短編
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その日、私は任務終わりに自宅の屋敷へと帰らずにそのまま行冥の元へと直行していた。
というのも、任務中にちょっとした失敗をして傷心気味だったからである。
そうして現在、私は縁側で突っ伏してそのやらかしを恋仲であるその人物に告白していた。
「もう…見事なすっ転び見せちゃった…!!」
今回の任務には私より年下で後輩の隊士もいたのだが、鬼を追う途中にその人の前で盛大に転倒してしまったのである。
普段の私は、行冥以外の皆の前だと「爽やかで格好良い姉的存在」で通しているのだが、その時ばかりは思わず素が出て奇声を上げながら転んでしまい、こうして後から羞恥心に駆られてしまっていた。
行冥は嘆く私の傍らに座りこちらの話に耳を傾けてくれている中で、優しく労いの言葉を掛けてくれる。
「…災難に見舞われたようだが、真尋に大きな怪我が無かったのは何よりだ」
「確かに擦り傷くらいだけども…心は大打撃だよ…」
転倒した時の記憶が、今もこうして無意識に脳内に反芻されてしまいぐったりと横たわっていると、徐ろにに行冥は私の頭を撫でて慰めてくれた。
その無骨で大きい掌は私の手よりも一回り以上は大きく、それでいて優しい手つきをしていた。
そんな癒しの手に頭を撫でられている内、へこんでいた心も次第に回復してきて段々と幸福感に包まれていく。
「……えへへ…」
しばし向こうのなすがままに身を委ねていた結果、私はすっかり傷心気分を忘れて顔を綻ばせていた。
そんな私の様子を察したのか、行冥は撫でる手を止めてしまった。
「あ。もっと撫でてくれても良いのに」
「…その様子だと、傷心も癒えたようだな」
撫でをまだねだる私に対し、向こうは苦笑いを口元に浮かべていた。
ふと、私はその"頭を撫でる"ということに気になったことが一つ頭に浮かんだ。
横たえていた自身の体をむくりと起き上がらせ、その人の横に並んで座るとその気になった点というのを質問してみた。
「そういえば行冥はよく撫でる側になってるけど…逆に撫でられたことってある?」
その問いに隣の人物は些か驚いた顔をした後、顔をこちらから少し逸らしてしばし考えた様子で記憶を探っていたようだった。
「幼い頃は、寺の住職に……成長してからは皆無だ」
「だよねぇ」
ただでさえ上背があるのに、更には厳つい面持ちに近寄り難い雰囲気があると、専ら隊の中で評判の人物である。
そんな人の頭を撫でるなど、誰も恐れ多くてやろうとはしないだろう。そこで私は彼に提案をした。
「よし、私が行冥の頭なでなでしてあげよう!」
「………いや、遠慮しておこう」
「なんで!?」
頭を撫でられるくらいなら快く承諾してくれるものだと思っていたのだが、意外にもそれを断られてしまい、私は思わず食い気味に問いただしてしまった。
行冥は困惑した表情を浮かべながら、私から少し顔を背けた。
「私ももう頭を撫でられるような年頃ではない…ましてや、恋仲の君からというのは…」
…なるほど、照れてるな。
行冥の表情と声色からして、頭を撫でられることに恥じらいを感じているのははっきりと分かった。
となれば、後は強硬手段である。
私はすっと立ち膝になり、その人物に威勢よく反論して行く。
「年齢も恋仲とかも関係ないよ!というか、私が行冥を撫でたり甘やかしたいだけだし。ということで、こっち向いて少し屈んで!ほらほら」
「……む…」
私のぐいぐいと行く発言に気圧されて負けた行冥は、大人しく上体だけこちらに向けて床に片手をつき、撫でやすいように少し屈んでくれた。
私は両手で、その人物の髪をわしゃわしゃと撫で回す。
「わ、行冥の髪結構硬いね。…あ、短い所すっごい触り心地良い!ずっと撫でてられる!」
「……真尋の撫で方は荒いな…」
最早撫でるというよりも撫でくりまわすに近い私の、そのもみくちゃな撫で方が気に入らないのか文句を言われた。
「こういう撫で方嫌だった?」
「……嫌という程では無い」
そう答えた行冥の伏し目がちなその表情は、照れの中にも心地良いのか気の緩んだ少しぽやっとした顔をしていた。
いつもの険しさや悲しげな表情と大きく異なるその表情に、私の心臓は一気に鷲掴みにされてしまった。
(か…可愛い…!!)
歳上の男性、ましてや筋骨隆々で厳つい人物に到底当てはまる言葉ではないのは重々承知だが、今の行冥は何だか庇護欲のそそられる表情をしており、私はすっかり心を撃ち抜かれた。
そしてその愛おしさのままに、私は彼の頭を胸に抱きしめていた。
「……!!」
途端、腕の中にいる人物の体が強ばるのが分かった。
それと同時に私の肩に掛けようとしたらしい相手の手が、空中に浮いて宙を彷徨っているのが視界の端に映る。
この手は一体何を躊躇っているんだろうか、と思いながらぎゅうぎゅうと彼の顔を胸に押し付ける。
すると、胸元からくぐもった、困惑の色を強く滲ませた声がした。
「………そ、その…真尋………顔に…」
「うん、知ってる」
当たっている、と言いたいのは十分に分かった。
たわわとは言い難いが、多少なりとも盛り上がりのある私のそれの感触に、行冥はひどく戸惑っているようだった。
しかし私は彼を解放せずに抱きしめながらまた頭を撫でる。
確かに最初はどきまぎするかもしれないが、じきにこの胸の感触にも慣れるだろう。
そうなれば後は思う存分甘やかして撫で回してから、解放しよう。
そう思っていると、行冥は今まで宙に漂わせていた行き場のない手を引っ込めて、静かに私の体と向こうの体の隙間で合掌すると。
「南無阿弥陀仏…」
「ちょっ 胸元で読経始めないでよ!」
私の胸元に顔を埋めたまま、お経を上げ始めようとしていた。
恐らくこれは現実逃避の一種だろう。今回は煩悩退散といった所だろうか。
この滑稽過ぎる状態が何故か笑いのツボに入り、私は行冥の頭を抱えるどころか己のお腹を抱える羽目になった。
そうして現実逃避を始めていたその人物は、無事解放される運びとなった。
私がひとしきり笑った後、隣では行冥がひとしきり読経をして終える所だった。
相手の横顔は逆上せた後のように、まだ少し頬に赤みが残っている。
「はー、可笑しかったぁ…あの状態からいきなり読経始めるなんてさ」
「……人の劣情をあまり弄ばないでもらいたい…」
「ふふ、ごめんごめん」
少し呆れ気味に注意をする行冥に対し、私はくすくすと笑いながら返す。
未だに私との色恋の類いに免疫の無い様子に、ついついからかいたくなってしまう。
その気持ちがまだ燻っていた私は、ぽつりと独り言のように問い掛けた。
「…でも、その劣情から本気になって欲しいな。……って言ったら、どうする?」
「…!?」
その言葉に、行冥は驚きと困惑の入り交じった表情をこちらに向けた。と同時に、また頬の赤みが戻る。
その反応に、私は薄く笑みを浮かべて「冗談」とも言葉を返さずに、ただ手を伸ばして彼の頭を撫でた。
硬い髪の感触が指に絡み、それが無性に心地良かった。
さあ、私の問いに彼はどう受け止めるだろうか?