8.残滓
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私は集落内の道を無言のまま早歩きで、しばらく歩いていた。
切れた額はそのままなので、まだ出血は止まらずにいる感覚がするため隊服の襟淵を赤に染めていることだろう。
「真尋、止まれ。傷の手当てをした方が良い…」
私の後を着いてきていた行冥は、心配そうな声で話し掛けてきた。
その言葉通りにぴたりとその場に立ち止まる。
しかし止まったのは、手当ての為では無かった。
「よし、この辺で良いかな」
「…?」
「ちょっとあの山の方に向かって全力で叫ぶから、行冥は耳塞いでてね」
「…!?」
突然の私の申し出に、相手は驚いた表情を浮かべた。
しかし私は構わず山の方を向いて大きく息を吸い込み、ぐっと足を踏み締め丹田に力を込めると─
「ばかやろーーーッ!!!!!」
腹の底からの大声を出した。
全力のその叫びは、朝の爽やかな青空と山奥の方まで木霊していた。
「そもそも身分て何!?いつの時代の話!?今大正だよ!?身分制度なんて撤廃されてどれくらい経ってると思ってるの!?」
身分制度は無くなっても、その意識は未だに人の心や意識に根付いている事は重々承知している。
それでも今まで溜まった鬱憤やら憤りやらが私の内に蓄積されており、それらを一気に捲し立てぶちまけた。
そんな怒りが爆発した私に対し、行冥は唖然とした様子で見つめていたが、涙を流しつつこちらに近付くとぽんと肩に手を置いた。
「…あまり頭に血を昇らせない方が良い。出血が酷くなる」
「んぐ…」
正論を言われ、私は閉口して心からの数々の叫びをそこで終わらせることとなった。
近くに道祖神を祀っている場所を見つけ、その前の石段に腰を下ろし傷の手当てをしてもらう事にした。
手拭いで顔に付着した血を拭き取り、傷口を強めに圧迫する。
血が止まるまでの間、私は恐らくほうけた顔でぼんやりと空を眺めていたのだが、行冥は相変わらず心配そうな表情で私を見つめていた。
「…何故、あの時私を庇った」
あの時というのは、男の遺族の母親が石を投げつけてきた時のことだろう。
「ん?あー、いや…ああいう八つ当たりとかなら私の方が慣れてるし」
「庇い立てする事が無ければ、君が傷を負う事は無かった…」
話しながら、行冥はまた涙を流し始めた。
きっと私が負傷した事に対して心を痛めているのだろうと思い、私は些か気恥しいながらも庇う際に思った事を素直に伝えることにした。
「…あの時、行冥にはもう傷付いて欲しくないって思ったら自然と体が動いていたんだよね。私の大切な人の心がどんどん傷つけられてるって思ったら、黙ってられなかったと言うか…」
「………」
「それにほら、私ならめちゃくちゃ精神面タフだし!あれくらいの罵倒とかなら昔からで慣れてるし、だから…」
…駄目だ、逆効果だこれ。
私が話せば話すほど、行冥の涙の量が増えている気がする。
どうにかして彼の涙を止めねばと思い、私は頭を捻り考えた。
「うーん……それじゃあ、今後はこうしよ?行冥が傷付く時は私も一緒に傷付く、痛みは半分ずつってことで」
どうしても一緒にいられない時は後から話聞いて、私も一緒に泣いたり怒ったりするからさ、と伝えた所、向こうはある程度納得してくれたのか「承知した」という返答と共に、少し悲しげな表情が和らぎ、涙も止まり始めた様子だった。
過去の経緯は不幸だったかもしれないが、こうして鬼殺隊に入隊し身分というものにに縛られない私達は、まだ幾分かは恵まれている方なのかもしれない。
今共にいられるこの瞬間を、そして恋仲であるのが奇跡のような事柄である事実を噛み締めた私は、改めて愛おしいその人を見つめた。