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しっぽや(No.85~101)

side<SIROKU>

今年の夏は、荒木と海に行けることになった。
新郷から海の話を聞いてはいたが、遊びに行くのは初めてである。
飼い主と一緒に行く『海』はとても楽しそうで、私はその時を心待ちにしていた。


「これ、白久のために買った水着なんだ
 海に入るときは、これを履くんだよ
 でも、向こうで着替えるの面倒くさいしゲンさんが車出してくれるから、今回は朝から履いて行こうか
 このパーカー羽織ってればマンションの駐車場でもそんなに目立たないし
 2枚入ってるけど、イルカ柄の方を履いてきてね
 別の方は…、後で俺だけに履いてみせて」
しっぽや事務所で、荒木は可愛らしく笑うと私に着替えの入った紙袋を手渡してくれた。
「お揃いって訳じゃないけど、俺も似たようなの買ってみたんだ
 俺のは写真よりが色が派手だったけど、白久のはイメージピッタリでさ
 似合うと思うんだ」
飼い主が自分のために選んでくれたと思うだけで、喜びが湧いてくる。
「朝ご飯は私が作りますので、お腹を空かせて来てください」
「うん!楽しみにしてる」
私達は軽く唇を合わせ、微笑みあった。



海に行く当日。
影森マンションの駐車場で準備をしている私達の元に、飼い主が来てくれた。
今回は岩月様の車に乗せていただくので、ゲン様の車に乗る荒木とは海に着くまで会えない。
それでも
「白久の朝ご飯楽しみ」
そう言ってくれる荒木の笑顔に癒され、しばしの別れの時も寂しさが和らいでいった。

岩月様の車の中は、私、黒谷、長瀞、ジョンという懐かしいメンバーが揃っている。
「なんだか、何でも屋をやっていた頃を思い出すね」
隣に座る黒谷がクスッと笑う。
「結局、ジョンに教えてもらった染み抜きを仕事に役立てたことはありませんでしたね
 ペットブームのおかげで、ペット探偵の仕事が増えましたから」
私も懐かしく昔を思い出していた。
「でも、私にはとても役立つ知識になりましたよ
 ゲンはよく醤油や、果物の果汁をたらしますから
 すぐに処置できるので、助かります」
長瀞が幸せそうにクスクス笑った。
「俺が教わった岩月の知識が、ゲンの役に立ってるってさ
 嬉しいじゃないか」
ジョンは誇らしそうな顔で、助手席から運転席の岩月様を見つめていた。
「ゲンちゃん、長瀞に世話焼いてもらうの嬉しいんだよ
 しっかり者でいられるのは、甘えられる存在がいるからさ
 秩父先生と親鼻も、そうだったもんね」
岩月様は懐かしそうに微笑んだ。

「車を出していただいているお礼に、私達が朝食を作ってきました
 どうぞお食べください」
私と黒谷は保冷バッグからアルミホイルに包んだおにぎりと、おかずの入ったタッパーをジョンに手渡した。
長瀞がペットボトルの麦茶を取り出して、それもジョンに渡す。
「飼い主には爆弾おにぎりを渡したけど、運転しながらだと普通の大きさの方が食べやすいと思っておかずは別に用意したんだ
 ピックに刺してあるんで、こっちも食べやすいよ」
黒谷の説明に
「ピック!」
ジョンが大仰に反応する。
「くー、若い飼い主に合わせて横文字か
 うちはおかずは爪楊枝で刺してるってのに
 プラスチックよりしっかり刺ささるから良いんだぜ
 うずらの茹で卵とか果物とか、プラだとすっぱ抜けちゃうだろ」
「ゲンも同じことを言っていました
 うちも、爪楊枝派ですね」
ジョンと長瀞が結託して頷きあった。

「いや、ソーセージやミートボールなんかは案外大丈夫なんだよ」
「今は百均で可愛い物が売っていますから、つい買ってしまうんですよね
 手裏剣が付いたピックを使ったら、荒木に好評でした」
「マヨネーズやケチャップの入れ物も、可愛いのあるんだ
 まあ、日野にはあれじゃ小さすぎて足りないから、ミニサイズで売ってるソース類付けてるけど」
「バランも可愛いのが売ってるんですよ
 お弁当シートとか、抗菌作用の物もあるし」
力説する私と黒谷に
「2人とも、良い人に飼ってもらってる
 飼い主のために何かしたくて、しかたないんだね」
岩月様が優しい声で話しかけてくれた。

「黒谷も白久もジョンが犬として生きていた頃から、いや、もっと前から飼い主を捜してたって聞いてたからさ
 こうして誰かに飼ってもらえて幸せそうな君たちを見るのが、嬉しいんだ
 若い飼い主から『今』を教わると良いよ
 これ、ジョンが秩父先生に言われていたことだっけ
 自分が言う方に回るなんて、年取ったなー」
苦笑する岩月様に
「岩月だってまだまだ若いし、可愛いってば」
ジョンが愛おしげな目を向けていた。

以前はその瞳を向ける相手がいるジョンが羨ましくもあったが、今の私には荒木が居てくれる。
荒木がいる限り心に影が差すことはないのだと、私は幸せをかみしめるのであった。



海に着くと荷物を持って、海の家なる場所に移動する。
簡易的な建物ではあったが、畳敷きでテーブルもあった。
長瀞とゲン様が荷物を見ていてくれるので、私達はパーカーを脱いで海に向かうことにした。

「荒木の海パン、明るい色で良いなー
 俺の、写真だともっとオレンジに見えたんだよ
 夏っぽいと思ったのに、これ、朱色って感じじゃね?」
「えー、俺のは明るすぎて子供っぽく見えるよ
 写真だともっと落ち着いた色で、白久と並ぶとしっくりくると思ったのに」
荒木と日野様がそんなことを言い合っていた。
「でも、白久のはイメージ通りだったから良いや
 ゲンさんに言われた『可愛い』ってのもクリアしてるしさ
 超似合う」
「黒谷のは、渋みを追求したから可愛くなくて良いの
 大人の色気ってやつが漂ってると思わねー?」
「何言ってるんすか、1番可愛いのはひろせでしょ
 赤って、どの毛色にも鉄板なんだから!」
飼い主達に誉められて、私達もテンションが上がっていった。

その後、私達は飼い主と共に別行動に移っていった。
海は川とは違い独特の匂いがするし、風に塩気が混じっていて空気が重い気がした。
「これが、海ですか」
川との違いに戸惑う私に、荒木は海での楽しみ方を教えてくれる。
何度も押し寄せては引いていく波の感覚が面白く、私達は暫く波打ち際で佇んでいた。

ザ…ン……ザザ…ン

しかし、どのような力が働き、波が繰り返しやってくるのかサッパリわからない。
「川の水は下流に向かって流れていくので、単純なんですけどね」
海の少し深いところに入っていっても、同じように波が押し寄せては引いていく感触が味わえた。
荒木に教えられ海水を手で掬うと、小さな生物がとれるのも興味深かった。
「海、気に入った?」
荒木が笑顔で問いかけてくれる。
「はい、不思議な場所です」
私が素直に頷くと
「いつか、もっときれいな海に行ってみたいね
 でも化生はパスポート取れないから、海外は無理か
 よし!俺がしっぽやに就職したら、夏休みに沖縄に行こう!」
「楽しみです」
荒木との未来の約束、それはとても幸せな約束であった。

「白久って、泳げる?少し泳いでみる?」
荒木に言われ、私は水の中を泳いで進む。
これも川の水とは違い、波の抵抗で思うようにいかなかった。
足場がいきなり深くなるのも、ドキリとさせられた。
私は直ぐに荒木の元に戻る。
荒木の方が背が低いので、足場の高低差が不安に感じられたのだ。
「荒木、泳ぐ際はお気を付けください」
私が真剣な顔で言うと
「俺、泳ぎ上手くないから海で無茶はしないよ
 泳ぐならプールの方が安全だしね」
荒木の言葉に、私は安堵する。
「泳いでる白久、可愛かった
 やっぱ、犬掻きなんだ」
「人の泳ぎ方を勉強したことがないので」
苦笑する私の頭を、荒木は優しく撫でてくれた。

その後、皆でビーチボールを何回落とさずにトスできるかにチャレンジする。
ボールを追いかける行為は獲物を追いかける行為にも似ていて、私と黒谷は張り切ってしまった。
飼い主との楽しい遊び、その後の美味しいお昼ご飯、私は海で過ごす時間がすっかり気に入っていた。


午後になると波が高くなってきて泳ぐのは危険に感じられ、荒木と波打ち際を歩きながら波の感触を楽しんでいた。
「あ、岩月さん達だ
 何だろう、下向きながら歩いてるね
 何か落としたのかな」
黒い浮き輪を持った岩月様とジョンが砂浜を歩いているのに、荒木が気が付いた。
「何か、落とし物でもしましたか?」
荒木が小走りで2人に近寄って行くので、私もお供する。

「荒木君と白久か
 いや、大きめな貝殻でも落ちてないかなって思ってさ
 探してみてたんだ」
「巻き貝が良いんだけどさー、やっぱオーソドックスな海水浴場じゃ無理だな」
2人は顔を上げて苦笑してみせた。
「巻き貝?」
荒木が興味をそそられた顔を見せる。
「今の子もやるのかな
 貝殻に耳を近づけると、波みたいな音が聞こえるんだ
 まあ、耳の内にこもった血の流れる音が聞こえるだけなんだけどさ
 若い頃はロマンがあるな、と思っててね」
岩月様は照れくさそうに頭をかいた。
「そーゆーのはさ、2枚貝より巻き貝の方が耳に当てるときそれらしいんだよ
 ツメタガイくらいなら、落ちてるかと思ったんだけどな-」
ジョンが肩を竦めた。

「そうだ、浮き輪使う?波が高くなってるけど、浮き輪があればもうちょっと海に入ってられるだろ」
岩月様とジョンに浮き輪を渡された私と荒木は顔を見合わせる。
「もうちょっとだけ海に入ろうか
 泳ぐってより浸かるって感じになっちゃけど」
悪戯っぽい顔の荒木に促され、私達は浮き輪を抱えて海の中で暫し波の感触を楽しむのであった。
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