第一章 私に出来ること
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恐らくここはロビーであろうか…受付のカウンターは倒され、周囲に椅子が散乱している。割れた硝子の破片や破られたカーテン等、現状の悲惨さが目に見て分かる。
ロビーの様子を観察していると、ロビーの隅の長椅子に誰かが寝ていることに気が付いた。
兄上も気付いたようで、コツコツと足音をたてながらその人物に近付いていく。
私は大丈夫なのか、と冷や汗を流しつつも、置いて行かれるのも不安なので兄上の背中を追いかける。
追いかける途中、奥の部屋から微かながら言い合うような話し声と何かが割れるような音がした。
「…テメェら誰だ。」
銀色の髪の毛にオレンジ色のメッシュを入れているのか…自分の髪色も日本では目立つだろうし、派手とは言えない。
恐らく歳は私と変わらないくらいの男性?男の子?は私達が近付くと気が付いたようで、パチっと目を開ける。
彼は明らかに警戒しているであろう、オレンジ色の瞳で私達を睨みつける。
「羽瀬山と言う男はどこにいる、連れて行け。」
「…テメェら…羽瀬山の仲間か!!!」
兄上の言葉を聞くや否や、男は兄上へ殴り掛かる。きっと兄上はいとも簡単に避けるであろう…あ、避けた。
「いきなり殴り掛かるとは貴様はどの様な躾をされているのだ。」
「クソ…テメェ離せ!!」
兄上は相手の拳を避けるとそのまま服の首元を掴み、引きずっていく。
「あ、兄上…もう少し丁寧に連れていったら…」
「この不届き者にその様な扱いをする必要はない。」
騒ぐ男を完全に無視し、兄上は先程声が聞こえた部屋に入っていく。
慌てて私も後を追い、部屋の中へ入るとそこにはまた新たに2人の男性がいた。
緑、赤…これが2人に対する私の個人的な第一印象である。そしてガラが悪い。
2人は突然開いた扉に驚いたようで、こちらを凝視する。
「離せ…っ離せって言ってんだろボケ死ね!!」
「ミズキ…!?」
赤い人が兄上に捕まった男を見て声を上げる。成程、このやんちゃ少年は«ミズキ»と言うらしい。
「良いだろう…離してやる」
「うぉっ!…っつたた…」
兄上はいとも簡単にミズキを持ち上げると3人の前に投げ出す。
緑の人が心配して駆け寄るも、ミズキは気に入らないようでその手を「うっせぇ触んな」と跳ね返す。まだ名前も知らない人達ではあるが、2人の関係は何だか複雑なことが、私にも薄らと理解ができた。
「躾がなっておらん。いきなり人を襲撃するとは」
「羽瀬山の手下なんて敵だ!!」
「ふん、貴様の目は節穴か」
あー兄上面白がってる…
目の前に立つ3人は警戒するような目付きで此方を見ている。…怖い、とりあえず目付きが怖い。特にミズキと赤い人の睨む顔が恐ろしい。
私は咄嗟に兄上の背中に隠れ、その鋭い目線から逃れようとする。
「テメェ…一体どこのどいつだ。」
「俺のことはケイと呼ぶがいい。…彼女のことは雪と呼べ。」
兄上は大丈夫だ、と言うように私の頭に手をのせる。仕方ない…腹を括るか。
兄上に背中を押されるがまま、隣に立ってもう一度3人に視線を向ける。突き刺さるような視線が私達に向けられており、今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られる。
「この店を…スターレスを取り戻すために来た。」
そう、私達はこの店を残さなくてはならないのだ。…«彼女»のために。
「スターレスを取り戻す…この店をですか?」
「よそ者の手なんか借りるかよ」
思っていた通りの反応が緑と赤の人から返ってくる。そりゃあ突然やって来た人に取り戻す何て言われても怪しいだけだろう。
「ふん…この破壊された店で何をするつもりだ。客席に人は座れるのか?ステージに役者は立てるのか?」
「それは…」
「そもそも現状は不法占拠だろう。経営者が変わった時点で貴様らは切られたのだ。」
「黙れ」
「ここはもはや貴様らの店ではない。…貴様らが不甲斐ないからこうなったのだ。」
「兄上…そんな煽るように言ったら…」
兄上の言い方に私は咄嗟にまずい、と
感じた。先程からミズキと赤い人の顔に苛立ちが見られるのだ。
それでも兄上は気にしていないようで、何食わぬ顔で話し続けている。
「うるせぇっつってんだろ!!!」
ミズキが怒鳴ると同時にパチ、パチ、パチと私達の背後から手を叩く音が聞こえた。
「状況を分かっているやつがやっと現れたな〜…安心したぜ、どいつもこいつも話にならないもんだからよぉ」
「羽瀬山…てめぇと話す話なんかねぇよ。」
どうやらこの男が私達の目当ての«ハセヤマ»と言う人物らしい。
見た目はいかにも悪いことやってそうなおじさん。ハセヤマは私を見つけるとニコッと笑みを浮かべて「嬢ちゃん可愛いねー」と声を掛けてくる。あはは、と愛想笑いを返し私がそれに応えていると、隣から怒鳴り声が聞こえた。
そちらに顔を向けると、余程このハセヤマが気に入らないのかミズキが今にも殴りかかろうとしており、緑の人が必死に抑えている状況である。
「暴力で解決か?…チンピラのやり方だな。」
「いやぁ本当に物分りが良い。…ん?あんたとその嬢ちゃん誰?新顔?困るんだよなぁ増えるとさぁ。この店は終いだって言ってんのに。」
「貴様が羽瀬山だな。俺が貴様を訪ねる事は連絡がいっていた筈だ。」
「あ?…うん……あぁ!酔狂なやつだ!マジで来やがるとはなぁ!俺が、お訪ねの羽瀬山だ。はるばるアメリカから日本へ、ようこそようこそ!て事はそこの嬢ちゃんは妹さんかねぇ。」
「歓迎痛み入る。」
「妹の雪です。歓迎ありがとうございます。」
あまり歓迎されているようには聞こえないが、取り敢えず社交辞令?と言うやつだ。
ハセヤマとやり取りをしていると、ミズキと赤い人が物騒なことを言い出した。
まずい、と思った時には時既に遅し、兄上にミズキが殴りかかってきたのである。
それを又もや簡単に避けると、兄上はミズキを背負い投げする。
「…何回このやり取りするの。」
私ははぁと溜息をつき、何度やっても懲りないミズキに呆れていた。
体格差、経験差から兄上に勝てるわけがないのだ。
「ってぇ…何すんだよまた投げ飛ばしやがって…!!」
「安心しろ。てめぇみたいな狂犬はホストに雇わねぇから。リンドウみたいに、一旦はアイドルみてぇなんやってたら違うがなぁ」
「僕は…お断りします。」
「あ、そう」
緑の人の名前が«リンドウ»と言うことが分かった。彼は過去にアイドルをやっていたらしい。確かに他のチンピラ達と違い、それっぽい風貌をしている。後喧嘩腰じゃない、落ち着いている、それだけでこの中の誰よりもまともな様に見えてしまう。
その時私達が入ってきた扉とは別の、ステージ横の扉が開き、荷物を持った1人の男が入ってきた。
「何してんの。何で人増えてるの…まぁどうでもいいや。そこ通して。」
「何だよモクレンじゃねぇの。お前なら悪くねぇな!どうだい?ホストクラブ。稼げるぜぇ〜。…おい、おい、こっちの話聞けって」
ハセヤマが«モクレン»と言うらしい、男の後を追うとヒュンッと鋭い音が聞こえた。
どうやらモクレンが蹴りを入れたらしい。…あれ当たったら相当ヤバそうな音が聞こえたけど…当たっていなくてよかったと私は心の中で安堵するのであった。
出て行こうとするモクレンに兄上が声をかける。
「待て、少し付き合うがいい。貴様もこの店にそのくらいの義理はあろう。」
「仕方ない。少しだけ付き合ってやる。」
「まず、状況を整理するとしよう…」
そう言うと兄上はスターレスの現状を一つ一つ確認し始めた。
この話は私も事前に聞いていたため、把握は出来ている。中々悲惨な話だよね、店員は急に前オーナーいなくなって職を失った様なもんだし。
まだ眠気が残っているからなのか、気付けば私はぼーっとしていた様だ。…途中までの話、何も聞いていなかった。
「……俺が全員を鍛え直し、ショーを再開する。それなら文句無かろう。貴様は稼げれば良いはずだな。」
「…っ」
兄上は私がぼーっとしている事に気付いたようで、頭に手をのせる。突然のことに驚いて現実に戻ると、同じく眠そうな顔をしているミズキとバッチリ目が合ってしまった。…あいつと同類か。私は気まずくなって直ぐに目を逸らしてしまう。
「俺の紹介者の顔を立てねば、厄介な立場になると思うが?」
兄上がハセヤマに向かってそう言うと、その場にいた全員が声を揃えて脅しだろ、と言う。
兄上はあくまで事実確認と言うが、明らかに脅しであろう。
「安心するがいい。リニューアルオープンは3ヶ月後だ。」