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しっぽや(No.70~84)

side<SAKURAZAWA>

仕事が休みの日曜の午後、俺と新郷は連れ立ってショッピングモールまで買い物に出かけた。
今日はゲンのところに泊まりに行くので、宿泊料代わりに夕飯を作ることになっているのだ。
時々、俺達はそうやってお互いの家で飲み明かしたりしている。
家族のいない俺にとって、ゲンは家族同然だ。
彼とゆっくり語り合えるその飲み会は、俺にとって貴重な時間となっていた。

「あそこの食品売場の日曜日のお楽しみ、養殖生本マグロ買おうぜ
 後、今日は生アトランティックサーモンが特売だってチラシ入ってたから、それも買おう
 刺身用柵はスライスしてサラダにのっけて、加熱用でムニエル作って
 刺身に出来そうなイカや魚も売ってると良いけど」
ウキウキと話しかけてくる新郷に
「そうだな、運が良いと、珍しい魚が売ってるんだが
 他にも色々、良さそうな物を買っていこう
 本当は釣りに行って釣果を持って来たかったが、それはまたの機会だな
 それと、野菜も多めに買わないと、長瀞に怒られそうだ」
俺も高揚する気分で答えた。


ショッピングモールでの買い物中、俺達は見知った顔に遭遇する。
「羽生と中川先生だ」
向こうが先に俺達に気が付いて、親しい笑顔を向けてきた。
羽生を見て、俺は少なからず驚いてしまう。
子猫の化生である彼はキレイな顔立ちではあるものの、その表情にはどこかに幼さと無邪気さが残っていた。
それが今日は、煌びやかな華やかさと艶やかさを併せ持つ『大人の若猫』に見えたのだ。
心なしか、背も伸びているように感じられた。
新郷も中川先生も羽生自身ですら、特にそれを意識している様子はない。
『子猫の成長とは、早いものだな』
ゲンの実家で暮らしていたとき、そこで飼われていた猫の成長に驚いた記憶がよみがえり、俺は笑ってしまう。
羽生が成長するような出来事が、何かあったのだろうと推測された。
それはきっと幸せな変化だ。
そんな2人を見ていると、俺も暖かな気持ちになれた。

「良かったら、中川先生達も来ますか?
 人数多いとゲンも喜ぶし」
俺は、ごく自然に今日の飲み会に2人を誘っていた。
自分からあまり人を誘うことのない俺の言葉に、新郷が優しい笑顔を向けてくる。
「桜ちゃんがカワハギとイカをお造りにしますよ
 イシモチは塩焼き、メバルは煮つけ
 俺は、アトランティックサーモンでムニエル作るし
 刺身用の柵も買うから、そっちはサラダに乗せてサッパリと食べましょう
 羽生、養殖生本マグロもあるぜ」
新郷がウインクしながら伝えると
「生本マグロ?!双子に聞いたことある!別格だって
 俺まだ食べたことないんだ」
羽生は興味津々といった顔になった。
「じゃあ、飲み物は俺達が買いますよ
 またクラフトビール祭りしましょう」
中川先生も笑顔で答えてくれた。

それから俺達は、店をあちこち見て回り美味しそうな物を買い込んだ。
「桜ちゃん、楽しそう」
新郷がこっそりと俺に囁いてくる。
「ああ、ゲンも家族だが、化生の関係者も家族だもんな
 家族で過ごせる時間は、楽しいものだよ」
俺は穏やかな気持ちで答えた後
「でも、1番の家族は新郷だ」
そう言葉を付け加えた。
「うん」
新郷は幸せそうに笑い
「そんな可愛いこと言われると、今夜もしたくなっちゃう」
そう言って舌を出した。
慌てた俺が言葉を発する前に
「わかってる、ゲンのとこではお預けって
 だから昨夜、いっぱいさせてもらったんだもん
 後は明日、家に帰ってからのお楽しみ」
新郷はニヒッと笑って、また食材を物色し始めた。
今の新郷の言葉が中川先生達に聞こえてしまったかと2人を見ると、彼らも何か囁きあって幸せそうに笑っている。
『まあ、化生関係者の間では、あまり気にすることではないか』
そう思うと気が楽になり、俺もまた食材に目を戻し買い物を続けるのであった。


ゲンの部屋の前に帰り着くと、俺は渡されている合い鍵でドアを開けた。
歓迎会などで何度もゲンの部屋に出入りしているため、中川先生も羽生も勝手知ったる感じで、荷物を置いていく。
「ビールは冷やしときますね、乾きものはカゴに入れてっと」
「新郷、すぐに調理始める?冷蔵庫にしまった方が良い物ある?」
「刺身用の柵はギリギリに切った方が良いから、入れといてくれ
 イカとカワハギも
 メバルは先に煮つけて、っとイシモチも焼いちゃうか」
羽生に指示を出す新郷が張り切る先輩に見えて微笑ましかった。
「俺は、テーブルの準備をしておくかな
 新郷、そっちが一段落付いたら呼んでくれ」
「了解」
俺達は手分けして準備を進めていく。
ゲンや長瀞が帰ってくるまでには、料理が出来上がるであろう。
宴会というと、何だかんだと立ち働いている長瀞に楽をさせてあげられそうだった。




「ただいまーっと、何だ何だ、今回豪華じゃねーの!」
帰ってきたゲンがテーブルの上に並ぶ料理を見て、満面の笑みを浮かべた。
「中川ちゃんと羽生も来てくれたのか」
「お邪魔してます、またクラフトビール祭りしましょう」
「俺もつまみ作るの手伝ったんだよ
 〆のお茶漬けも作るからね」
中川先生と羽生が、ゲンに笑顔を向ける。
「ショッピングモールで見かけたから、誘ったんだ」
俺が言うとゲンは少し驚いた顔を見せたが
「そうか、今夜は皆で楽しもう」
すぐに優しく微笑んだ。
「長瀞、料理はほとんどテーブルに並んでるから、今日はゲンの隣で座ってな」
新郷に促され、部屋着に着替えた長瀞は嬉しそうにゲンの隣に陣取った。

「よし、せっかくだから、乾杯しよう
 梅雨明けに乾杯、犬と猫と人に乾杯!」
ゲンの音頭で皆がグラスを合わせて乾杯する。
大人っぽくなった、と言っても羽生だけミルクで乾杯していた。
「本当だ!生本マグロって別格!美味しいー」
羽生が本マグロを口にして、幸せそうな顔になる。
そんなところは、まだ子猫っぽくて可愛らしかった。
「中トロなんか、もっとすごいぞ、食べてみ」
「わあ、口の中で脂がトロケるね」
「だろ?養殖物の生本マグロは、あの店でも日曜しか扱ってないんだ
 平日に置いても、高いから売れないんだってさ
 普段は解凍の本マグロしかないから、たまの贅沢にはもってこいだぜ」
新郷が得意げに解説している言葉を聞いて
「気に入ったかい?羽生
 たまには日曜に買ってみよう」
中川先生が羽生に笑顔を向けていた。

「桜様、カワハギのお刺身美味しいです
 肝醤油が合いますね」
長瀞が俺に話しかけてくる。
「甲イカもカワハギも、肝醤油を作れそうなほど新鮮だったからな
 淡泊な刺身も、肝醤油で食べると一味違うだろ?」
「はい、メバルとイシモチも良い味付けです
 やはり、魚料理はお2人にかないません」
「港町に行かなくても、お前等が来てくれれば珍しい魚が食えるってもんだ」
ゲンと長瀞の嬉しそうな顔を向見て、俺は少し得意な気持ちになった。

「そろそろ釣りに行くから、今度は釣果を持って来るさ」
「ボラが釣れたら、白久にもお裾分けしなきゃな
 桜ちゃんがデカいのつり上げるぜ」
俺と新郷の言葉に
「俺達も、ご相伴させてください」
「釣りたての魚、食べてみたい!」
中川先生と羽生が目を輝かせた。
「どれだけ釣っても、日野少年が居りゃ骨しか残らないぜ
 骨もあら汁にして、しゃぶり尽くすのが命に対する礼儀だな
 日野少年が満足できる量の釣果を持って来るのが、お前達への宿題だ」
「それは…難易度高そうだ」
その夜の宴会は、皆でワイワイと楽しく語り合えた。
新郷と2人っきりで過ごす時間とはまた別の満足感に満たされて、俺は気持ち良く酒杯を傾けるのであった。


〆のお茶漬けを食べ、中川先生と羽生は日付が変わる前に帰って行った。
「いやー、羽生にはビックリだな
 最初に会ったときは、あどけない子猫だったのに」
2人が帰るとゲンがそんなことを言い出した。
「ああ、ずいぶんと大人っぽくなったもんだ
 あんなに急に成長した化生を見たことがなかったから、驚いたよ」
俺も素直に感嘆の声を出す。
「でも、桜ちゃんも成長したな、自分から誰かを誘うなんてさ」
ゲンの言葉に気恥ずかしさを覚えるが
「まあ、皆、家族みたいなもんだし」
俺は少し赤くなりながら答えた。

「中川ちゃん達、2人で羽生の墓参りに行ってきたって言ってたから、何か吹っ切れたのかねー
 本人の墓参りってのも、不思議な話だけどさ」
ゲンが笑いながらそんなことを言っている。
「墓参りか…
 お墓が、どこにあるか分かってたらな」
そう言って俺は新郷の顔を見た。
「自分でも、場所は分からないよ
 あのお方のご家族が、山に埋めてくれたことはうっすら覚えてるけどね
 地名、なんて犬の時は気にしたことなかったから」
彼は苦笑する。

「私は死んだ後、袋に入れられて、燃えるゴミに出されました」
長瀞の言葉に、俺とゲンは息を飲んだ。
「乱暴な時代だったんだ…」
ゲンは長瀞を抱き寄せて、長い髪を優しく撫でた。
「今は幸せだから、大丈夫ですよ」
長瀞はうっとりした顔で、にゲンの胸に頭をすり付けている。

「俺も、桜ちゃんが居るから幸せ」
長瀞に対抗するように、新郷が俺を抱き寄せた。
いつもならゲンの前でそんなことをされたら強引にその腕の中からすり抜けているが、素直に寄り添いあう中川先生達を見ていたせいだろうか。
俺はそのまま新郷に抱かれ
「俺もだよ」
そう、囁いていた。
「お盆には、桜ちゃんのご両親と弟さんのお墓参りにいこうね」
新郷が俺を抱きながら神妙な声を出す。

肉親を失い孤独の海を漂っていた俺が、こんなに沢山の家族が出来たことを墓前に報告できそうで、深い満足感を覚えるのであった。
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