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◆しっぽやプチ話◆

side<SAKURA>

コンコン

昼下がりの事務所に珍しいノックの音が響いた。
うちの会計事務所に、予約無く直接出向いて依頼をしにくる者はほとんどいない。
新郷が反応しないところを見ると、ゲンかしっぽやの誰かだろうと当たりをつけ
「どうぞ」
俺はそう言葉をかけて入室を促した。
「失礼いたします」
事務所に入ってきたのは、荷物を持った白久であった。

「もう、お昼ご飯はお済みですか?」
そう問いかけてくる彼に
「ああ、切りが良かったんで今日は早めに食べてしまったんだ」
そんな返事を返す。
「でしたらデザートにこちらはいかがでしょうか
 新郷へのお礼に、シフォンケーキを焼いてきたのです
 抹茶と小豆を入れて和風にしてみました
 生クリームを添えてどうぞ」
白久が差し出した包みを新郷が受け取った。
「ありがとな、荒木、喜んでた?
 俺の言った通りだったろ」
新郷は何やら得意げな顔になっている。
「はい、とてもお気に召してくださったようで
 素晴らしい時間を過ごせました」
幸せそうに微笑む白久に
「うんうん、良かったな
 また、色々教えてやるよ
 化生したのは白久が先だけど、飼い主いる歴は俺の方が長いんだからさ」
新郷は鷹揚に頷いていた。
「お願いしますね、それでは桜様、また」
白久は頭を下げて事務所を出て行った。


「やったー、桜ちゃん、お茶菓子ゲットー
 和風シフォンケーキなんて、白久もシャレたもん作るようになったなー
 新入りの洋猫がお菓子作るの上手くて、皆に教えてるんだってさ
 おっと、お茶の時間まで冷蔵庫入れとかなきゃ」
新郷はいそいそと包みを冷蔵庫にしまっている。
「白久に何か教えてやったのか?」
「うん、あいつ、こないだ誕生日でさ
 荒木と思い出作りたい、なんて言ってたからちょっとね」
新郷の言葉に俺は驚いてしまう。
「白久は自分の誕生日、知っているのか?!
 すまない、考えたこともなかった
 新郷はいつなんだ?誕生日、覚えてるか?」
焦って聞く俺に
「白久の誕生日は、荒木に飼ってもらった日なんだってさ
 荒木が、そう決めてくれたんだ
 飼い主が出来たのは、第2の生の始まりだからって
 高校生なんてガキだと思ってたけど、荒木は良い奴だな
 白久のこと大事にしてくれてる」
新郷は嬉しそうに微笑んだ。

「そうか、荒木君が…彼は良い子だな」
俺はまだ幼さの残る荒木君の顔を思い出し、暖かな気持ちになった。
「俺にとっては桜ちゃんと一緒に住み始めた日が、特別な記念日だよ
 桜ちゃんと一緒に住めるなんて、夢みたいだった
 また、飼い主と同じ家に住めるなんて…」
新郷は遠くを見ながら、少し震える声で呟いた。
俺はそんな新郷を後ろから抱きしめる。
「そうだな、俺達の大事な記念日だ
 毎年、お祝いしてるもんな
 今年も2人でゆっくり過ごそう」
「うん…」
新郷は抱きしめた俺の手に自分の手を重ね、そっと握ってくれた。
「今年も、可愛い声いっぱい聞かせてね」
「……程々にな」
新郷の言葉に頬が熱くなるのを感じながら、俺は小声で囁くのであった。


「そういえば、白久には何を教えてやったんだ?
 イカの捌(さば)き方か?
 イカの刺身を気に入っていたのは、日野君だったと思ったが
 それとも、どこかのスーパーでボラでも手に入って捌いてやったのか?
 最近のスーパーは、時々珍しい魚が売っているからな」
化生が何を知りたがるのか興味がわいた俺が聞くと
「ああ、甘噛みのやり方を伝授してやったのさ」
新郷は事もなげにそう答えた。
しかしその答えが脳に届いても、俺には暫く意味が理解出来なかった。
「……新郷?…それは、その…」
「いつも俺が桜ちゃん自慢してるの聞いて、白久の奴、ちょっと興味があったんだって
 でも本当にそれで喜ぶのか、なんて不安がっててさ
 だから『誕生日のプレゼントにねだってみたら?』ってアドバイスしてやって、やり方をちょっとね」
得意げな新郷の話はさらに続く。

「最初だから、あんまりハードなのは避けるように言っといたぜ
 なんせまだ、相手はガキだし
 ちゃんと相手の反応見ながら少しずつ噛む場所を変えていくんだぞ、ってな
 桜ちゃんは最近、少し強めに噛むと反応良いよね
 だから見えやすい場所に跡が残らないよう、俺も色々研究してる訳よ
 芝桜見に行った日の夜も、桜ちゃん可愛かったなー
 それは上級者向けってことで、参考程度に話しといた」
俺は羞恥のあまり、体が震えてきてしまう。
それを荒木君に知られたらと思うと、顔から火が出そうだった。

「し…ん…ごぅ…
 暫く…夜はお預けだ…」
何とか発した俺の言葉に
「え?何で?俺、良いことしたのに?」
新郷は情けない声を上げる。
「桜ちゃん、甘いものでも食べて落ち着いて
 白久のケーキ、食べよ
 俺、お茶煎れるから、ね、ね?」
慌てる新郷は可愛いかったが
「焙じ茶にしてくれ」
俺は努めて冷たい声で返事をした。

今夜は新郷に『恥じる』ということを教えなければ、と俺はまだ熱さの残る頬を擦って考えるのであった。
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