10.智慧
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互いの意見を出し合い決まったのは、相手の身体のどこかに一撃を入れるか、木刀を落としたり折れたりした方が負け、という判定でひとまずは定め、そうして手合わせを始めることとなった。
私は模擬戦用のその武器を軽く振るい、手に馴染むように握り直す。
「木刀を使うなんて、すごい久しぶりな気がするね。育手の鍛錬の時以来かな?」
「……雑談は後にしよう。何処からでも来ると良い」
「ふふ、分かった。そうする」
早めに決着を付けたいのだろう、行冥は私の話には応じずに開始を促したため、思わず苦笑いした。
その砕けた表情と態度をしまい込み、私は鬼と対峙した時と同じように今戦う相手をきっと見据える。
すると向こうも私の戦意に応じる様に、威圧感のある空気へと変わった。
向こうはまだ本気ではないにしても、気を緩めると圧倒されて戦意を喪失してしまいそうになるくらいの、気迫ある雰囲気を纏っていた。
お互い柱としてそれぞれ任務をこなして来たけれども、今となっては行冥の方が実力はずっと上の方だ。
恐らくこちらが無闇に突っ込んで行っても、すぐ簡単にあしらわれてしまい負けるのは容易に想像がつく。
何処にも隙がない相手を前にして、私は背中にじわりと汗が滲むのが分かった。
─それでも、一撃さえ入れれば。
こちらから仕掛けなければ、このまま膠着状態が続くだろう。
それを崩すべく、私は意を決して地面を強く踏み込み、間合いを一気に詰めて木刀を振るった。
乾いた木のぶつかる音が響く。
相手の左脚辺りを狙ったが、案の定初撃は防がれた。
接近した後は間髪入れずに追撃を加え、僅かな隙を見てそこに一撃を放つのみだったのだが。
行冥は私の攻撃を受け止めるのみで、向こうからは反撃してくる様子は無かった。
にも関わらず、どの合間にも隙は生まれず私の攻める手も全て防ぎ切っている。
ままならない戦いに、私は先日対峙した下弦の鬼との戦いを無意識に思い出していた。
…そうだ、あの時も中々私の攻撃が当たらず、苛立った私はわざと横腹に攻撃を受け、その隙に反撃の一手を入れたのだ。
その一撃が決め手となり、後は追撃を叩き込んで最後に頚を落としたのだが、あの鬼の最期の表情や呪詛のように吐き出された言葉が、未だに脳裏に焼き付いていた。
忌々しいあの声が蘇り、木刀を振るう手には無意識のうちに力が入っていた。
そんな事を思い出しながら戦っていたせいか、油断して攻撃を入れる隙が私の方に生じたのだろう。
今まで防戦のみだった行冥は、その一瞬の隙をついてこちらの手元を狙い、下方から振り上げる反撃の一手を放った。
カツン、と快い大きな音と共に、木刀は私の手から弾かれ宙を舞う。
私が手にしていたそれは、離れた位置の地面に落ち軽い音と共に転がった。
「……あー、負けちゃった。仕方ない、大人しく養生かぁ」
先程思い出していた鬼との戦いの記憶を忘れようと、私は苦笑いを浮かべてわざと明るい声で呟いた。
そして体を休めようと、日陰になっている短い草の茂った場所に座り込む。
額からは汗が流れる感覚がしていたが、やはり身動き取れない鬱憤が溜まっていたのかそれを流した事で、気分は爽快感に包まれている。
その裏で、まだ微かに下弦の鬼との記憶が頭の隅に残り、心に仄暗く影を落としていた。
そんな私の心境を察したかのように、行冥は私の隣に来て胡座をかいて座ると、静かな声色で問い掛けてきた。
「……何か悩んでいるのか」
「え?」
「先程の木刀を振るう力の中に、怒りの情が感じられた…」
「……そこまで分かっちゃうんだ。さすが行冥だね」
…この人に隠し事は到底無理だな。
そんな事を思い、少しだけ苦笑した。
しかし私が先日頚を落としたその鬼の言動は、酷く不快なもので心優しい彼に聞かせたくは無いものだった。
私でさえ、この不快感と怒りを未だに抱く程なのだから、この人に聞かせたらどれだけ心を痛めることになるのだろう。
そう思い、何があったのかははっきりとは言わずに曖昧に濁して、終わらせようと判断した。
「悩みというか…前に戦ったその鬼の言葉がまだ引っ掛かってて……でも大丈夫だよ、ありがと」
そうやんわりと断った所、隣に座している人物は困惑とも悲しみともどちらともつかない表情を浮かべ、更に問い掛けてきた。
「……何があったのかは、話さないつもりか」
「話さないと言うよりは…行冥には聞かせたくない、といった感じ…かな」
「…その鬼との戦いで、君は思い悩んでいる事があるのではないのか。"痛みは半分ずつ"と提案したのは、君の方だろう」
「それはっ……その、あくまで行冥の心の負担を分けて欲しいのであって、私の負担を背負って欲しい訳では…!」
以前に合同任務の帰り際に話した事を覚えてくれていた事にも驚いたが、そもそもその案は行冥の心が傷付いたのを分け合いたいという私のわがままで、こちらの分を彼に背負わせるつもりは更々無かった。
今回の鬼の放った最期の言葉諸々も、自身の中でゆっくりと折り合いをつけて、誰にも言わずに密かに胸の奥に沈めるつもりだった。
それなのに、その隣の人物は今の私にとってはひどく優しい言葉を紡いだ。
「…真尋が私の事を大切に想うように、私も君の事を大切に想っている。……それとも、痛みを分け合いたく無い理由は私の事を信頼していないという事か…?」
「ち、違う!そんなこと無いっ!」
眉を八の字にしたあまりにも悲しげな表情で、果てにはその白の眼に薄らと涙まで浮かべるものだから、私の胸がちくちくと傷んで思わず反論の声を荒らげた。
そうして、結果としては私の方が折れ、その鬼との経緯を話さざるを得なくなってしまった。