飛行機での移動中、私は久々の日本への帰国を心待ちにしていた。
フライト中に仮眠をとることも忘れ«日本の観光地TOP10»と表紙にデカデカと書かれた雑誌を読み耽っていた。
その結果、到着予定時間直前になって強烈な眠気に襲われているのが現状である。


｢もう直ぐ到着する、そろそろ目を覚ませ。｣


隣に座る男から声を掛けられハッと意識を取り戻す。
もうそんな時間か、なんで仮眠をとらなかったと過去の自分の行いに後悔するが、もう手遅れである。
ふぁー…と大きな欠伸をしつつ、ぐっと伸びをすれば少し身体が楽になったように感じる。やっとこの長時間の拘束から開放されるのである。


｢兄上、私日本語ちゃんと喋れてる？｣


｢…問題無かろう。｣


私の問いかけに対し、僅かながら笑みを浮かべた兄上は私の頭にポンっと手を乗せる。
頭に乗せられた手のひらの重さが心地よく、離れた後の感触に少し寂しさを覚えたことは絶対に口には出さない。そんなことをした暁にはこの男は｢貴様もまだまだ子供だな。｣と小馬鹿にしてくるに違いない。
そんなやり取りを行いつつ、荷物をまとめていれば、気付いた頃には飛行機は着陸体勢へと入っていた。機体が落ち着いた頃、暫くすると乗客へ降りるように促すアナウンスが流れる。


兄上は何も言わずに私のリュックを持って立ち上がる。流石女性への気遣いは完璧、と考えつつ置いて行かれないようにと慌てて自身も立ち上がり、その背中を追いかける。

空港内の途中の道中も常に私の歩くペースに合わせてくれる、そんな兄上の背中を見て私は思うのだ。


(どうかこの人の未来が幸せでありますように。)












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｢…この車で向かうの？｣


私たちの前に1台の黒光りの車が停車する。
車からスーツを着用した男性が降りてくると、私達の前で｢お待ちしておりました。｣と一礼する。
男性は私達の荷物をテキパキと詰め込んでいく。私の荷物は結局殆ど兄上が運んでいたので、私に詰め込む荷物はない。
兄上が私の問いかけに対し頷いた事を確認したので、先に車に乗ってしまおうと後部座席に近付くと、サッと前に出た兄上が扉を開けてエスコートされる。


｢どうぞ、お嬢様。｣


｢…どうも｣


兄上は憎たらしい笑みを浮かべながら似合わない言葉を発する。…いや顔が良いから似合うんだけど。
後部座席にドサッと腰を下ろせば、扉が閉じられる。その後すぐ反対側の扉が開けられ、兄上が乗り込んでくる。


｢スターレスまでは少し時間が掛かるだろう。…仮眠でもとっておけ｣


この男は何でもお見通しである。何でも見透かされることにムカッとするが、今回は大人しくその言葉に甘えておく。


｢…少し肩借りるね。｣


隣の兄上の肩に自分の頭を重ね、目を閉じる。自分でも自覚は無かったが、眠気が限界まで来ていたようで、車が発車したと同時に私の意識は夢の中へと消えていったのである。












気付いた頃には目的地へ到着したようで、兄上に現実へと呼び戻される。
本当であればもう少し寝ていたい所ではあるが、到着したのであれば仕方ない。

運転手の男性が扉を開けてくれたので、もう逃げ場はないな、と半場諦めつつ私は車から降りる。
兄上も車から降り誰かと電話をしている様である。話し声の中に«ハセヤマ»と言う名前が聞こえたので、話し相手は私達の事情を知る相手のようである事が分かった。


｢Starless…これお客さん来るの？｣


外観からしてあまり手入れが行き届いていないようなショーレストラン«Theater Starless»
今私達はこの建物の前に立っている。看板は…まあ悪くない。
電話を切るやいなや、スタスタと足を進めていく兄上を見て、はぁ…と溜息をつきつつその背中を追いかける。

ここから私達のショーが始まるのだ。