短編
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何故かその日は、行冥の屋敷の中庭から声を掛けてもその家の主は姿を現さなかった。
中からは存在している気配がするものの、こちらに向けて足音がしてくる様子は一切無い。
いつもならば出迎える為に姿を現すのにおかしいな、と不思議に思い首を傾げていると、部屋の方から少し抑え気味な声が一つ。
「真尋か…済まない、訳あって動けない……勝手に上がって来てくれ…」
行冥が身動き取れないとは一体何事だろう、体調でも悪いのだろうか?
様々な憶測をしている内に、次第に不安に駆られてしまった私は「お邪魔します」と言い、縁側から中に転がり込んだ。
足早にその人物がいる部屋へ向かうと、行冥は床に臥しているでもなく、室内で胡座をかいて座っており、じっとこちらに背を向けている。その為、表情は分からなかった。
体調が優れないという訳では無さそうな様子を見て、ひとまず胸を撫で下ろす。
「動けないって、何かあった?……あ」
彼の隣に行き顔を覗き込むと、その人物の双眸は足元に注がれていた。
視界は見えてはいない筈のその視線の先を辿った時、動けない理由が分かった。
胡座をかく行冥の脚の上に、一匹の猫が丸くなり眠っていた。
突如現れた私の存在に、その猫は薄く目を開いてこちらを一瞥するものの、特に警戒する様子も無く瞼を閉じてまた彼の足元で眠ってしまった。
「あー、猫のおかげで動けなかったんだ。…もしかして飼ったの?」
「いや、縁下に居着くようになった野良猫だが…最近は中に上がり込むようになり、今日はこうして膝の上まで来て眠ったのだ…」
そのまま行冥の横に座り、その茶色い虎柄の猫の頭をそっと撫でる。
彼に懐いたおかげなのか、私が触れても嫌がる素振りも無く、その子は目を閉ざし大人しく眠り続けていた。
「ふふ、可愛いね」
「ああ…猫は良いものだ…」
私の言葉に同意するその人物は、いつもの顰めた悲しげな表情は大層和らぎ、穏やかな微笑みを口元に浮かべていた。
その様子から、行冥は相当な猫好きなのだろうということははっきりと感じ取れた。
いつもより穏和で柔らかな雰囲気を纏い、大きな手は優しく猫の体を撫でている。
鬼との戦いから離れ、こうして心休まる時を過ごすその人物を眺めていると、自然とこちらの表情がニヤついてしまうのが分かった。
気の緩んだ様子を間近で見られるのはやはり、恋人という私だけの特権なのだろう。
ちょっとばかりの優越感に浸りながら、膝上で眠る生き物との触れ合いを満喫する彼に、つい私は調子の乗った冗談を口にする。
「猫好きなんだ?」
「ああ、可愛いからな…」
「じゃあ私は?」
「…………」
「ちょっ、黙んないでよ!?」
にこにことした表情と声色で軽く訊ねてみたが、途端に閉口した彼の様子に思わず本気の突っ込みを入れてしまった。
「そこは冗談でも"可愛い"と答えるとかさぁ…!」
でもまあ、確かに私は可愛い分類ではない事は重々承知している。
周囲の人達の反応からすれば、格好良いだとか凛々しいだとかの反応ばかりで、可愛いとはかけ離れた印象なのだろう。
ただ行冥の場合は、盲目である為容姿の分別は関係の無いものなのかもしれないが。
しかしそれでも、恋人であるその人物からは多少なりとも内面の何処かは可愛いと思っててもらいたいものなのだが─
(いや、もしかして行冥的には私は"面白い"とか思われてる…?)
何かと私の方で問題を起こしたり彼を巻き込んだり、時には振り回したりする事が多いため、そう思われてる可能性もある。
下手すると"困った人物"に位置づけられてる可能性だって高い。
果たして彼からはどう思われているのか考えあぐねている所、行冥は虚空を見つめる様に面を上げ真剣な面差しで何か考えている様子だったが、ぽつりと独り言のように言葉を零した。
「……真尋の場合は、確かに可愛らしさもあるが…」
あ、可愛いとは思ってくれているんだ。
その言葉にちょっと安心すると共に、嬉しさが心に滲む。
しかしまだ言葉を続ける様子の彼に、私は口を閉ざしその続きに耳を傾けた。
「…可愛らしいよりも……愛しい…?」
「ん"んっ…!?」
予想外の言葉に私は驚きと気恥しさが入り混ざり、息が詰まった様な変な声が出てしまった。
と同時に、心臓辺りをぎゅっと掴まれた様な胸が締め付けられる感覚。
「何その殺し文句…」
「…殺し文句…?」
たった一言で胸を射止められ傍らで蹲る私に対し、相手は不思議そうに言葉を繰り返していた。
どうやら私の心を撃ち抜いたのは完全に無意識らしい。何とも末恐ろしい人物である。
そうして完全にその言葉にやられた私は、相手に対し"好き"の感情が一気に溢れ返ってしまい、結果それは行動となって表現されることとなった。
蹲っていた体勢から、ゆらりと立ち上がり行冥の方を向く。
「……行冥、身動き取れないんだったよね」
「…?ああ、こうして猫が足元にいる以上は…」
「だったら今、私が何しても耐えるしかないってことだよね?」
「………待て真尋、一体何を…」
こちらの発言に対し、やや焦った様子と共に不安げな表情を浮かべる行冥。
しかし彼に対する愛が荒ぶってしまった私は最早、一切止まるつもりは無かった。
「猫を起こさないように、頑張ってね」
「…!?何をだ…!?」
とりあえず、手始めに口付けからしようかな。
そう考えた私は、身動きが取れず少し怯えた様子すら見せるその人物に笑顔で近付き、首筋に抱きついた。
さて、私の弱点責めに彼はどれだけ我慢出来る事だろうか!