短編
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世間では、眠っている最中に過去の出来事を再び体験するのを「夢を見る」と現すのならば、自身の場合のそれは音と感触の再現だった。
目が覚めた時、心臓は早鐘のようにひどく高鳴っていた。
季節は肌寒い冬真っ只中だというのに、額や首筋に汗が滲んでいる感覚がする。
─過去の夢を見た。
盲目である自身の場合は"見た"というには語弊があるやもしれないが、あの悲惨な記憶は目が見えずとも光景が鮮明に脳裏に浮かぶようだった。
寺の子供達が次々と鬼に殺され、為す術なく
そして唯一残った沙代を守るべく、奮起しその鬼を殴り殺し続けたあの感触。
忘れてはいけない記憶ながらも、思い出したくはないその惨劇が否応なしに呼び起こされてしまった。
特に鬼を殴り殺したあの耐え難い嫌な感覚は、真尋のおかげで近頃少し薄らいで来たかと思っていた矢先、再び振り出しに戻されたような気がした。
ふと、自身の腕の中に温もりが存在している事に気が付いた。
そちらに意識を集中させると、布団の中に潜り込みこちらの体に身を寄せるようにして、真尋が眠っている気配がした。
眠る前に体を重ねた所為か疲れているのだろう、深く眠り込んでいる様子で小さい寝息が聞こえる。
少し着崩された彼女の寝衣を正し、起こさないようにそっと布団から抜け出すと、右手にまとわりつく嫌な感覚を洗い流そうと部屋を後にした。
今の時期の水はひどく冷たく、すぐに手が
しかしどれ程洗おうとも、あの嫌な感覚は消えてはくれなかった。
─まるで呪いのようだな。
冷えて強ばる手を拭いながら、漠然とそんな事を考えていた。
鬼といえども、生きたものを素手で殺めた業なのだろうか、或いは子供達を守れなかった己への
殺生への悪行を忘れるなという戒めが、まるで右拳にこびり付いているようにすら思えた。
自室に戻り、真尋が眠っている布団の中へと身を潜り込ませる。
矢張り寝衣の浴衣一枚では肌寒かったのか、人肌で温まったその中はひどく暖かく感じられた。
手を洗いに行くのに羽織りの一枚でもあれば良かったか、と思いながら眠り耽っている真尋の頭をそっと撫でた。
柔く指通りの良い髪が、自身の指の間を通り抜けて行く。
こんな時、彼女の寝顔でも眺められればこの鬱屈とした気分も紛れたのだろうかと思っていると、不意に眠っていた筈の人物の声がした。
「ん……行冥…?」
「…すまない、起こしたか」
まだ眠たげな声が私の名を呼んだ。
すると徐に、彼女の手は髪を撫でていたこちらの手の甲に重ねると、そのまま下に誘導し頬に当てさせた。
「…手、冷たいね…」
「……少し洗いに行っていたからな…」
真尋は何故と理由を訊ねずに、まだ呂律が覚束無い声色で「そっか」とだけ返し、触れている私の手のひらに頬を擦り寄せてきた。
「ふふ…行冥の手、大きくて好き…」
冷たく感じるであろう私の手だが、構わず甘えるように頬擦りする真尋は、緩慢な話し方で囁くように言葉を紡ぐ。
「行冥の手は、あれだね……お釈迦様の手みたいだねー…」
「…釈迦如来の手の事か?あれは印相と言って…」
「違うー……お釈迦様の手には…水かきがあるって話…」
水かき、とは
果たして彼女が何処でそういった話を耳にしたのかは定かではないが、まだ寝惚け混じりのその人の言葉に耳を傾ける事にした。
「お釈迦様の手は沢山の人を、漏らさず救いあげるから……行冥の手が、大きくて力強いのは…沢山の人を護るためなんだろうなーって…」
「………」
真尋はそこまで言い終えると、うとうとと微睡む気配がしてまた静かに寝息を立て始めた。
触れている彼女の頬から温かさが伝わり、冷え切っていた右手に血が巡る感覚がする。
…業を背負ったこの手を、そう言ってくれるとは思わなかった。
真尋のことだから、次の日起きたら今の話など綺麗に忘れていることだろう。
それでも、
再び眠ってしまった彼女を起こさないよう、優しく抱きしめる。
目頭が熱くなり、目尻から温かな雫が流れ落ちる感覚がした。
洗っても消えずにずっとあった右手の不快な感覚は、真尋の言葉と体温で上書きでもされたのだろうか。
いつの間にか、彼女の温もりだけを感じていた。