短編
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今世間では、浅草花屋敷にペンギンが来たという話で持ち切りだった。
鳥好きの私もその世間の波につい乗じて、先日の任務終わりの帰還途中でそこに少し立ち寄り、その異国の鳥を見物してきた事を行冥に話していた。
自身の鍛錬も終わり、次の作業に入る前の休憩の合間にその人物の屋敷に訪れ、縁側に並んで座り雑談をする。
共に過ごすときは、概ねその場所にいることが最近は多くなっていた。
そんないつも通りの対話の中で、私はその先日訪れた場所について語る。
「人混みも凄かったけどやっぱりペンギン可愛かったよ、ずんぐりしてて」
「……それは可愛いのだろうか?」
「可愛いんだって!こう、歩き方が独特で…」
そこではたと気付いた。
行冥はその異国の鳥の存在は知っていても、新聞等の絵や写真での視覚情報が得られないので、その鳥がどんな見た目をしているのか知らないのだ。
果たしてどうすればあの鳥の可愛らしさが伝わるかな、と思ったが、そこで私の脳内に一つの閃きが舞い降りた。
「そうだ、背中に絵を描いてどんな見た目か教えてあげようか」
「……真尋の絵心は
「あ、疑ってるー。言っておくけれども、私絵は上手い方だからね」
ふふん、と得意げになる私に対し、行冥は少し訝しむような表情を浮かべていた。
私は早速ブーツを脱ぎ縁側から中に上がり込むと、彼の背後に移動してその広い背中に見学してきた鳥の絵を指先で描き始めた。
「頭と嘴はこうで…」
「ふむ」
「翼がこう」
「…む……?」
恐らく翼の小ささに疑問を抱いたのだろう。しかしまあ、そこまではまだ良かった。
それ以降の胴体と足に関しては、描いてから少し間を置いて、目の前の人物は顎に手をやり考え込んでしまっていた。
「真尋……君は本当に絵心が…」
「あるって!!本当にこんな見た目だから!」
おのれペンギン、お前のその体格のせいで私の画力が疑われたぞ。
半ば逆恨みのように異国のその鳥を恨めしく思いつつ、私は自身の画力の高さを証明しようとした。
「じゃあこれは?」
私はとある動物を、再度その人物の背中に描く。
「…猫か」
「当たり!ほら、分かるでしょ」
「いやしかし…先程の鳥は、本当に鳥か疑わしい姿故…」
「いや分かるけど…まあ、その鳥は空は飛べないからね。あれが水中に適した姿なんだと思うよ」
日本に存在する鳥類は、大半は空を羽ばたくものばかりで水中を主な狩場にする鳥の種類は国内にそう数はいない。
取り分け、鳥類に関しては世界単位で見るとその土地に合わせて様々な進化を経て、多種多様な姿をしている。
「ちなみに
言いながら、私は再度行冥の背中にその鳥の姿を描いていると、微かに肩が揺れてその人物が少し笑ったのだと気が付いた。
「あ、くすぐったかった?」
「いや…少しばかり昔を思い出した。寺にいた子供達も、時折こうして共に遊んでいたものだ」
子供達というのは、彼が寺にいた頃一緒に生活していた孤児達のことだろう。
きっとその時の記憶は、生活は厳しいながらも楽しく過ごせていた穏やかな日々だったのかもしれない。
そして、その日常はもう二度と戻らない顛末であることは、私も以前話に聞いていた。
「……辛い記憶も思い出させちゃったかな」
「何も辛いものばかりではない。ただ…ひどく、懐かしくは感じた」
そう語る行冥の背中は、どこか哀愁を滲ませていた。
そして、水滴がぱたりと衣類の上に落ちる音が小さく聞こえた。
涙脆いこの人のことだから、少なからず涙を零していることは顔を見ずともわかった。
鬼を目の前にした子供達の行動と、そして死とがこの人の心を深く傷付け、今もその傷は癒えずに胸中を巣食っているのだろう。
私は何だかいたたまれない気持ちになり、その人物の背後で立ち膝になるとそのまま覆い被さるように抱きついた。
後ろから首元に手をまわして上半身の体重をのせると、半ば背負ってもらうような体勢になった。
「……どうした、真尋」
「ん…なんとなくこうしたいなって」
どうしたらこの人の傷に寄り添えるだろうか。
どうすればその傷を癒せることが出来るだろうか。
胸の奥深くにある痛みを私に分けてもらえたら、なんて実際には出来もしない事をつい思ってしまう。
そんな私の気持ちを察知したのか、行冥はそれ以上は何も言わずにただじっと身を任せて座っていた。
そうして体を寄せ合わせてしばらく経った頃、私はそろそろ自身の作業に戻らないといけない頃合だと気付いた。
「はぁ…そろそろ鳥舎に行かないと。もう少しこうしてくっついていたかったなぁ…」
名残惜しさを抱きつつ、私はそっと彼の背中から離れる。
まだ腕にその人の温もりを感じながら、縁側に座りブーツを履いて立ち上がった。
そして別れの挨拶をして立ち去ろうとしたのだが、不意に思いついたかのように私は、まだ座ったままでいる行冥の前に立った。
まだ何かあるのかと察したのか、その人物は両の目からはまだ少し雫を落としながら、不思議そうに私の方に顔を向ける。
いつもなら私が見上げる方だけれども、今は相手の方が私を見上げる位置関係にあった。
「まだ何かあったか」
「んー…」
訊ねられたが、それにはっきりとは答えずにじりじりと近付き相手の目の前まで来ると、いつも私がされているように徐に行冥の輪郭に手を添え、そして唇を重ねた。
「…!」
「……ふふ、隙だらけだよ」
私の突然のその行動に行冥の目から流れ落ちていた雫は止まった様子で、驚きと照れ、もしくは困惑が入り交じったような表情で固まる。
そんな人物を見て、私はちょっとだけ優越感に浸った。
涙で濡れた彼の頬を私の手のひらで拭って、そのまま両手で頬を包みながらこちらに顔を向けさせる。
─過去の傷は癒せないのならば、せめて今この時だけでも涙を拭い、それを止める存在でありたい。
痛みは忘れずとも、きっと和らげることはできるはずだ。
その想いを胸に、私は目の前の人物の額にある傷痕にそっと口付けを落とした。