8.残滓
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洞窟内の後処理は隠に任せ、私と行冥は外に出た。
隠への引き継ぎや今後の遺族への連絡など話し合ったりしている内に大分時が経ったのだろう、空は明るみ始めて東の空が明るかった。
今日は清々しい晴れの日になりそうな空行きなのに、私の心は淀んだままでいた。
そしてそれは行冥も同じようで、互いに言葉数少ないまま遺族となった屋敷へと赴くことにした。
百合子と呼ばれていた鬼女は、やはり集落一の資産家の娘で合っていたようで、唯一遺された血の着いた着物のみを父親に手渡した所、ひどく咽び泣いていた。
娘が鬼となり、果てには何も遺さず死んだとなると、親の心境としてはまだ独り身の私には到底計り知れないものだろう。
娘の行く末の報告を終えてその屋敷を出ようとした所、裏庭の方から女中二人がひそひそと話し込んでいるのが見えた。
彼女らの言葉の中からは、百合子という言葉や駆け落ちという単語が合間に聞こえ、何時もなら気に留めない私だったが、この時だけは何故か詳細を聴きたいと思った。
私は気と表情をを引き締め、隣にいた行冥を差し置いて彼女達に近付いた。
「やあ、こんにちは。ここに勤めている女中さん達…かな?」
「あっ……は、はい!あの、もしかして貴方は鬼狩りという…」
「ええ、私は羽把岐 真尋と申します。向こうにいるのは、悲鳴嶼 行冥で…」
「まあ…羽把岐様…」
私の話もそこそこに、皆こちらに恍惚じみた表情や好奇の目を向ける。
いい加減私も自分の顔面の使い方は分かってきていた。
凛々しい表情からにこりと優しく微笑むと、二人とも見事陥落した様子だった。
「ここの亡くなった娘…百合子さんという女性が、どんな人だったのか教えて欲しくて…」
「あ…でも私達、旦那様から家の内情は口止めされていて…」
「……彼女の最期を見届けたんです。せめてどんな半生だったのか、知っておきたくて…それが彼女の為の弔いになるかと思ったんです」
言いながら、口元は少し微笑んだままながらもそっと目を伏せて眉尻を下げる。
これで「気丈に振る舞いつつも心は哀しみを抱えている中性的な麗人」を演じられているだろう。
そしてその意図通りに彼女らは受け止めてくれたようで、
…終始背後からは、行冥の「何をしているんだお前は」といった表情を向けられているような空気をひしひしと感じていたが、今だけは見逃して欲しい。
そう思いながら、女中達の話に耳を傾けた。
百合子という女性は、確かに虚弱体質故に箱入り娘となっていたそうで、父親からは大層溺愛されていたらしい。
そんな中、とある時に集落の一人の男性と出会い、恋に落ちたのだそうだ。
しかし娘は資産家の富豪、一方で男は貧民の農家の息子。
身分が不相応だとして、二人の恋仲を誰も認めようとしなかったのだそうだ。
そんな状況からか、二人はある日駆け落ちしようとしたのだが、集落から離れる寸前で捕まり、無理矢理引き離されたらしい。
それ以降は娘はほぼ軟禁状態になり、女中も口を聞いてはいけないという、娘からすれば味方が誰もいない状況のまま、余所の裕福層の男の元へと嫁がされそうになっていたと聞かされた。
…好いた人と無理矢理別れさせられて、顔も知らない男と結婚させられそうになっていたのか。
身分が相応しい裕福な家に嫁ぐことが、本当にその娘の幸せだったのだろうか?
その状況に悲嘆していた所に鬼が現れ、甘言を
娘の身の上話を聞き、私の表情は苦しげで悲しみを堪えていたものになっていたのだろう。
そんな私の様子に、女中達はまた密やかに色めき立つ様子だった。
彼女らの話を聞き終え、私と行冥は残りの遺族の元へと歩みを進めていた。
その道中で、私は彼にその屋敷で女中達から聞いた話を伝えた。
「そういう経緯で、きっとあの家の娘さんは鬼になったんじゃないかなって私は思うんだけど…」
「……確かに、心に付け入る隙があるならばなくも無い話だ」
話を聞いていた行冥は、私以上にぼろぼろと涙を流していた。
長命を得る上に強靭な体躯を得るという事は、虚弱な体質の者にとっては甘美な響きなのだろう。
しかしその代償に自我を失い人を喰らうようになる事を、鬼側は伝えずに同胞へと誘う。
あの百合子という女性も、それを知らずに自我を失い女中を殺め喰らったのだろう。
心の内のもやもやが鬱積するのを感じつつ、私達は洞窟内で自死した男の家の元へと辿り着いた。
しかしこの家の遺族は、先程よりも私達への当たりが苛烈だった。
男の家は聞いていた通り確かに貧困層の粗末な家で、中からは女性の喚く声が聞こえてきた。
玄関の方から声を掛けると、男の母親と思わしき中年女性が現れるや否や私達を見るなり「何しに来た」と怒鳴られた。
「聞けばあの家の娘が鬼になったんだって!?何でもっと早く鬼を殺さなかった!!」
突然の罵倒に気圧されるが、鬼殺隊に所属していればこうして罵詈雑言を浴びせられる事はしばしばある事だった。
途中、中から現れた中年男性は夫なのだろう、憔悴し切った顔のその人は女性を制止するように肩を抱いた。
「…我々としては、出来る限りの事はした。ただ、あの男は…」
「うるさい!!」
涙を流しながら話す行冥の言葉を遮り、女性は半ば叫ぶように喚いた。
「お前たちが早く来てさっさとあの女を殺していれば、息子は死なずに済んだのに!!」
「……彼は自害した。鬼となった女を殺したとて、行く末は同じだった可能性は高い」
「っ……!!」
目の前の女性の顔が、怒りで引き攣った。
そして傍らに置いてあった火打石を掴むと、行冥の方に向かって投げつける動作をとった。
─あ、だめだ。
これ以上、彼の心を傷つけないで欲しい。
八つ当たりだったとしても、行冥はそれを受け止めてその分自分が傷付く人だ。
それを黙って見ているだけだった私は、咄嗟に庇うように彼の前へと出た。
鈍い音と共に、こめかみ辺りに鈍痛と鋭い痛みが走る。
石の角がぶつかり額が切れたのだろう、熱い液体が滴り落ちる感覚がして、床にぽたりと赤い雫が落ちるのが見えた。
「真尋…!?」
私が怪我をしたのに気付いたのだろう、行冥は驚いた声を上げたと同時に怒りの気配を纏うのが背後からはっきりと感じられた。
「…大丈夫。私からも話をさせて」
振り向き、彼の腕にそっと触れた。
目は見えずとも、私のその触れた手と"信じてほしい"という想いを込めた眼差しを受けて悟ったのか、この家人への怒りは一旦鎮めた様子だった。
改めて、男の親夫婦へと向き直る。
額からはまだ血が滴り落ちる感覚がしていたが、構わず真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「…鬼となった娘さんを斬ったのは私です。お二方の最期を見届けました」
「!!お前が…お前のせいで息子は…!」
行き場のない苛立ちと悲しみの感情の矛先は、私に向けられる。
それでも、私の心は怯むことは無かった。
鬼となった女を守ろうと、匿い他者を殺めて食料となる人間を運ぶ男。
錆びた足枷の鎖など容易く千切れるだろうに、男の信頼を得る為に大人しく洞窟の奥にいた女。
そして自らを喰らうように身を差し出す人間と、それを拒んだ鬼。
あの二人は、歪ながらも確かに愛し合っていのだ。
…ただ、身分という因習が二人の関係を歪めたのだ。
「……あの二人はお互いに愛し合っている様子でした。その中でも、私から見て息子さんは"鬼となった愛する人を見捨てることが出来ないくらい、優しい人"に見えました。…身分なんて関係なく二人の祝福をしていれば、この悲劇は免れたのではないでしょうか」
「………」
目の前の母親の顔が歪む。途端、大声を上げて咽び泣いた。
「…今更そんな事を言われても、酷なだけです。こっちだって、息子の幸せの為なら何だってしたのに…」
父親の目には一杯の涙を湛えており、言葉に詰まらせていた。
その様子に、私はやり切れない気持ちになり奥歯をきつく噛み締め手のひらを握った。
「……失礼します」
一礼し、踵を返すと私は行冥と共にその家を後にした。