短編
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幸先が悪いなあ、などと思いながら、私は突然のにわか雨に降られながら目的地へと急いでいた。
今日は久々の暇をもらい、そして恋仲相手である行冥もその日と重なっていた。
"お互いの余暇が被った場合は、どちらかが屋敷へと泊まりに行く"という習慣が馴染んできた頃で、私は浮かれた気分で行冥の屋敷へと向けて歩みを進めていた。
しかしその道中、空の雲行きは怪しくなってきており、鉛色の空からは今にも雨が降ってきそうな天候へと移り変って来ていた。
せめて屋敷に辿り着くまでは持って欲しいな、と思っていたものの、私の願いも虚しく無慈悲にも空は大粒の雫を一気に降らせてきた。
ぱしゃぱしゃと雨水を踏む足音を響かせながら、外泊の為に持ってきた荷物をぎゅっと抱えてひた走る。
そうして目的の屋敷へと辿り着いた頃には、私はすっかりずぶ濡れになっていた。
「……この雨の中を来たのか」
「うん、此処に着くまで持つかなって思ったけどダメだったー」
雨に濡れて顔に張り付いた前髪を手櫛で直しながら、玄関まで出迎えてくれた人物の言葉に苦笑い混じりに返答する。
すると目の前の人物、もとい行冥は少し心配げな表情で私に助言した。
「途中、何処か木の下辺りでも雨宿りをすれば良かっただろう…」
「んー…それもちょっと考えたけど。でもそこで足止め食らったら、その分行冥と一緒にいる時間も短くなるから嫌だなって」
「…………」
私の言葉に相手は口を噤んだ。
しかし、相変わらず眉は八の字を描いているものの、表情は心配そうなものから照れが入り交じったものへと変化していた。
どうやら私の"一秒でも長く一緒にいたい"という気持ちは嬉しいらしい。
同じ思いについ顔がニヤけてしまいそうになる中、向こうは気を取り直した様子で中へと誘う。
「……ひとまず、部屋に行って着替えると良い。その間に私は拭くものを用意しよう…」
「ん、ありがと。それじゃお邪魔しまーす」
客室を使うよう案内され、私は玄関から中へと足を踏み入れた。
そうしていつも使わせてもらっている客室用の部屋に行き、荷物を解いて中から着替えを取り出す。
荷物の中にある衣服といえば、念の為持ってきた隊服と寝る時の寝衣くらいだ。
今の時刻から寝る方の衣服を着るのもな、と思い、今着ている着物が乾くまでの間はひとまず隊服の袴とワイシャツで代替することにした。
濡れて湿った着物を脱ごうかと思い帯を解き始めた丁度その時、襖の向こうから家主の声が掛かった。
「真尋、手拭いを持って来た。…開けても良いだろうか」
「ありがとう!入って来て大丈夫だよ」
行冥の心遣いを嬉しく思いながら私がそう返答した所、彼は静かに襖を開いた。
その手には、濡れた身体や髪を拭う為の数枚の手拭いがあった。
「それ受け取る前に先に着てるもの脱いじゃうから、ちょっと待ってね」
「…………」
中途半端に脱ぎかけるよりも、水気を含んで重たい着物を脱いだ方が動きやすいし、それに行冥も見えていないのなら良いかと思い、特に何も気にせず着物をどんどんと着崩して行く。
ばさりと着物が床に落ち、襦袢の腰紐を解いた所で、不意に立ち尽くしていた人物から声が掛けられた。
「…………真尋…」
「ん?…ああ、着物も脱げたし手拭い受け取るね。ずっと持たせててごめん」
「……違う、私が言いたい事はそうではない…」
「…?」
用意した物をずっと持たせていて痺れを切らしたのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。
困惑とも躊躇いともとれる何とも言えない表情のまま、彼は何処か言いづらそうにしつつも言葉を紡いだ。
「……君は私が見えないと思って、構わず衣服を脱いでいるのだろうが…」
「?うん」
「その……衣擦れや帯紐を解く音などで、君が今どんな姿なのかを想像しまって、だな………少なからず、情欲が煽られてしまっている…」
「…!?なんっ…何かそれ、すごいいやらしい感じがする!」
「君がそういう行動を取っているからだろう…」
非常に言いづらそうにしている行冥の発言に、思わず襦袢の合わせを掴んで身体を隠してしまった。
つまり彼は、私の脱衣してあられもない姿を脳裏に想像してしまっている、と。
恋人同士だし、ましてや既に肌を重ねた事もあるからそれくらい大した事でもないのだろうけれども、"盲目の彼がそういう想像をしている"という事実が何だかやけに破廉恥に思えてしまった。
しかしながら、私に対してそういった気持ちを抱いているという点は嫌な気がしない。
というよりも、むしろちょっと嬉しさすら感じる。
向こうは図らずとも劣情を抱いて申し訳なさそうにしているが、こちらとしては更に求められても良いくらいだ。
そんな欲が私の中に湧いてしまい、部屋の前で何処か気恥しさを滲ませて立ち尽くしている行冥にそっと近付いた。
「ちなみに…行冥の想像では、今の私の格好はどんな姿をしているのかな」
「それを訊ねるのか……」
にやにやと笑いながら問い掛ける私に対し、相手はやや呆れ気味に返すものの一呼吸おいてから、律儀にもぽつりと返事をした。
「………襦袢一枚だけ纏っている姿だ…」
「ふふふ、果たして本当にそうかな?」
「…!?」
あまりにも予想外だったのか、私の返した言葉にひどく驚いた顔をこちらに向ける行冥。…まあ、その予想で合っているんだけども。
しかし悪戯心の芽生えた私は、もう留まる所を知らなかった。
「それじゃ答え合わせしよっか」
「……答え合わせとは…」
行冥が事実を確認する方法は一つ、触れて確かめる、という行動だけだ。
そしてそれを悟ったのか、彼の表情がはっとしたものに変わった時には、私は既にその人物に抱き着いていた。
がっしりとした体幹に両腕をまわしながら、自身の胴体を密着させる。
「正解は行冥の予想通り、襦袢一枚でした!ほらほら、触って確かめて良いよー」
「…………」
けらけらと笑いながらふざける私に対し、抱き締めている人物は無言になってしまった。
おや、と思い顔を上に向けて見上げると、何かを堪えているような雰囲気を纏わせながら、行冥は静かに訊ねてきた。
「……真尋」
「ん?」
「………これは、誘っていると受け止めて良いのだろうか…」
ここで違うと言えば、彼はきっと湧いた情欲を強い理性で抑え込んでしまうのだろう。
無理矢理私の身体を弄ぶような事はしない優しい人だと分かるから、益々愛おしくなってしまう。
そんな愛情を募らせながら、私はその彼の言葉に小さく返事をした。
「…誘っていなかったら、こんな事しないよ」
その言葉が承諾の意と捉えた人物は、不意に私を抱きしめ返すと、そのまま数歩歩みを進めて室内に入った。
私もそれに合わせて思わず少し後ずさりする。
その直後に行冥の背後の襖が後ろ手で閉められ、ばさりと床に何かが落ちる音がした。
それが、彼の手にあった手拭いだと気付くのにそう時間は要さなかった。
(…あ。着物、衣紋掛けに通して干しておけば良かったかな)
静寂の空気の中に、行為直前の妙な色香が混じる中で、何故か不意にそんな色気の無いことを考えてしまう。
しかしそれも、すぐどうでも良くなってしまうのだろう。
徐に後頭部に手を添えられ、唇を奪われた。
そして纏っていた襦袢も、肩からするりと脱がされる感覚がして、雨に濡れた衣服は私から一切無くなってしまった。
雨に濡れて身体が冷えたせいか、或いはこれから始まる行為への期待とほんの僅かなこわさのせいだろうか、顕になった肩が少し震えた。