短編
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「恋人同士って、喧嘩した後は仲が深まるらしいよ」
私がにこにこしながらそう言うと、行冥は対照的に怪訝そうな表情を浮かべた。
その顔には「またろくな事を考えていないのだろう」ということがありありと書いてある。…失礼な。
彼の屋敷の居間で寛ぐ私に対し、その家の主はこちらの今の発言を受けた後、何処か窮屈そうにしていた。
しかし私は、そんな行冥の態度や様子にはお構い無しににこやかに言葉を発する。
「ということで、早速喧嘩しようか!」
「真尋……喧嘩はしようと思ってするものではない…」
元気に物騒なことを言い出す私に対し、行冥はぼろぼろと涙を零し始めてしまった。
もちろん、仏教的にも
しかし私と彼の間には恋仲の関係性がある。
それを更に深める為ならば、多少の争いも時には必要なのかもしれない。
そう思い私はその提案をしたのだが、心優しい彼はそれを拒否した。
「えー、でもこの際だから私に対しての不満だとか喧嘩の発端になりそうな言いにくい事を言うのも有りかもよ」
「…私から君に対する不満などは無い」
「そうは言っても、何か一つくらいはあるでしょ?」
無礼講、という訳では無いが、行冥が日々私に対する不平不満があればこれを機にはっきりと物申して、そこからささやかな喧嘩に発展する可能性へと繋げられるかもしれない。
そう思いどうにか聞き出そうとしたのだが、どうやら本当に私への嫌な点が無いらしく、傍らに座る人物は難しい顔をして考え込んでいた。
「……強いていえば…」
「お、何なに!?」
「君は軽率な所がある故、怪我等をしないか不安を覚える事がある…」
「…それは不満というよりもただの心配だね」
心優しい、彼らしい考えだとは思う。
しかしその発言は愛情すら感じられる為、喧嘩の発端に成りうることは無さそうである。
やはり私と行冥の間で喧嘩するのは難しいのか…と考えていると、逆に向こうから同じ事を訊ねられた。
「…真尋は私に対し、不満を抱いている事は無いのか」
「え、行冥に?うーん、そうだなぁ…」
私も彼に対し、物申したい事は特に無い。
確かにいざ好意を寄せる相手への不満を挙げるとなると、中々直ぐには見つからないものである。
私は思考を巡らせ、彼への文句を考える。そして浮かんだのは─
「んー…格好良過ぎる、とか?」
「………それは…褒めているのでは…」
私の発言に、行冥は少し照れた様子で返していた。
しかし私にとってはそれは紛れもなく事実なのである。
盲目だと感じさせない程の実力と天賦の才があるにも関わらず自身を厳しく律し、鍛錬への努力を惜しまない真面目で落ち着いた性格。
鍛えられた身体と厳つくも凛々しい顔立ちとは裏腹に、他者への優しさと厳しさがありそれでいて繊細な部分も持ち合わせている内面。
それらに私は何時だって、心ときめかせてしまうのだ。
しかしこれではただ普通に"仲睦まじい恋人同士"である。
私が望む喧嘩に発展するものには到底及ばない。
「かくなる上は…」
言いながら私はその場にゆらりと立ち上がる。
そして組手の構えをとり、意気込みながら行冥に向かい言い放つ。
「拳で喧嘩だ!」
私のその発言のおかげで、相手から「本気か?」といった顔をされた。
まあ、確かに私の腕力では到底彼に適う訳が無いだろう。
だが実際にやってみなければ、何も起こらない。
万が一という可能性だってゼロではない。
あわよくば抱き着いてそのまま押し倒してしまえ!と思いながら、私は困り顔をしている行冥に勇んで突撃した。
「……いや、結果は分かっていたけどね」
床に大の字に寝転がり室内の天井を見上げる私。
そしてその傍らには「南無…」と言いながら、少しだけ涙を流して座ったままの行冥。
私からふっかけた喧嘩(物理)は、ものの三秒程で終わってしまった。
行冥はその場から動くどころか立ち上がることもせず、ただ突っ込んできた私を片手であしらい床に叩き付けて終了させた。
その際も、盛大に尻もちをついたのと背中を打ったのは免れなかったが、私が後頭部をぶつけないよう咄嗟に手を差し伸べてくれていたのを見逃さなかった。
(やっぱりそういう所が好き…!)
床に伸びたまま密かに相手に胸をときめかせていると、不意に行冥は呟くように話し掛けてきた。
「何も喧嘩をせずとも、仲を深める方法は幾らでもあるだろう…」
「例えば?」
「それは……」
傍らに座す人物はそこまで言うと言葉を途切れさせ、何故かふい、と外方を向いてしまった。
顔を背けたものの、耳がほんのりと赤い。
それに気付いた私は一気に悪戯心が疼き出し、勢い良く上体を起き上がると彼の正面からにじり寄り詰め寄った。
「おや?仲を深める方法で何を思いついたのかな…?」
「…………」
にやにやとしながら訊ねるも、相手は相変わらず顔を横に背けたまま沈黙を貫いている。
恐らくイチャイチャした類いか、果てはそれ以上の事かもしれない。
どんなものであれ、恋仲の人物がこちらにそういった欲を向けてくれる事が嬉しくてつい顔が緩んでしまう。
「…行冥が考えたその"仲を深める方法"、今から実行しよっか」
「………」
私がそう言うと、相手は黙ったままながらも少しだけこちらに顔を向けた。
その表情は照れ混じりの困り顔をしており、私の心は益々彼に惹かれて行く。
私達は喧嘩などせずとも、十分に上手くやっていけるのだろう。
今後諍う事があるのならば、それはきっと互いに相手を思ってのことで、その時両者とも本心で語り合い理解を深める事が出来る筈だ。
そう思った私は、喧嘩を起こす気力をしまい込み、今はただ彼からの抱擁と口付けを受け入れることにした。