このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.198~224)

<side ARAKI>

俺達と近戸達の引っ越しを手伝ってくれたナリの友達の話しを聞いて『早く免許が欲しい』と俺の中で免許熱が高まっていた。
春休みからダラダラと教習所に通っていたが回りはどんどん試験に合格し、夏休みをドライブで謳歌する話題で盛り上がっている。
俺も日野もそんな状況に流石に焦りを感じ始め、夏休み前半を潰してもいいから早く免許を取ってしまおうと言うことになった。
明日から2週間の合宿生活なので、今日を最後に暫くしっぽやに来れない日々を過ごすことになる。
寂しくはあるものの、免許を取ったら白久、日野、黒谷の4人でミイちゃんのお屋敷に遊びに行くので、俺はやる気に満ちあふれていた。


「今日で最後、なんだけど…」
事務所には犬の姿が無かった。
明け方に突然の雷雨があったので今日は犬が忙しいんじゃと思ったら案の定、雷に驚いて逃げ出した犬の依頼が殺到していたのだ。
仕事の合間に白久とイチャイチャしている場合ではない状態だった。
犬手が足りなくて黒谷も捜索にかり出されているため、日野もつまらなそうな顔で書類をめくっていた。


コンコン

ノックの後に入ってきたのは波久礼だった。
以前はいきなり音高くドアを開け放ったりしていたが、今では猫を驚かさないよう気配を殺してそっと事務所に入ってくる。
猫の化生に用があるのかと思いきや、波久礼は俺に向かって真っ直ぐに歩いてきた。
「荒木こんにちは、今日は犬の気配がしないけれど、出払っているのかい?」
波久礼の問いかけに
「あ、うん、今朝の雷雨で犬の脱走が多くてさ
 地響きも凄かったし、3、4回は雷が落ちたんじゃない?
 外飼いの犬はビックリしたろうね」
俺はそう答えた。
「なんと、雷が!外猫達は、さぞ怖い思いをしたことだろう
 心のケアに行きたいところではあるが…
 今日は荒木に用事があって来たので、それは後回しにしよう」
猫より俺への用事を優先させる波久礼に、俺は驚いてしまった。

「お屋敷の料理番から皆野に届け物があって、昨夜はあちらに泊まらせてもらったのだ
 その際、2人から荒木が作ってくれたというマグカップを自慢されてね
 私には絵の善し悪しと言うものは分からないのだが、あれは特徴を捉え可愛らしく描かれていた
 生前の2人が目に浮かぶようだよ」
うんうんと頷く波久礼に、俺は照れてしまう。
「白久のを作ったのが始まりだったんだ、グッズの毛色ってオーッソドックスだからさ
 出来れば自分の化生と同じ柄が良いじゃん」
「うむ、分かるよ、ナンバーワンよりオンリーワンという奴だな
 クマさんが言っていたよ」
その例えで合ってるのかビミョーだけど、波久礼が人間の思考を真似ようとするのは良いことに思われた。

「私にもマグカップを作って欲しいのだが、どうだろうか
 もちろん、金銭は私が払うので」
そのセリフは思いもかけないものだった。
波久礼が自分のグッズを欲しがるようなナルシストだとは思わなかったからだ。
「狼犬って今までのより上手く描ける気がしないけど、同じ毛色のグッズなんて無いもんね、と言うかグッズ自体無さそう…
 うん、わかった、やってみる
 明日から教習所の合宿だから、出来上がりは秋になっちゃうけど良い?」
「10月開催のハロウィンイベントに間に合えば十分です!」
『ハロウィン?イベント?』
何だか会話がかみ合っていない気がした。

「えっと、どんなポーズが良いのかな
 生前の毛色や毛の長さも教えてよ、俺、狼犬って見たことないし」
頭にクエスチョンマークを浮かべながら、必要事項を聞いてみる。
「制作して欲しいのは天使の肉球の看板猫達です
 持病や身体的理由から、新しい飼い主探しを出来ない猫達がいるのですよ
 飼い主募集中の猫達のグッズは、店に残すのははばかられますから
 グッズは販売も予定してますので多めに作ってくださってかまいません、その収益はカフェの運営にあてられます
 資金は全て私が支払いますので、いくらでもお申し付けください
 お店や猫達の宣伝も兼ねておりますので、店名と猫の名前も入れていただきたいのですが出来ますか?
 猫達の柄は時間があれば自分で見に行った方が早いと思います
 私が撮った写真では、彼らの可愛らしさを網羅仕切れていませんので
 どの角度から見ても神の造形美を感じさせられます
 ああ、本当に、猫は、猫は、猫は…」
猫スイッチが入ってしまった波久礼を止められる者は、事務所内には誰も居なかった。

「それでは私は雷に怯えるこの近辺の外猫のケアをして参ります
 詳しい話は後ほど」
白久が戻ってきたら次の捜索を変わってもらおうと思っていたのに、波久礼はあっと言う間に事務所を飛び出していった。
落ち着いたと思ったが、波久礼は変わらずに台風のように忙しなかった。


「これ、ミイちゃんのお屋敷に行く前に猫カフェにスケッチしにいかなきゃダメなんじゃない?」
日野が苦笑した顔を向けてくる。
「一気に何匹描いて何個作ることになるんだろ
 お米屋の看板もデザインラフ描かなきゃいけないし、今年の夏はやること一杯だ」
忙しくなると言うのに俺は顔が笑ってしまう。
新しいことにチャレンジできるこの夏が、とても楽しみに感じられるのだった。
44/57ページ
スキ