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しっぽや(No.70~84)

羽生と2人で休める日曜日、俺達は墓参りに行くことにした。
「長瀞が、前にゲンと住んでた町に思い出旅行に行ったんだって
 俺達も思い出旅行が出来るんだ
 2人だけの思い出って、良いね」
自分の墓参りだというのに、羽生は上機嫌でニコニコしていた。
「お線香と、花も持って行った方が良いのかな
 いや、河原で火をつけるのはまずいか
 花は…羽生は、何が好きかな?」
本人に聞くのも間抜けな話だが、俺はそう問いかけてみた。

「花?よくわかんない
 ネコジャラシってのは、ワクワクする草だけど」
「うーん、今の時期はまだ葉しか生えてないだろうな
 何か供えて欲しい食べ物があれば、って、供えるくらいなら一緒に食べた方が良いか」
せっかく羽生と居るのだ、どうせなら今の羽生が喜ぶことをしてやりたかった。
「俺、回るお寿司食べてみたい
 テレビで見たの、お寿司がどんどん流れてくるんだよ
 どれを取っても良いんだって
 卵とかツナとかサーモン、後、マグロ!」
瞳を輝かせる羽生が、とても可愛かった。
「よし、じゃあ、昼飯は回転寿司にするか」
「うん!」
俺達は梅雨明けの爽やかな休日に、ささやかな小旅行に出掛けるのであった。


親が転勤族だったため、俺は『故郷』と感じられる街が無かった。
それでもハニーと過ごした街は、俺の中で特別な思い出のある場所になっていた。
教師になって、あの街の近くの高校に赴任が決まったときは、複雑な気持ちになったものだ。

10数年ぶりに降り立った駅は、すっかり様変わりしていた。
あちこち新しくなっていて、昔の面影がなかった。
「ああ、店構えは変わったけど、あそこの本屋には学校帰りによく寄ったな
 そうそう、あのたこ焼き屋で、たまに友達と買い食いしたもんだ」
それでも、懐かしい思い出がよみがえってくる。
「あっちに学校があって、家への帰り道がこっちで
 その途中に廃工場があったから、そこのパン屋で牛乳を買ってハニーの所に…」
ハッとなった俺は羽生を見るが、彼はキョトンとした顔をしていた。
俺にとっては懐かしい場所でも、羽生にとってここは見知らぬ風景なのだ。
彼がこの街で覚えている風景は、段ボール箱の中だけであろう。
「墓参りの前に、廃工場に行っても良いかい?」
少し躊躇いがちに聞いてみると
「うん、サトシと一緒に歩きたい」
羽生は俺に寄り添ってきた。


「あ…」
廃工場があった場所に行ってみると、そこは新興住宅街になったいた。
「確か、この辺だったんだが…」
いったん更地にされた後、区画整理で住宅が建ったのであろうその場所はすっかり様変わりしていて、どこでハニーを飼っていたのか見当もつかなかった。
「そりゃそうか、ずっと土地を遊ばせておくはずないもんな」
俺は少し拍子抜けしてしまった。
「羽生はここのこと、覚えてるかい?」
そう問いかけても、困惑した顔で首を振るばかりであった。
「俺、サトシが来てくれるまで、ほとんどウトウトしてたから」
羽生の切ない回答に、また俺の胸が痛んだ。


俺達は早々にその場を立ち去り、河原に向かう。
少し距離があるが、20分も歩けば空気に湿気が混じってくる。
「あの橋の側に埋めたんだ…」
ハニーを弔(とむら)った後、結局俺は1度もここに来ることはなかった。
『行かなければ』という思いと『行きたくない』という思いに挟まれて、家で泣いてばかりだった。
自分のしてしまったことへの罪悪感に押し潰されていたのだ。
そうこうしてるうちに、また引っ越してしまった。

「何だろう、ここの空気は覚えてるかも」
羽生が辺りを見回しながら、そんな事を呟いた。
「気が付いたら体が軽くなってて、サトシが泣いてて、どんなに甘えても気が付いてもらえなくて
 そう、俺、暫くサトシの側に居たんだ
 泣いているサトシを見て、サトシを泣かせている自分がすごく嫌だった」
羽生は顔をしかめると
「ごめんね、サトシ
 俺のせいで嫌な思いさせて」
俺に向かって謝ってきた。
「ハニーのせいじゃない、俺が悪かったんだ
 俺がバカだったから、無知だったから、小さな命を守ることすら出来なかったんだ」
俺はたまらずにそう叫ぶと、羽生を抱きしめた。
羽生は甘えるように俺の胸に頭をすり付け
「俺がもっとずっと一緒に居られたら、サトシを泣かせなかったのに」
悔しそうに呟いた。
その言葉に、俺はゲンさんに言われたことを思い出していた。

『羽生は中川ちゃんと一緒に居たくて化生したんだ』

羽生はその希望ゆえに化生した。
それを叶えてあげられるのは俺しかいない。
それは、とても誇らしいことに思われた。
「羽生が一緒に居てくれて嬉しいよ、羽生ともっともっとずっとずっと、一緒に居たい
 羽生、帰ってきてくれてありがとう」
俺が囁くと
「うん」
羽生は震える声で頷いた。
俺達は初夏の明るい日差しの下、しっかりと抱き合った。

ハニーの眠るこの場所で、俺達は新たなスタートを切ったのだ。
それは、俺と羽生の深い絆を感じさせるものであった。


暫く抱き合っていた俺達は、寄り添いながら川面に反射する光を見つめた。
「あんな風にキラキラ輝く時を、一緒に過ごそう
 仕事が忙しくても、心はいつでも羽生の元にあるよ」
「俺、お仕事手伝えないけど、サトシが少しでも楽できるよう頑張る
 サトシの笑顔を守るんだ」
「羽生が居てくれるだけで、俺は笑っていられるよ
 俺も、羽生の笑顔を守りたい」
羽生への愛に満たされて、俺は深い満足感に包まれる。
ハニーを亡くしてから、こんなにも心が晴れやかになったのは初めてかもしれないと気が付いた。
「羽生は、俺の心をしっかり守ってくれてるな」
俺がそう言って柔らかな髪を撫でると、羽生は誇らかに、華やかに笑ってくれた。

「さて、ハニーにお供えをするなら、羽生に美味しい物を食べさせなくっちゃな
 回転寿司を食べに行こう
 好きなだけ食べて良いよ」
「俺、マグロとツナ食べたい!あ、マグロとツナって一緒なんだって
 長瀞が言ってた
 鮭とサーモンとトラウトも一緒?鮭フレークも?
 まだまだ知らないことがいっぱいだ」
難しい顔をする羽生が可愛くて、俺は笑ってしまう。
「トラウトというのは『マス』だな
 その辺は桜さんや新郷の方が詳しいんじゃないか?
 今度、機会があったら色々聞いてみるといい」
「うん、『魚料理は新郷にかなわない』ってよく長瀞が言ってるよ」
俺達は駅への道を歩きながら、たわいのない会話に花を咲かせた。
それだけで、俺の心は幸せで満たされていく。

「回転寿司、と言っても、この辺には無かったな
 時間もあるし、ちょっとショッピングモールまで足を延ばしてみよう
 羽生、お腹空いたか?もう少し我慢できるか?」
「大丈夫、お腹空いてる方が食べたとき美味しい気がするの」
「そういうの、『空腹は最高のソース』って言うんだ」
「サトシって物知り」
俺の言葉に瞳を輝かせる羽生に
「学校の先生だからな」
俺は少し得意な気分で答えた。
「もっといっぱい、色んな事教えて
 サトシが教えてくれること、俺、頑張って覚えるから」
「俺にも、羽生のこと色々教えて欲しいな
 羽生が嬉しいと思うことを、してあげたいんだ」
「サトシと一緒にいるのが一番嬉しい!」
羽生は笑いながら俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。
それから
「後ね、サトシにしてもらえるのも嬉しい」
艶やかな顔をしてそんな事を囁いた。
「今夜も、デザートを美味しくいただくよ」
俺も同じように囁き返し、夜の甘い時を思い2人でクスクスと笑いながら歩いていった。



ショッピングモールで寿司を堪能した俺達は、買い物をしていくことにする。
「サトシ、何が好きなのか教えて
 一緒に食材選んでくれると嬉しいな」
「俺も、羽生が好きな物を知りたいよ
 さっきの寿司では、中トロを気に入ってたみたいだね
 もっと食べたかった?
 晩ご飯用に買っていこうか」
俺の言葉に羽生は瞳を輝かせるが
「でも、中トロって高いんだよ」
すぐに躊躇いがちな顔になってしまう。
「今日は、ここで珍しいものでも買って贅沢しよう
 楽しい時間を過ごすんだ」
「うん!」
俺達はそう確認すると、食品売場に移動する。

「あれ?」
それに最初に気が付いたのは羽生だった。
その視線で、俺も彼らに気が付いた。
「さっき、話題にしてたからかな
 こんな時『噂をすれば影』って言うんだよ」
食品売場で見かけたのは、桜さんと新郷であった。
新郷もすぐに俺達に気が付いて
「よう、2人でデート?俺達もだぜ」
親しく声をかけてきた。
「こんにちは、買い物ですか?
 ここ、たまに珍しいもの売ってますよね」
桜さんが丁寧に頭を下げる。

「俺達のお目当ては、養殖生本マグロ!日曜じゃないと売ってないんだよな
 それと今日は、生アトランティックサーモンの刺身用柵と加熱用切り身が特売なのだ」
得意そうな顔を見せる新郷に続き
「珍しい魚も手に入りましたよ
 イシモチとメバル、それに刺身でも食べられるカワハギと甲イカ
 せっかくなので肝醤油(きもじょうゆ)も作ろうかと」
桜さんも表情をほころばせた。
「随分買い込みましたね」
少し驚く俺に
「今日はゲンの所に泊まるから、宿泊料代わりってやつ
 ゲンも長瀞も仕事だから、俺達で夕飯を作ってやるのさ」
新郷がニヒッと笑って答えた。
「良かったら、中川先生達も来ますか?
 人数多いとゲンも喜ぶし」
桜さんの誘いに俺達は顔を見合わせる。 

「ゲンちゃんとこで過ごす時間、贅沢で楽しそう」
羽生は笑顔になった。
「お邪魔させてください、そうだ、飲み物は俺達が買いますよ
 また、クラフトビール祭りでもしますか」
「お、良いですね」
その後、俺達は4人で買い物をする。


「ゲンちゃんのとこから帰ってからでも、する時間あるよね
 空腹は最高のソースなんでしょ?
 少し我慢した方が、もっと美味しく感じるよ」
羽生がこっそりと俺の耳元で囁いた。
「そうだな、皆で食べる美味しい食事の後の、甘い極上デザートが楽しみだ」
俺もそう囁き返す。

俺達は強い絆を感じながら、歩いて行くのであった。
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