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しっぽや(No.70~84)

土曜日、仕事を終えた私達は影森マンションに帰り、着替えてからエントランスに集合した。
背広ではなくラフな服装に着替えたゲンに合わせ、私もシャツとジーンズに着替え、髪は後ろで一つに結っていた。
「少年達のダブルデートに混ざっちまって悪いな」
二ヒヒッと笑うゲンに
「ううん、ゲンさんが居てくれると楽しいし、お店の人に申し訳たちそう」
「今日は片っ端から頼むんで、ゲンさんちょっとずつ色々食べてね
 肉は全種頼んでみよっかなー、とか思ってるんだ」
荒木様も日野様もゲンに親しい笑顔を向けてくれる。
「お、日野少年、やる気だねー
 オジサン、喜んでご相伴に預かるとするか」
上機嫌のゲンに
「お野菜もね」
私は笑って釘をさしておいた。


店に入ると黒谷が先に立ち
「黒谷で6人分予約してあるのですが」
お店の人にそう伝える。
「本日はご来店ありがとうございます
 お席にご案内いたしますので、こちらにどうぞ」
見知った店員が、週末で込み合っている店内を案内してくれた。
「よっ、久しぶり
 今日は食べ放題、堪能させてもらうぜ」
ゲンが声をかけると
「あれ、ゲンさん?何だ、ゲンさんの知り合いだったのか」
店員の態度が砕けたものになった。
何度も利用しているし、ゲンは職業柄近隣の店には顔が利くのだ。

「今日は、こっちの少年の先取り誕生日会なんだ」
「先取りかー、今日が誕生日なら杏仁豆腐くらいおまけしたのに」
2人は親しげに会話を続けながら歩いている。
「うちの店の2階にペット探偵の事務所あるだろ?
 こちらはそこの所長さんと所員、で、少年たちはバイト君な訳」
「え?あの事務所ってまだ営業してんの?ずいぶん前からあるって聞いてるけど
 ペット探偵って需要あるんだねー
 バイトってことは、君たち高校生?中学生かと思ったよ
 あ、こちらの席にどうぞ」
私達は示された席に着く。
「そう、少年たちは新地高校の3年生なんだよね」
ゲンの言葉に、店員の顔が固まった。

「背の低い新地高の3年生?
 『新地高の小さな悪魔』って、確か今年3年生…
 いや、まさかね」
恐る恐る、と言った感じで店員は日野様と荒木様を見る。
「そのまさかだったら、どうする?」
ゲンが少し意地悪くヒヒッと笑うと
「え?ちょ、本当に?」
店員の顔が更にヒキツった。
「俺とナガトがあんまり食わねーの知ってんだろ?
 俺達の分、この子が食うって事で頼むよ
 町内会の暑気払い、ここでやらせてもらうからさ」
ゲンは拝むポーズをしてみせた。
「………ゲンさん、忘年会も頼みますよ
 では、こちら食べ放題と飲み放題のメニューになります
 追加のご注文はパッドでお願いしますね
 ただいま、先付けをお持ちします」
「あんがとよ
 冷凍庫の肉、じゃんじゃん解凍しといてな
 悪魔が本気を出すからさ」
店員は苦笑しながら去っていった。

他の者達は、呆然としながら2人の会話を聞いていた。
「ゲン様…今のやり取りは…?」
白久が伺うように口を開く。
「日野少年、この沿線上の食べ放題やってる店でけっこーやらかしてんだろ?
 『新地高の小さな悪魔』だってよ
 有名人じゃん」
思い当たることがあるのだろうか、日野様はゲンの言葉に苦笑しながら頭をかいている。
「あー、それでか!学校の側の店じゃないのに俺が制服で店に行くと、警戒する目で見られることがあったの
 初めて行く店でもたまにあったから、変だと思ってたんだ
 単品メニュー頼むと、あからさまにホッとした顔されてさー
 また、お前に間違われてたんだな」
荒木様の言葉で、日野様は困ったように笑っていた。

「この店は今ので顔つないでおいたし、今度から食べ放題の注文しても大丈夫だ
 たまにはしっぽやメンバーで、食べに行くと良いぜ
 ちゃんと予約してな
 急に日野少年に来られちゃ、冷凍庫の在庫、カラになっちまう
 オジサンからのささやかな誕生日プレゼントってとこだ」
「ゲンさん、ありがとう!」
感激する日野様に、ゲンは優しい笑顔を向けていた。
黒谷が感謝を込めて、ゲンに頭を下げている。
ゲンは自分の周りの者が楽しめるよう、いつも気を配っているのだ。
その優しい心配りが、私は大好きだった。
「たまに日野少年にのっかって食べ放題に混ざれれば、ナガトも楽出来るだろ
 ちょっとずつ色々用意するの、大変だもんな
 俺達にとっても、一石二鳥だ」
そしてゲンは他の者に気を配っていても、いつも私のことを考えていてくれる。
それが嬉しくて、彼に飼われている幸せが胸に押し寄せた。

「さて、まずはドリンクを注文して乾杯といくか
 皆、何にする?」
ゲンが差し出した飲み放題のメニューに顔を寄せ、皆でワイワイと語り合う。
楽しい宴の始まりであった。



注文した飲み物が届き、先付けのタン塩を焼きながら皆で乾杯をする。
「誕生日、おめでとう」
そう言われた日野様が、照れくさそうな笑顔を見せた。
「日野少年18歳か、もう大人だな
 俺が18の時、何やってたかなー、まだバブルだったっけ?
 初めてナガトに会ったのは、20歳の時だったな」
ゲンは懐かしそうな顔になった。

パッドを日野様に渡すと
「ほら、食いたい肉、じゃんじゃん入力しな
 っても、テーブルにのりきる量でな
 オジサンはちょっとずつかすめ取るから」
ゲンは悪戯っぽく笑う。
「お野菜もお願いします」
私の言葉に
「うん、ナムル盛り合わせと野菜セットも入力するよ
 後からサンチュとかチョレギサラダも追加するね」
日野様は笑顔で答えてくれる。
「肉はカルビ、Pトロ、ホルモン、レバー、鳥を6皿分っと
 皆で分けようぜ
 とりあえず、こんなもんか
 はい次、荒木も好きなの入力しなよ」
日野様にパッドを渡された荒木様が
「俺、焼きイカとソーセージも頼もっと
 後、ご飯ものどうする?俺と白久は卵クッパにするけど」
「あ、俺と黒谷はミニビビンバよろしく」
「私とゲンは、ご飯小盛りでお願いします」
次々と入力されていく追加注文、次々と運ばれてくる皿、次々と焼かれていく肉で私達の居るテーブルは戦場のような有様になっていった。

日野様が手際よく網に肉を並べ、黒谷や白久が焼けた頃合いを見計らってどんどん返していく。
焼き上がった物を皿に移すと、日野様がまた肉を広げていく。
時々肉をもらいながら、私も隅の方で野菜を焼いてはゲンや他の者の皿に積んでいた。
肉の油で焦げ付いた網を何度か代えてもらい、新しい網が温まるまでの時間で焼き上がっている肉を食べていく。
何だか私達は、効率の良い焼き肉マシーンのようだった。

「同じ肉でも、タレが違うとまた感じが変わるなー
 こんなに一気に色々食える機会、なかなか無いぜ」
ゲンは肉を食べながら、嬉しそうな顔になる。
「シシトウ、焼き上がりましたよ
 食べてみますか?」
私が言うと
「よし、俺も男だ!その挑戦、受けた!」
ゲンは大仰に頷いて口にする。
「お、辛くない、肉の油がサッパリと洗い流されるようだぜ」
ホッとした顔のゲンに続き
「あ、俺ももらって良い?
 焼きシシトウって、美味いよね」
日野様がトングで網からシシトウを摘む。
皿に積んであった肉と一緒にそれを口にした日野様は
「うん、美味しい…って、辛、ちょ、辛みが後からきた、辛いー」
ゴホゴホとむせながら、慌ててジュースを飲み干した。
「日野、僕のカルピスも飲んでください」
黒谷がオロオロしながら自分のコップを差し出している。
「俺は無難に、椎茸にしとこう」
日野様を横目に、荒木様は焼き上がった椎茸を小皿にのせた。
「荒木、トウモロコシも甘くて美味しいですよ」
白久は焼き上がったトウモロコシを荒木様の小皿に追加する。
皆、飼い主と食べる夕飯を満喫し、私達は幸せな一時を過ごしていた。

もう何皿目になるかわからない肉を運んできた店員が
「いやー、聞きしに勝るって感じ
 本物の『新地高の悪魔』なんだねー
 小柄な子が1人で何十皿も肉を食べるなんて都市伝説なんじゃないかと、ちょっと疑ってたんだけど
 実際に見ると圧巻だ
 こりゃ、他の店が恐れる訳だよ」
カラになった皿を下げながら苦笑する。
「注文した肉、半分以上少年が食ってるぜ
 野菜もご飯もバランス良くな」
ゲンがヒヒッと笑う。
「見栄張って頼むだけ頼んで残す、なんてことはしないから安心して持ってきてもらおうか
 まだ時間残ってんだろ?」
「恐ろしいことにまだ残ってますよ、皆さん焼く手際良いですね」
「肉、すごい美味しいです
 いくらでも食べられそう」
日野様に笑顔を向けられ
「お手柔らかに」
店員は苦笑しながらも、伝説を目の当たりにして嬉しそうであった。

それから制限時間まで、私達(と言うより、日野様)の快進撃は止まらなかった。
ゲンに色々な肉や野菜を食べてもらえた私は、満足感を覚える。
「これも、誕生日プレゼント」
ゲンは最後に出されたデザートのシューアイスを日野様に手渡した。
「ありがとう、ゲンさん
 色々気にしないで食べ放題満喫できたの、久しぶりで楽しかった」
幸せそうな日野様に
「良かったな」
ゲンが優しい顔を向けていた。
「ゲン、半分こしましょうか」
私は自分の分のシューアイスを彼に差し出した。
「ありがとう
 喜びを分けあえるナガトがいてくれて、俺は本当に幸せだよ」
ゲンは日野様に向けたものよりも、もっと優しく愛おしそうに私を見てくれた。


夜空を見ながら、私達はマンションへの道を帰って行く。
「あー、腹いっぱい、自分が香ばしい」
日野様が歩きながら伸びをする。
「臭いが付くから、部屋で焼き肉するの躊躇うんだよな
 やっぱ店で食うに限る!また行こうぜ」
ゲンの言葉に皆は笑顔で頷いた。

私の喜びはいつもゲンと共にある。
私はゲンの横に並んで歩きながら、この場所に居られる喜びに満たされていくのであった。
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