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しっぽや(No.70~84)

<HIROSE>

夏休み。
僕はそれを知っている。
夏休みになるとあのお方のペンションは、子供連れのお客さんが増えるのだ。
僕は子供は騒がしくてあまり好きではなかったけれど、ボルドーとブルゴーニュは大喜びで一緒に散歩を楽しんでいた。
たまには騒がしくない子供もやってきて、僕のことをおっかなびっくり撫でた後『ふわふわー、可愛い』と嬉しそうに笑ってくれた。
誉められた僕は機嫌良く、大人しい子供達の相手をしてあげたものだった。

今年の夏休みは、猫だったときとは全然違うものになりそうであった。
愛しい飼い主『タケシ』と一緒の夏休み。
いつもより沢山、タケシが部屋に泊まりに来てくれる。
他の猫や犬の化生に聞いていて羨ましいと思っていたことを、タケシと共に体験できるチャンスなのだ。
僕にとっては特別に楽しい夏になる、嬉しい予感で満ちあふれていた。


「お疲れさま、今日はもう上がりにしよう」
そんな黒谷の言葉で、しっぽや事務所にいる皆が帰り支度を始める。
今日は荒木も日野も『予備校』に行っているので休みだったのだ。
細々した雑用を、朝からタケシが1人で頑張ってこなしていた。
「お疲れさまでしたー」
タケシは疲れも見せずに笑顔で挨拶をする。
「荒木も日野も居ないから、大変だったかな」
黒谷がそう声をかけると
「大丈夫です!俺もここで働き始めてから3ヶ月以上経ちますからね
 いつまでも2人に頼ってたら格好悪いし
 それに夏休みが始まったばっかで、テンション上がりまくりだから」
タケシはエヘヘッと笑って見せた。
「今日は、ひろせのとこにお泊まりだしね」
タケシに明るい笑顔を向けられて、僕は嬉しくてたまらなかった。
「ごちそうさま、明日もよろしくね」
少し羨ましそうな顔の黒谷に挨拶し、僕とタケシはしっぽや事務所を後にした。


Tシャツにジーンズというラフな格好のタケシに合わせ、僕も同じ様な格好に着替え並んで歩く。
『お揃いだ』
そう考えて、自然と顔が緩んでしまった。
「影森マンションに帰る?その前に、買い物でもしてく?」
優しく問いかけてくれるタケシに、僕は甘えたくてしかたがなかった。
「あの、よかったら少し散歩して帰りませんか?
 この時間なら、そんなに暑くないし」
上目遣いに聞いてみるとタケシはすぐに頷いてくれる。
「うん、荒木先輩が白久との夜の散歩を自慢してたから、ちょっと羨ましかったんだ
 猫の散歩ってどうかな、って思ってたけど、ひろせも行きたいと思っててくれたんだね」
タケシから嬉しい想念が伝わってきて、僕もさらに嬉しくなってしまう。
僕たちはドキドキしながら手を繋ぎ、夜の道を歩いていった。

「ここの公園で、空がしつけ教室をやっているんです
 木陰もあるし、ビオトープって池もあるんですよ」
僕が公園に案内するとタケシは辺りを珍しそうに見渡した。
「へー、こっちの方って、駅と逆だからまだ来たこと無かったよ
 事務所から近いんだね
 地面が土だからかな、道路より少し涼しいかも」
「外灯も多くてあまり暗くならないので、散歩する犬も多いんです
 たまにここに寄って、散歩中の犬を触らせてもらってます」
僕が舌を出すとタケシはププッと笑いを漏らす。
「ひろせは本当に犬好きの猫だね
 あ、言ってるそばからチョコラブが来たよ
 触らせてもらおうか」
「はい、あの方はビターさんです
 3歳と若い方なので、とてもフレンドリーですよ」
「流石、詳しいね」
僕たちはそんな会話を交わしながら、しばらく公園で散歩中の犬達と戯れ合うのであった。

その後、公園から少し足を延ばす。
「もう閉まっているけど、あそこがカズハさんの働いているペットショップです
 チェーン店ではないので、無茶な生体販売をしないから気が楽だってカズハさんが言ってました
 僕はペットショップ出身だから、その辺、よくわからないんですけど
 僕が居たお店のスタッフさん達も、良い人ばっかりだったから」
僕が首を傾げると、タケシは優しく髪を撫でてくれる。
「こーゆーお店って、ピンキリだからね
 ひろせがお店でイヤな思いをしてなくて、良かった」
僕を心配してくれるその想いが嬉しくて、また、幸せな気分になってしまう。

「あ、あそこの角のケーキ屋さん、ケーキもだけど焼き菓子も美味しいんです
 残念、もう閉店準備してますね」
「何回か、買ってきてくれたことあったね
 あの看板のマーク、袋にデザインされてたの覚えてるよ
 うん、確かに美味しかった
 でも、ひろせの作るケーキの方が美味しいな」
プロの作る物より美味しいと言ってくれるタケシに、僕はとても誇らかな気持ちになる。
タケシは僕を気持ち良くさせてくれる天才だと思う。
彼に誉めてもらうため、もっともっと頑張ろうと前向きな気持ちになれた。


僕達はまた手を繋いで夜を歩く。
「タケシと一緒に行ってみたいお店があるんです
 今夜の夕飯は、外食で良いですか?
 もちろん、代金は僕が支払いますから」
タケシはいつも僕の料理を楽しみにしてくれている。
何も用意していないとガッカリされるんじゃないかと、僕は少しビクビクしながら聞いてみた。
「2人っきりで外食?何だか本格的なデートみたいだね」
タケシは照れた顔で笑った後
「ひろせとお店でご飯食べたいよ
 いつも作ってもらうばっかりで、悪いなって思ってたから
 たまにはひろせも、ノンビリした状態で食べたいだろ
 代金は割り勘にしよう、半分こだ」
そう言って悪戯っぽくウインクしてくれた。
やっぱりタケシは僕を喜ばせる天才だ。
「はい!」
僕は嬉しくてたまらなくなる。
「タケシがお店を気に入ってくれると良いな」
「ひろせが気に入っている店なら、絶対良いお店だよ
 楽しみ」
暖かい想念を感じあいながら、僕達は足取り軽く歩いていった。


「この店なんです」
ドキドキしながら僕が店の前で立ち止まると
「あ、もしかしてここって、ドッグカフェ?
 荒木先輩と白久がたまに行くって言ってたお店だ
 こんな時間まで営業してるんだね」
タケシは少しビックリした顔になった。
「行ってみたいなって思ってたんだ
 連れてきてくれてありがとう」
明るい笑顔を見せてくれたタケシに、僕はホッとする。
「空がここのお店を教えてくれたんです
 ドッグカフェに来る犬はむやみに猫に吠えかからないから、触らせてもらえるよって
 空、ここのお店の顔って感じなんですよ
 だからすぐにお友達が出来ました」
「へー、空って良い奴だよね
 黒谷が言うほど、バカ犬じゃないと思う」
タケシは感心したように頷いた。

店内に入ると、タケシは物珍しそうに辺りを見渡している。
僕達は空いているテーブルを見つけ、そこに腰掛けた。
「こっちが人用のメニューです
 空のお勧めはローストビーフサンド
 カズハさんはパスタがお気に入りなんですって」
僕がメニューを差し出すと
「荒木先輩のお勧めってこれだ、エビとアボカドのサンド
 うわー、この肉球ケーキって美味しそ可愛い!
 どれも美味しそうで、悩むなー
 ひろせは何がお勧め?」
タケシはそう聞いてきた。
「僕はフィッシュフライのタルタルサンドが好きです
 ここのタルタルソース、絶品なんですよ
 パスタはトマトクリームが美味しいと思います」
「じゃあさ、両方頼んで半分こしよう
 おっと、野菜も食べなくちゃ、生ハムのシーザーサラダでも頼もうか
 後、ケーキは3個くらい頼んじゃう?」
「手作りプリンもお勧めです、今日は豪勢にいきましょう」
僕の言葉にタケシは笑顔で頷いて、デザートを沢山注文してくれた。

料理が運ばれてくる間、僕達は馴染みになった犬達に挨拶して回る。
「マミさん今晩は、カーターさんお久しぶりです
 コンタさんも来てたんですね」
小型犬、中型犬、大型犬、彼らを撫でて回りながら
『僕も、今日は飼い主と一緒なんですよ』
僕は誇らかで喜ばしい報告をしていた。
一緒に歩いているタケシに
「今晩は、ひろせちゃんのお友達?」
飼い主の方が親しく声をかけている。
「はい、ここのお店のことよく聞いてたから来てみたかったんです
 良いお店ですね」
「犬連れでなくても、動物好きな人なら大歓迎よ」
「料理が美味しいし、雰囲気良いからゆっくり出来るしね」
人間同士も話が弾んでいるようで、僕は嬉しくなった。

料理が運ばれだしたので、僕達は席に戻っていった。
「俺も、猫連れで来てることになるのかな
 何か、不思議楽しい」
タケシはクスクス笑いながら小声で囁いた。
「僕も、猫なのにドックカフェに飼い主と来れるなんて楽しい」
僕達は顔を見合わせて、笑い合った。

「わ、ここのタルタルソース、本当に美味しいね
 俺、ゆで卵入ってるタルタルって好きなんだ」
サンドイッチを食べながら、タケシが感心した声を出す。
「僕も真似して作ってみたことがあるんですが、やっぱりここの味にはかないません
 ゆで卵、タマネギ、ピクルス、パセリ、他に何が入ってるんだろう
 マヨネーズが違うのかな、ビネガーとか香辛料かな?」
僕は首を傾げてしまう。
「やっぱ、プロにしか出せない味があるんだよ
 でもさ、シーザードレッシングはひろせの方が美味しいよ
 ここのは俺には酸味が強いや」
タケシの言葉が、暖かく僕の胸に染み渡っていく。
「タケシの好みの味を作れるよう、精進します」
僕がそう言うと、彼は嬉しそうに笑ってくれた。

その後デザートのケーキとプリンを堪能し、僕達は影森マンションに帰る。
「夜の散歩、楽しかった
 今まで俺、早くひろせの部屋に行きたくて、焦りすぎてたかなー
 もっとドッシリかまえて、いろいろ楽しまなくちゃね」
舌を出すタケシに
「でも、僕もいつもタケシと早く2人っきりになりたいと思ってました」
僕はそう言って笑ってみせた。
タケシも微笑むと、そっと僕にキスをしてくれるのであった。
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