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しっぽや(No.85~101)

ゲンさんの軽い挨拶の後、花火大会開始となった。
大会、と言っても各々が持ってきた花火を楽しむ地味なものだ。
それでもあちこちから子供達の笑い声が聞こえてきて、気分が盛り上がってくる。
早速、俺と白久も花火を楽しむことにした。

「ここを持って、こっちに火を付けるんだ」
白久に花火を持たせると、俺はチャッカマンを使って先端に火を付ける。
シューシューと明るい火花が勢いよく噴出した。
白久は一瞬驚いたようであったが、大人しく花火を持って見守っていた。
すぐに火の勢いが弱まって、やがて消えてしまう。
「終わったら、水を入れたバケツの中に入れて」
白久は花火をバケツに入れると、ほうっと息を吐いた。
「本当にあっと言う間なのですね
 あんなに明るく力強いのに、儚いものです」
しみじみとそんな事を言っている。
「楽しかった?」
俺が聞いてみると
「何というか、気分が高揚しました」
白久はハニカんだように微笑んだ。

「今度はこっちをやってみようか」
さっきとは別の花火を白久に持たせ火を付けると、今度はパチパチと弾ける火花が現れる。
「これは形が違うのですね」
白久は驚いた顔になった。
「俺もやるから、火、ちょうだい」
俺は持っている花火を白久の花火に近づける。
直ぐに火が移り、俺の花火からも火花が吹き出した。
「そんなことも出来るんですか」
感心する白久に
「誰かから火をもらった方が早い気がするんだ」
俺はヘヘッと笑って見せた。

俺達はそれから次々と花火に火を付けて、夜に咲く、つかの間の花を愛でていく。
『大きい方のセット買っといて良かった』
白久とやっているせいか、久しぶりの花火はとても楽しかった。
気が付くと残りの花火は1種類だけになっている。
「花火の締めと言ったらこれ、線香花火
 火の玉を落とさないよう、そっと持つんだよ」
俺が火を付けると彼は真剣な顔でこよりを持って、火の玉が丸くなっていくのを見つめていた。
丸くなった火の玉から、パチパチと火花が散り始めた。
「これは、何と可愛らしい」
白久が優しく微笑んでいる。
気に入ってくれたようだった。
俺も持っているこよりの先端に火を付けた。
流石にこれは貰い火出来ない。
花火の終わりを告げる華やかでささやかな火花が、俺と白久の顔を照らしていく。
花火大会終了の時間が近いせいか、あちこちで線香花火の火が見えていた。

楽しかった時間は、あっと言う間に終わりを告げる。
ゲンさんが閉会の挨拶の際『来年もやりたい』旨を伝えると、拍手が上がった。
もちろん、俺と白久も拍手で応えた。

バケツの水は外水道の排水溝に流し、花火のカスは一つのゴミ袋にまとめられていく。
「花火は各々やるより、皆で一斉にやった方がゴミを散らかされないから良いな
 近所の人の目があるから、やたらとバカ騒ぎしたり何本も一気に火を付ける浮かれ者もいないし」
ゲンさんが周りを見渡しながら頷いていた。
「ただ、皆で一斉にやるから煙が凄いのが難点だ
 消防署に通報されないか、ちと冷や冷やしたぜ
 前もって花火大会のポスター貼っといて良かった」
ニヒッと笑うゲンさんに
「花火、久しぶりにやったら凄い楽しかったです、また来年もやってください」
俺はそう話しかけた。
「ああ、来年は2回くらいやりたいな
 俺も花火なんてやったの20年以上ぶりだったけど、いくつになっても楽しいもんだと思ったよ
 子供の時に楽しい花火で遊んでると、郷愁とともに思い出せるからかね
 デカワンコちゃんは?初花火、楽しかったか?」
ゲンさんに聞かれ
「飼い主との花火、楽しかったです
 線香花火が小さいのに華やかで、荒木のようでした」
白久は嬉しそうに答えていた。
それで白久は線香花火を優しい目で見ていたのかと、俺は少し照れくさくなる。
「良い思い出が出来て良かったな」
ゲンさんに肩を叩かれて、白久は大きく頷いていた。


部屋に戻った俺達は、残りのサンドイッチやおにぎりと一緒にカップ焼きそばを作って夕飯を済ませた。
オーソドックスなソース味と塩味のものを分け合って食べ比べてみる。
「荒木と居ると、自分では選ばない珍しい物が食べられます
 最近は新しい味の物が溢れかえっているので、どうにも味に対して保守的になってしまって
 食べてみると美味しいですね」
白久はいつも俺の超適当なコンビニ飯を誉めてくれる。

俺は今まで白久に『最近』を『教えてあげられる』と思っていた。
新しい思い出を作ってあげることが白久の幸せだと思っていた。
でも段々と、それだけじゃダメなんだって考えるようになった。

俺もちゃんと白久のことが知りたい。
白久は何が好きか、何を喜ぶのか、何を思っているのか、どんな風に生きてきたのか、白久の全てが知りたかった。


「白久、少しずつで良いんで、白久のこと教えて
 一気に言われても、俺、覚えられないと思うから…」
卵サンドを食べながら俺が言うと、白久が小首を傾げた。
いきなりの俺の言葉の意図が読めなかったのだろう。
「俺、白久のことよく知らないんだな、って思って
 白久が浴衣を着れること知らなかったし、考えたことも無かった
 日野は黒谷が浴衣着れること知ってたのにさ」
俺は少し俯いてしまった。
俺達とは違う、とわかっていても、さっき見た日野と黒谷の通じ合っているような雰囲気が羨ましかった。

「日野様は和銅様だったときの記憶が僅(わず)かに残っているのでしょう
 あの時代、大きな街でなければ洋装は珍しかったから
 私達、戦前までは山村でひっそりと暮らしていましたので、普段着は和装でした」
白久は優しく微笑んでくれる。
「そーゆー話、もっと聞かせて
 白久のこともっと知って、それで『今はこうなんだよ、こんなのもあるんだよ』って教えてあげたい
 白久だって色んな事知ってるし出来るのに、俺が教えてあげてるんだって、今まで上から目線で考えてた」
今更ながらそれに気が付いて、自分が恥ずかしくなっていたのだ。

白久は俺の言葉で瞳を潤ませていた。
「私は、本当に良い飼い主を選びました
 そして、良い飼い主に選んでもらえました」
震える声で何とかそう伝えてくる。
そんな飼い犬がいじらしくて愛おしくて、俺も胸が熱くなった。
「荒木には沢山のことを教えていただいています
 飼い主とともに初めての事を体験する喜び、これは言葉では教えてもらいようがありません
 知識だけではなく、荒木からは『気持ち』も教わっているのです
 これは荒木からしか学びようのない事ですよ
 愛するものと過ごしているからこその喜びですから
 今日の花火が楽しかったのも、荒木と一緒に出来たからです
 もっと荒木と過ごす喜びを教えてください」
微笑む白久にそんなことを言われ
「じゃあ、夏休み最後のお泊まりの夜を一緒に過ごす喜び、なんてどうかな
 しかも、高校生最後の夏休みだからスペシャルにさ」
俺は大胆な提案をしてしまう。
「今夜は受験勉強は休んで、これから白久と贅沢に過ごすんだ
 とりあえず、シャワー浴びない?
 服や髪から花火の煙の臭いがして、ちょっと落ち着かないから」
「それは素敵な夜になりそうですね
 煙の臭い、私も気になっていたのです
 飼い主と同じ事を考えていたのは、不思議だけど楽しい気持ちになります」
白久は嬉しそうに笑っていた。

俺達はシャワールームに移動して、一緒にシャワーを浴びる。
煙の臭いがとれて、いつものボディーソープとシャンプーの香りに包まれホッとしている自分がいた。
「石鹸類もいつも同じものを買ってしまうのですが、他にも沢山の種類がありますよね
 効能が色々書いてあるけれど、どれが良いのか判断が付かなくて
 荒木のお勧めがあれば試してみたいです」
そんな白久の言葉に、俺は首を振った。
「白久の選ぶこの香りが、今の俺には1番馴染みがあって良いんだ
 新しい物は、いつか一緒に暮らせるようになったときに2人で選ぼう
 それまでは、白久の香りに包まれていたいから」
俺がそう答えると
「はい」
白久は頷いてキスをしてくれた。

スペシャルな夜と自分で言ったものの、どうすれば良いのかよくわからなかった。
でも、白久との贅沢な夜と言えばやっぱり…
これからのことを意識すると、どうしても身体が反応してしまった。
白久がそんな俺の変化に気が付いて
「荒木、どうすれば荒木が気持ち良いのか教えてください」
そう言って顔を近づけて聞いてくる。
俺達はそのまま唇を合わせ舌を絡め合った。

シャワーの後、着替える間もなくベッドに移動してお互いを感じあう。
白久の舌に体中を刺激され、優しく甘噛みされると、意識が遠くなりそうな快感に支配された。
「白…久…、しろ…、ん…、あん」
口からは絶え間なく甘い悲鳴が上がってしまった。

激しく繋がり想いを解放しあった後の安らぎの時、白久の腕の中から
「白久はさ、その…、どうすれば気持ち良くなる?
 今の、良かった?」
俺は思いきって聞いてみた。
自分の言葉が恥ずかしく、顔が熱くなってしまう。
「荒木が私のすることに可愛らしく反応されると、興奮します
 甘い声で名前を呼んでいただいたり、頭を撫でていただくのも気持ち良いものです
 先ほどの荒木も、とても素敵でした」
白久は俺をきつく抱きしめながら、愛おしそうな声で答える。
俺はそれを聞いて、ホッとすると共に誇らかな気分になっていった。

俺達はその後も何度も繋がって、お互いの身体の感覚を確かめ合う。

それは俺が宣言した『スペシャルな夜』に相応しい甘い時間であり、夏休み最後の最高の思い出の夜になるのであった。
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