◆しっぽやプチ話◆
side〈SHIROKU〉
台風による交通障害で、荒木が私の部屋に泊まりに来てくれた。
久しぶりに荒木と2人っきりでゆっくり過ごせる時間は、私にとってかけがえのない時間になった。
夏休み以降バイトの日数を増やしていたので頻繁に会ってはいたものの、私が捜索に出ていたり荒木がお使いに行ったりとすれ違いが多く、慌ただしい時間しか共に過ごせなかったのだ。
荒木に触れさせていただき荒木と一つになる、幸せな時間はあっという間に過ぎてしまった。
荒木を胸に抱きながら、朝の気配を感じて私の意識が浮上する。
しかし、窓の外はまだ薄暗かった。
『夏に比べると、ずいぶんと明るくなる時間が遅くなったものだ』
ルームランプをつけて寝ていたので、部屋の中が薄暗くても荒木の可愛らしい寝顔ははっきり見えた。
腕の中に飼い主がいる幸せに、私は暫し酔いしれる。
胸に当たる荒木の規則正しい寝息が、心地よかった。
幸せな時間を切り裂くように、目覚ましのアラームが響きわたる。
荒木が身じろぎし、私の胸に顔を強く押しつけた。
「はよ、白久…
あー、このまま学校休んで白久と一緒に居たい」
甘えるように頬をすり付けてくる荒木に
「おはようございます荒木
私も、今日はしっぽやはサボタージュして荒木と共に過ごしたいです」
そう答えた。
私たちは暫く無言で抱き合っていたが、どちらともなく笑い出した。
「んな訳に行かないよね
でも、白久も俺と居たいって思ってくれるの嬉しい」
はにかんだ笑顔を見せながら荒木が顔を上げた。
「私はいつでも荒木と共に在りたいと思っております」
私の言葉に荒木は微笑み、唇を合わせてくれた。
「朝ご飯はトーストでよろしいですか?
ハムエッグとサラダも作りますよ」
私が問うと
「うん、朝ご飯作ってくれてありがと」
荒木はまた微笑んでキスをしてくれた。
朝のベッドの中、たわいない会話を交わしながら過ごす一時の時間さえ、私にとっては特別に輝かしい時間であった。
朝食を終え、身支度を整えると私と荒木はドアを開ける。
ちょうど、黒谷と日野様も部屋から出るところだった。
「はよ、日野、雨止んだな」
「おっはよー荒木、昨日の雨が嘘みたいに晴れてんな
台風一過ってやつだ」
朝の挨拶を交わす飼い主たちを、私と黒谷は幸せな思いで見つめた。
「クロ、駅まで送って行くでしょう?」
「もちろん!」
私たちはエレベーターに乗り、エントランスへと移動した。
道路はすでに水が引いていたが、道のあちこちに湿った落ち葉が溜まっていた。
少し寄り道してしっぽやの前を通ると、昨日積み上げた土嚢はそのままになっている。
「良かった、ゲンさんとこ無事みたいだ」
「でも、危なかったな
ここに落ち葉が張り付いてるってことは、この辺まで水が上がったんじゃないか?
土嚢がなかったら水が入ってたかも」
「うわ、ほんとだ、ギリセーフって感じ」
「店の中片付けるの、朝から手伝いたいけど…」
日野様が浮かない顔を見せるので、黒谷がすぐさま
「大丈夫、手の空いている者に朝から手伝わせますよ」
そう言葉をかけた。
「1番手が空いてそうなのは、クロですね」
私の言葉に黒谷は苦笑し、荒木と日野様は朗らかな笑顔を見せた。
駅の改札に消えていく2人の姿を、私も黒谷もいつまでも見つめていた。
「行ってしまわれたな…」
黒谷が寂しそうに呟くので
「今日もバイトに来てくださいますよ」
私は寂しい思いを胸の奥に仕舞い、明るくそう答えた。
「今頃だけど僕は、ハチ公殿の気持ちがわかるようになったよ
飼い主のいない化生が飼い主を待つのは孤独を伴うが…
帰ってくるとわかっている飼い主を待つという行為は、心が浮き立つ
ハチ公殿は飼い主が亡くなってしまわれたことは承知の上で、それでも待っていたかったんだね」
「ええ、飼い主が現れてくれる、あの一瞬の奇跡を待っていたかったんですよ」
私も、あのお方が亡くなった後にその奇跡を信じて待っていたことがある。
「ハチ公殿は化生せず、今でもあの飼い主だけを待っておられるのであろう
それを考えると、僕たちは浮気者なのかな
化生して、新たな飼い主を待っていたのだから」
苦笑する黒谷に
「でもクロは、ずっと和銅様の帰りを待っていたじゃありませんか
飼い主を失ってもなお、私たちを導いてくれた
戦後のクロを見ていたから、私も新郷も親鼻も、いつか会える飼い主のために頑張ってこれたのですよ
親鼻は比較的早く巡り会えていたので、少し羨ましかったです」
私はそう言葉をかける。
黒谷は照れくさそうな顔で私を見た後
「皆がいたから、僕も頑張ってこれたんだ
おかげで日野と巡り会えた、僕こそ皆に感謝してるよ
さて、ちょっと早いけどこのまま事務所に行くか
あの天気の後じゃ、今日は依頼が少なそうだ
ゲンの店の片付けに3、4人で行こうかね
日野と荒木がバイトに来ても、下の手伝いせずに済むようにさ」
晴れやかに笑い、先に立って歩き出すのであった。
台風による交通障害で、荒木が私の部屋に泊まりに来てくれた。
久しぶりに荒木と2人っきりでゆっくり過ごせる時間は、私にとってかけがえのない時間になった。
夏休み以降バイトの日数を増やしていたので頻繁に会ってはいたものの、私が捜索に出ていたり荒木がお使いに行ったりとすれ違いが多く、慌ただしい時間しか共に過ごせなかったのだ。
荒木に触れさせていただき荒木と一つになる、幸せな時間はあっという間に過ぎてしまった。
荒木を胸に抱きながら、朝の気配を感じて私の意識が浮上する。
しかし、窓の外はまだ薄暗かった。
『夏に比べると、ずいぶんと明るくなる時間が遅くなったものだ』
ルームランプをつけて寝ていたので、部屋の中が薄暗くても荒木の可愛らしい寝顔ははっきり見えた。
腕の中に飼い主がいる幸せに、私は暫し酔いしれる。
胸に当たる荒木の規則正しい寝息が、心地よかった。
幸せな時間を切り裂くように、目覚ましのアラームが響きわたる。
荒木が身じろぎし、私の胸に顔を強く押しつけた。
「はよ、白久…
あー、このまま学校休んで白久と一緒に居たい」
甘えるように頬をすり付けてくる荒木に
「おはようございます荒木
私も、今日はしっぽやはサボタージュして荒木と共に過ごしたいです」
そう答えた。
私たちは暫く無言で抱き合っていたが、どちらともなく笑い出した。
「んな訳に行かないよね
でも、白久も俺と居たいって思ってくれるの嬉しい」
はにかんだ笑顔を見せながら荒木が顔を上げた。
「私はいつでも荒木と共に在りたいと思っております」
私の言葉に荒木は微笑み、唇を合わせてくれた。
「朝ご飯はトーストでよろしいですか?
ハムエッグとサラダも作りますよ」
私が問うと
「うん、朝ご飯作ってくれてありがと」
荒木はまた微笑んでキスをしてくれた。
朝のベッドの中、たわいない会話を交わしながら過ごす一時の時間さえ、私にとっては特別に輝かしい時間であった。
朝食を終え、身支度を整えると私と荒木はドアを開ける。
ちょうど、黒谷と日野様も部屋から出るところだった。
「はよ、日野、雨止んだな」
「おっはよー荒木、昨日の雨が嘘みたいに晴れてんな
台風一過ってやつだ」
朝の挨拶を交わす飼い主たちを、私と黒谷は幸せな思いで見つめた。
「クロ、駅まで送って行くでしょう?」
「もちろん!」
私たちはエレベーターに乗り、エントランスへと移動した。
道路はすでに水が引いていたが、道のあちこちに湿った落ち葉が溜まっていた。
少し寄り道してしっぽやの前を通ると、昨日積み上げた土嚢はそのままになっている。
「良かった、ゲンさんとこ無事みたいだ」
「でも、危なかったな
ここに落ち葉が張り付いてるってことは、この辺まで水が上がったんじゃないか?
土嚢がなかったら水が入ってたかも」
「うわ、ほんとだ、ギリセーフって感じ」
「店の中片付けるの、朝から手伝いたいけど…」
日野様が浮かない顔を見せるので、黒谷がすぐさま
「大丈夫、手の空いている者に朝から手伝わせますよ」
そう言葉をかけた。
「1番手が空いてそうなのは、クロですね」
私の言葉に黒谷は苦笑し、荒木と日野様は朗らかな笑顔を見せた。
駅の改札に消えていく2人の姿を、私も黒谷もいつまでも見つめていた。
「行ってしまわれたな…」
黒谷が寂しそうに呟くので
「今日もバイトに来てくださいますよ」
私は寂しい思いを胸の奥に仕舞い、明るくそう答えた。
「今頃だけど僕は、ハチ公殿の気持ちがわかるようになったよ
飼い主のいない化生が飼い主を待つのは孤独を伴うが…
帰ってくるとわかっている飼い主を待つという行為は、心が浮き立つ
ハチ公殿は飼い主が亡くなってしまわれたことは承知の上で、それでも待っていたかったんだね」
「ええ、飼い主が現れてくれる、あの一瞬の奇跡を待っていたかったんですよ」
私も、あのお方が亡くなった後にその奇跡を信じて待っていたことがある。
「ハチ公殿は化生せず、今でもあの飼い主だけを待っておられるのであろう
それを考えると、僕たちは浮気者なのかな
化生して、新たな飼い主を待っていたのだから」
苦笑する黒谷に
「でもクロは、ずっと和銅様の帰りを待っていたじゃありませんか
飼い主を失ってもなお、私たちを導いてくれた
戦後のクロを見ていたから、私も新郷も親鼻も、いつか会える飼い主のために頑張ってこれたのですよ
親鼻は比較的早く巡り会えていたので、少し羨ましかったです」
私はそう言葉をかける。
黒谷は照れくさそうな顔で私を見た後
「皆がいたから、僕も頑張ってこれたんだ
おかげで日野と巡り会えた、僕こそ皆に感謝してるよ
さて、ちょっと早いけどこのまま事務所に行くか
あの天気の後じゃ、今日は依頼が少なそうだ
ゲンの店の片付けに3、4人で行こうかね
日野と荒木がバイトに来ても、下の手伝いせずに済むようにさ」
晴れやかに笑い、先に立って歩き出すのであった。