10.智慧
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「暇だなぁ…」
私の心の底からの想いが籠ったその呟きは、柱専用個室の医務室の虚空に融けた。
開け放たれた窓の外は盛夏の緑と青空、そして眩しいくらいの陽の光を室内の床に落としているというのに、私は寝台に身を横たえるしか出来ない現状にもどかしさを覚えていた。
こうなったのも、数日前に対峙した鬼と戦ったからである。
その鬼というのが十二鬼月の下弦の鬼で、いつもの鬼ならばさほど苦戦せずに頚を斬っていたのだが、下位とは言えどもさすがに瞳に数字が刻まれた相手ともなると、中々頚を落とせずに苦戦を強いられ、身体のあちこちに傷を負ってしまった。
おかげで現在、こうして安静を言い渡されてはや五日は経とうとしていたのだが、
風穴が空いた腹部も塞がった、と医療係の隠に訴えたものの、外出の許可は降りずにただ機能回復訓練を行うばかりで、周辺の散策すら行けずにいた。
(これじゃ体が鈍ってしまうな…)
寝てばかりいて体も重だるく感じ、私は寝台から上体を起こし座る体勢をとる。
一日に数回ある回復訓練と言っても、柔軟運動や軽度の負荷運動など傷に障らない様な軽めのものばかりで、一言で言ってしまえば…まあ、"ぬるい"のである。
もっと瞬発力や筋力の強化を図るものでなければ、特に柱にとっては日常の鍛錬の足元にも及ばないものばかりの内容なので体は鈍る一方だ。
その旨を医療係の面々に訴えた所、今後は大幅に改善を図るとの返答を貰えたので、これからはやりがいのある訓練となる事を期待しておこう。
そんな日々の不満が募る心を抱いたまま寝台の上で座っていると、不意にこの個室に向かってくる慌ただしい足音がしている事に気がついた。
一体何事だろうとぼんやりと思っていると、間もなくこの部屋の扉が勢い良く開かれる。
息せき切って現れたのは、行冥だった。
お互い任務等で顔を合わせる時間が無かったため、約二週間ぶりにその姿を見た気がする。
ここまで走って来たのだろうか、額や首筋には汗が流れていた。
「……任務先で…十二鬼月と戦い、負傷したと聞いた…」
「うん、確かに戦ったけどこの通り命に別状はないよ!」
ひどく心配そうな表情を浮かべていた彼に対し、私は元気良くそう返すと共に、握り拳を軽く持ち上げて「至って問題無い」という体勢を示した。
すると相手は安堵したのか張り詰めていた心が一気に緩んだ様子で、長いため息をついていた。
「とりあえず、ここに椅子あるから座って休みなよ」
きっと急激に疲労感に襲われているであろう、まだ肩で息をしているその人物にそう促すと、相手は言われた通りに傍らの椅子へと腰を下ろした。
寝台の隣りにある脇机にあった水差しから、硝子のグラスに注いで喉を潤す為のそれを渡す。
「今日は日差しも強いのに…そんな汗だくになるまで走って来なくても」
「……君が心配だった」
行冥は何気無い一言だったのかもしれないが、私はぽつりと返されたその言葉に胸の奥が高鳴ってしまった。
離れていても私のことを気にかけてくれて、こうして慌てて駆けつて来てくれることに、彼からの愛情を確かに感じる。
その気遣いが嬉しくも照れくさく感じてしまい、私は手渡したグラスを空にするその人物からそっと視線を逸らしてしまった。
「……怪我の具合は…」
行冥は少し息が落ち着いてきた頃、
私は空のグラスを受け取り脇机に戻しながら、努めて元気な声色で返した。
「うん、もう殆ど治ったよ!横腹の貫通した傷も、ちゃんと塞がったし」
「……腹部を…貫通…?」
途端に傍らに座っている人物の表情が曇った。
─あ、まずい墓穴を掘った。
てっきり此処の医療係の隠から、私の怪我の程度まで聞いて把握しているものだとばかり思っていたけれど、どうやらそうではなかったようだ。
私は慌ててその腹部を怪我した箇所の詳しい説明を、じっと訝しむ表情を向けてくる人物にする。
「よ、横腹と言っても骨盤上辺りの内臓の無い場所をちゃんと狙って攻撃食らったから!だから大きな負傷じゃないよ!」
「…………」
元気の良い声でわたわたと焦りながら話すも、相手の白の双眸は私の方にじっと向けられたままで、ひどく悲しそうな表情をしていた。
そしてやはりと言うか、ぼろぼろと涙を零し始めた。
「一歩間違えれば大怪我…否、命に関わる傷となった可能性もあるだろう……以前、無理はするなと言った筈だ…」
「う…うん、それは覚えてる。覚えてるからそんな責めるような圧をかけなくても…」
行冥は命を顧みない私の戦い方を諌めた事があり、その過去の忠告を無視した為か威圧するような雰囲気を放っていた。
おかげでこちらは完全に気圧されてしまい、冷や汗が流れると共に非常に気まずい心地になる。
「鬼との戦いで、勝つ為に負傷するのは仕方の無い事。それを恐れず、自身の身も顧みずに挑むのは殊勝な事だが…」
そう話したところで、相手は少し言い淀む様子を見せた。
「……真尋には傷を増やして欲しくないと思っているのも、また事実だ…」
恐らく鬼殺隊隊士としての心得からは逸脱した、行冥の個人的な意見の為に言い淀んだのであろう事は、察しが着いた。
その考えだって、私を大切に思ってがゆえのことなのは十分分かる。
そして鬼殺隊の隊士であり柱として、それは到底無理な話である事も、お互いに分かっている。
ただ私の場合は、長らく"自身の命を軽視する"という癖が身に染み付いているのか、戦いの局面になるとそういった行動を取りがちの傾向があるため、他の柱の面々よりも創傷をつくりやすい事は自覚していた。
しかし今こうして恋仲の相手が心配して駆けつけて来てくれたり、怪我の具合を聞いて心を痛めたりする様子を目の当たりにして、改めてその考えを正さねばと思った。