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しっぽや(No.85~101)

「三峰様に、久しぶりに会いたいだろうから会わせてもらいなさいと言われたのだが誰のことやら
 ゲンだったら、彼の部屋に泊めてもらった方が早いし
 何故、白久の部屋なのか」
首を傾げる波久礼に
「兄貴、泊まってくんなら俺の部屋に来る?
 うちなら客用ベッドあるよ」
空がそう声をかけた。
「三峰様は、手ぶらでは失礼だから、お寿司でも持って行きなさいとも言っていたな」
「兄貴のおごり?やったー、特上握り3人前!」
そんな2人のやりとりを聞いて、俺は何かが胸にひっかかった。

『寿司?そういや、今夜は仕事の帰りに寿司買って帰るって母さん言ってたっけ』
そんなことを思い出しつつ
「波久礼がポケットに手を入れると、また子猫を取り出すんじゃないかとドッキリするよ」
波久礼にそう言葉をかけた。
「ああ、その節は荒木にお世話になったね
 もう2度と子猫を拾わないよう、三峰様にも絞られたよ
 しかし、カシス君はあのままでは命の危険があったからね
 見つけてしまったからには、素通りは出来ないよ」
波久礼は顔をしかめてみせる。
「まさか、狙って化生に助けを求めていたとは思わなかったがな
 カシス君は元気かい?
 随分大きくなったろうな
 今は名前を与えられ新たな家族と暮らしているし、もう私のことは覚えていないだろう
 だが、それで良いのだよ」
頷いている波久礼に
「カシス、大きくなったよ(横に…)
 そっか、あれから1年以上経つんだね
 動物病院で決めてもらった誕生日には、お祝いでササミを茹でてあげたんだ
 お祝いじゃなくても、たまに茹でササミあげてるけどさ」
俺はカシスのことを報告する。
それでまた、胸に引っかかるものを感じたのだ。

『ミイちゃん、久しぶりに会わせてもらいなさいって言ってなかったっけ
 あ、もしかして、カシスのこと?
 なるほど、それで泊まる場所は白久の部屋か
 つか、何で家の夕飯のメニュー知ってんの』
俺はミイちゃんの洞察力(?)に驚きつつ
「波久礼、良かったら今から家にカシス見に来る?
 今日は夕飯、寿司なんだ
 自分の分買って持ってけば、母さんもうるさく言わないと思うよ
 俺の部屋、そんなに広くないから泊めてあげられないけどさ」
波久礼に声をかけてみた。
「よろしいのですか?」
顔を輝かせたところを見ると、カシスのことが相当気になっていたようだ。
そうすると、当然、白久が羨ましそうな顔を見せる。
「白久もおいでよ
 それで波久礼と一緒に帰って、部屋に泊めてあげて
 そうすれば効率的でしょ
 ミイちゃん、このこと見越してたんだよ」
俺の言葉に白久と波久礼は呆然とした顔を見せた後、深く頷いていた。
「何と、三峰様はそこまで考えておられたとは」
感心しきりの波久礼とは対照的に
「荒木のご両親と、夕飯をご一緒出来るのですね」
白久は無邪気に喜んでいた。
波久礼をダシに使うようでちょっと後ろめたかったが、俺は白久に俺の家で食事を共にする、という体験をさせてあげたかったのだ。
今回のことは俺にとっても良い機会であった。

「えと…俺の夕飯、特上握り3人前は?」
空だけが腑に落ちないと言う顔で、首をひねっているのであった。


しっぽや営業終了後、俺と白久と波久礼は俺の家に向かう。
2人とも夕飯は自分たちで買うから、皆さんで食べて欲しいと言ってきかなかったので、母さんには電話でその旨伝えておいた。
難関は親父だったが
『カシスを保護した人が、カシスに会いたがっている』
と言うことを全面に押しだし、強引に家に来ることを了承させた。
『白久1人だと、家に来る理由が弱かったから助かった
 1回ちゃんと会わせておいて良い印象つけとけば、俺が白久の部屋に泊まりに行くの親父もブツブツ言わないだろう』
それを見越して、白久にはいつもとは違うブラウンのサマーセーターとパンツに着替えてもらった。
作戦が上手くいくかどうかは、親父の感性と白久の演技にかかっていた。



大量の持ち帰り寿司を抱え、家に到着する。
母さんは『まあまあ、わざわざすいません』とか言いつつ、イケメン2人の登場に何だかハシャいでいた。
親父は白久より大きく外国人に見える波久礼の登場に、完全に固まっていた。
しかし波久礼が礼儀正しく挨拶をするとやっと気を取り直し、家の主らしく振る舞おうと先に立って2人を食堂に案内する。

「カシス君は紙袋に入れられて、植え込みの奥に押し込まれていたのですよ
 風に乗って微かな鳴き声が聞こえたので、必死で探し出しました
 すぐにこのような良いご家庭に引き取られることになって、本当に運の強い子です」
「いや、よく気が付いてくれました
 誰にも気が付かれなければ、あんな小さな子猫ですからね
 3日はもたなかったでしょう」
親父と波久礼は猫バカ同士、何だか話が弾んできていた。
後は白久の印象を良いものにしなければ、と俺はドキドキしてくるのであった。




2人が買ってきてくれた寿司を広げて夕飯が始まった。

「来たばかりの頃のカシスはまだ小さくて、足なんて僕の指くらいの細さでねぇ
 またその小さい足に、ちゃんと爪が生えてて
 『可愛い』という言葉の体現なんじゃないかと思うぐらいでしたよ」
「カシス君は本当に小さかったですから
 保護した後、ケージの類を持っていなかったので、ポケットに入れて事務所まで移動しました」
今、そのポケットには頭すら入らないんじゃないか、と思うほど育った(横に)カシスは、温和しく波久礼の膝の上にいた。
「内弁慶なカシスを抱っこ出来るなんて、やはりペット探偵の方というのは違いますね
 それとも、命の恩人のことを覚えているのかな」
「いえ、もう忘れているでしょう
 カシス君は、お父さんのことが誰よりも好きなようですよ
 ほら、チラチラとそちらを見ているでしょう?
 私は当て馬に使われているだけです」
「ええ~、参ったな~」
カシスが間に入ることで、親父と波久礼は完全に打ち解けていた。

母さんは白久と話が弾んでいた。
「いつも荒木が泊めていただいて、ありがとうございます」
「仕事で帰りが遅くなると、夜道が危ないですからね
 私の部屋は社員寮ですし、バイト員とは言え荒木は社員ですから気兼ねなく泊まっていただいて構いませんよ」
「部屋とか汚してないですか?
 この子は服は脱ぎっぱなし、物は出しっぱなしなところがありますから
 私物も随分持ち込んでいるようですし」
「いえ、荒木はとてもきちんとしております
 荷物は専用のクローゼットを用意しましたので、その中に収まっていますし
 それに、食べ終わった後の食器を洗ってくれます」
白久の言葉に、母さんが目を丸くする。
『部屋の掃除と、皿洗い週3回は決定かな…』
心の中でため息を付きつつ、俺はタイミングを計っていた。

波久礼と親父の会話が途切れた時
「親父、白久先輩って、秋田犬に似てると思わない?
 ほら、こないだDVDでハリウッド版のハチ公見てたじゃん
 キリリとしながらも可愛い目元とか、なーんか似てるよな、って」
俺は何気なさを装い、そう話を振ってみる。
親父は『何言ってんだ』と言いたげな顔で白久を見ていたが、その顔が徐々に『そう言われてみれば』と言うものに変化していった。
ハチ公に似せるため、白久にはあえてブラウンの服を着せていたのだ。

「俺がバイトに来るの、待っててくれるって言うしさ」
「ええ、荒木に来ていただけるのが嬉しくて
 荒木に来ていただいてから業務がスムーズになりました
 色々と新しいアイデアを出してくれたりして、本当に助かっているのですよ
 今日はバイトに来る日ではないとわかっていても、気が付くとドアを見つめてしまって
 もしかしたら、来てくれるんじゃないかと
 待つことが仕事になってしまったようで自分でも呆れますが、それでも待っていたいのです
 大事な方が帰ってきてくださる、奇跡のような一瞬を信じて」
白久の言葉の破壊力は凄(すさ)まじかった。
完全に白久の姿が駅で飼い主を待っているハチ公と被り、作戦を考えた俺ですら瞳が潤んでしまった。
親父の様子をチラリと見ると、やはり瞳が潤んでいた。
「来ないとわかっていても、ずっと待っている…
 そんなに、荒木が来るのを楽しみにしてくれているんですね」
思わず、と言った感じでそんなことを呟いている。
その声は少し震えていた。

「荒木は受験生で大切な時期なので、バイトにかまけている場合ではないと分かってはいるのですが
 せめて、空いた時間には控え室で自習をしてもらっております」
「そこまで気を使っていただいていたとは
 ありがとうございます」
親父は神妙な顔で頭を下げた。
「俺さ、バイトしてるから大学落ちた、ってことにならないよう頑張るから
 予備校がない日は、バイトに行くよ
 クロスケが居なくなったときの俺みたいに、悲しい思いをしてる人の手助けがしたいんだ」
俺はここぞというタイミングでクロスケの名前を出す。
「そうだな、こちらに依頼しなければクロスケの遺骨を手に出来なかった
 ずっと、クロスケの帰りを待っていて、カシスのことを引き取る気にならなかった…
 荒木は世の中に必要とされている仕事を、手伝っているんだな
 まあ、勉学に支障がない程度には頑張りなさい」
『やった、親父が折れた!』
親父は、俺がバイトをするようになってから初めて、それを肯定する言葉を口にした。


その後も良い雰囲気で会話が弾み、終電が近い時間まで2人には家でくつろいでもらった。
「駅まで送ってくる」

俺は白久と波久礼と夜道を歩きながら
「これで、予備校のない日はしっぽやに行きやすくなったよ
 まだ夏休みは残ってるんだ
 受験生だって、泊まりにもデートにも行きたいもん
 それに、白久を待たせるだけなんて嫌だから」
そう口にする。
「来てくれると信じ、荒木をお待ちしております」
健気な白久の言葉に、俺は胸が熱くなる。

「取りあえず、来週1回くらい泊まりに行きたいなー」
「楽しみです」

俺と白久は星空を眺めながら、近い未来を語り合うのであった。
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