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しっぽや(No.70~84)

突然の訪問にも関わらず、ゲンさんは笑顔で僕達を迎え入れてくれた。
「すいません、急に」
恐縮する僕に
「いやいや、メールもらってたし
 カズハちゃんとこ、来年の2月にマンションの更新来るだろ?
 その関係かな、って思ってたんだ
 今日は俺以外は化生だから、込み入った話でも気兼ねしなくて良いと思うぜ」
ゲンさんは悪戯っぽい顔でウインクして見せた。
やはり色々とお見通しだったようで、彼の察しの良さが僕には頼もしく感じられた。


届いたピザやフライドチキンがテーブルの上に並ぶ。
ボールいっぱいのサラダ用カット野菜も、存在を主張していた。
「こちらは味を付けていませんので、ピザにトッピングするとサッパリと食べられて良いですよ」
ゲンさん用の取り分け皿にのったピザに野菜を足しながら、長瀞が微笑んだ。
僕も真似してピザにのせてみると、確かにサッパリとしていていつもより食がすすんでしまう。
僕達はいろんな種類のピザを分け合って、楽しい食事を満喫した。

ゲンさんと長瀞がビールを飲んでいるので、僕も少し分けてもらってオレンジジュースで割って飲んでいた。
お酒の力を借りると言うのも何だけど、シラフで相談する踏ん切りが付かなかったのだ。
「あの…ゲンさんって、長瀞さんと暮らしてること…
 何て言うか…、ご両親には伝えてあるんですか?」
僕は思い切ってそう尋ねてみる。
「うん、知ってる、カミングアウト済み」
ゲンさんがあまりにもサラリと答えたので、僕はビックリしてしまった。
「俺に関しては、周りのハードルうんと低いんだよね
 ガキの頃、ちょっと病気してさ
 周りにとって、俺が生きてるだけでめっけもの、みたいな雰囲気になってんだわ
 だから、男と同棲してても生きてるんだから問題なし、って感じなのさ」
ゲンさんは親指をビシッと立てて見せた。
「カズハちゃんとこ、次の更新の前にご両親は引っ越しするんだって?
 カズハちゃんは残って、空と一緒に住むんだろ
 どんな人と住むのか、1度会ってみたいって親御さんに言われた?」
ゲンさんは優しく問いかけてくれる。
僕はモジモジと頷くしかなかった。

「多分、そんなに身構えなくても大丈夫だよ
 ナガトと初めてマンションで暮らす前に、俺も親に引き合わせたことあるんだ
 流石に、緊張したぜ」
ゲンさんは少し遠い顔をして見せた。
「そしたらうちの親な『何てキレイな子だ』って誉めそやして、『素晴らしい毛並みだ』ってナガトの頭、撫で回したんだぜ
 息子の恋人に、そーゆーことするか?」
ゲンさんはクツクツと笑う。
「それで気が付いたんだ、あの人たち俺より猫飼い歴長いし、本当に長毛種猫に目がないんだって
 あんときゃ、脱力したな」
肩を竦めるゲンさんに
「ゲンのご両親は優しくて、とても良い方ですよ」
長瀞が嬉しそうに微笑んだ。
「カズハちゃんの両親も、空のこと受け入れてくれるって」
力強いゲンさんの言葉を聞いて、僕は心が軽くなった。

僕達の会話に聞き耳を立てていた空が瞳を輝かせた。
「俺、カズハの両親に会えるの?
 黒谷の旦那が、この前『日野の父親に会った』って自慢してたから羨ましかったんだ
 俺も会ってみたいなー、って思ってた
 どんな格好して行ったらいいの?カズハ、コーディネートして」
甘えるようにすり寄ってくる空に
「カジュアル系の方が、ハスキーの魅力を引き立てると思うよ
 一緒に選ぼうね」
僕は笑顔で答えるのであった。


食事の後暫く雑談し、僕と空は部屋に引き上げた。
このところモヤモヤしていた気分が、スッキリしている。
『誰かに相談できるって、良いな』
僕は改めてゲンさんに感謝の念が湧いてきた。
「カズハ、元気になった?
 ここ最近、ちょっと元気なかったから心配してたんだ
 ごめんね、俺、『察し』ってのが悪くて、カズハが何を悩んでるのかわからなくてさ」
空が後ろから優しく僕を抱きしめた。
「心配かけてごめん、もっと早くに言えば良かったね」
僕は抱きしめてくれる空の手に自分の手を重ね、そっと彼に寄りかかった。
「俺、カズハのご両親に気に入られるよう頑張るから」
耳元で囁く空の声が、緊張しているのがわかる。
「うん」
そんな空の気遣いが、とても嬉しかった。

「空、シャンプーしてあげる」
「俺も、カズハのこと洗ってあげるね」
僕達はクスクスと笑い合いながら、シャワールームに移動した。
触れ合っているだけで気持ちが高まっていく。
シャワールームで繋がり合った僕達の興奮は冷めやらず、その後、ベッドでも激しく想いを確かめ合った。

「カズハ…」
愛おしそうに名前を呼んでくれる空の存在が、僕の体だけでなく心も満たしてくれる。

「空、愛してる」
頼もしい飼い犬の腕の中に居られる喜びに、僕は安らぎの眠りに落ちていくのであった。





空が僕の家に来てくれる日は、やっぱり朝から緊張してしまった。
空も同じであるようだ。
しっぽや業務の後、2人で空の部屋に寄って着替えをする際
「これで大丈夫?変じゃない?」
自信家の彼には珍しく、何度もそう聞いてきた。
伊達眼鏡が映えるスーツも捨てがたかったけど、ワイルドカジュアルを意識したジーンズとシャツを選んでみる。
黒のレザーチョーカーを付けた空は、とても格好良かった。
ともすれば『チャラ男』っぽくもあるのだが、ハスキーには似合っているという確信があったのだ。
「大丈夫、格好いい」
そう言ってキスをするとやっと空も落ち着いてきて、甘えたキスを返してくる。
「俺、気に入ってもらえるよう頑張る」
そんなことを言う空が、とてもいじらしくて可愛かった。


「ただいま、友達連れてきたよ」
空の部屋から自宅に移動し、ドアを開ける。
「お帰りなさい」
予(あらかじ)め伝えてあったので、両親がわざわざ玄関先まで出迎えに来た。
「初めまして、今晩は
 カズハさんとお付き合いしている、影森 空と言います」
空は緊張した声で挨拶すると、頭を下げる。
『どうせなら、最初からカミングアウトしといた方が気が楽だ』
ゲンさんに言われていたので、空にはそう挨拶するように伝えてあった。
何を言われるかドキドキしていたが、両親は呆然とした顔で空を見上げていた後、おもむろに笑い出した。

「カズハが一緒に住みたい人がいるなんて言うから、どんな人かと思ったら
 やだ、もう、エレそっくり!」
「ははは、こりゃ、こいつが懐くはずだ
 いや、エレよりは、毛色が薄いかな
 しかし、きちんと手入れされている、良い艶だ」
父親は物怖じせずに空の頭を撫でる。
誉められて、撫でられて、空は得意満面の顔になった。
「あら、ごめんなさいね、いきなり
 エレって、以前飼ってたハスキーの名前なの
 エレノアって言ってね、とてもお利口で、カズハの保護者みたいだったのよ」
「写真で拝見しました、凄く美人ですよね」
「そうなんだ、美人なんだよ
 よくハスキーは『バカ犬』なんて言われるが、エレは本当に賢くてな」
「ハスキーは自己判断が出来る犬なんです
 それで命令をあまり聞かないから『バカ』だって言われちゃって」
空と両親の会話は不自然なようでいて、かみ合っていた。

「こんな所で立ち話も何ですから、お上がりになって
 あら、どうしましょう
 私、カズハの友達が来るなんて聞いてたからハンバーグ作っちゃったわ
 貴方、タマネギ大丈夫?」
「あ、俺、今はネギ類もチョコもナッツも大丈夫です
 ハンバーグとかメンチ大好き」
「そうか?具合が悪くなったら、すぐに言うんだぞ」
人のアレルゲンとは違う心配をしていることに、両親は違和感を感じていないようであった。
すんなりと、空を受け入れている。
僕は胸をなで下ろした。

空はあまりお酒を飲まないので、カフェオレのペットボトルを用意してもらっていた。
美味しそうにカフェオレを飲んでハンバーグを食べる空を、両親は嬉しそうに見つめている。
晩年、食欲の落ちてしまったエレノアを見ていた僕達親子にとって、空の食欲は頼もしい。
「ペット探偵、やってらっしゃるとか」
「そうなんです、俺、犬捜索のエキスパートってやつなんですよ」
空は誇らかな顔をして見せた。
「影森と言う名字、ここのマンション名と同じだね」
「はい、オーナーの婆さんの関係者なもので影森を名乗ってます
 いやあ、これがまた達者な婆さんでして」
ここにミイちゃんが居たら、また空の意識が途切れていたことだろう…

両親と空との顔合わせは、大成功のうちに終わる。
両親は空のことを非常に気に入って、僕が男の人とお付き合いをしているという事はどうでもいい感じになっていた。
「是非、また、遊びに来てね」
「今度はメンチを用意しておこう
 しかし、タマネギが心配だな
 焼き鳥とかステーキの方が安心かな」
両親は最後に空を撫でながら、そんなことを言っていた。
「カズハを、よろしくお願いします」
改まってそう言って頭を下げる両親を見て、僕は胸が熱くなってしまった。
「任せてください、俺が絶対にカズハを守ります」
頼もしく頷く空を見る2人の目は優しかった。

「部屋まで送ってくる」
僕はそう言って、空と共に家を出る。
「良い両親だね、ハスキーの何たるかをわかってるよ」
笑いながら言う空に
「うん、良い両親でしょ」
僕も笑顔で答えた。
「どうも2人とも、ハスキーに飢えてたみたい
 最近ハスキー飼ってる人いないし、触らせてもらう機会ないから
 撫で回しちゃってごめんね」
「撫でてもらえたの、気持ちよかった
 1番気持ちいいのは、カズハに撫でてもらうことだけど」
空は悪戯っぽく舌を出した。

専用エレベータの中で2人っきりの僕達は、体を寄せ合った。
「俺、カズハのこと守るからね」
「うん」
両親と離れることになる不安を、空の頼もしい言葉が消し去ってくれる。

空との心の距離はどんどん近付いていって、今はもう重なっているのかもしれないと感じ、僕は心から満たされている自分に気が付くのであった。
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