10.智慧
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お互い天涯孤独の身の者同士故に、相手もどれだけ私の存在が心の内を占めているのはか何となく解る。
こちらとしても、行冥は私の一番の理解者であり心許せる人物で、最早精神的支柱のような存在となっている。
そんな相手が命を簡単に捨てるような行動を取ったりしていると知ったら、私だったら怒ってしまうかもしれない。
そう考え至った時に、
まだ涙を流している行冥の方を向き、寝台から降り立つ。
徐に立ち上がった私の動作を察知し、相手はまだ目尻から雫を零しつつも少し心配そうに訊ねてきた。
「……動いて大丈夫なのか」
「うん、じっとしてたらどんどん体が鈍っちゃう気がして」
いつものブーツではなく、医務室用に用意された草履を履き、まだ椅子に座ったままでいるその人物に近付く。
そして彼の頭を胸元に抱くようにして、両手で強く抱きしめた。
「…!?なっ……真尋…!?」
突然抱きしめられた方は、私の行動が全くの想定外だったのか慌てふためく気配がしていたが、無理矢理私を引き剥がそうとはせずに、ただ視界の端にどうして良いのか分からない彼の手がちらりと見えた。
「…ごめんね、傷を負うのはどうしても避けられない。でも、自分の命を顧みない様な行動はしないよう、今後は気をつけるから」
「………」
私のその言葉に、行冥の慌てる様子は不意に治まりただ沈黙していた。
そして返答する代わりに、私の体を優しく抱きしめ返してきた。
鬼殺隊に属している以上、命の保証は無い。
それはお互い理解しているし、もし"それしかない選択"を迫られた場合、命を投げ打って戦う時だって来る可能性もある。
それでも、その時が来るまでは私はこの人の為に生き延びようと思った。
もし軽率な行動で私が死んでしまったのならば、きっと行冥の心には大きな傷を負わせることになる。
─これ以上、この人を悲しませないように。
改めて自身の身の振り方を見つめ直した私は、腕の中に抱いている逞しくも繊細で涙脆いその人物の額に、軽く口付けを落とした。
静かな医務室の中は、外の蝉の声だけが響いていた。
その空間で私はしばらく行冥を抱きしめていたが、不意に腕の中にいるその人物の気恥しそうな声がした。
「……真尋、そろそろ離れた方が…」
「んー、もうちょっと…」
「隠の者が来る可能性もあるだろう…」
確かに行冥の言う通り、私の様子確認や検診の為に担当の隠が来る可能性は大いにある。
久々の逢瀬に、もう少しこのまま幸せに浸っていたかったが、私達の関係性は今のところ極秘という事で通している。
その為、誰にもこの抱擁する場面を見つかる訳にはいかず、私は渋々抱きしめる腕を解放して彼から離れた。
長々と抱きしめられていた行冥は、此処まで来るのに走って来た際の熱さはとうの昔に引いたであろうに、頬には少し赤みが差していた。
抱きしめたりする以上の事も既にしたというのに、まだ初な反応を見せるその人物を微笑ましく思いながらも、私は腰に手をあて気分転換にと思い声を掛けた。
「よし、それじゃあ行冥にはちょっと付き合ってもらおうかな」
「?……何をだ?」
「さっき言った通り、体が鈍るから…ちょっと外に、ね」
にっこりと笑う私とは対照的に、行冥は今までの照れた様子から途端に眉根を寄せ、少し訝しむ表情へと変わった。
─────
医務室から外に出て拓けた裏庭へと移動すると、一層日差しが眩しく感じられた。
風が吹く度に木々の葉擦れの音が聴こえ、夏草の匂いが立ち込めている。
ほんの五日間室内に缶詰にされただけなのに、外の空気がとても新鮮で美味しく感じられ、心身共に一気に開放感に満たされた。
午後からは丁度その場所は建物の陰に隠れ、強い日差しを避けながら回復訓練の代わりに軽く体を動かす分には、うってつけの場所である。
私は訓練を行う部屋からこっそりと拝借してきた木刀二本のうち、一本を傍らにいた行冥に差し出した。
「はい。じゃあこれ持って」
「……まさか…」
「そのまさかだよ」
軽く手合わせをしようとわざわざ木刀を拝借してまでこの場所に来たのだが、案の定行冥はそれに反対してきた。
「…君の腹部の傷は塞がったばかりなのだろう。まだ激しい運動をしては…」
「だからといって、今の回復訓練じゃ物足りなくってね…ぬるい事をしていたら、前線への復帰も遅くなっちゃうし」
「……その心掛けは認めよう。だが、今は療養に専念すべきだ」
いつもなら私の意見を受け入れてくれる事が多い彼でも、今回ばかりは
その証に、表情が少し険しく放つ雰囲気も圧がある。
行冥がそういった態度を取るのも、私の身を案じてくれての事だということは理解している。
しかしそれでも、鬼殺隊の柱としての立場にある私としては、この程度の傷で頓挫する訳にはいかない。
隊士を導く者の一人として、己を厳しく律していかなければ柱は務まらない、というのが私の持論だった。
しかし此処で彼と言い合いをしても、埒が明かないことは目に見えている。
そう判断し、私は現状を踏まえた簡潔な解決方法を提案した。
「じゃあ、手合わせで行冥が勝ったら大人しく治療に専念するということで」
「君が勝った場合はどうするつもりなのか…」
「え?うーん、そうだなぁ……このままお忍びで一緒に出掛けよっか!」
「………」
所謂"デート"の提案をにこにこしながら口にした所、行冥は小さく溜め息をつきながらも私が差し出していた木刀を受け取った。
おそらく「私を大人しくさせる為に自分が早急に勝たねば」といった類の事を考えていることだろう。
長く一緒にいたり語り合ったりしている所為か、彼の考えはそれとなく読めてきている事を実感しつつも、とりあえず勝敗の大まかな判定を決める事にした。