短編
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まさかこんな血鬼術が存在するなんて。
そう思いながら、私はいつもより近くなった地面と、大きくなった山の木々が生い茂る道等を眺めながら歩いていた。
ただ、歩いているといっても四足歩行である。
身体も小さくなったので、いつもなら到着している頃合いだろうに、一向に目的の屋敷は見えてこなかった。
"何でこんな事に…"
そう一人呟くも、私の口から紡がれるのはその言葉ではなく「うにゃうにゃ」という、到底日本語ではない言語。
今の私は、どこからどう見ても立派な猫になっていた。
遡ること数時間前。
任務に赴いていた私は、報告にあった目的の鬼と対峙していた。
その鬼は身軽で瞬発力もあるものの、力自体は然程強くもなく、これなら怪我も負わずに難無く首を落とせそうだと判断した。
しかし、そんな油断をしていたせいだろうか。
私相手では敵わない、と悟り逃亡していたその鬼は、突如方向転換をして私の方に立ち向かってきた。
「おっと…!」
咄嗟に反応し、寸前のところでその鬼の爪の攻撃を
しかし完全には避けきれずに、鬼の爪先が私の腕を掠めた。
思えば、その時のかすり傷が今この姿になる原因だったのかもしれない。
躱した後、相手の隙を見計らって首を刎ね、その後はいつも通り処理は隠に任せて、私は自身の屋敷へと戻った。
その頃には腕に負った傷の事は完全に忘れており、お風呂の後に朝餉を済ませて寝るかと考えながら着替えようとした時に、ようやく自身の身体の変化に気が付いた。
「…あれ?」
手足がやけに短くなっている?それに爪も何だか鋭くなって─
腕や手を見つめながらそう思っている間に、私の身体はみるみるうちに縮んで行く。
それと同時にふわふわとした毛に被われ、着ていた隊服は緩くなり、果てにはそれに全身覆われてしまった。
最初は自身の身体に何が起きているのか訳がわからず混乱したが、被さった隊服からもぞもぞと抜け出して部屋にあった姿見にふと目を遣ると、そこに映っていたのは一匹の猫の姿。
右手を上げれば、鏡に映る猫も同じ方の前足を上げる。
そうして自分が猫になってしまったのだと、その時自覚した。
(…まあ、日光を浴びていればじきに元の姿に戻るだろう)
姿を変える血鬼術の存在は聞かされており、医療係の隠からは「血鬼術も日光が弱点のため、もし姿を変えられた場合は陽の光を沢山浴びて下さい」と過去に忠告を受けていた。
そのため
この姿の手だと、何も出来ないということだ。
箸を持つことはおろか、料理する為に包丁を持つことだって出来ない。
水を飲もうにも、井戸の縄を降ろしたり桶を抱えたりことすら出来ないのだ。
"……まずい"
焦りを感じ始めた私はそうぽつりと呟いたが、口から出た言葉は「にゃあ」という猫の鳴き声。
これでは隠達にも意思疎通が取れないのでは─
ここでいよいよ以て焦った私は、ふと猫好きで甲斐甲斐しく世話をする、ある人物の姿が思い浮かんだ。
そうだ、行冥に助けてもらおう。
彼ならば猫の扱いに慣れているだろうし、常日頃あれこれ面倒を見ている。
それゆえ猫になってしまった私の意向も、何となく察してくれそうな気さえする。
とりあえず、まずはこの空腹と喉の渇きを助けてもらおうと考え、早速その人物の屋敷へと向かった。
そして今、こうして慣れない四足で山道を歩いているのだが。
(まだ着かない…)
人間の姿からこれだけ小さくなったのだから、歩幅も大きく変わってくる。
何だか猫の姿って不便な事が多いな、と考えながらひた歩き、そうしてどうにか行冥の屋敷へと辿り着く事が出来た。
いつものように中庭の方へとまわり、そこの縁側から中へと上がり込もうとしたが。
(足、拭かなくて良いのかな)
普段ならば靴を脱げばそれで済むのだが、今は猫の姿である。
せめて足裏を拭くなり何なりした方が良いのかと思い悩んでいたが、ここは家主の判断に任せることにした。
"行冥ーっ!!"
私としては彼の名前を呼んだつもりだったが、やはり口からは猫の大きい鳴き声が出るばかりだった。
そうして縁側の踏み石から何度か名前を呼んだ時。
「…迷い猫か」
縁側の廊下奥から行冥は姿を現し、その人物を視界に捉えた途端私はほっと安堵した。
しかし問題はここからである。
"行冥、助けて!猫になっちゃって何も出来ない!とりあえず食料確保だけでもしたい!"
猫語でそう熱弁を奮うものの、果たして彼に通じているのだろうか。
どきどきしながら、不安が入り交じる心地でじっとその人物の顔を見つめたところ、行冥は優しい声と表情で猫の私に話し掛けてきた。
「…腹でも空かしているのか?何か用意しよう、まずは上がりなさい」
(良かった、察してくれた!)
偶然なのかはさておき、行冥は見ず知らずの猫を受け入れてくれた上、こちらの希望に応えてくれそうで私は内心歓喜に湧いた。
しかしここで、先程から悩んでいた事柄が引っかかる。
"んん…このまま上がって良いのかな…"
人間だと裸足で上がり込むようなものだ。
屋敷の中が汚れてしまうのでは、とあれこれ迷っていると、行冥は躊躇している私の前に来てしゃがみ込み、こちらに手を差し伸べて軽々と抱き上げた。
「…人慣れはしているようだな」
"そりゃあ私だからね"
向こうからすればただの猫かもしれないが、こちらとしては日々あれこれ睦まじくしている間柄の人物である。
大人しく彼の腕の中に抱かれながら、とりあえずこのまま身を任せることにした。
行冥は猫の姿である私の四つ足と身体を濡れ布巾で軽く拭いた後、居間に連れて行き囲炉裏の前にある座布団へと、そっと降ろしてくれた。
「此処で大人しく待っていると良い…」
そう言いながら、軽く私の頭を撫でた。
彼の手はいつもより更に大きく感じたものの、撫でる手つきは人間の姿の時と変わらない、とても優しいものだった。
ここでいつもなら、一緒に台所に行き何かと手伝うが、今の姿では何も出来ない足手まといである。
言いつけ通りに囲炉裏の前で大人しくじっと座っていると、少し経った頃に盆を持って家主が部屋に戻ってきた。
「…食べると良い」
そう言いながら私の前に差し出されたのは、水の入った器と、皿に載せられたご飯に鰹節がかかったもの。その皿の端には魚の身が
"ありがとう!いただきまーす!"
用意してくれた食事に感謝の言葉を述べたものの、自身の口からは上機嫌な声色をした猫の鳴き声が出るばかりだった。
それでも行冥はこちらの心情を悟ったのだろうか、いつもより穏やかな笑みを口元に浮かべていた。
彼も任務帰りだったのか、これから朝餉をとるらしい様子である。
二人…もとい、一人と一匹で並んで食事をしようとした時だった。
ふと私はある事に気が付いた。
…箸が無い。
それもそうである、猫なのだから箸を使う必要は無いのだから。
しかしガワは猫でも中身は人間のままである。
このまま普通の猫のように食べても構わないのだろうが─
(何かこう…人としての尊厳が…!)
猫の食べ方を人で現すとしたら、四つ這いになって皿に顔を突っ込む状態なのだろう。
その意識がどうしても脳裏にちらつてしまい、目の前の食事を口にするのが
すると隣で食べ始めていた行冥は、こちらが口をつけていない気配を察したのだろう。
「…どうした、食欲が無いのか。それともお前好みの物ではなかったか…?」
"そうじゃないけど…"
行冥の心配をさせない為にも早々に手をつけた方が良いのだろうが、さてどうしたものかと考えていた時だった。
猫は犬よりも前足を器用に動かせるから、せめて手掴みの要領で食べれるのでは、と思い至った。
これも人間の場合だと行儀は悪いが、犬食いよりはマシだろう。
そう思い、早速前足である手を使って目の前の皿にある米を掬い上げる。
猫の小さい足では掬える量は少ないものの、肉球の上には確かに食物が載っていた。
(よし、これならいける!)
そうして"前足で掬ってご飯を食べる猫"となった私は、どうにか食事にありつくことができた。
途中、横にいた人物はこちらの奇妙な食べ方をするのを気配から察知したようで「変わった食べ方をするのだな」と呟いていたが、これも私の尊厳の為である。
猫らしからぬ行動をしている事は自覚しているが、それはもう無視することにした。
慣れない体故からか、時間をかけつつも食事を終えて、空腹も喉の渇きも満たされ一息ついていた。
後は縁側で日光を浴びて、血鬼術が解けるのを待つだけだな、と思っていると、皿を片付けた行冥が再び部屋に戻ってきた。
すると彼は私の傍に来て座り込むと、おもむろに私の頭をそっと撫でてきた。
「…この人慣れしている様子からして、お前はどこかで飼われていた猫なのだろうか」
"うーん、私だって気付いてもらえればなぁ…"
返事はするものの、さすがの行冥も猫語は通じない。
それならば、いつも私がよくとる行動をすれば気付いてもらえる可能性が多少はあるかもしれない。
あまり期待はし過ぎない心持ちで、彼に近付いて身体を寄せると、胸元に顔を擦り寄せて甘えてみた。
すると向こうは半ば感激したように抱き締めてくる。
「ふ…お前は随分と人懐っこいのだな…」
あ、駄目だこれ完全に普通の猫だと思われている。
行冥の反応を目の当たりにして、この猫こそが"羽把岐 真尋"だと気付いてもらうことは速攻で諦めた。
それにしても、今の行冥の様子は何だかいつもより嬉しそうな声をしている。
おや…?と思っていると、更に彼は独り言のように呟く。
「南無猫可愛い…」
…何だか人間の姿でいる時よりも、喜んでないか?
気のせいだと思いたいところだったが、以降は彼からの「可愛い」発言が多発したりずっと抱きしめたまま撫でている所からして、私が人間でいる時よりも猫の姿で甘えられる方が嬉しい事が発覚し、何だか複雑な気持ちになった。
そうして行冥が猫吸いやら何やらを満喫した後、私を抱き抱えたまま立ち上がる。
「さて、任務明けで私はこれから眠るが…お前も共に来るか?」
(あー、このまま一緒に寝るのも良……いや良くない!!私は縁側で日光を浴びないといけないっ!!)
散々撫でられて心地良くなり、無意識に喉がごろごろと鳴っていた私だが、ふと大事な事を思い出す。
このまま襖が閉められた陽の射さない彼の部屋へと拉致られる訳にはいかないと思い、ばたばたともがいて彼の腕から飛び降りた。
「……一緒に寝るのは嫌だったか」
猫に添寝を拒否された事が悲しかったのか、行冥はちょっと泣いている様子だった。
しょんぼりした彼の顔を見て少し心が傷んだが、私が元の姿に戻る方が優先事項である。
襖の木枠をかりかりと引っ掻いて開けるよう
そうして廊下に出て日当たりの良い縁側に来ると、私は"ここで寝る"と猫の鳴き声で告げた。
「そうか、お前は此処が良いのだな」
暫し待て、と彼が言うと、再び先程いた部屋へと戻って行った。
そして程なくして、囲炉裏の周りにあった座布団を一枚持って来てくれた。
「この上で眠ると良い…」
日当たりの良い場所に座布団を置き、ぽんと手をついて指示する。
やはり猫好きなだけあって、何かと面倒見が良い人なんだな、と改めて実感した。
"ありがとう、お言葉に甘えるね"
猫の言葉だから通じないのは分かりながらも、礼を述べて彼の腕に頭を擦り寄せた。
やはり行冥は優しく微笑むばかりで、軽くこちらの頭を撫でた後は自身の部屋へと行ってしまった。
(本当は一緒に寝たいところだけど…)
心のどこかで名残惜しさを感じつつ、私は元の姿に戻るべく用意してくれた座布団の上に寝転ぶと、そのままうとうとと日向ぼっこを開始した。
日当たりの良い暖かな縁側で眠って、どれくらい経ったのだろうか。
ふと目を覚まし、直ぐさまに自身の手を見てみるも、まだふわふわの毛が生えており、掌には丸っこく可愛らしい肉球があった。
"まだ治っていないかー…"
がっかりした心地で空を仰いだ。
日の高さからして、今は正午前頃なのだろう。
行冥はまだ眠っているのかと気になり、彼の部屋へと覗きに行って見る事にした。
襖の枠を爪で引っ掛け、ぐっと力を入れて開く。
少し隙間ができたそこに、鼻先を突っ込み強引に頭を捩じ込んだところ、さすが猫の身体といったところだろうか。
その狭い隙間から、するりと中へ入り込む事が出来た。
部屋の主はまだ布団に体を横たえており、両目は閉ざされていた。
先程共に食事していた時は気が付かなかったけれども、今こうして間近で彼の顔を見たときに頬に浅い傷が出来ていた。
人間の姿ならば、その髪や傷を負った頬を撫でる事が出来るのに。
今の姿だとそれすらも出来ないもどかしさに、何だか物寂しくなってしまった。
せめて口付けだけでもしたいなと思い、目尻付近に唇を寄せたつもりだったけれども、猫の姿だと鼻先が先に当たってしまった。
"…口付けすらまともに出来ないとか"
やっぱり猫の体は不便だ、と思いながら愚痴たが、か細い声で"んー"と鳴くばかりだった。
すると口付け(鼻先が触れただけだが)か、或いはその鳴き声で起きたのかは定かではないが、行冥の閉ざされていた瞼がそっと開く。
「…部屋に入ってきたのか。こちらに来るか?」
言いながら、行冥は布団の肩口を持ち上げて誘ってくれる。
猫でも人間でも、私にとってはこれは嬉しいお誘いである。
本当はまだ日光に当たっていた方が良いのだろうけれども、その誘惑には抗えずに、のそのそと彼の布団の中へと潜り込んだ。
その中へと侵入したついでに、折角ならと彼の胸板の上に登り伏せると、所謂香箱座りの状態でそこから顔を眺めた。
行冥は猫に甘えられて、ものすごく嬉しそうな様子である。
(普段の私にもこんなにデレデレしないのに…)
恐らく、私の今の眼差しはジト目になっていることだろう。
しかしこちらの不満や不機嫌具合には一切気付かず、下敷きになっている人物はただ嬉しそうに顔を綻ばせて頭や背中を撫でていた。
もうふて寝しようかな、と思っていた時だった。
不意に、手足にむず痒さを感じた。
その瞬間、短くもことことした毛皮に覆われていた前足が、するすると伸び始めるのを視界は捉えた。
"えっ、え!?"
声帯はまだ猫の言語だったものの、身体はみるみるうちに人間のものへと戻っていく。
そうして瞬く間に、私は無事人間の姿へと戻った。
まじまじと自身の手のひらを見つめ、改めて人間の腕を確認する。
「良かった、戻ったー…!」
ほっと一安心していると、ふと眼下にいる人物が固まっているのに気が付いた。
「…は…………真尋…?」
まあ、胸板の上に乗っかっていた猫がいきなり人間になったら驚くのも無理はないだろう。
思考停止している様子の行冥に、私は猫になった経緯とここに来た理由を話した。
血鬼術で姿を変えられていたと聞き、向こうも納得した様子だったものの、心無しか落ち込んでいる様子が見受けられた。
落胆している様子がありありと見受けられるその表情や態度に、私もさすがに物申した。
「それにしても…猫相手だと随分と嬉しそうだったね?人間の私にもあんなデレデレしないのに」
「む……」
私の言葉に、眼下に映る行冥の表情は途端に気まずそうなものになり、顔を少し背けた。
その態度からして、猫の前だとデレるという自覚はあるということか。
人間の私よりも猫の方に心を許しているように感じ、それが何だか小憎たらしく思えてきて、思わず彼の頬をむに、と軽く摘んだ。
「人間の私相手にもデレなよー、ほらほら」
「い、いや、それは………それよりも真尋、そろそろ服を纏うなり何なりしてくれまいか…」
ますます気圧されている様子の行冥だが、苦し紛れにもとれる彼からの言葉でふと気付いた。
猫の姿になった時に、自身の屋敷に隊服を置いてきてしまったから、今の私の姿は当然全裸である。
そして猫がいた位置にそのまま置き換わったものだから、裸の私が行冥の上に跨り、傍から見ればまるで寝込みを襲っているように映ることだろう。
「確かにいつまでもこの格好ではいられないけど…隊服、私の屋敷なんだよねぇ」
「…それならば、今だけ私の着物を羽織っていれば良い。君の隊服は私が持って来よう…だから退いてくれ…」
「んー……やだ」
「………」
私の返答に、行冥は訝しむように眉根を寄せた。
その表情からして、こちらの良からぬ考えを薄々悟ったのかもしれない。
私はにっこり笑って、彼の上から退く条件を出した。
「私が猫でいた時みたいに、たくさん『可愛い』って言って撫でてくれたら退いてあげるよ」
「…!?いや…今の君にそれをする訳にはっ…!」
「何か不都合が?」
「………」
行冥は何か言いたげに口を開いたが、言葉を紡がずに困り顔のまま閉口してしまった。
その頬や耳にはほんのりと赤みがさしている。
男らしく余裕のあるいつもの態度とは違い、今の彼は珍しくたじろいでいる様子だった。
滅多にない自身が有利な状態に、思わず顔がニヤついてしまう。
「猫みたいに可愛がってくれないのなら、しばらくはこのままだね」
「なっ…!?」
怯んでいる行冥の上に跨ったまま、私は彼の胸板を指先で撫でながら首筋に口付けた。
それを制止しようとするも、こちらの素肌に触れることに抵抗があるのか、或いは歯止めが効かなくなるからなのか、行冥の手は寸前の所で止まるのが横目に見えた。
恐らく今の彼の脳内は、本能と理性がせめぎ合っていることだろう。
どちらかに天秤が傾くまでの間、それまではこちらも猫のように甘えさせてもらおうかな。
そう考えながら、もう一度彼の首筋に口付けを落とした。