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◆しっぽやプチ話◆

side〈NAGATORO〉

あまりにも静かだったので、私はそのことに暫く気が付かなかった。
しっぽや事務所、所員控え室の扉を開けて大きな影が入ってくる。
「波久礼?来ていたのですか?」
ビックリして、つい大きな声を上げてしまった。
私と一緒に控え室でくつろいでいた双子も、驚いた視線を波久礼に向けていた。
波久礼はいつも大きな音、やかましい声とともに、しっぽや事務所に飛び込んでくる。
そのため、私たち猫の化生は彼のことを苦手としていたのだ。
「やあ長瀞、今日も暑いね、外での捜索ご苦労様
 クマさんに頼まれて、ゲン殿のところにお使いに来たんだ
 後で1階に顔を出させてもらうよ
 その前に、こちらに挨拶しようと寄らせてもらったんだ」
穏やかな声で波久礼が話しかけてくる。
彼にこんなに静かに話しかけられたのは、初めてであった。
「何か冷たいものでも飲みますか」
私が問いかけると
「ああ、ミルク多めのアイスコーヒーをいただけると嬉しいかな」
波久礼は笑顔とともに、穏やかに答えた。

ソファに静かに腰を下ろしている波久礼の前にアイスコーヒーを置くと、彼はそれに口をつけ
「うん、美味しいね、さすが化生1の料理上手、長瀞の淹れてくれたアイスコーヒーだ
 毎日美味しい物を食べられて、ゲン殿は幸せだ」
そう言って微笑んだ。
「あの、波久礼?貴方少し変わりましたね」
私がためらいがちに聞くと
「今まで騒がしくしてすまなかったね、怖かったろう?
 これからは驚かさないようにするから、また寄らせておくれ」
波久礼が苦笑する。

今の波久礼からは、何ともいえない安心感が漂っていた。
ガサツで動作の大きかった以前の彼とは大違いだった。
気が付くと、私は波久礼の隣に腰掛け彼に身を寄せていた。
波久礼は私の髪を優しく撫でながら
「長毛種は手入れが大変だろうに、長瀞はいつもキレイにしているね」
そんな事を囁いてくれる。
私はゲンに撫でられている時とは違う心地よさを感じていた。
それは遙か彼方の甘い記憶、自分でもすっかり忘れていた母親の毛繕いを思い起こさせた。

私の態度で、双子も怖ず怖ずと波久礼の隣に腰掛ける。
「君たちは今日も仲が良いね、兄弟が居るというのは良いものだ
 生前は私にもいたが、彼らは化生する道を選ばなかったよ」
波久礼はゆっくりと話しかけながら、双子の頭を均等に撫でる。
彼らも安心した顔つきになり、波久礼に深く身を寄せた。
「猫とは、とても素晴らしい生き物だね
 可愛らしくて魅力的だ
 人間が君たちに魅了される気持ちがわかるよ」
波久礼の穏やかな声を聞きながら、私たちはゆったりとした時間を感じていた。


「何?このハーレム状態!」
そんな声で我に返ると、控え室の扉を開けたゲンが呆れた顔をこちらに向けていた。
気が付けば、波久礼の周りに複数の猫の化生がベッタリと張り付いている。
「クマさんから波久礼にお使い頼んだって電話あったのに、いつまでたっても来ないから気になって来てみれば
 つか波久礼、あの店入り浸ってるんだって?」
憮然とした顔のゲンに
「そうそう、クマさんからポスターを預かってきました
 あの子猫達の里親募集の物ですよ
 お店の方に貼ってください」
波久礼は私たち猫の化生の間からスルリと抜け出て、置いてある鞄からポスターを取り出した。

それをゲンに手渡すと
「それでは私はこの辺でお暇(いとま)するとしようか
 皆、元気でね
 また、寄らせてもらうよ」
私たちに爽やかな笑顔を見せる。
「また来てくださいね」
名残惜しそうな猫の化生達に見送られ、波久礼はしっぽや事務所を後にした。

「そりゃ、猫と馴染んでくれればいいなと思って猫カフェに連れてったのは俺だけどよ
 ちょっと、効果ありすぎなんですけどー」
ムクレるゲンに
「波久礼が穏やかになって助かりましたよ」
私は甘えるようにすり寄った。
「ナガトまで、うっとりした顔しちゃってさ」
ゲンは、まだブツブツと呟いている。
「私がゲンに感じている気持ちと、波久礼に感じている気持ちは、全く違うものです
 むしろ私は、貴方がまた、あのいかがわしい店に行った事の方が問題だと思いますが」
私の言葉で
「しまった、ヤブヘビか…」
ゲンがギクリと身を竦ませた。


「ラグドールの捜索依頼だ、誰が出る?」
事務所から黒谷の声が聞こえてくる。
「私が出ます」
私はそう答えた後
「今夜は、野菜たっぷりメニューにしますからね」
ゲンにそう宣言し、苦笑する彼にキスをしてから控え室の扉を開けるのであった。
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