このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.102~115)

当日、黒谷と大麻生には黒い服でキメてもらった。
本当はグラサンもかけさせたかったが『いかにも』な風貌になりすぎてしまう為、さすがにそれは思いとどまった。


駅の構内に行くと、すでにウラの姿がある。
事前にこちらが何かを仕掛けることを用心して、早めに来ていたのかもしれない。
やはり、油断のならない相手のようであった。
しかし、ウラは1人だけでボディーガードは連れていないように見える。
俺に気が付いたウラは従う2人の黒服を見て、きれいな顔を露骨にしかめてみせた。
「何?日野ちゃんって、マジでどっかの御曹司かなんかなの?
 親に金払ってもらってボディーガード頼むって、ズルくない?
 猟犬と警察犬みたいな奴引き連れてくるとか、最悪
 これ、もっと金ふんだくっても良い案件じゃん
 御曹司のエッチな写真が拡散されちゃったら、お家が困るもんな」
ウラは黒谷と大麻生に臆する様子もなく笑ってみせるものの、俺に向ける視線には険がこもっていた。

「別に、そんなんじゃねーよ
 この2人は俺が個人的に頼んで付いてきてもらっただけ
 別に、あんたに危害を加えようとか思ってないから安心しな
 もっとも、データ消去の確約がとれなかったらどうなるかわかんねーけど」
俺は挑発的に言ってみる。
「ちっ、パトロン持ちか
 やっぱウリやってたんだな、お前」
舌打ちするウラの視線は、俺を侮蔑するものに変わっていた。

「だから、やってねーってば
 この金だって自分で稼いだ金なんだから、データ、ちゃんと消去してくれよ」
俺は札束の入った封筒をウラに押しつけるように手渡した。
ウラは中身を確認すると
「はいはい、日野ちゃんがその体で稼いでくれた金、ちゃんと受け取りました、まいどどうも」
棒読みでそう言って札束を抜き取った封筒を返してくる。

「データ、消去しろよ」
俺が睨むと
「そのうちねー」
ウラは札束をヒラヒラ振ってみせた。
「おいっ!」
焦る俺をよそに
「拡散されたらさー、本当は良い宣伝になるんじゃないの?
 シノギが増えれば、上の人だってウハウハでしょ
 まあ、日野ちゃんにあんま関わると後が怖そうだから、俺はこれで手を引かせて貰うよ」
ウラはケケケッと笑う。
「じゃあねー」
去りかけたウラの腕を引いて引き止めたのは俺でも黒谷でもなく、大麻生だった。
大麻生の瞳は、真っ直ぐにウラだけを見つめていた。

「おい、手出しさせないんじゃなかったのかよ」
ウラが俺に不満げな視線を向けてくる。
しかし大麻生は、俺にはどうしようもない状態になっていた。
生真面目な顔の彼が薄く頬を染め、輝く瞳でウラを見つめている。
黒谷が俺を見つめてくる表情に酷似しているそれは、飼い犬が飼い主に向ける視線であった。
確認するように黒谷に視線を向けると、彼は戸惑ったように頷いている。
『まさか真面目な大麻生が、こんな奴に惹かれるなんて』
俺は頭を抱えてしゃがみ込みたい気分だった。

データ消去の確約さえとれれば、ウラとは二度と関わりたくないと思っていた。
しかし、こうなってくると話は別だ。
ここでウラと別れてしまえば再び会うことは難しいだろう。
せっかく飼って欲しい人間と巡り会えた大麻生の気持ちを考えると、このままウラと別れる訳にはいかなかった。
どんなにムカつくこと言われても、ウラをこの場に引き止められるのは自分だけなのだと、俺は腹を決める。


「止めさせろよ」
俺を睨んでくるウラに
「俺が言うより、ウラが言った方が早いよ」
そう返事をする。
「は?お前のパトロンの子飼いだろ?何で俺の命令聞くと思ってんだ
 頭おかしいの?フザケんなよ」
ウラの声が苛立ったものになるが、俺は黙ったまま成り行きを見守った。
俺の態度で察した黒谷も、事態を静観している。

俺を脅しても無駄だと悟ったのか
「痛てーんだよ、離せ、デカブツ」
ウラは大麻生を怒鳴り散らした。
大麻生を前にして、怒ってはいるが声に怯えが含まれていないことに、俺は少し驚いていた。
度胸が据わっているのか修羅場慣れしているのか、狡猾だと思っていたウラの印象が揺らいでいく。
ウラに一括された大麻生はやっと自分を取り戻し、ウラの腕を放すと
「申し訳ございません、怪我をさせるつもりは無かったのですが
 跡が残っておりませんでしょうか」
オロオロしながら謝り始めた。
流石にウラもポカンとした顔を大麻生に向けた。

「何の茶番?これ」
顔を歪めているウラに
「何て言うか、その…
 彼が君に一目惚れしたみたいなんだけど…って、自分で言ってて嘘くさい」
俺はため息を付きながら答えてみる。
もちろん、ウラは納得した顔は見せなかった。

「取りあえず立ち話も何だから、ファミレス行こう」
俺はウラの腕をつかむと歩き出した。
大麻生に警戒する視線を向けながらも毒気を抜かれたのか、ウラが抵抗なく付いてきてくれたのがありがたかった。



「やった、カレーフェアまだやってる!
 俺ココナッツチキンカレーとグリーンカレーにしよっと
 後、唐揚げとローストビーフサラダ
 黒谷は何にする?」
「僕はステーキ和膳にします」
「自分はロースカツ和膳をお願いします」
「ウラは?何にする?」
「俺はナスミートスパにするよ、って、おい!
 何で仲間とガッツリ夕飯モードになってんだ
 この場合、取り敢えずドリバとポテト頼んで話し合うとかじゃねーの?
 いや、そもそもこのシチュエーションが変だろ」
やっと我に返ったウラがお客の少ないファミレスで、それでも声をひそめて主張する。

「俺と仲良しになって、データ削除させようって作戦?」
ジットリとした視線を向けてくるウラの言葉で
「あ、その手があったか」
俺はその可能性に初めて気が付いた。
しかし今はデータ消去より大事な用がウラにある。
大麻生に少しでもウラと関われる時間を作ってあげたかったのだ。
「そうだね、ポテト頼んで皆で分けるの良いね
 じゃ、大盛りポテトも追加、ドリバは人数分、っと」
注文をまとめた俺が店員にオーダーを伝えると
「どうせお前が払うんじゃないんだろ
 俺、頼むだけ頼んで食い物残すガキ大っ嫌い」
ウラが睨みつけてくる。
「必要経費として黒谷に払って貰おうと思ってたからそこは正解
 で、俺も食い物残す奴嫌い
 何だ、けっこー気が合うじゃん」
俺はそう言って立ち上がると、ドリバのコーナーに向かう。
ウラもその後に付いてきて
「お前、さっきまで猫かぶってたな
 あいつら、お前のパトロンの子飼いじゃなく、お前の子飼じゃんか」
忌々しげにそう言った。

俺はトレイにオレンジジュースとカルピスを入れたグラスをのせる。
「黒谷は俺のだけど、大麻生は違う
 大麻生はウラの命令に従っただろ
 あ、ガムシロ入れないアイスミルクティー作って大麻生にあげてみな
 きっと一生守ってくれるぜ」
俺がニヤリと笑ってみせると
「何だそりゃ」
ウラは疑わしげな目を向けながらもアイスミルクティーを作っていた。

「はい、黒谷」
俺は黒谷の前にカルピスを置いてあげる。
彼は美味しそうに飲んでいた。
「ん」
ウラがアイスミルクティーの入ったグラスを大麻生に差し出した。
大麻生は驚いた顔でウラを見つめ、恭(うやうや)しく受け取った後
「ありがとうございます」
泣きそうな笑顔で頭を下げた。
彼の気持ちを思うと切なくなってくる。
俺は何としてでもウラを引き止めなければ、と改めて思った。
ウラは大麻生の態度に、どう対応したらいいか迷っているようだった。
「変な奴」
そう呟くと大麻生の隣に座り、コーヒーを口にした。


運ばれてきた料理を食べながら、俺は今までのウラの言動と態度を整理する。
初めて黒谷と大麻生を見たときウラは『猟犬と警察犬みたい』と言っていた。
それは2人の本質を正確に言い当てる言葉であった。
そして大麻生に腕を捕まれても怯えていなかった。
「ウラって、犬、好きなの?」
俺は何気なさを装って聞いてみる。
「犬派か猫派かって言われると、犬派だな」
ウラはパスタを食べながらそう答えた。
「つか、お前、ちっこいくせに食うな
 マジで全部一人で食うと思わなかった」
ウラが呆れた顔をみせた。
俺の前に並んでいる料理は、ほとんど食べ尽くされていた。
「デザートも食いたいから、これでも控えたつもりだけど」
「マジか」
ウラは流石に驚いた顔になる。
そんなウラに、大麻生は熱い瞳を向けていた。

追加でデザートを注文すると、俺は改めてウラを見つめ
「何か色々勘違いしてるみたいだから言っとくけど
 この2人はペット探偵の人間なんだ
 黒谷が所長で大麻生が所員、そんで俺はそこでバイトしてんの
 さっきの金はバイト料前借りしたから俺が体で稼いだってのは間違いじゃないけど、どっちかっつーと頭で稼いだ金だよ
 俺は事務仕事専門だからね」
俺の説明に、ウラは半信半疑と言った瞳を向けてくる。
「俺にパトロンがいるのは本当だ、黒谷と付き合ってる
 でも多分、お前が考えてるような関係じゃないけどな」
まさか飼い主と飼い犬という関係だとは思わないだろう。
「先輩には無理矢理付き合わされてただけで、好きでもなんでもない
 ウラだってそうなんだろ?
 そっちは無理矢理って言うより、もっとビジネスライクな関係っぽいけど
 前に自分のこと『男娼』とか言ってたじゃん」
「自分は違うとでも言いたげだな」
ウラは不愉快そうに舌打ちした。

ウラの言葉が胸に刺さる。
過去世の俺はまぎれもない『男娼』であった。
俺達は似たもの同士なんじゃないかと、少しだけウラに親近感がわいてくる。
もし黒谷と出会えなければ、俺は今生でも和銅のような生き方になっていたかもしれなかった。

大麻生を飼えばウラも自分の人生を誇れるように変わるのではないだろうか、俺はそんな漠然とした予感に包まれていた。
4/29ページ
スキ