5.恋詠
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「百人一首、五十一番」
相手がそれに答えるよりも先に、私が言葉を続けた。
「…その歌、私から行冥に対する想いと同じだから」
隣からしていた、鎖の音が止んだ。
私は右隣にいる人物から少し顔を背けたまま固まってしまい、とてもじゃないがその人の方は見られなかった。
心臓がうるさいくらいに早く強く脈打っており、頬や耳まで熱くなる感覚がした。
そのまま沈黙が続いた中で、ようやく隣の人物の声が聞こえる。
「…こちらの間違いでなければ………真尋は私に、燃えるような恋心を抱いているがそれを言えずにいる…と解釈できるのだが」
「……そうだよ、間違ってない…」
歌に
そしてまた、少しの間が空く。
時間にすればほんの数十秒なのだろうが、この間が私にはとても長く感じられた。
沈黙が心苦しくすら思う中で、私は隣の人物の返答をひたすら待つしかなかった。
「…真尋が私の事を慕ってくれているのは、薄々気付いていた」
「……は!?」
突然過ぎる予想外な言葉に、私は思わず彼の方を勢い良く見てしまった。
気付いてた?いつから?何でそれを黙ってた?いや、そもそも気付いてるならどう思っていた…!?
脳内に様々な質問が渦巻き固まる私とは対照的に、行冥は鎖と手拭いを持ったまま、その手元に視線をじっと落としていた。
まるで手にあるそれらのものが見えているかのようなその横顔に、私は色々と言いたい事があるのに思うように言葉が出てこない。
「なんっ…え、いつから、いや、そのっ…!?」
「…落ち着け」
慌てふためく私に対し、彼は冷静沈着だった。
「はっきりとその気配を感じ取れたのは…そうだな、君が柱となった後からだろうか。声や態度からもよく分かった」
「……そんなバレバレだったなんて…何かごめん…」
胸の内に秘めた想いをひた隠していたつもりだったが、想像以上にあけすけになっていた事実を知り私は両手で顔を覆って思わず謝罪してしまった。
無意識のうちに好意を向けていたとは露知らず、一方的に想いを押し付けているような気がして恥ずかしさと申し訳なさが混ぜこぜになった。
しかし行冥の返答は、私の気持ちとは裏腹なものだった。
「何故謝る。…真尋のその想いは嬉しく思う」
「だ、だって…そんなの、こっちの気持ちを勝手に押しつけているようなものだし…」
「……押し付けではない。君のことは、私も好意を抱いている。君の慕う気持ちに、こちらも応えたいと思っている」
「……え」
一瞬、聞き間違いかと思った。
覆っていた手から顔を上げ行冥の方を恐る恐る見ると、彼の頬に少しばかり赤みがさしているのに気づいた。
その初めて見る表情に、私は嬉しさと愛おしさが一気に溢れかえってしまった。
「え、嘘!?……本当に?」
「…ここで嘘をついてどうする」
「…ふふ、確かに」
ご最もな意見に、思わず笑みが零れてしまう。
「真尋は自覚していないかもしれないが…君がいた事で、心救われたことが多々あった」
「私、何かしたっけ…?」
特に思い当たる節が無く首を傾げる私に対し、行冥はその時の心情などを話してくれた。
最終選別の時、多くの同胞の死を目の当たりにして心を痛める中、私が何とかして励まそうとしていたことに気が付いてくれていたようで、それがとても心強く感じ、哀しみも幾許か和らいでいたそうだ。
その後も私のよく笑う所や、気さくに話しかけたりなどの様々な行動を嬉しく思っていたとのことで、気が付いた時には私のことを意識してくれていたらしい。
それらの好意的な言葉を投げかけられて、私は段々と嬉しいような恥ずかいような、なんとも言えない歯がゆい気持ちになってきてしまった。
「真尋は喜怒哀楽の感情表現がはっきりとしているのも、居心地が良かった。他にも…」
「あの!もういいです!もう十分分かったから…!!」
今まで知らなかった想い人の心情を次々と聞かされ、私はとうとう耐え切れず彼の言葉を制止した。
最早顔から火が出そうな熱さである。
両手で頬を包んで冷ましながら、改めて隣のその人を見つめた。
こちらの視線に勘づいたのか、行冥も私の方に顔を向ける。
視覚に光が差し込むことは無いその白の双眸は、瞳を有していたのならばきっと、優しい眼差しをこちらに向けているのが感じ取れた。
まだ頬に熱さを感じつつも、私は手のひらを膝の上に起き少し姿勢を正した。
「えぇと、それじゃあ改めて……ふ、不束者ですが、よろしくお願いします…?」
「…何故疑問形なのか」
「いや、こういう時に言う言葉はこれで良いのかなって」
「それはどちらかと言えば、婚約の場面で使う事が多い言葉ではないだろうか」
「あ、なるほど!?」
行冥の指摘に納得したものの、何だか自分の発言は気が早いもののように思えて少し吹き出してしまった。
「あはははは!何か段階飛ばして先走ってるみたいだね、私!」
一人でツボに入り大笑いしている私に対して、行冥も少し口元を綻ばせていた。
今一つ締りのない挨拶ではあったものの、こうしてこの日から私達は恋仲となった。
ちなみに私達のこの関係は、なるべく内密にしたいとお願いしておいた。
隊士達や他の柱達から冷やかしを食らいたくないというのもあるが、日々厳しい訓練をこなし命懸けで鬼と戦う隊士達の手前、恋愛にうつつを抜かす姿は見せられないという士気に携わるのを懸念してのことだった。
それを行冥に説明した所、了承はしてくれたが「せめてお館様だけには伝えておきたい」ということだった。
こうして私達の関係を知るのは、お館様と奥方のあまね様、それと私の恋心を知っていた宇髄だけである。
私はこの密やかな恋を深く長く育むとはまだ知らず、ただこの時は実ったことに幸せを噛み締めるばかりだった。