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ある夜のこと。その日は、月が控えめながらも穏やかな光を空に振りまいていた。
「……そろそろ、かえろうかな…」
静まりかえった図書館に、一人の声が小さく響く。どうやら、とある生徒だけが夜の帳が落ちるこの時まで残っていたらしい。
その生徒、つまり監督生は、ここに来てからずっと手元の分厚い羊皮紙の塊と格闘していた。しかし、ぺらり、ぺらりと難解で単調な作業をしているうちに、監督生は船を漕ぎ始めていた。うつらうつらと朦朧になってゆく意識と、途方もない情報量。それらに押しつぶされるような形で、監督生はついに机へ突っ伏してしまった。
試験前でもなく、それも閉館間際にこの図書館へやってくる者は少ない。誰かがページをめくる音も、何かをメモする音も消え、暫しの間、しんと静まりかえった。
こつ、こつ。そんな静寂を静かに破るような靴音が響く。それに合わさるように、ブレザーが僅かに擦れる音と、誰かの息遣いがしたが、幸いにも監督生のうたた寝を妨げるものにはなりえなかった。それをいいことに、音の主はすやすやと眠る監督生の元へ近づいてゆく。
机に無防備にも這いつくばって眠る監督生を見つけた時、ついにその音が止んだ。
「……寝てるのか、こんな場所で」
靴音の主、トレイは静かに呟いた。監督生が下敷きに寝ている本と穏やかな寝顔を一瞥して、ため息をつきながら。
「…また調べ物か」
トレイは困ったように眉を下げ、机に備え付けられたランプを消した。さらに、机に散乱するメモと枕代わりにされた本を監督生の代わりに片付けてやった。
トレイが良い先輩であるならば、ここで眠る後輩を優しく起こすはずだが、彼はそうしなかった。逆に自らの持っていたレシピ本を机に置き、胸元からマジカルペンを取り出す。薄闇の中、周囲を見回す金色の瞳が光ったかと思うと、トレイの口から魔法が放たれた。
「ドゥードゥル・スート 」
紅い魔法石がその言葉に呼応して、一瞬の煌めきを空間と監督生へ振り撒く。それに気がつかず、尚眠り続ける彼女を見てトレイは口角を曲げるように笑っていた。
ああ、なんでこんなに可哀想なんだろうか、と。
「……ん? あ、え? とれい、せんぱい……?」
しばらくして、監督生がゆっくりと頭を上げた。そして、その寝惚け眼がトレイを視認した瞬間、監督生は戸惑いの表情を見せた。いつの間にいたんですか。そう話す監督生は、まだ微睡んでいて、その理由を考える所まで思考は至らなかった。
「今さっき本を返しに来たんだが、たまたまお前が寝てるのを見かけてな。もう閉館が近いし、そろそろ帰るぞ」
「……はい。ちゃんと、帰ります」
「その本も忘れずにな。あ、それお菓子作りの本みたいだが、今度何か作るのか?」
にこやかに話すトレイに、少し応答が遅れつつも監督生は微笑んで返答した。
「……ん? ああ、そうですね。トレイ先輩が振る舞ってくれたようなホールケーキを自分でも作ってみたくて」
「なら、今度の週末とか、来週とか、空いてる日があれば教えてあげようか?」
「え! いいんですか?」
嬉しいです、と年相応の笑みを見せる監督生に、トレイも口元を綻ばせていた。「また、お前は元の世界に帰ろうとするんだな」という一言は、強く飲み干して。異世界に関する分厚い本はさっさと片付けてしまったし、監督生がその手掛かりについて書き留めたメモもすでに捨ててしまった。その安心感から、トレイは笑みを隠せずにいたのだ。
白い薔薇は、赤く塗ってしまえばいい。この迷宮から抜け出しそうなら、出口を塞いでしまえばいい。そうすれば、ずっと変わらずにいられるから。それがトレイの持論だった。
「さあ、早く戻るぞ」
その頃には、月は雲に隠され、月光はグレーに塗りつぶされてしまった。
「……そろそろ、かえろうかな…」
静まりかえった図書館に、一人の声が小さく響く。どうやら、とある生徒だけが夜の帳が落ちるこの時まで残っていたらしい。
その生徒、つまり監督生は、ここに来てからずっと手元の分厚い羊皮紙の塊と格闘していた。しかし、ぺらり、ぺらりと難解で単調な作業をしているうちに、監督生は船を漕ぎ始めていた。うつらうつらと朦朧になってゆく意識と、途方もない情報量。それらに押しつぶされるような形で、監督生はついに机へ突っ伏してしまった。
試験前でもなく、それも閉館間際にこの図書館へやってくる者は少ない。誰かがページをめくる音も、何かをメモする音も消え、暫しの間、しんと静まりかえった。
こつ、こつ。そんな静寂を静かに破るような靴音が響く。それに合わさるように、ブレザーが僅かに擦れる音と、誰かの息遣いがしたが、幸いにも監督生のうたた寝を妨げるものにはなりえなかった。それをいいことに、音の主はすやすやと眠る監督生の元へ近づいてゆく。
机に無防備にも這いつくばって眠る監督生を見つけた時、ついにその音が止んだ。
「……寝てるのか、こんな場所で」
靴音の主、トレイは静かに呟いた。監督生が下敷きに寝ている本と穏やかな寝顔を一瞥して、ため息をつきながら。
「…また調べ物か」
トレイは困ったように眉を下げ、机に備え付けられたランプを消した。さらに、机に散乱するメモと枕代わりにされた本を監督生の代わりに片付けてやった。
トレイが良い先輩であるならば、ここで眠る後輩を優しく起こすはずだが、彼はそうしなかった。逆に自らの持っていたレシピ本を机に置き、胸元からマジカルペンを取り出す。薄闇の中、周囲を見回す金色の瞳が光ったかと思うと、トレイの口から魔法が放たれた。
「
紅い魔法石がその言葉に呼応して、一瞬の煌めきを空間と監督生へ振り撒く。それに気がつかず、尚眠り続ける彼女を見てトレイは口角を曲げるように笑っていた。
ああ、なんでこんなに可哀想なんだろうか、と。
「……ん? あ、え? とれい、せんぱい……?」
しばらくして、監督生がゆっくりと頭を上げた。そして、その寝惚け眼がトレイを視認した瞬間、監督生は戸惑いの表情を見せた。いつの間にいたんですか。そう話す監督生は、まだ微睡んでいて、その理由を考える所まで思考は至らなかった。
「今さっき本を返しに来たんだが、たまたまお前が寝てるのを見かけてな。もう閉館が近いし、そろそろ帰るぞ」
「……はい。ちゃんと、帰ります」
「その本も忘れずにな。あ、それお菓子作りの本みたいだが、今度何か作るのか?」
にこやかに話すトレイに、少し応答が遅れつつも監督生は微笑んで返答した。
「……ん? ああ、そうですね。トレイ先輩が振る舞ってくれたようなホールケーキを自分でも作ってみたくて」
「なら、今度の週末とか、来週とか、空いてる日があれば教えてあげようか?」
「え! いいんですか?」
嬉しいです、と年相応の笑みを見せる監督生に、トレイも口元を綻ばせていた。「また、お前は元の世界に帰ろうとするんだな」という一言は、強く飲み干して。異世界に関する分厚い本はさっさと片付けてしまったし、監督生がその手掛かりについて書き留めたメモもすでに捨ててしまった。その安心感から、トレイは笑みを隠せずにいたのだ。
白い薔薇は、赤く塗ってしまえばいい。この迷宮から抜け出しそうなら、出口を塞いでしまえばいい。そうすれば、ずっと変わらずにいられるから。それがトレイの持論だった。
「さあ、早く戻るぞ」
その頃には、月は雲に隠され、月光はグレーに塗りつぶされてしまった。