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しっぽや(No.198~224)

side<ARAKI>

自室のパソコンを前にして、俺は悩んでいた。
『年上の人へのお礼…、何が良いか全く想像できない』
引っ越しを手伝ってくれるナリの友達に渡す物をどうしようか、近戸や遠野と共に悩みまくっていたのだ。
通販サイトを見てみるものの、どうにもピンとくる物が無かった。
『ゲンさんにあげたクリスマスプレゼントは、日野と2人でノリで選んだみたいなものだしなー
 やっぱ、引っ越し後の飲み会で食べられるようなツマミ的な物がいいのかな
 ちょっと高級感ある成城石田の人気商品セットとか?
 でも家の方には無いけど主要駅ではよく見かける店だから、これといって珍しくないかも』
形が残る物をあげても、使う物なのか趣味に合うかわからない。
そう思いつつも『オリジナル商品』的な物を検索していて、俺は面白そうなサイトをみつけた。

『割高だけど、2個からオリジナルグッズ作れるのか
 白い秋田犬のグッズって無いから、欲しかったんだ
 フリー素材とは言え、人様の写真やイラストで勝手にグッズ作るのはダメだよね
 自分で…描いてみようかな
 グッズなら下手なイラストでも味が出そうだし』
そう考え、どうせなら白久と新居で使える物にしようと思い立った。
『お揃いになってもTシャツとかパーカーとか、着る物は恥ずかしいや
 サコッシュはスーツの白久に合わないし、アクキーも違うよな
 トートバッグやエコバッグ、買い物の時役に立ちそうだけど新居で使うって感じじゃないし
 あ、グラスなら、夏に麦茶やジュース飲むのに使えるじゃん
 でも、マグカップも可愛いな』
白久の部屋にはグラスや湯飲みやティーカップはあるが、マグカップは無いことに気がついた。

『大きめのマグカップがあると、インスタントのスープとか味噌汁とかオールマイティーで何にでも使えるんだよね
 温かい物も冷たい物もいけるし
 お揃いで毎日テーブルで使えるじゃん』
そう気が付くと、良いアイデアに思えてくる。
『俺が白久をデザインして作った、って言えば白久は感激してくれるだろうな』
喜ぶ白久の顔が見たくて俺は自分達への引っ越し祝いにマグカップを作ってみることにした。
今まで落書きくらいならしていたが、グッズに使うちゃんとしたイラストを描くのは初めてでかなり苦労した。
寝ている姿と迷ったが、飼い主を待っている風情の伏せの姿勢の白い秋田犬を描き上げることが出来た。

『自分で言うのもなんだけど、この下手さってグッズ向きで逆に良い味だしてるじゃん
 白い秋田犬のグッズ、今度から自分で作ってみよう
 どうせなら、近戸達への引っ越し祝いもこれでいくか
 鉢割れ猫のグッズはあっても、首輪の色まで再現されてる物なんてないだろうし
 使ってもらえると良いな』
俺がイラストで四苦八苦しているうちに、ナリの友達へのお礼は以前近戸達がお土産で買ってきてくれた牧場特産品詰め合わせに決まった。
要冷蔵の物が多いので、それは白久の部屋に送ってもらう事にした。


事前の準備が整って、後は引っ越しの日を待つだけとなる。
当然、俺は引っ越し前日から白久の部屋に泊まり込んで馴染んだベッドでの最後の夜を激しく過ごすのであった。



引っ越しというイベントに浮かれていたせいか、スマホのアラームが鳴り出す前に起きてしまう。
昨夜は張り切りすぎたため、まだ体は疲れていたが気力だけは充実していた。
俺が起きた気配を察して白久も目を覚ます。
「はよー、白久」
白久の腕の中から伸び上がりキスをすると
「おはようございます、荒木
 天気が良くて引っ越し日よりですね」
愛犬は微笑んでキスのお返しをしてくれた。
「湿気った状態で家具の搬入とかしたくないもんね
 早いけど、朝御飯食べて近戸達が来る前に、作業開始しちゃおう」
俺は白久の腕の中から抜け出してカーテンを開ける。
暑くなりそうな太陽が、早くも辺りを照らしていた。

水道やガスはまだ使えるが、俺達はコンビニで買ってきたサンドイッチとペットボトル飲料で簡単な朝食を済ませた。
「今日は、まずは何をいたしましょうか」
白久の問いかけに俺は少し悩んで
「近戸達の新居の窓を拭こう、今日は晴天だから、日差しを遮れた方がいいかも
 窓がキレイなら家具入れ終わった後、直ぐにカーテン下げられるだろ?
 その後は俺達の新居の窓拭いて、この部屋の掃除は明日でいいか
 次にこの部屋を使う化生の話、まだ無いってゲンさん言ってたから」
そう伝える。
「かしこまりました、高所は私が拭きますので荒木は無理なさらないでください」
「…うん、頼もうと思ってた
 双子猫にも高所は厳しいだろうしお願いね
 まあ、遠野が拭けば良いんだけどさ、遠野、白久より少し背が高いから
 何かちょっと近戸の気持ちが分かるかも
 あんな兄弟いたら、コンプレックスの固まりにもなるよ」
ブツブツ言いだした俺を、白久は不思議そうな目で見つめていた。

「じゃあ、作業始めよう」
俺は気を取り直して立ち上がり、愛犬をお供に双子猫の部屋に向かっていった。



ピンポーン

チャイムを押すと、双子が揃って出迎えてくれた。
「はよー、もう朝御飯食べた?作業開始して良い?」
俺の言葉に
「コンビニのおにぎりとペットボトルのお茶で済ませたよ
 コンビニって、色んなおにぎり売ってるんだね
 スーパーはよく行ってたけど、コンビニってめったに行かなかったから新鮮」
明戸が笑いながら答えてくれた。
「遠野のバイト先でもありますからね、どんな雰囲気なのか感じたくてコンビニ巡りをしております
 ライバル店の情報を、遠野に伝えたいですし」
今までコンビニには縁の無かったであろう家庭的な皆野は、今やコンビニ通になっていた。

「俺達、これからそっちの新居の窓拭きしようと思ってるんだ
 今日は日差しが強くなりそうだから、家具入れ終わったらカーテン早めに掛けられた方が良いじゃん
 その後、この部屋の窓拭きするよ、カーテン外しちゃって良い?」
「お願いします、私達は新居の床をもう一度拭いて回ります
 荷物が入ると、細部を拭きにくくなりますので
 引っ越しが終わったら捨ててしまっても良いかと、古いシーツで雑巾を大量に作っておきました
 それをお使いください」
主婦を飼い主と慕っていたため、こんな時の皆野は素晴らしく手際が良かった。


俺達は雑巾とバケツを手に新居に向かう。
部屋に着いたタイミングでナリから電話があり、友達の到着が早くなると教えてくれた。
俺と白久のベッドも今日中に搬入してもらえそうだと言う嬉しい情報に、俺は思わず歓声をあげてしまった。
そんな俺を見て、白久の笑みも深くなる。
「お弁当、頑張って作っておもてなししないといけませんね」
そんな事を言いながら、俺達は作業を開始した。

窓を拭いていると近戸と遠野がやってきた。
家が遠くて行き来が大変だけど、ゆっくり休める部屋になるので今までよりも来やすくなるのではないかと思われた。
近戸と猫バカ話で盛り上がった後、俺と白久は自分達の新居に戻っていった。
カーテンを外して窓を拭くが、皆野がマメに掃除をしていたのか思ったより汚れていなかった。
「皆野の主婦スキル、凄いな」
思わず感心する俺に
「私も頑張ります」
白久は対抗意識を燃やして宣言していた。


俺達が新居の窓を拭いている時にナリの友達が来たようで、すぐに家具も届いたのか下の階が騒がしくなっていた。
近戸の部屋はちょうどこの部屋の真下なので身を乗り出して見下ろすと、吊り下げられた家具が上がってきている。
「頑張ってんなー、俺達の部屋も夕方までにはベッド入れてもらえるかもよ」
「直ぐに入れてもらっても大丈夫なよう、私達も頑張りましょう」
新しいベッドでの楽しみを思い、俺達は黙々と作業を続けた。

「そろそろ皆野が来るので、お弁当の準備に取りかかります」
白久が言ったタイミングでチャイムが鳴った。
皆野と一緒に体格の良い人達が部屋に入ってくる。
「まいどどうも、ナリの友達の引っ越し業者です」
ひときわ体格の良い人が、おどけた感じで挨拶をしてきた。
「今回は、お手伝い本当にありがとうございます
 凄い助かります」
俺が慌てて頭を下げると白久も俺に習って頭を下げる。
「下の階、一段落着いたから、こんどはこっちのベッド下ろすぜ
 勝手にやらしてもらって良いかな
 いちいち確認取ってると、手間かかっちまうからよ
 もちろん、こっちに運ぶベッドの設置場所は確認するけどな」
大地と名乗った彼は、人なつっこい笑顔を浮かべて聞いてくれた。
「はい、やりやすいようにやってください」
彼は親指を立てて答え、さっそく皆野と明戸が使っていたベッドを梱包にかかっていった。

あっという間にベッドが下ろされていき、大地さん達は近戸の部屋に戻っていった。
ベッドが無くなった部屋を掃いて雑巾で乾拭きしていると、また戻ってくる。
「今度はこっちで使うの上げるからな
 設置はさっきのと同じで大丈夫か?」
あまりのスピード展開に俺は頷くことしか出来なかった。
今度もあっという間にベッドが引き上げられ、サイドテーブルとソファーが続く。
「ランプはエレベーターで楽に運べるから、今、他の奴が取りに行ってるよ」
そんな説明を聞いている間にベッドの梱包が解かれ、設置される。
「この辺で良いか?今ならまだ移動させられるけど、どうする?」
真新しいベッドは問題なく部屋に収まっていた。
「これで大丈夫です
 あ、サイドテーブルはこっちに置いてください」
プロの業者だってこんなに手際が良くないんじゃないか、と思うスピードでお昼前にベッドが設置された。
ソファーも設置して再び近戸達の部屋に戻っていく彼らに、俺は深々と頭を下げた。

窓から運び込む物が無くなったので、俺は真新しいカーテンをピカピカに磨いた窓に掛けていく。
淡い緑にリーフ柄のカーテンが、ミイちゃんの屋敷を思わせる。
「へへっ」
幸せなGWを思い出し俺は意味もなく笑ってしまうのだった。
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