短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
時に任務では、様々な場所へと赴く事がある。
そしてそれが柱ならば尚更だ。
鬼殺隊の拠点とする場所の近隣はもちろんの事、遠く離れた
その為、人々が集い夜に賑わう場所─花街や遊郭にも向かう事があるのは理解していた。…はずだった。
その日私は、遣わされた先での鬼の討伐を終え、上機嫌で自身の屋敷へと戻る所だった。
いつもの見廻り担当の区域から外れていたため、見知らぬ土地や景観が新鮮なものに映り、その景色を楽しみながら歩いていた所、どうやら自分が歩いているこの街中は昔、岡場所であったらしい。
今でこそ政府からの法規制により花街として栄えているが、それらの目を掻い潜って密かに"色"を売る店もちらほらと散見される。
これから日が傾き始める頃合い、往来には多くの男性の姿が見受けられた。
そしてそんな人々を店に招き入れようとする、客引きの女性達。
店の中からは三味線の音、店先には客を呼び込む女の猫なで声が私の耳に届いていた。
男女の色恋沙汰と金の駆け引きが始まる前の独特の空気の中を、私は"これもまた醍醐味か"と思い一人だけこの空間に馴染まずに、
すると不意に、遠く離れた前方に人混みから飛び抜けて大きい人物の姿を見つけた。
往来にいる人並みと比べて明らかに上背が大きすぎるので、遠目でもはっきりとそれが行冥だと分かった。
こんな人混みにいるなんて珍しいな、と思いつつも、こうして偶然出くわした事につい嬉しさを感じてしまう。
私は人の波間を縫って進み、その人物にどんどん近付く。
「おーい行、め……?」
少し大きめの声量でどうにか聞こえる程度の距離まで近付き、声を掛けようとした時。
彼に呼び掛ける私の言葉は、尻すぼみに途切れてしまった。
というのも、声を掛けようとしたその人物は、店先で一人の女性と何やら話し込んでいる様子だった。
店前に立つ女の姿は、どうやら遊女らしく柔そうな丸みを帯びた腰つきに、豊かな胸元。
長い髪を結い上げて着物を少し着崩しており、遠目でも色っぽい雰囲気を帯びている事が分かる出で立ちだった。
そんな人物と話していた様子の行冥は、どうやら会話を終えたのか不意に背を向けて歩き出す。
するとその女性の手がするりと彼の腕へと伸びて、腕を組んで歩き出した。
(……あ)
思わず視線を足元に落とした。
何となくその二人の姿を見てはいけないと思ってしまった。
…否、見てはいけないのではななく"見たくない"という気持ちの方が強かったのかもしれない。
果たして二人がどんな会話をしていたのかは定かではない。
ただ、盲目故に聴覚等の感覚を研ぎ澄まして周囲の状況を把握する行冥が、人がひしめき合うこの花街にいるというのも妙な話ではある。
(…いや、行冥もきっと任務で来ているだけだ。あの女の人からも、鬼の情報を聞き出していただけだろう)
自身にそう言い聞かせながらも、私はその二人が向かった先へと進む気が起きなくて、
その間もずっと、二人が並んでいた後ろ姿が脳裏に焼き付いたように離れなかった。
──────
行冥が花街にいたのを見掛けてから三日経った。
その間、私は日々悶々とした気持ちで過ごしていた。
就寝時も中々寝付けず、気分転換にと鍛錬を行ってもあまり集中力が続かない。
気が緩むとすかさず頭に浮かんで来るのは、花街で遊女と並んでいた彼の姿ばかりだ。
「………スッキリしない」
今日は任務も無く、丸一日休暇を与えられているものの、気分はそうしてずっと曇ったままなので、自室でだらだらと寝転びながら一人そう愚痴ていた。
この
恐らく行冥も任務であの場所にいたのだろうけども、それでも"もしかしたら"という様々な悪い考えが浮かんでしまう。
彼の事を信じていない訳ではないのだけれども、任務以外であの場所にいた可能性だって、全く無いとは言い切れない。
向こうも男性である。柱同士であるが故に中々私と逢う時間が作れず、そういう欲求が溜まり発散目的で利用する事だってあるかもしれない。
あるいは単純に─
(……私に飽きた、とか…?)
そう考えた瞬間、自分でその予想をしておきながら思った以上にへこんでしまった。
しかしよくよく考えてみると、飽きというよりも呆れられる行動はしていたかもしれない。
思えば、私の突拍子もない言動で行冥が困った顔をしているのも、割とよく見受けられた気がする。
そんな事が積み重なり、いい加減私に嫌気がさして他の人に気が向いた、という事もありうる。
…これは思った以上に深刻な問題なのでは?
悪い考えは何故だか次々と、容易に浮かんできてしまう。
しかしこんな所で一人うじうじと思い悩み、考えあぐねていた所で解決するでも無し。
本人に直接色々と問い質して、はっきりと真相を言ってもらった方が一番手っ取り早い。
まあ、いざ本音を訊くとなると勇気はいるだろうけども、こちらの傷付く心構えは出来ている。
「……よしっ!!」
掛け声と共に気合いを入れた私は、寝転んでいた体勢から勢い良く起き上がると、その勢いのまま屋敷を飛び出した。
─────
「行冥!いるーッ!?」
意気込んで訪れた恋人の屋敷の縁側から、威勢よく大きい声で呼び掛ける。
するとその人物は自室にいたようで、遠くから微かに返事が聞こえてきた。
「……真尋か。少し待っててくれ…」
そう返ってきた行冥の言葉は、いつも通りの落ち着いた声色だった。
しかし完全に勢い込んでいる私は、その指示通りにその場で待たずに、靴を脱ぎ捨てて縁側から屋敷内へと上がり込み、ずかずかと廊下を進んでその人物の部屋の襖を勢い良く開いた。
すぱん!と大きい音を立てて開かれた襖の先には、ひどく驚いた表情を浮かべた行冥がいた。
どうやら任務から戻った後だったようで、隊服から着物へと着替えている途中だったらしい。
着物の襟は合わさっているものの整えられてはおらず、帯もまだ締められていない状態だった。
「なっ……一体どうしたのだ…」
表情の通り、ひどく困惑した様子で突然現れた私におずおずと訊ねてくる行冥。
しかしはっきり問い質すのならば、相手が気後れしている今しかない。
果たして、傷付く真相を言われる可能性だってあるかもしれないものの、私は意を決して彼に訊ねた。
「その…行冥は私のこと……飽きた…?」
「………は…」
こちらの発言に、呆気にとられた様子で茫然としている行冥。
しかしそんな人物を前にした所で、口火を切ったからにはもう言葉が止まらなかった。
「遠慮しないではっきり言っていいよ!髪が長い方が好きなら伸ばすし、何なら色気が必要なら素肌の露出多くするよ!それにただの性欲の捌け口として扱われても、私はッ…!!」
「待て、落ち着け真尋。……話が見えてこないのだが…」
今まで抱えていた想いや考えが暴走して熱弁を振るう私に対し、行冥は相変わらず戸惑い顔のままながらも、冷静にこちらを
行冥の言葉で少し落ち着きを取り戻し、今は彼の部屋で向かい合う形で座っている。
私が屋敷に乗り込んできたこれまでの経緯を話すと、行冥の返答はやはり私が予測したものの通りであった。
先日花街にいたのは任務の為で、遊女と話していたのも鬼の情報収集の為だったらしい。
その後腕を組まれたのも、向こうが店へと招き入れようと食い下がり引き止めていた、とのことだった。
「あの場所が芸だけでは無く、春も売っていたとは私も後から知った…」
「うん、ですよねー…まあそんな気はしてたけど…」
ひとまず私の思い過ごしであった事が判明し、ほっと胸を撫で下ろした。
しかし目の前の人物は、さも不思議そうな表情を浮かべてこちらに問い掛けてきた。
「…そもそも、私を『信頼している』という君が何故そこまで気を揉んでいたのか、
「それはっ……その…」
一瞬、私の抱えていた想いを正直に話してしまうと"子供じゃあるまいし"とか"心が狭い"などと思われるのでは、と考えてしまったが、目の前にいる人物はそんな事を思うほど狭量な人ではないということは、私がよく理解している。
それでもやはり言葉にするのは、心のどこかで引け目を感じてしまうのだろうか。
つい
「………行冥がかっこいいから、誰かに取られたりだとか…気持ちが離れてったら悲しいなって…」
「…………」
正直に答えたものの、言った後から恥ずかしくなってしまった。
これではまるで、わがままを言う子供みたいじゃないか。
こんな言い分をする私に対して、行冥もさすがに呆れているのだろうか。
何だかこわくて顔は見れずに、彼の足元の方にだけちらりと視線をやった。
すると膝上に置かれていた手が、ぐっと拳を握り、まるで何かを堪えているように見受けられた。
…やっぱり呆れられたかな。
少し後ろ向きな気持ちでそう考えていると、目の前の人物は小さく息をついた後、静かな声で返した。
「どんな状況に
真っ直ぐな物言いに、つい俯きがちになっていた視線を上げて彼の顔を見た。
目の前にいる真摯な面持ちをしたその人の目は、
「…本当に?」
「ああ。…現に花街で言い寄ってきた者には、はっきりと断った」
「…そうだったんだ」
その言葉だけで、何だか嬉しくなってしまった。
つまり行冥は私という存在を、どこにいてもしっかりと意識してくれているということだ。
沈みかけていた気持ちが浮上し、思わず表情が綻んでしまう。
そんな感情のせいもあってか、つい目の前にいる彼に気になった事を訊ねてみた。
「ちなみに、どんな断り方を…?」
「……それを聞き出すのか…」
少し眉根を寄せて、困った表情を浮かべる行冥。
しかし私が先程まで不安を抱いていたせいもあってか、少し
「……"私には心に決めた者がいる故、そのような場所へは行かぬ"といった旨を話した」
「そっかそっかー!えっへへへ…!」
行冥からの私を大切に想う言葉を受け取り、完全に気分が舞い上がってしまった。
きっと今の私の表情は、見事なまでに緩みきっていることだろう。
しかしもはや自身の表情などどうでも良い。
私は浮かれ気分のままに、目の前に座っている人物へと抱き着いた。
身体が大きいためか、行冥は私が飛びついたところで倒れる事も無く、難無く受け止める。
「ごめんね、少しでも疑ったりして。…でも、行冥の本音とか色々聞けて良かった。ありがと、大好きだよ」
そう伝えた後に、軽く口付けをした。
一瞬唇が触れた程度の本当に軽いものだったけれども、それが理性崩壊のきっかけになってしまったのだろうか。
今まで無言でいた行冥は、おもむろに私を強く抱きしめ返すと、今度は向こうから口付けをしてきた。
しかし彼からのそれは軽いものではなく、舌が口腔内に捩じ込まれるというものだった。
「…!?んっ…、ぅ…」
突然の深い口付けに驚いたものの、大好きな人からの愛情表現や欲求を向けられる事に嫌な気持ちにはならないし、何ならこちらからも応えたい。
そんな想いもあってか、私の方も舌を絡めてそのまましばし深く口付けを交わしていた。
そうして唇が離れた頃には、私達の間には完全にこれから事に及ぶ空気が漂っていた。
しかしそこでふと思い出した事があり、心配になった私は顔が間近にある彼に訊ねてみる。
「そういえば行冥、任務から戻ってきたばかりで疲れているんじゃないのかなって思ったけど…」
「…問題は無い、今回はさして苦労せずに済んだ。それ故、体力は有り余っている…」
「ふふ、本当かなぁ」
くすくす笑う私を抱きしめたまま、行冥は優しく畳の上にそっと寝かせてくれた。
そして私の身体に覆い被さるように、彼の身体が上に来る。
「……君の方は良いのか」
「あははっ、断るのならこの状況にはならないよ」
恐らく彼なりの"断るのなら今のうち"という最終通告だったのだろう。
しかしこの体勢になったからには、もう後に引けないし引くこともない。
私は両手を伸ばし、行冥の首筋後ろに掌を乗せるとそっと引き寄せて、再度唇を重ねた。
とにかく今は、この人からの愛を一身に受けたい。そんな気持ちだった。