛いですね。」
「か、かわ!?」
「はい、とても可愛らしいですよ」
「あぅ……」
顔が熱くなるのを感じる。きっと真っ赤になっているに違いない。恥ずかしくて、香織さんの顔が見れない。私は目を瞑って、彼女から顔を逸らす。
「衣織さん、こっちを向いて下さいな」
「む、無理だよ」
「どうしてですか?」
「だって、」
「ほら、大丈夫。怖くないですよ」
優しく諭されるように言われ、私はゆっくりと彼女に向き直った。すると、香織さんが優しい笑みを浮かべていて、私はドキッとした。
「やっとこちらを向いてもらえましたね。嬉しいです。」
「ごめんなさい……」
「謝らないでください。私は貴女とこうしてお話が出来ているだけで幸せなのですから。」
「……ありがとうございます」
こうやって話しているとどこからともなく眠気がやってくる。緊張して眠れないと思いきや、寧ろ普段より寝付きが良くなった。何故だろうか。不思議な程安心するのだ。私は奈落に誘われるように眠りに落ちていった。心地よい温もりに包まれながら。......ああ、私、なんだかこの部屋の仕組みが分かった気がするよ。
◆◆◆
目が覚めると相変わらず白い部屋だった。保健室で眠っていたのだから目が覚めた時に白い部屋なのは当然である。
「おはようございます」
そして、隣で寝ていた香織さんの声が聞こえた。そして、私は、『寝る前』に考えていたことを彼女に伝える。
「2人で寝る時は、これから気をつけなきゃだね」
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