2.邂逅
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私が先頭に立ち、藤襲山の木々の中を突き進む。行冥の刀を奪った人物を捜しているのだが、中々見付からない。
「もう大分遠くに行ったのかな…」
私がぽつりとそう呟くと、後ろを歩いていた行冥が静かな声で話す。
「いや…先程から遠くで微かに声がする」
「え、私には聞こえないんだけど」
負けじと聞き耳を立ててみるが、やはり人の声などは聞こえては来なかった。
この人はどれだけ聴力が良いんだろう、と思っていると、行冥はぴたりと足を止め、訝しげに眉を顰めた。
「…血の匂いがする」
急ごう、という彼の言葉に従い、私達は足早にその方へと向かった。
彼の示した方向へ進むにつれ、血の匂いがどんどんと濃くなる。
そして遂に、その元へと辿り着いた時。
鬼が一体、木の幹に磔状態にした一人の男性の腹を掻っ捌き、腸を引きずり出す瞬間を目の当たりにした。
「っ…!」
人が死ぬ瞬間を目撃し、思わず足が止まり身体が強ばる。しかしここで怯む訳にはいかない。
たった今絶命したその人が手にしていた刀。
それが手から滑り落ちるのを見て、私はその方へと突撃した。
勿論、その方向には鬼もいる。
「羽把岐…!?」
いきなり鬼に突っ込んで行く私に行冥は驚いた声を上げていたが、私の考えを説明する暇なんてなかった。
鬼が日輪刀の存在に気づき、踏んで折られたりでもしたら、こちらの唯一の攻撃手段が減ってしまう。
それだけは何としても避けたいと思い、刀の奪取を目論んでいた。
「…あ?何だぁ?」
どうやらその鬼は動きは鈍いようで、私が近付くのに気が付くと、緩慢な動作でこちらに身体を向ける。
すると
口腔内奥には、人間には無い管のようなものが一瞬見えた。
何だか妙に嫌な予感がし、直後に私に向かって飛んできた何かを咄嗟に屈んで
頭の上を掠めて行ったのは、半透明な液体状のものだった。
(毒か…?)
一抹の不安を覚えつつも、私は地面を蹴り飛び上がると同時に刀を構えてそれを振り下ろし、鬼の片腕を落とした。
途端、鬼の低い悲鳴が上がる。
着地すると同時に、亡くなった男の手から落ちた刀を拾い上げると、行冥がいる方へと投擲した。
「受け取れ!!」
投げた刀はひゅん、と風を切る音を立てた後、彼の傍の木に突き刺さった。
これで二対一に持ち込める、戦況が有利になった。と、思ったのだが。
「…あ、あれ?」
立ち上がろうとしたのだが、右足がぐん、と地面に引っ張られて持ち上がらない…と言うより、動けない。
足元を見ると、先程この鬼が吐き出した液体と同じ色のものが、私の足元にあった。
この液体、どうやら強い粘着性のあるものらしい。
(あ、これはまずいぞ)
思わぬ危機に、内心焦る。
片腕を斬られた鬼の攻撃の矛先は、勿論私である。…草鞋と足袋を悠長に脱いでる暇は無さそうだ。
動けない中、どうにか応戦するしかないかと刀を構えた時だった。
「うおおおお!!!」
「!?」
突如上がった力強い大きい声に、私は思わず固まった。
その声の主は、先程まで静かで落ち着いた声をしていた行冥のものだとは直ぐに分からなかった。
私が投げた刀を手にした行冥は、鬼の背後から袈裟斬りにしたかと思うと、間髪入れずに首を落としていた。
あっという間の出来事に、私はぽかんとして彼を見つめるばかりであった。
鬼の頭部と身体が塵となり、崩れていく。
それと同時に、私の足元の粘液もどろりと溶けだして粘着力が和らいだ。
血鬼術の類なのだろうが、何だか気持ちが悪いと思った私は踏みつけた方の足を振って液体を飛ばしつつ、行冥に礼を言った。
「危なかったー…ありがとう、助かったよ」
「…君は後先を顧みないきらいがある。刀の奪取に失敗したら、どうするつもりだったのか」
「う……そ、それは…その時考えるし…」
まさかお説教を食らうとは思わず、私はただ視線を泳がせてごにょごにょと口ごもるしかなかった。
刀はしっかりと回収できたし鬼も倒せたしで結果としては良しでは、と内心拗ねながら愚痴ていると、ふと彼の顔は違う方に向いているのに気付いた。
見えていないはずだが、その双眸をじっと向けた先にいたのは、鬼に腹を裂かれ絶命した男の亡骸。
磔状態から拘束が解けたのか、今は幹を背もたれにして、血溜まりの中に俯いて座り込んだ姿勢になっている。
恐らく、行冥から刀を奪った男だろう。
彼は黙ったままその遺体に近付くと、その前で膝をつきしゃがみ込んだ。
「…刀を奪って行ったのって、コイツ?」
「…ああ」
答えながら、行冥の目からはまたぼろぼろと涙が零れ出していた。
「ちょ、何も泣かなくても…」
他人の武器を奪っておきながら死んだのだから、バチが当たったのだと私ならば容赦なくそう思う。
「コイツだって悪い事をしたんだから、情けをかける必要は無いと思うけど」
「…それでも、命を落とすことまでは無かった。……血の匂いに惹かれて多数の鬼がここに集うだろう。埋葬するには時間が無い故、せめて短く経をあげたいのだが…構わないだろうか」
「うぅっ………分かった、いいよ!好きにしなよ!」
はらはらと涙を流すその横顔を見て、私は納得がいかないながらも結局はその申し出に折れた。
行冥は手首に身に付けていた数珠を手にすると、静かな声で読経を始める。
私はその横に立っていたのだけれども、"追悼も何もしない自分"という状況に何だか次第にいたたまれない気持ちになり、結局は一緒になって地面に膝をつき、隣で合掌することにした。
…この行冥という男は、きっとどこまでも優しい性格なのだろう。
今だって、自分が被害を被った側なのに加害者の人の為に涙して、わざわざ読経まであげている。
優しい人が犠牲になるのは、私の十五年という人生の中でも度々目にしてきた。
いつだって、そういう人達が割を食うのだ。
(…この人は、これからもそんな目に合うんだろうか)
優しさに付け込まれて、利用されて捨てられて。悪意のある人間に不当な扱いを受けるのだろうかと考えると、心配になると同時に少なからず私の中の庇護欲が刺激されるのが分かった。
合掌した体制のまま内心やきもきしていると、いつの間にか読経は終わっていたようで、行冥の声が止んでいた。
「……行こう」
彼はそう言いながら立ち上がるも、白の眼からはまだ雫が滴り落ちていた。