私の居場所と羊毛フェルト
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私の居場所と羊毛フェルト
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ちく、ちく、ちく、と針の音がする。私の最近の趣味は羊毛フェルトを作ることだ。ある日突然、異世界に転生してからというもの、する事が一切ない。お金持ちの家に生まれてからの9年間は本当に暇だった。これからもこの暇な毎日が続くのだと考えると気が遠くなる。周りの人間は私の家族を親バカだとか甘やかしすぎだとか揶揄するが、本当にその通りだと思う。箱入り娘のお嬢様も苦労していたのだな、としみじみ思ったりした。
(私の作った作品、売ったらどのくらいになるかな)
もしも私の作品が売れて、人気になれば注文が殺到して......充実した生活が送れるかもしれない。そんな事を考えながら私はちく、ちく、とフェルトに針を刺す。今作っているのはこてんと首を傾げた丸いシマエナガだ。シマエナガを作るのはこれで5匹目。まあるくてコロコロとした見た目が姉に好評なのだ。この世界にはシマエナガ......いえ、前世に居た生物は全て居ない。この可愛らしい見た目の生物達は私の空想上の創作生物として家族や友達に見せている。つまり、この世界の人々がこの子達を見れるのは私が作った羊毛フェルトを見るしかないということだ。
(うん、可愛い)
そろそろ出来上がってきた。強度もそれなりについてきたため、完成でも良いだろう。
(......帰りたいなあ)
帰りたい、とは前世の私の家である。どうもこの世界は私には合わないらしく未だに前世への郷愁が収まらない。特に、羊毛フェルトを作っている時は、前世には確かに存在していた動物たちをこの目で見たいと思ってしまう。ここ最近、前世の記憶が無くなりつつある為、尚更。
「......出来た?」
そう冷たい声で呟くのは私の姉、香織。私が羊毛フェルトを作る時はいつも真横にいるのだ。見ていて何が面白いのかは分からないが、姉曰く、無頓着な毛の塊が可愛い生き物になっていくのが面白いらしい。
「んん、もうちょっと......。ちょっとフェルトを付け足してもふもふ感、出す。」
「分かった」
見るのは良いけれど、無表情でじっと眺められるのは少し小恥ずかしい。私はあまり香織とは目を合わせないようにしながらちく、ちく、と針を刺す。そろそろ完成でいいかな、と小さく頷き、私はシマエナガを作品が飾ってある豪華な棚にぽんと置く。
「衣織」
「どうかした?」
「私も、作ってみたい」
相変わらず冷たい声でそう言う。羊毛フェルトに興味がある事はなんとなく分かっていたが、私と同じで暇つぶしの様なものだと思っていた。まさか作りたいだなんて言うとは思っていなかったのだ。いや、これも暇つぶしの一環だろうか。
「えっ......?!」
「何驚いてるの。」
「いや、何でもない。ごめんね、何作る?」
あまり感情のこもっていない姉の声だが、9年も一緒に居たのだからある程度は分かる。作ってみたいと言っただけなのに大袈裟に驚かれて少し悲しかった、いや、自分を否定された様な気でもして虚しくなったのだろう。悪かったと思い、軽く謝る。普段からはあまり読み取れないが、この人は恐らくとても繊細な人なのだろう。
「これ」
「猫?分かった!」
香織はかなりデフォルメされた猫の羊毛フェルトを指差す。猫とはこれまたお目が高い。猫好きの私はスキップをしながら材料がしまってある棚へ向かう。
「何色の猫ちゃん作るー?私はキジトラ猫!!」
「きじとらねことは...?」
「ああ、えーと、、」
(しまった)
どう言い訳しようか、いや、ここであまり無言の時間を作ってしまうのは違和感か。とにかく、何か言ってしまえばそれで良い。
「キジトラ猫ってのはね、焦げ茶と黒のシマシマ模様の猫のことなんだ!......言ってなかったっけ...」
「初めて聞いた」
「そっか、ごめんごめん、で、お姉ちゃん何作る?同じキジトラちゃんで良いかな」
「では、それで」
私は︎「はーい!」と元気よく返事して、目を輝かせながら材料を漁る。前世の動物を思い出しながらなので、材料を見つけるまでそれなりの時間がかかってしまう。いつも脳内カラーピッカーと同じ数値のフェルトを探すのだ。
◆◆◆
ちく、ちく、ちく、ちく、とただ只管 に針を刺す音だけが響く。私はウキウキと浮き足立って羊毛フェルトの作り方を教えようとしたのだが、
「大丈夫。作り方なら分かる」
その一言で拒否されてしまった。どうやら毎日と言っていい程私の作業を見ていた為、作り方などとうの昔に覚えていたようだ。器用な姉は私にアドバイスを訊ねたりすることも無く上手に猫を作り上げていく。正直、初めてでこんなに上手く作られてしまうと、私の今までの努力が無駄なものに思えてきて、虚しい。でもここでは明るく振る舞わなくてはならない。何故ならば私は9歳の女の子なのだから。
「......お姉ちゃん、凄いね!初めてなのに凄く可愛い!」
「そう?ありがとう。」
香織は手元を見ながら返事をする。私達のちょっとした会話は直ぐに終わり、また針を刺す音だけが広い室内のBGMとなる。分かってはいたが素っ気ない反応で返されて拍子抜けしてしまう。折角明るく振舞ったのだから、もう少し香織も明るく返事をしてぽいところだ。
「ねえ、香織、楽しい?」
「楽しいよ」
あまりにも淡々と羊毛フェルトを作り上げていくものだから、つい私はそんな事を訊いてしまった。こんな事を聞かれたところで、「楽しい」としか返事が出来ないと分かっているにも関わらず。しかし、楽しいと返事をしてくれる姉の言葉に少し安心する。
「良かった」
「うん。衣織といる時間は、楽しい」
「なら良いんだけど。.........?!」
あまりにもあっさりと恥ずかしい台詞を言うものだから、私もあっさりと受け流すところだった。この無言が続く空間が楽しいとな。
「衣織は楽しくない?」
「いや、えっと......急にどうしたの?」
「急?」
「えっ、あっ、ええと」
私は質問を質問で返され言葉が詰まる。香織にとっては先程の言葉は全く急では無いと言うことだろうか。例えそうだとしたら、私と姉で感覚のズレが大き過ぎる。
「ああそうか。衣織からすると急になるのか...。」
「......」
そう香織はぽつりと呟く。羊毛フェルトは既二殆ど完成しているようで、もう作ったパーツを繋げる作業に入っていた。
「この家の女性は、与えられた仕事とかが一切無いじゃない?そんな時に衣織が産まれてきてくれて......漸く、する事が、出来たと言うか......。」
「する事......?」
「うん。衣織が産まれた時、父から姉としての、教育係を任せられた。」
「えっ、そうなんだ」
そんな事は初めて知った。大変じゃないのかとか、そもそも教育係って何か、とか、聞きたいことは山ほどあったけど、私が口を開く前に香織が先に言葉を発していた。
「うん。あくまでも︎︎親の杓子での︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎姉” としての範囲程度だけどね。世話を焼こうとしても、親からは心配されて、何度も止められた。でもね、︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎衣織と一緒にいるのは楽しい” と言い続けて......納得させた。」
私は珍しく沢山喋る香織の話を黙って聞いていた。相変わらず目は合わせてくれないし、淡々とした声だったが、何故だろうか、温もりは感じる。
「だから、本人にも言っていたつもりだった。でも実は全く伝えていなかった。ごめんね」
「いや、お姉ちゃんが謝るこ......いたっ!」
「大丈夫」
「うん、大丈夫。針でちょっと手を刺しちゃった...」
「なら、良いんだけど」
こんな時、隣に居たのが姉でなければ、恐らく私はもう羊毛フェルトの作品を作れなくなっていただろう。私の周りにいる人たちは、私と姉が怪我する原因を徹底的に排除しようとするからだ。怪我をしてしまえば、私の自由が無くなる。そんな人工的な恐怖に怯えながら生きてきたが、隣に居るのが姉ならば、少し安心する。
「ねえ、お姉ちゃん」
「どうした?」
「明日、羊毛フェルトのコツを教えてください」
「始めたての人に何を聞いてるのよ」
そう言いながら香織は微笑んだ。姉が笑った所を見るのはこれで何回目だろうか。恐らく私だけが見る事が出来る貴重な笑顔に、私もつい笑顔になる
「何、笑ってるの」
「いや、何でも〜?」
◆◆◆
「衣織、何作る?」
「うーん、今日は何作ろう......フィレリノとか?」
私達は朝っぱらから趣味の話をする。あれからというもの、私たちは2人で羊毛フェルトの研究ごっこをしている。こうしたら良くなるとか、これを付けたらリアルになるとか、2人でワイワイ......とはいかないが、楽しくやっている。 ちなみに先程私が提案したフィレリノとは、この世界で生きている動物である。全身がふわふわの羽毛に包まれていて、頭に三角の耳が2つ生えている、とても可愛い生き物だ。特に、歩く姿はもう愛くるしい。と言うのも、この子は足元に触手みたいなものが生えており、ゆっくりゆっくりと触手を健気に動かして歩くのだ。不器用にも頑張って動く姿はとても応援したくなる。
「......衣織、もう創作生物は作らないの?」
「うーん、今はどれだけリアルに動物を羊毛フェルトで再現するかにハマってるからなあ......」
「そっか」
と言うのは半分嘘である。本当は、前世の記憶が殆ど無くなってしまったから、もう︎︎前世の生き物が作れないのである。まあ、私の作った作品を見て、それを真似て作ることは可能だが、そんな事をした所で楽しくなかったのだ。
「私、結構、衣織の創った生き物好きなんだけどなあ......」
「今の私の作品は好きじゃない?」
「好きだよ」
そんな事を言いながら、香織は材料が入ってある棚からフィレリノに合う色を探す。そして私は、さも当たり前かのように好きなどと恥ずかしい事を言うものだからびっくりする。いえ、好きと返されると分かっていて尚且つ驚いている私も私だが。やっぱり、私の姉は表情から感情が読み取れないだけで実はかなり素直なのかもしれない。
「......お姉ちゃん」
「なに」
「もし、良かったらなんだけど......一緒に、2人で創作生物作ってみない?」
「やってみる?」
「うん!やってみたい。なんか、創作生物つくってたのが懐かしくなっちゃって......ベースはフィレリノで、私たちで生き物を考えるの!今まで創作は1人でしかやったこと無かったし......誰かと創ってみたいなとは前から思ってたし」
「分かった」
そうして、私たちはあれやこれやとデザイン案を考える。耳を大きくしてみるとか、空を飛べるようにしてみるだとか、おおよそ有り得ない事で討論し合うのだ。しかし、どうにも上手くいかない。それもそうだ。皆には嘘をついているのであって、実の所私は創作なぞした事は無かったからだ。でも、それでも香織と一緒に生物を考えるのは楽しかった。まあ、結局、一日を費やしても創作案は纏まらなかったが。ぼーんぼーんと午後の6時を示す時計の音が鳴った。だが、私達ならば時間はたっぷりある。続きはまた明日やれば良い。
「もう6時......?」
「続きは明日だね」
「うん!...?今日の晩御飯なんだと思う?私はルメイ類!」
「......ルメイは昼食べたからそれはないと思う」
「ええー、ルメイ美味しいのに!」
「美味しいけども」
明日がこんなに楽しみなのはこの世に産まれて初めてかもしれない。昔は今日が終わろうが明日が来ようが全く気にしなかった。それなのに、今は今日があと少しで終わってしまう事にとても寂しさを感じる。
(......前世の記憶ってなんだったんだろう?)
フッとそんな事を考える。私は不安になって慌てて前世の記憶を思い出そうとするが、これっぽっちも思い出せない。いや、私が︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎前世の記憶を持っていた” 事は覚えているのだが、具体的な内容が一切思い出せないのだ。おかしい。つい先程まであった記憶が全く無いのだ。それどころか、その︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎つい先程までの私” が記憶していた前世は、私がした妄想のように思えてくる。︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎先程までの私” は本気で前世の記憶を信じて、それに従って生きていたと言うのに。どうもリアリティが無いと言うか、端的に言うと前世その物が信じられない。
(......?)
私は不思議に思いながらも、とりあえず日常生活を送る。︎︎しかし、 ︎︎ ︎︎"︎︎前世の記憶” そんなほらばなしのような事がどうしても頭から離れなかった。
◆◆◆
「朝だー!朝!朝だよー!ふんふふんふふーん♪ふんふふふんふんったらふんふふんふふーん♪」
私は朝が来たと言うだけではしゃいで回る。それだけ姉である香織との創作が楽しかったのだ。香織はと言うと、朝から異常なテンションになっている私をチラッと見て、さっさと朝の支度を始める。 私も姉に倣って朝の支度を始めるのだが、相変わらずハイテンションのままだった。朝ごはんを食べている時も、ばくばくと少し下品な食べ方をして、早く食べ終わらせる。そして姉を急かす。
「ご馳走様です。............衣織、どうしてそんなに急いでいるの」
「だって!......ええっと!えーっと。......早くやりたいから!」
「それだけ?」
「......ええぇとお」
香織はまるで私が急いでいる意味が分からないと言った目で見つめてくる。もしかして香織は楽しみではないのか。......いや、そうじゃない事を祈ろう。私は、これだけ今日を待っていたのだから。ご飯を食べ終わった後も、早足で私の部屋へ向かう。走ると怒られる為、ギリギリ怒られないラインを見極め乍 歩くのだ。思い出せば、昔はこんな事は一切なかった。私には急ぐべき理由が無かったから。でも、今は姉といる時間が愛おしい。そんな簡単な事だけでもう時間が尊くて堪らないのだ。
「じゃっ、じゃあ!......設計図、じゃなかった。えと、ラフ!今日こそ完成させよう!!」
「......話逸らした。」
「......完成させよう!!!」
私は笑顔で話を逸らした。実は、私が急いでいるのには羊毛フェルトを早く作りたい以外にも、もう1つの理由がある。
(ねこ......)
私はペンや紙、資料として使う動物が載ってある図鑑等を取りに行く途中に最近まで私が作っていた創作生物の︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎ねこ” をチラッと見る。
(確か、︎︎ ︎︎ ︎"︎︎ねこ” は私が︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎前世の記憶” に頼って創った生き物だよね)
そこまでは覚えている。しかし。
(どんな風にデフォルメするか......って考えながら創ったあの︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎ねこ” ......本物はどんな生き物だったんだろう)
どうしても、前世の記憶としての︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎ねこ” が思い出せないのだ。前世の記憶その物が私の妄想であった可能性も無きにしも非ずだが、パーセンテージは低い筈である。私の周りには私が前世の記憶を持っていた証拠が沢山残っているからだ。
「お姉ちゃん、取ってきたよー!」
「ありがとう。......ところで昨日の夜考えた案、発表していい」
「おおー!私も実は何個か思いついてた!では!案の発表会と行きましょーか!」
かり、かり、かり、と鉛筆の音がする。出た意見を香織が紙に纏めている音だ。鉛筆の音がどこか冷たくて無言の瞬間が寂しく感じてしまう。
「......で、.........がひし...た......」
「......」
「.........に......すれ.........聞いてる?」
「あっ!ごめん......うん、それでいいと思う」
「......ありがとう」
今日は、何故か集中出来ない。いや、何故かと言っても理由はハッキリしているのだが、
"何故か” と言ってでも不安から目を背けたくなるのだ。......でも、背けてばかりではいけない。と言うか、自分の心が気になると叫んでいる。
「......ごめん!お姉ちゃん、ちょっと、日記見てきていい?」
「分かった。じゃあこっちでは出た案を綺麗に纏めておく。」
私は香織に許可を貰うなりすぐ本棚へ向かい日記を漁る。記憶が無くなり始めたのはいつ頃か。それは時間が経ったからなのか。それとも、何かしらの外的要因があってこそ起きた現象なのか。気になって、気になって、仕方がない。私はちょっとでも関わりがありそうな事を日記から抜き出しては紙にメモをする。香織に待たせているから、雑な筆記体で書いているが、私が読めれば良い事だ。
......日:裁縫でも始めようと思う
これが書かれたのは1年前。もう随分今の趣味をやっているような気がしていたが、たった1年しかやっていないと思うと少し不思議な感じがする。思えば、私の記憶が薄くなり始めたのはここからだったような気がしてきた。もしかしたら、今いる世界に注意を向けたから前世のことまで頭が回らなくなって自然と消えていっただけかもしれない。と言うのも、昔の私はずっと元の世界に帰ることだけを考えていた。そして、元の世界に帰る方法を調べて、調べて、禁忌に触れそうになった為、辞めた。そんな事を家族にばれてはいけないと焦って、ずーっと人と必要以上に関わらないようにしていたのだ。さらに追い打ちをかけるように当時の私はこの世界での思い出をどんどんと忘れていってしまう為、私の心は常にどうしようもない喪失感に溢れてしまっていた。そんな心の穴を補うべく、毎日毎日代わり映えもない日常を執拗に日記につけていたことだけは覚えている。ある時、ふっと何もかもが面倒になって、始めたこの裁縫という趣味。服を作ったり、テーブルクロスを縫ったりする事は苦手だった為、すぐに羊毛フェルトに移ったが、裁縫は私がこの世界に生まれて初めて行った︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎この世界の住人らしいこと” だったのだと思う。
「お姉ちゃん、お待たせ」
「はい、纏めておいたよ」
「おおー」
昔は、それこそこんな他愛もない話をする事はなかった。姉と話し始めたのだって、人に話せる事、つまり羊毛フェルトを初めてからだ。
「羊毛フェルトに感謝だなあ......」
「......急にどうしたの」
「いや、こんな風にお姉ちゃんと話すようになったのって、羊毛フェルトを初めてからでしょ。だから、羊毛フェルトに感謝!」
「ああ、なるほど......。昔の衣織、やたらと人見知りしてたなあ......」
昔のあの行動が人見知りに見えていたのならば少し安心だ。前世の記憶なんてバカバカしいとは思うけれど、当時は本気で信じていたから。
◆◆◆
「出来たー!完成!ね、すごく可愛い!」
デザインが決まってからはとても早かった。あれこれと弄りまくった為、もう元がフィレリノとは予測も出来ないほどかけ離れているが、それが創作というものなのだろう。
「うん」
「ねえねえ、次はこの子の天敵を作りたい!」
「天敵......?この子、食べられる側なんだ」
「いや、ピラミッドで言うとかなり上の方なんだけど......それでも天敵は居る!みたいなポジション」
「あー。知性がある動物に食べられるのかな」
「そうそう!......知性があるってことは食べられる際には料理されるってことだよね」
「どこが美味しいんだろうか」
早速物騒な事を言っているが、私が思うに、こういったものは関連するものから連想ゲームのように繋げていくことが最もやりやすいと思うのだ。
「うーん、フィレリノの天敵はミェトだからミェトっぽくする?」
「......この子、もうフィレリノに見えない」
「確かに、どっちかって言うと...」
昔の私ならばこんな話は出来なかった
私が生きていくのはこの世界。居場所なんて、考える必要も無いくらい分かっている事だ。私に前世の記憶があったとか、無かったとか、そんな事はもうどうだっていい。今はただ、姉である香織との尊い日々を慈しむだけだ。
「......ねえ、お姉ちゃん」
「......なに」
「私、前世の記憶があったかもしれないの」
「前世......凄いね」
「でもさ、もう忘れちゃって......」
「あらら」
なんとなく、思いついた事。これは、なんの根拠もないただの妄想に過ぎないのだけれど。それでも、沢山の場所に散りばめられた伏線から、やっぱり私はこう、思うのだった。
「記憶が、前世の記憶が無くなり始めたのって、お姉ちゃんと話すようになってからなんだよね。......もしかしたら、私の前世の記憶が消えちゃったのって、もう必要無くなったからなんじゃないかなーって、思うの。」
「必要......?」
「私ね、お姉ちゃんと遊ぶようになる前って、とっても退屈だったの。だから、前世の楽しかった記憶に縋ってた。でも、もう、そんな事をする必要が無くなったんだ!」
「......なる、ほど」
私がそれを言った瞬間、香織は少し気まづそうに俯く。今まではこんな時、私が変なことを言ってしまって困っていると後ろ向きに考えていたが、もう分かる。照れているのだ。やっぱり、私の姉は分かりにくいだけであって実は結構素直なのだなあ、と改めて感じた。
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ちく、ちく、ちく、と針の音がする。私の最近の趣味は羊毛フェルトを作ることだ。ある日突然、異世界に転生してからというもの、する事が一切ない。お金持ちの家に生まれてからの9年間は本当に暇だった。これからもこの暇な毎日が続くのだと考えると気が遠くなる。周りの人間は私の家族を親バカだとか甘やかしすぎだとか揶揄するが、本当にその通りだと思う。箱入り娘のお嬢様も苦労していたのだな、としみじみ思ったりした。
(私の作った作品、売ったらどのくらいになるかな)
もしも私の作品が売れて、人気になれば注文が殺到して......充実した生活が送れるかもしれない。そんな事を考えながら私はちく、ちく、とフェルトに針を刺す。今作っているのはこてんと首を傾げた丸いシマエナガだ。シマエナガを作るのはこれで5匹目。まあるくてコロコロとした見た目が姉に好評なのだ。この世界にはシマエナガ......いえ、前世に居た生物は全て居ない。この可愛らしい見た目の生物達は私の空想上の創作生物として家族や友達に見せている。つまり、この世界の人々がこの子達を見れるのは私が作った羊毛フェルトを見るしかないということだ。
(うん、可愛い)
そろそろ出来上がってきた。強度もそれなりについてきたため、完成でも良いだろう。
(......帰りたいなあ)
帰りたい、とは前世の私の家である。どうもこの世界は私には合わないらしく未だに前世への郷愁が収まらない。特に、羊毛フェルトを作っている時は、前世には確かに存在していた動物たちをこの目で見たいと思ってしまう。ここ最近、前世の記憶が無くなりつつある為、尚更。
「......出来た?」
そう冷たい声で呟くのは私の姉、香織。私が羊毛フェルトを作る時はいつも真横にいるのだ。見ていて何が面白いのかは分からないが、姉曰く、無頓着な毛の塊が可愛い生き物になっていくのが面白いらしい。
「んん、もうちょっと......。ちょっとフェルトを付け足してもふもふ感、出す。」
「分かった」
見るのは良いけれど、無表情でじっと眺められるのは少し小恥ずかしい。私はあまり香織とは目を合わせないようにしながらちく、ちく、と針を刺す。そろそろ完成でいいかな、と小さく頷き、私はシマエナガを作品が飾ってある豪華な棚にぽんと置く。
「衣織」
「どうかした?」
「私も、作ってみたい」
相変わらず冷たい声でそう言う。羊毛フェルトに興味がある事はなんとなく分かっていたが、私と同じで暇つぶしの様なものだと思っていた。まさか作りたいだなんて言うとは思っていなかったのだ。いや、これも暇つぶしの一環だろうか。
「えっ......?!」
「何驚いてるの。」
「いや、何でもない。ごめんね、何作る?」
あまり感情のこもっていない姉の声だが、9年も一緒に居たのだからある程度は分かる。作ってみたいと言っただけなのに大袈裟に驚かれて少し悲しかった、いや、自分を否定された様な気でもして虚しくなったのだろう。悪かったと思い、軽く謝る。普段からはあまり読み取れないが、この人は恐らくとても繊細な人なのだろう。
「これ」
「猫?分かった!」
香織はかなりデフォルメされた猫の羊毛フェルトを指差す。猫とはこれまたお目が高い。猫好きの私はスキップをしながら材料がしまってある棚へ向かう。
「何色の猫ちゃん作るー?私はキジトラ猫!!」
「きじとらねことは...?」
「ああ、えーと、、」
(しまった)
どう言い訳しようか、いや、ここであまり無言の時間を作ってしまうのは違和感か。とにかく、何か言ってしまえばそれで良い。
「キジトラ猫ってのはね、焦げ茶と黒のシマシマ模様の猫のことなんだ!......言ってなかったっけ...」
「初めて聞いた」
「そっか、ごめんごめん、で、お姉ちゃん何作る?同じキジトラちゃんで良いかな」
「では、それで」
私は︎「はーい!」と元気よく返事して、目を輝かせながら材料を漁る。前世の動物を思い出しながらなので、材料を見つけるまでそれなりの時間がかかってしまう。いつも脳内カラーピッカーと同じ数値のフェルトを探すのだ。
◆◆◆
ちく、ちく、ちく、ちく、とただ
「大丈夫。作り方なら分かる」
その一言で拒否されてしまった。どうやら毎日と言っていい程私の作業を見ていた為、作り方などとうの昔に覚えていたようだ。器用な姉は私にアドバイスを訊ねたりすることも無く上手に猫を作り上げていく。正直、初めてでこんなに上手く作られてしまうと、私の今までの努力が無駄なものに思えてきて、虚しい。でもここでは明るく振る舞わなくてはならない。何故ならば私は9歳の女の子なのだから。
「......お姉ちゃん、凄いね!初めてなのに凄く可愛い!」
「そう?ありがとう。」
香織は手元を見ながら返事をする。私達のちょっとした会話は直ぐに終わり、また針を刺す音だけが広い室内のBGMとなる。分かってはいたが素っ気ない反応で返されて拍子抜けしてしまう。折角明るく振舞ったのだから、もう少し香織も明るく返事をしてぽいところだ。
「ねえ、香織、楽しい?」
「楽しいよ」
あまりにも淡々と羊毛フェルトを作り上げていくものだから、つい私はそんな事を訊いてしまった。こんな事を聞かれたところで、「楽しい」としか返事が出来ないと分かっているにも関わらず。しかし、楽しいと返事をしてくれる姉の言葉に少し安心する。
「良かった」
「うん。衣織といる時間は、楽しい」
「なら良いんだけど。.........?!」
あまりにもあっさりと恥ずかしい台詞を言うものだから、私もあっさりと受け流すところだった。この無言が続く空間が楽しいとな。
「衣織は楽しくない?」
「いや、えっと......急にどうしたの?」
「急?」
「えっ、あっ、ええと」
私は質問を質問で返され言葉が詰まる。香織にとっては先程の言葉は全く急では無いと言うことだろうか。例えそうだとしたら、私と姉で感覚のズレが大き過ぎる。
「ああそうか。衣織からすると急になるのか...。」
「......」
そう香織はぽつりと呟く。羊毛フェルトは既二殆ど完成しているようで、もう作ったパーツを繋げる作業に入っていた。
「この家の女性は、与えられた仕事とかが一切無いじゃない?そんな時に衣織が産まれてきてくれて......漸く、する事が、出来たと言うか......。」
「する事......?」
「うん。衣織が産まれた時、父から姉としての、教育係を任せられた。」
「えっ、そうなんだ」
そんな事は初めて知った。大変じゃないのかとか、そもそも教育係って何か、とか、聞きたいことは山ほどあったけど、私が口を開く前に香織が先に言葉を発していた。
「うん。あくまでも︎︎親の杓子での︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎姉” としての範囲程度だけどね。世話を焼こうとしても、親からは心配されて、何度も止められた。でもね、︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎衣織と一緒にいるのは楽しい” と言い続けて......納得させた。」
私は珍しく沢山喋る香織の話を黙って聞いていた。相変わらず目は合わせてくれないし、淡々とした声だったが、何故だろうか、温もりは感じる。
「だから、本人にも言っていたつもりだった。でも実は全く伝えていなかった。ごめんね」
「いや、お姉ちゃんが謝るこ......いたっ!」
「大丈夫」
「うん、大丈夫。針でちょっと手を刺しちゃった...」
「なら、良いんだけど」
こんな時、隣に居たのが姉でなければ、恐らく私はもう羊毛フェルトの作品を作れなくなっていただろう。私の周りにいる人たちは、私と姉が怪我する原因を徹底的に排除しようとするからだ。怪我をしてしまえば、私の自由が無くなる。そんな人工的な恐怖に怯えながら生きてきたが、隣に居るのが姉ならば、少し安心する。
「ねえ、お姉ちゃん」
「どうした?」
「明日、羊毛フェルトのコツを教えてください」
「始めたての人に何を聞いてるのよ」
そう言いながら香織は微笑んだ。姉が笑った所を見るのはこれで何回目だろうか。恐らく私だけが見る事が出来る貴重な笑顔に、私もつい笑顔になる
「何、笑ってるの」
「いや、何でも〜?」
◆◆◆
「衣織、何作る?」
「うーん、今日は何作ろう......フィレリノとか?」
私達は朝っぱらから趣味の話をする。あれからというもの、私たちは2人で羊毛フェルトの研究ごっこをしている。こうしたら良くなるとか、これを付けたらリアルになるとか、2人でワイワイ......とはいかないが、楽しくやっている。 ちなみに先程私が提案したフィレリノとは、この世界で生きている動物である。全身がふわふわの羽毛に包まれていて、頭に三角の耳が2つ生えている、とても可愛い生き物だ。特に、歩く姿はもう愛くるしい。と言うのも、この子は足元に触手みたいなものが生えており、ゆっくりゆっくりと触手を健気に動かして歩くのだ。不器用にも頑張って動く姿はとても応援したくなる。
「......衣織、もう創作生物は作らないの?」
「うーん、今はどれだけリアルに動物を羊毛フェルトで再現するかにハマってるからなあ......」
「そっか」
と言うのは半分嘘である。本当は、前世の記憶が殆ど無くなってしまったから、もう︎︎前世の生き物が作れないのである。まあ、私の作った作品を見て、それを真似て作ることは可能だが、そんな事をした所で楽しくなかったのだ。
「私、結構、衣織の創った生き物好きなんだけどなあ......」
「今の私の作品は好きじゃない?」
「好きだよ」
そんな事を言いながら、香織は材料が入ってある棚からフィレリノに合う色を探す。そして私は、さも当たり前かのように好きなどと恥ずかしい事を言うものだからびっくりする。いえ、好きと返されると分かっていて尚且つ驚いている私も私だが。やっぱり、私の姉は表情から感情が読み取れないだけで実はかなり素直なのかもしれない。
「......お姉ちゃん」
「なに」
「もし、良かったらなんだけど......一緒に、2人で創作生物作ってみない?」
「やってみる?」
「うん!やってみたい。なんか、創作生物つくってたのが懐かしくなっちゃって......ベースはフィレリノで、私たちで生き物を考えるの!今まで創作は1人でしかやったこと無かったし......誰かと創ってみたいなとは前から思ってたし」
「分かった」
そうして、私たちはあれやこれやとデザイン案を考える。耳を大きくしてみるとか、空を飛べるようにしてみるだとか、おおよそ有り得ない事で討論し合うのだ。しかし、どうにも上手くいかない。それもそうだ。皆には嘘をついているのであって、実の所私は創作なぞした事は無かったからだ。でも、それでも香織と一緒に生物を考えるのは楽しかった。まあ、結局、一日を費やしても創作案は纏まらなかったが。ぼーんぼーんと午後の6時を示す時計の音が鳴った。だが、私達ならば時間はたっぷりある。続きはまた明日やれば良い。
「もう6時......?」
「続きは明日だね」
「うん!...?今日の晩御飯なんだと思う?私はルメイ類!」
「......ルメイは昼食べたからそれはないと思う」
「ええー、ルメイ美味しいのに!」
「美味しいけども」
明日がこんなに楽しみなのはこの世に産まれて初めてかもしれない。昔は今日が終わろうが明日が来ようが全く気にしなかった。それなのに、今は今日があと少しで終わってしまう事にとても寂しさを感じる。
(......前世の記憶ってなんだったんだろう?)
フッとそんな事を考える。私は不安になって慌てて前世の記憶を思い出そうとするが、これっぽっちも思い出せない。いや、私が︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎前世の記憶を持っていた” 事は覚えているのだが、具体的な内容が一切思い出せないのだ。おかしい。つい先程まであった記憶が全く無いのだ。それどころか、その︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎つい先程までの私” が記憶していた前世は、私がした妄想のように思えてくる。︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎先程までの私” は本気で前世の記憶を信じて、それに従って生きていたと言うのに。どうもリアリティが無いと言うか、端的に言うと前世その物が信じられない。
(......?)
私は不思議に思いながらも、とりあえず日常生活を送る。︎︎しかし、 ︎︎ ︎︎"︎︎前世の記憶” そんなほらばなしのような事がどうしても頭から離れなかった。
◆◆◆
「朝だー!朝!朝だよー!ふんふふんふふーん♪ふんふふふんふんったらふんふふんふふーん♪」
私は朝が来たと言うだけではしゃいで回る。それだけ姉である香織との創作が楽しかったのだ。香織はと言うと、朝から異常なテンションになっている私をチラッと見て、さっさと朝の支度を始める。 私も姉に倣って朝の支度を始めるのだが、相変わらずハイテンションのままだった。朝ごはんを食べている時も、ばくばくと少し下品な食べ方をして、早く食べ終わらせる。そして姉を急かす。
「ご馳走様です。............衣織、どうしてそんなに急いでいるの」
「だって!......ええっと!えーっと。......早くやりたいから!」
「それだけ?」
「......ええぇとお」
香織はまるで私が急いでいる意味が分からないと言った目で見つめてくる。もしかして香織は楽しみではないのか。......いや、そうじゃない事を祈ろう。私は、これだけ今日を待っていたのだから。ご飯を食べ終わった後も、早足で私の部屋へ向かう。走ると怒られる為、ギリギリ怒られないラインを見極め
「じゃっ、じゃあ!......設計図、じゃなかった。えと、ラフ!今日こそ完成させよう!!」
「......話逸らした。」
「......完成させよう!!!」
私は笑顔で話を逸らした。実は、私が急いでいるのには羊毛フェルトを早く作りたい以外にも、もう1つの理由がある。
(ねこ......)
私はペンや紙、資料として使う動物が載ってある図鑑等を取りに行く途中に最近まで私が作っていた創作生物の︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎ねこ” をチラッと見る。
(確か、︎︎ ︎︎ ︎"︎︎ねこ” は私が︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎前世の記憶” に頼って創った生き物だよね)
そこまでは覚えている。しかし。
(どんな風にデフォルメするか......って考えながら創ったあの︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎ねこ” ......本物はどんな生き物だったんだろう)
どうしても、前世の記憶としての︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎ねこ” が思い出せないのだ。前世の記憶その物が私の妄想であった可能性も無きにしも非ずだが、パーセンテージは低い筈である。私の周りには私が前世の記憶を持っていた証拠が沢山残っているからだ。
「お姉ちゃん、取ってきたよー!」
「ありがとう。......ところで昨日の夜考えた案、発表していい」
「おおー!私も実は何個か思いついてた!では!案の発表会と行きましょーか!」
かり、かり、かり、と鉛筆の音がする。出た意見を香織が紙に纏めている音だ。鉛筆の音がどこか冷たくて無言の瞬間が寂しく感じてしまう。
「......で、.........がひし...た......」
「......」
「.........に......すれ.........聞いてる?」
「あっ!ごめん......うん、それでいいと思う」
「......ありがとう」
今日は、何故か集中出来ない。いや、何故かと言っても理由はハッキリしているのだが、
"何故か” と言ってでも不安から目を背けたくなるのだ。......でも、背けてばかりではいけない。と言うか、自分の心が気になると叫んでいる。
「......ごめん!お姉ちゃん、ちょっと、日記見てきていい?」
「分かった。じゃあこっちでは出た案を綺麗に纏めておく。」
私は香織に許可を貰うなりすぐ本棚へ向かい日記を漁る。記憶が無くなり始めたのはいつ頃か。それは時間が経ったからなのか。それとも、何かしらの外的要因があってこそ起きた現象なのか。気になって、気になって、仕方がない。私はちょっとでも関わりがありそうな事を日記から抜き出しては紙にメモをする。香織に待たせているから、雑な筆記体で書いているが、私が読めれば良い事だ。
......日:裁縫でも始めようと思う
これが書かれたのは1年前。もう随分今の趣味をやっているような気がしていたが、たった1年しかやっていないと思うと少し不思議な感じがする。思えば、私の記憶が薄くなり始めたのはここからだったような気がしてきた。もしかしたら、今いる世界に注意を向けたから前世のことまで頭が回らなくなって自然と消えていっただけかもしれない。と言うのも、昔の私はずっと元の世界に帰ることだけを考えていた。そして、元の世界に帰る方法を調べて、調べて、禁忌に触れそうになった為、辞めた。そんな事を家族にばれてはいけないと焦って、ずーっと人と必要以上に関わらないようにしていたのだ。さらに追い打ちをかけるように当時の私はこの世界での思い出をどんどんと忘れていってしまう為、私の心は常にどうしようもない喪失感に溢れてしまっていた。そんな心の穴を補うべく、毎日毎日代わり映えもない日常を執拗に日記につけていたことだけは覚えている。ある時、ふっと何もかもが面倒になって、始めたこの裁縫という趣味。服を作ったり、テーブルクロスを縫ったりする事は苦手だった為、すぐに羊毛フェルトに移ったが、裁縫は私がこの世界に生まれて初めて行った︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎この世界の住人らしいこと” だったのだと思う。
「お姉ちゃん、お待たせ」
「はい、纏めておいたよ」
「おおー」
昔は、それこそこんな他愛もない話をする事はなかった。姉と話し始めたのだって、人に話せる事、つまり羊毛フェルトを初めてからだ。
「羊毛フェルトに感謝だなあ......」
「......急にどうしたの」
「いや、こんな風にお姉ちゃんと話すようになったのって、羊毛フェルトを初めてからでしょ。だから、羊毛フェルトに感謝!」
「ああ、なるほど......。昔の衣織、やたらと人見知りしてたなあ......」
昔のあの行動が人見知りに見えていたのならば少し安心だ。前世の記憶なんてバカバカしいとは思うけれど、当時は本気で信じていたから。
◆◆◆
「出来たー!完成!ね、すごく可愛い!」
デザインが決まってからはとても早かった。あれこれと弄りまくった為、もう元がフィレリノとは予測も出来ないほどかけ離れているが、それが創作というものなのだろう。
「うん」
「ねえねえ、次はこの子の天敵を作りたい!」
「天敵......?この子、食べられる側なんだ」
「いや、ピラミッドで言うとかなり上の方なんだけど......それでも天敵は居る!みたいなポジション」
「あー。知性がある動物に食べられるのかな」
「そうそう!......知性があるってことは食べられる際には料理されるってことだよね」
「どこが美味しいんだろうか」
早速物騒な事を言っているが、私が思うに、こういったものは関連するものから連想ゲームのように繋げていくことが最もやりやすいと思うのだ。
「うーん、フィレリノの天敵はミェトだからミェトっぽくする?」
「......この子、もうフィレリノに見えない」
「確かに、どっちかって言うと...」
昔の私ならばこんな話は出来なかった
私が生きていくのはこの世界。居場所なんて、考える必要も無いくらい分かっている事だ。私に前世の記憶があったとか、無かったとか、そんな事はもうどうだっていい。今はただ、姉である香織との尊い日々を慈しむだけだ。
「......ねえ、お姉ちゃん」
「......なに」
「私、前世の記憶があったかもしれないの」
「前世......凄いね」
「でもさ、もう忘れちゃって......」
「あらら」
なんとなく、思いついた事。これは、なんの根拠もないただの妄想に過ぎないのだけれど。それでも、沢山の場所に散りばめられた伏線から、やっぱり私はこう、思うのだった。
「記憶が、前世の記憶が無くなり始めたのって、お姉ちゃんと話すようになってからなんだよね。......もしかしたら、私の前世の記憶が消えちゃったのって、もう必要無くなったからなんじゃないかなーって、思うの。」
「必要......?」
「私ね、お姉ちゃんと遊ぶようになる前って、とっても退屈だったの。だから、前世の楽しかった記憶に縋ってた。でも、もう、そんな事をする必要が無くなったんだ!」
「......なる、ほど」
私がそれを言った瞬間、香織は少し気まづそうに俯く。今まではこんな時、私が変なことを言ってしまって困っていると後ろ向きに考えていたが、もう分かる。照れているのだ。やっぱり、私の姉は分かりにくいだけであって実は結構素直なのだなあ、と改めて感じた。
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