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しっぽや(No.102~115)

「パソコンでデータ入力するようにしたのは、本当に最近なんだ
 こうしとけば過去のデータをすぐ見れるし、日にち別以外にもペットの種類別、何度も依頼に来ている人別でも呼び出せるから便利だよ
 閲覧の仕方はここに貼ってあるんで、必要だったら自由に見てね」
俺はパソコンデスクに貼ってある、パウチされた紙を指し示す。
「しつけ教室のデータも入ってるけど、さすがにしつけ教室に通ってる犬は迷子にならないね
 データ分けしとくと色々分かって良いけど、俺、本当は皆が一生懸命書いた手書きの報告書が好きなんだ」
俺がそう言って笑うと、大麻生は少し表情をゆるめてくれた。

「もう、しっぽやには慣れた?
 って、大麻生の方が先輩なのに、こう聞くのも変だけどさ」
大麻生は俺がしっぽやでバイトを始める前から所員として働いていたのだが、ミイちゃんの護衛集団『武衆(ぶしゅう)』も掛け持ちでやっているのだ。
元々、しっぽやとミイちゃんの屋敷を行ったり来たりしていたところ、空が武衆から抜けたので長らく向こうに滞在していたそうだ。
しっぽやで働き始めた俺とほとんどすれ違う形で武衆に移動したので、お互い今まで面識がない状態だった。

「大麻生がお盆前に戻ってきてくれて助かったよ
 お盆は凄い忙しかったから」
俺は慌ただしかった日のことを思い出し、ため息を付いてしまう。
「お役に立てるタイミングで戻って来れたのは、なによりでした
 仕事で必要とされることは、自分の望むことでありますから」
大麻生は大きく頷いている。

「僕が休みの日に、ごめんねー
 電話してくれれば良かったのに」
所長席の黒谷が苦笑しながら近寄ってきた。
「いや、日野と楽しんでんの分かってるのに、それは出来ないって
 誕生日くらいは休みなよ、黒谷、一番休んでないじゃん」
俺が言うと
「そうですよ、働くときは働く、休むときは休む
 きちんと休んで身体を休めないと、かえって仕事の効率が落ちますからね」
大麻生も同意してくれた。
何となく『仕事が一番大事な仕事一辺倒(いっぺんとう)な化生』だと思っていたので、俺は少し驚いてしまった。

俺の視線に気が付いたのか
「荒木もですよ、今は学業優先、仕事はほどほどに
 けれども一番大事なのは『健康』です
 大事な試験の日に体調を崩さないよう、十分注意なさってください
 その辺りは、白久も協力してくれると思いますが」
大麻生は真面目な顔で俺に助言してくれた。
「大麻生って、白久や黒谷と仲良いの?」
白久から、それなりに長い付き合いだと聞いたことがあった。
「そうですね、ジョンがしっぽやから抜けた直後に自分が来たので、歓迎してもらえました
 戦力として期待されるのは嬉しいことでしたよ
 とは言え、初めてこちらに来たときは皆何やら浮かれていたので、正直戸惑いもありましたね」
大麻生が顔をしかめると、黒谷がばつの悪そうな顔になった。

「いやー、あの時はねー、ちょっとミーハーだったと言うか
 ジャーマンシェパード、しかも警察犬なんて、まるっきりカール殿と同じだったからさ
 犬種は違うけど同じ犬として、あのドラマは僕達興味深く見てたからね
 『大スターが来た!』みたいな気分になっちゃって」
弁解する黒谷に
「おかげで、生前見知らぬ人間に『カール』と呼びかけられた謎は解けました
 多くの人間が自分を見ると高確率でそう言ってくるので、不思議に思っていたのです」
大麻生は腕を組んで頷いた。

「俺はそのドラマ知らないけど、白久、ハロウィンの仮装でシェパードやったときに同じ事言ってた
 『カール殿』に扮(ふん)して良いのかって
 あの時事務所のクローゼットの中から借りた服って、大麻生のだったのかな
 勝手に使っちゃってごめん」
俺は改めてそれに気が付いた。
「かまいませんよ、タンスの肥やしになるより着ていただいた方が服も嬉しいでしょう
 シェパードになった白久、自分も見てみたかったです」
大麻生は微笑んでくれる。
そうすると表情が和らぎ、フレンドリーな雰囲気になった。


コンコン

ノックと共にドアが開き
「たっだいまー、残暑厳しくてまいるぜー
 そんな中でもきちんと仕事をこなす俺、凄い!」
汗をかいた空が脳天気な声と共に帰ってきた。
「お、かり首揃えて何やってんの?」
興味深そうにこちらを見る空に
「そーゆー時は『雁首(がんくび)』って言うんだ、中途半端に読んで雑に覚えるな」
「むしろよく雁(かり)と読めたものだ」
黒谷と大麻生が呆れた顔を見せる。
「読みはあってんじゃん、やっぱ凄いな俺!
 前にカズハとガンモドキ買うときに雁(がん)って『かり』とも読むって教えてもらったの覚えてたんだ」
「「ガンモドキを買ったなら、素直に『がん』で覚えろ」」
2人に同時に突っ込まれても空は全く気にしている様子もなく、彼らのやり取りは漫才を見ている気分にさせられて思わず笑ってしまった。


「空、こちらでも少しは走っているのか?
 陸は毎日30キロは走っているぞ」
大麻生に聞かれると、空はあらぬ方に視線を向ける。
「俺もさ、しつけ教室と捜索で忙しいし
 カズハとウォーキングってのはしてるぜ、カズハの健康には気を使ってるからさ」
ゴニョゴニョと言い募る空に
「それなら休みの日は50キロ走れ、体を休ませるな」
大麻生はキッパリと言い放った。
「大麻生、さっきと言ってることが…」
俺が言葉を挟もうとすると
「荒木、そり犬は頑丈なので絶えず動かしておいても大丈夫です
 むしろ、運動量が足りないと、夜に大人しく寝てくれません
 倒れるまで動かさないと、陸も海も夜中までうるさくて」
大麻生は顔をしかめてみせる。
「俺、そり犬じゃなくて愛玩犬なんだけど…」
空の抗議は虚しく虚空に飲まれていく。
武衆として共に働いていたため、大麻生と空はとても打ち解けあった雰囲気であった。

「皆さん、アイスミルクティー飲みませんか?」
控え室からお盆を持ったひろせが姿を現した。
「空、ご苦労様、空の分はガムシロ多めに入れておきましたよ
 大麻生はガムシロ無しの方が良いのですよね」
ひろせが飲み物を配ってくれる。
「ありがとう、久しぶりのひろせのミルクティー、美味しいよ」
化生したばかりの頃ひろせは武衆の犬達に可愛がられていたらしく、大麻生とも旧知の仲といった感じであった。
「ひろせがしっぽやに移った後は出来合いのパックのミルクティーを飲んでいたが、自分には甘すぎてな
 皆、ひろせを恋しがっているよ
 飼い主がいるから難しいだろうが、たまに屋敷に顔を見せに行ってやってくれ
 このままでは誰かが猫を拾ってきかねない」
大麻生はため息を付いた。
『誰かというか…』
『波久礼の兄貴だよな…』
『いや、本物の猫はミルクティー作れないし…』
俺と黒谷と空は危機感を覚えた。

「タケシが山で修行をしてみるのもいいかも、って言っていたので、その時はお屋敷でお世話になりたいなと思っているんですよ
 黒谷、その際は僕とタケシ、少しお休みもらうことになっても大丈夫ですか?」
小首を傾げたひろせに聞かれ
「もちろんだよ!是非、波久礼を止めてくれ!
 あ、いや、タケぽんの能力を磨いてくれ」
黒谷はコクコクと頷いていた。


コンコン

今度はミックス犬を連れた白久が戻ってきた。
「無事、保護できました
 依頼主には連絡済みですが、少し涼ませてから送り届けに参ります
 今日は残暑が厳しいですね」
白久は上着を脱いで、シャツの襟元を緩めている。
「白久、お疲れさま
 飲みかけだけど、アイスミルクティー飲んで涼んでよ」
俺は慌てて立ち上がって白久に近づくと、手に持っていたグラスを差し出した。
「ありがとうございます」
白久は嬉しそうに残っていたミルクティーを飲み干した。
そんな俺達を大麻生がじっと見ている。
「白久は良い方に飼っていただいているな
 あのお方も外回りの際、暑い日は水筒の水を分けてくださったものだ」
彼の呟きに、俺達は無言になってしまった。

場の空気を感じ取った大麻生が慌てたように
「いや、自分が出動していた時代はペットボトルなる物は無かったのでね
 今は本当に便利になった
 コンビニに行けば足りない物は大抵売っているし
 昔はうっかり忘れ物をしてしまうと、大変だったんだよ」
そう言ってハハハと笑ってみせた。
「そうだな、恵まれたバブリー犬に言ってやれ」
黒谷が話の矛先をすかさず空に向ける。
「でも今はエコの時代だからって、カズハはマイボトルにお茶入れて持ち歩いてるぜ
 これって水筒って奴と同じなんだろ?」
首を傾げる空に
「同じだが、何かが違う気がする」
大麻生は考え込む顔になった。

そんなタイミングで犬の捜索依頼の電話がかかってきた。
「空も白久も帰ってきたばかりだから、自分が出よう」
大麻生はそう言って事務所を出て行った。
「俺は今の内に報告書書いとこう
 荒木、すぐ書くからササッと入力しちゃって
 大麻生の兄貴に見られると、誤字があるってうるさいんだ」
空は慌てて控え室に消えて行く。

「大麻生も、うちと三峰様のとこ行ったり来たりしてないで、こっちでじっくり人と接してれば良いんだけどね
 まあ、飼い主に会えるかどうかは運によるところも大きいけどさ」
黒谷がため息を付いた。
「彼は真面目ですから、三峰様に恩を感じお守りしたいと思っているのですよ
 生前護衛のプロのような仕事をしていたので、その自負もあるのでしょう」
白久が苦笑する。

「大麻生はきっと真面目な人を選んで、うんと大事にしてもらえるよ」
白久も黒谷も俺の言葉に大きく頷いてくれた。
「でも、私ほど飼い主に大事にされている犬はいないと思っております」
白久が俺を後ろから抱きしめて頬ずりしてきた。
「いや、それを言ったら僕だって」
すかさず黒谷も反論する。

愛されている飼い犬達に囲まれながら
『大麻生にも、早く飼い主が出来るといいな』
俺は心からそう思うのであった。
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