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しっぽや(No.70~84)

side<ARAKI>

土曜日、誕生日が近いのでプレゼント休みの日野に代わり、そぼ降る雨の中、俺は1人でしっぽやに向かっていた。
『今日のランチ何だろ』
今日は黒谷も休みで白久が所長代理をしているから、いつものように外に食べに行かずお弁当を作ってくれると言っていたのだ。
『白久の作るエビとアボカドのサンドイッチ、美味しいんだよな
 炊き込みご飯とか鶏レバ煮たのも良いな』
何だか、給食を楽しみにしている小学生みたいな気分になってくる。
しっぽや事務所が入っているビルの階段で傘を畳むと、俺はウキウキと階段を上っていった。

コンコン

ノックして扉を開ける。
「荒木」
満面の笑みで俺を迎えてくれる白久が、可愛くて仕方がなかった。
「白久、どう?今日は依頼来てる?」
そう尋ねる俺に
「午前中は犬の捜索が1件きただけです
 雨ですから猫は外に出たがらないし
 あ、いえ、出たがる猫もいますけどね」
白久はクスクス笑っている。
「梅雨が明けるまでしつけ教室もお休みなので、空が暇を持て余してますよ」
白久の言葉に
「今日、唯一来た仕事をこなしたの、俺なんだけど
 チョー忙しいんですけどー」
空が控え室から顔を覗かせ、二ヤッと笑った。
「荒木も白久もこっち来なよ、一緒にランチしようって待ってたんだぜ
 今日は開店休業だ」
そのまま手招きしてくれる。
俺と白久は顔を見合わせ微笑んで、一緒に控え室に入っていった。

テーブルの上は、和洋折衷な持ち寄りパーティー状態になっている。
「わ、豪華」
驚く俺に
「梅雨の時季はヒマなので、お昼くらい派手にしようと思いまして
 ゆっくりお昼を食べていられますからね」
長瀞さんがタッパーの蓋を開けて、微笑んでそう言った。
「白久、これ焼けば良いの?」
羽生がマフィンの入った袋を持ち上げると
「半分に割ってから焼いてください」
冷蔵庫の中のものを取り出しながら、白久が答えた。
「卵スープとワカメスープ作るから、適当に選んでくれ」
空がインスタントスープを作り始める。
「おにぎりチンするよ」
明戸はレンジを使っていた。
「取り分け皿とお箸、スプーンもあった方が良いですね」
皆野は食器類を出している。
化生達があまりにも手際よく動いているので、俺はそれをぼんやり見ているしかない状況であった。

「あっ」
ひろせが顔を輝かせながら控え室から出ていったので、俺はノックが鳴る前に誰が来たかを察知する。
すぐにノックの音がして
「こんちわー」
タケぽんの声が聞こえてきた。
「タケシ、今からランチなんです
 控え室で一緒に食べましょう、僕、パンを器にしてグラタン作ってきたんですよ」
「美味そう!お腹ペコペコだ」
そんな会話を交わしながら、2人が控え室に入ってきた。
「スゲー、豪華!」
タケぽんが俺と同じことを言うので、ちょっと笑ってしまった。

さすがに全員ソファーに座りきれないから、パイプ椅を出して体の大きな空とタケぽんがそこに座りランチ開始となった。
「いただきまーす!」
皆でワイワイ食べるご飯は、美味しさがアップする。
「荒木、色々とパンに合いそうな具を作ってきたのでマフィンにのせて食べてみてください」
白久が差し出してくれたマフィンに
「やっぱ、最初はこれだよね」
俺はエビとアボカドのサラダをのせる。
「だと思いました」
白久は嬉しそうに微笑んだ。
「こちらはお刺身用のマグロを叩いて、タルタルっぽく味を付けてみたのです
 レタスの上にのせてから、パンにのせると良いですよ
 こちらはオーソドックスにゆで卵とマヨネーズです
 ツナサラダ、ポテトサラダもありますよ」
白久が色々説明してくれるし、小さなおにぎり、煮物、揚げ物、ベーコンや卵で野菜を巻いた焼き物、ひろせのパングラタン等々、美味しそうなものばかりで目移りしてしまう。

「スーパーで売ってるマグロのたたきは、油で練ってあるものがほとんどですから
 柵をたたいたものの方が、美味しいですね」
長瀞さんがマグロのタルタル風を食べながら感心した顔を見せた。
「美味しい!これ、生マグロでしょ
 解凍だと何か味が水っぽいんだよね
 でも、解凍マグロもぶつ切りにしてトロロ芋とかメカブと和(あ)えると、サトシ、美味しいって言ってくれるの」
羽生が何気にノロケた発言をする。
「解凍もの、柵の表面だけフライパンでさっと焼いて冷やしてからスライスすると、ちょっと味が凝縮しますよ」
ひろせがエヘヘッと笑った。
「トロびんちょうと呼ばれるびんちょうマグロだと、解凍でも脂がのってますよ
 養殖ミナミマグロの解凍も味が濃いし
 解凍養殖本マグロの中トロも美味しいですね」
「まあ、最高なのは養殖生本マグロだけどな」
双子が頷きあっている。

「猫ってのは本当にマグロ好きだね
 キャットフードがマグロベースばっかなのも頷けるぜ
 俺は肉の方が良いけどな」
空が唐揚げを口にしながら、少し呆れた顔を見せていた。




楽しかったランチの後、白久は所長席に戻り俺とタケぽんはデータの入力作業を開始する。
猫の化生達に混じり、空も控え室でうたた寝をしていた。
依頼人は来ないし、電話も鳴らない。
「梅雨の時季って、毎年こんなにヒマなんですか?」
タケぽんに尋ねられたが
『去年って、どうだったっけ?』
情けないことに、俺はよく覚えていなかった。
思い返すと、去年の今頃は週末だけしかバイトに来なかったし、白久の散歩がメインの仕事みたいなもので、2人で外食したり買い出しに行くことが多かったのだ。
「何か俺、最初の頃って全然役に立ってなかったな…」
そう気が付いて、ちょっと凹んでしまう。
「荒木にはスマホの操作を教えていただき、助かりましたよ
 ファミレスの入り方も教えていただけたので、ランチや夕飯の幅も広がりましたし
 買い出しに付き合っていただけて、お茶請けの種類も増えました」
取りなすように白久が言ってくれるが
『ペット探偵の仕事と、あんま関係ない…』
俺の胸に、少し乾いた風が吹いてしまった。

俺と白久のやり取りに何かを察したらしく、タケぽんは何も言わずにパソコン作業を再開し
「月別の統計で見ると、やっぱり6月って依頼件数少ないみたいですよ
 データ管理してあると、こーゆー時便利ですね」
さりげなくフォローしてくれた。
「ターキッシュバンを飼う人が増えたら、猫の捜索依頼増えそうだけど」
ヘヘッと笑うタケぽんに
「ターキッシュバンって何?」
俺は疑問の声を出す。
「水遊びが好きな猫がいるんです
 こないだ、ひろせが捜索に行ったんですよ」
「え?クロスケもカシスも、濡れるの大嫌いだよ?」
「銀次も濡れるのチョー嫌がります
 でも、友達のとこの猫は、水入れに前足入れてかき回すの好きだって言ってたな
 ほんと猫って、それぞれですねー」
その後、俺達は猫バカ話で暫く盛り上がっていた。


プルルルルル

そんな時、所長机の電話がふいに着信を告げる。
「はい、ペット探偵しっぽやです」
白久がすぐに反応した。
俺とタケぽんは黙って白久の言葉に聞き耳を立てる。
「ああ、カズ先生ですか
 先日の検診の際はお世話になりました
 結果は受け取っております、誰も異常がなくて一安心です
 ええ、今日はクロはお休みなので、私が所長代理をしております」
白久の言葉を聞いて
『カズ先生か
 簡単な検査のみって言っても、ちゃんとしたお医者さんに化生を診てもらえるのってありがたいよな』
俺は胸をなで下ろした。
『カズ先生?』
タケぽんが口の形で問いかけてくる。
『お医者さん』
俺も口の形で答えると、タケぽんはビックリした顔になった。

「今日はどうなさいました?
 いえいえ、こちらは依頼が来なくて、ほとんど開店休業です
 え?依頼?かまいませんよ
 いつもお世話になっておりますから、無料で引き受けます
 犬種は…秋田犬の子犬ですか
 それならば私が出ます
 ご自宅に伺えばよろしいのですね、はい、場所は存じております
 では、後ほど」
電話を切った白久に
「カズ先生からの依頼なの?」
俺は驚いて問いかけた。
「はい、秋田犬の子犬らしいので私が出ます
 空、受付と電話番、お願いします」
「はいよー」
白久が頼むと、空が控え室から姿をあらわした。

「あの…俺も行くよ!」
気が付くと、俺はそんなことを口走っていた。
「あっと、俺が行っても役に立たないと思うけど
 カズ先生に久し振りに会いたいし…
 その…ダメ、かな」
モゴモゴと呟く俺を、皆がビックリした顔で見つめている。
俺は急激に恥ずかしくなってきた。
カズ先生は秋田犬の化生だった親鼻さんのことが好きで、今でも忘れられないでいる。
同じ秋田犬の白久に向ける視線が少し特別であるような気がして、俺は子供っぽいヤキモチを焼いているのかもしれないと気が付くと、さらに恥ずかしくなった。
「荒木と一緒に捜索が出来るなんて、ステキです」
白久が嬉しそうに笑うので、俺は少しばつが悪い思いを感じていた。
「邪魔しないから」
慌てて言う俺に
「カズ先生との連絡役をお願いします
 進展がありましたら、荒木のスマホに連絡を入れますので
 子犬だから、なるべく今日中に見つけてあげたいですからね」
白久は頷いてくれた。

「良いなー、俺もひろせの捜索の手伝いしてみたい」
羨ましそうに言うタケぽんに
「タケぽん、アニマルコミュニケーターだろ?
 その能力生かせるようになれば、ひろせのサポート出来るんじゃね?」
空がそう指摘する。
「そっか、そうだね!
 まだ、ひろせの思ってることしか感じられないけど、頑張ってみようっと」
タケぽんは頬を染めてガッツポーズをとっていた。

「では荒木、参りましょうか」
「うん」
白久に促され、俺は初の捜索補佐として緊張しながら現場に向かうのであった。
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