しっぽや(No.32~43)
side〈AKETO〉
あのお方は生前『自伝』という物を出版してみたい、と言っていた。
『俺の人生なんてきっと、お前達の人生に比べたらドラマチックじゃないけどな』
そう言って、膝の上にいる俺を優しく撫でてくれたのだ。
あのお方の叶わなかった夢を、俺は叶えてあげたい。
しかし、あのお方の人生を語るには俺はあのお方の事を知らなすぎた。
ならばせめて、俺の来た道を書き綴ってみたいと思う。
俺が、俺達があの場所をどれだけ愛していたか。
あのお方達をどれだけ愛していたか。
そして、ちっぽけな猫にすぎない俺達を、あのお方達がどれだけ愛してくれたか、今でも鮮明に思い出せる。
俺は名は『明戸(あけと)』、双子の兄弟の名は『皆野(みなの)』。
俺達はしっぽやに所属する猫の化生である。
俺達が生まれたのは山の中だった。
深い森の中、俺達の母親は木のウロをねぐらにし、俺達を育てていた。
その頃は皆野以外にも兄弟がいた。
俺達は母親が狩りに行っている間、寄り添って暖をとっていた。
目が開いてからは少しずつウロから出て、辺りを探検してみたりもしたのだ。
兄弟の中では俺が一番大きくて、皆野は一番チビだった。
母親に狩りの仕方を教わって、一番最初にバッタを捕まえられるようになったのは俺だった。
森の中はいろんな生き物で溢れていて、俺達は退屈することを知らずどんどん探検の場所を広げていった。
『私たち家族以外を信用してはダメ
私たちより大きな生き物、特に人間に近づいてはだめ』
母親は厳しくそんなことを言っていた。
でも俺達は母親より大きな生き物など見たことはない。
ウロの回りは虫や小鳥、ネズミが沢山いる格好の遊び場でしかなく、母親が何を警戒しているのかわからなかった。
奴は不意にやってきた。
『ケエーーーーン』
夜中に身が竦むような鳴き声が聞こえてきた。
虫や小鳥の物とは違う、不吉な声が夜の静寂を切り裂いた。
母親が緊張するのがわかった。
『ケエーーーーン』
再度聞こえてきた鳴き声を聞いて、俺は体が震え出していた。
この時、俺は初めて『怖い』という感覚を味わったのだ。
『ウアーーーウオ』
母親が怒りに燃える声で鳴き声に答えた。
『皆、逃げなさい
高いところに行くの
狐は木に登れないから』
母親はそう言うとウロから飛び出し、闇に消えていった。
俺達もウロから飛び出すと、木によじ登り始めた。
闇の向こうから母親の怒声と怪物の鳴き声が聞こえてくる。
俺達は必死で木にしがみつき、少しでも高い場所に逃げようとした。
『ミギャッ』
兄弟が悲鳴を上げていたが、何が起こっているか確認する余裕は無かった。
俺達は木の股で寄り添いあい、震えることしか出来なかった。
辺りに静寂が戻り血の臭いが立ちこめても、俺達にはどうすることも出来なかったのだ。
やがて辺りが明るくなり、小鳥が喧しくさえずり始める。
木の股には俺と皆野ともう1匹の兄弟しかいなかった。
母親も、ほかの兄弟達もいない。
心細くて何度も母親を呼んで泣いたが、返事は返ってこなかった。
俺達は3匹だけで生きることになった。
『ここにいると、また怪物がくるかも』
『でも母さんが戻ってくるかも』
俺達はどうしたらいいのかわからず、丸1日、木の股で過ごしていた。
しかし、喉が乾き、空腹は耐え難いものになっていく。
意を決して木から降り、俺達は森の中をさまよった。
どこに行っても母親も、他の兄弟達も見つけることは出来なかった。
俺達は虫や小ネズミを何とか捕まえ、夜露をすすって生きていた。
運が良いと、鳥の死体というごちそうにもありつけた。
『もっと大きい鳥が死んでればいいのにね』
俺達はそんな事を考えていた。
『やった、ごちそうだよ!』
カラスの死骸を見つけた兄弟が、嬉しそうに走り寄っていく。
『待て、完全に死んでるか確認するんだ』
以前、死にかけたカラスにつつかれて痛い目をみていた俺は警戒する。
皆野も俺に習って、死骸に近寄らなかった。
『ガアーーーー!』
あっという間だった。
疾風のように舞い降りてきた1羽のカラスが、兄弟を太いクチバシで突っついた。
『ミギャッ!』
悲鳴を上げる兄弟を助けたかったが、次々とカラスが舞い降りてきて兄弟にクチバシを立て始めた。
気が付けば回りの木には複数のカラスが止まっている。
カラスが群で行動することを、俺はこの時初めて知った。
俺と皆野は命辛々逃げ出せたが、もう1匹の兄弟は俺達を追ってきてはくれなかった。
『俺達、2匹になっちゃったな』
『うん』
『お前は小さくて弱いんだから、俺から離れちゃだめだぞ』
『うん』
日が沈むととたんに冷えてくる山の中、俺達はいつも寄り添いあって暖をとり身を寄せ合って生きていた。
『一緒にいると暖かいな』
『うん、暖かいね』
『お前がいて良かった』
『うん、一人じゃなくて良かった』
兄弟が多かったときはもっと暖かかった。
でも、一人だったらどんなにか寒かったであろう。
俺達が2人で居られたことは、幸せだったのだ。
その土盛りに最初に気が付いたのは皆野だった。
『あの小山、なんだろう』
『新しい土の匂いがするな』
山の中にある開けた場所に、新しい土で小山が築かれていた。
何故か葉のない木の枝が刺してある。
側には白い物が2つ並べてあった。
『骨かな?あの大きさだと頭蓋骨かも』
『中に雨水が溜まってるといいな』
俺達はそんなことを言いながら、恐る恐る土盛りに近づいた。
思った通り、白い物の中には水が溜まっていた。
小川の水や雨水とは違う臭いがしたが、このところ上手く水にありつけなかった俺達は夢中でのどの渇きを癒したのだ。
『何の骨だろう』
臭いを嗅いでみてもよくわからず、舐めると骨より冷たく滑らかだった。
微かに、嗅いだことのない生き物の匂いがした。
『こっちにも何か入ってるよ、良い匂いだよ』
皆野が興奮した声を上げる。
もう1つの白い物の中には、小石のような物が入っていた。
しかし皆野の言う通り、それは香ばしく良い匂いを放っている。
『食べられるのかな』
恐る恐る口に含むと、今までに食べたこともないような美味しい味が口の中に広がった。
『美味い!これ美味いよ!』
ガツガツと小石をむさぼる俺を見て安心した皆野も、それを食べ始めた。
あっという間に白い物の中の小石は無くなった。
『どこから降ってきたんだろう』
『また、降ってくるかな』
俺達はこの側をねぐらにし、また小石が降ってくるのを待つことに決めた。
ブロロロロロ
聞いたことのない鳴き声が聞こえ、俺と皆野は慌てて木に駆け上った。
『今の声、なんだろ』
『狐や熊じゃないな』
暫くすると、ミシリミシリと大きな生き物が落ち葉や小枝を踏む音が聞こえてきた。
ゆっくりと移動する音は熊の物のようにも聞こえ、俺達はさらに警戒する。
やがて土盛りの前に、見たことのない生き物が2匹も姿を現した。
『熊みたいに2本足で歩いてるけど、熊じゃない』
『母さんが言ってた「人間」ってやつかも』
俺達は木の上で息を殺して『人間』を見ていた。
『人間』は土盛りの前まで来ると
「やあ、ベル、元気かい?」
「お父さん、死んでいるのに元気も何もありませんよ」
そんな事を話している。
「いやいや、元気みたいだぞ
母さんも見てみろ、カリカリも水もきれいになくなっとる
食いしん坊ベルが食べたに違いないわ」
「あら、狐でも来たのかしら」
2匹は白い物をのぞき込んで笑っていた。
「森に仲間入りさせてもらったんだ、森の仲間に分けてやるのが筋だろうな
おい、ベルが残していったカリカリはまだあるから、また食べにおいで」
「お父さん、大声出したらビックリして逃げちゃいますよ」
2匹は白いものに小石と水を入れ、土盛りに花を置くと居なくなった。
また
ブロロロロロ
と、鳴き声が聞こえた。
2匹が戻ってくる気配を見せないので、俺達は土盛りの側に近付いていった。
『これ、この土盛りのものだったのか』
俺達は顔を見合わせる。
小石からは、良い匂いが漂っていた。
『土盛りはこんなの食べないんだから、もらっても良いよな』
俺が言うと
ー 良いよ ー
犬の気配が答えた。
俺達は野犬に襲われたこともあるので、驚いて木の上に駆け上がった。
しかし野犬の姿はなく
ー お父さんとお母さんをよろしくね ー
優しく穏やかな犬の気配だけが答えてくる。
俺達はビクビクしながら土盛りに戻り、小石をキレイにたいらげるのであった。
それから人間『お父さん』と『お母さん』はちょくちょく土盛りに来るようになった。
「狐や犬より小さい足跡だな」
「狸かしら?」
俺達の足跡を見ながら不思議がっている姿をこっそり木の上から見るのは、何だか楽しかった。
ここにいるだけで食べられる小石(カリカリと言うらしい)が手に入るのも楽で良かった。
何より、人間を警戒する狐や野犬が来ないことはありがたかったのだ。
早くカリカリが食べたくて、俺達は大胆な行動をとるようになっていった。
木の上からではなく、もっと近くでお父さんとお母さんが立ち去るのを待つようになったのだ。
「あらあら、お父さん、あそこ」
「なんとまあ、こんなところに猫が…」
2人は俺達を見て驚いた顔をする。
「俺は猫にドッグフードをあげとったのか
猫がドックフードなんて食うんだなあ」
「お腹空いてるのね、まだ子猫っぽいし痩せてるわ
トムキャット、っていうのかしら
お腹が白くて、背中が黒い猫」
「2匹とも前足には手袋、後ろ足はソックス履いてるように白いじゃないか
面白いなあ、可愛いねえ」
「ええ、可愛いですねえ」
2人が何を言っているのかこの時の俺達にはわからなかったが、誉められている気がして悪い気はしなかった。
あのお方は生前『自伝』という物を出版してみたい、と言っていた。
『俺の人生なんてきっと、お前達の人生に比べたらドラマチックじゃないけどな』
そう言って、膝の上にいる俺を優しく撫でてくれたのだ。
あのお方の叶わなかった夢を、俺は叶えてあげたい。
しかし、あのお方の人生を語るには俺はあのお方の事を知らなすぎた。
ならばせめて、俺の来た道を書き綴ってみたいと思う。
俺が、俺達があの場所をどれだけ愛していたか。
あのお方達をどれだけ愛していたか。
そして、ちっぽけな猫にすぎない俺達を、あのお方達がどれだけ愛してくれたか、今でも鮮明に思い出せる。
俺は名は『明戸(あけと)』、双子の兄弟の名は『皆野(みなの)』。
俺達はしっぽやに所属する猫の化生である。
俺達が生まれたのは山の中だった。
深い森の中、俺達の母親は木のウロをねぐらにし、俺達を育てていた。
その頃は皆野以外にも兄弟がいた。
俺達は母親が狩りに行っている間、寄り添って暖をとっていた。
目が開いてからは少しずつウロから出て、辺りを探検してみたりもしたのだ。
兄弟の中では俺が一番大きくて、皆野は一番チビだった。
母親に狩りの仕方を教わって、一番最初にバッタを捕まえられるようになったのは俺だった。
森の中はいろんな生き物で溢れていて、俺達は退屈することを知らずどんどん探検の場所を広げていった。
『私たち家族以外を信用してはダメ
私たちより大きな生き物、特に人間に近づいてはだめ』
母親は厳しくそんなことを言っていた。
でも俺達は母親より大きな生き物など見たことはない。
ウロの回りは虫や小鳥、ネズミが沢山いる格好の遊び場でしかなく、母親が何を警戒しているのかわからなかった。
奴は不意にやってきた。
『ケエーーーーン』
夜中に身が竦むような鳴き声が聞こえてきた。
虫や小鳥の物とは違う、不吉な声が夜の静寂を切り裂いた。
母親が緊張するのがわかった。
『ケエーーーーン』
再度聞こえてきた鳴き声を聞いて、俺は体が震え出していた。
この時、俺は初めて『怖い』という感覚を味わったのだ。
『ウアーーーウオ』
母親が怒りに燃える声で鳴き声に答えた。
『皆、逃げなさい
高いところに行くの
狐は木に登れないから』
母親はそう言うとウロから飛び出し、闇に消えていった。
俺達もウロから飛び出すと、木によじ登り始めた。
闇の向こうから母親の怒声と怪物の鳴き声が聞こえてくる。
俺達は必死で木にしがみつき、少しでも高い場所に逃げようとした。
『ミギャッ』
兄弟が悲鳴を上げていたが、何が起こっているか確認する余裕は無かった。
俺達は木の股で寄り添いあい、震えることしか出来なかった。
辺りに静寂が戻り血の臭いが立ちこめても、俺達にはどうすることも出来なかったのだ。
やがて辺りが明るくなり、小鳥が喧しくさえずり始める。
木の股には俺と皆野ともう1匹の兄弟しかいなかった。
母親も、ほかの兄弟達もいない。
心細くて何度も母親を呼んで泣いたが、返事は返ってこなかった。
俺達は3匹だけで生きることになった。
『ここにいると、また怪物がくるかも』
『でも母さんが戻ってくるかも』
俺達はどうしたらいいのかわからず、丸1日、木の股で過ごしていた。
しかし、喉が乾き、空腹は耐え難いものになっていく。
意を決して木から降り、俺達は森の中をさまよった。
どこに行っても母親も、他の兄弟達も見つけることは出来なかった。
俺達は虫や小ネズミを何とか捕まえ、夜露をすすって生きていた。
運が良いと、鳥の死体というごちそうにもありつけた。
『もっと大きい鳥が死んでればいいのにね』
俺達はそんな事を考えていた。
『やった、ごちそうだよ!』
カラスの死骸を見つけた兄弟が、嬉しそうに走り寄っていく。
『待て、完全に死んでるか確認するんだ』
以前、死にかけたカラスにつつかれて痛い目をみていた俺は警戒する。
皆野も俺に習って、死骸に近寄らなかった。
『ガアーーーー!』
あっという間だった。
疾風のように舞い降りてきた1羽のカラスが、兄弟を太いクチバシで突っついた。
『ミギャッ!』
悲鳴を上げる兄弟を助けたかったが、次々とカラスが舞い降りてきて兄弟にクチバシを立て始めた。
気が付けば回りの木には複数のカラスが止まっている。
カラスが群で行動することを、俺はこの時初めて知った。
俺と皆野は命辛々逃げ出せたが、もう1匹の兄弟は俺達を追ってきてはくれなかった。
『俺達、2匹になっちゃったな』
『うん』
『お前は小さくて弱いんだから、俺から離れちゃだめだぞ』
『うん』
日が沈むととたんに冷えてくる山の中、俺達はいつも寄り添いあって暖をとり身を寄せ合って生きていた。
『一緒にいると暖かいな』
『うん、暖かいね』
『お前がいて良かった』
『うん、一人じゃなくて良かった』
兄弟が多かったときはもっと暖かかった。
でも、一人だったらどんなにか寒かったであろう。
俺達が2人で居られたことは、幸せだったのだ。
その土盛りに最初に気が付いたのは皆野だった。
『あの小山、なんだろう』
『新しい土の匂いがするな』
山の中にある開けた場所に、新しい土で小山が築かれていた。
何故か葉のない木の枝が刺してある。
側には白い物が2つ並べてあった。
『骨かな?あの大きさだと頭蓋骨かも』
『中に雨水が溜まってるといいな』
俺達はそんなことを言いながら、恐る恐る土盛りに近づいた。
思った通り、白い物の中には水が溜まっていた。
小川の水や雨水とは違う臭いがしたが、このところ上手く水にありつけなかった俺達は夢中でのどの渇きを癒したのだ。
『何の骨だろう』
臭いを嗅いでみてもよくわからず、舐めると骨より冷たく滑らかだった。
微かに、嗅いだことのない生き物の匂いがした。
『こっちにも何か入ってるよ、良い匂いだよ』
皆野が興奮した声を上げる。
もう1つの白い物の中には、小石のような物が入っていた。
しかし皆野の言う通り、それは香ばしく良い匂いを放っている。
『食べられるのかな』
恐る恐る口に含むと、今までに食べたこともないような美味しい味が口の中に広がった。
『美味い!これ美味いよ!』
ガツガツと小石をむさぼる俺を見て安心した皆野も、それを食べ始めた。
あっという間に白い物の中の小石は無くなった。
『どこから降ってきたんだろう』
『また、降ってくるかな』
俺達はこの側をねぐらにし、また小石が降ってくるのを待つことに決めた。
ブロロロロロ
聞いたことのない鳴き声が聞こえ、俺と皆野は慌てて木に駆け上った。
『今の声、なんだろ』
『狐や熊じゃないな』
暫くすると、ミシリミシリと大きな生き物が落ち葉や小枝を踏む音が聞こえてきた。
ゆっくりと移動する音は熊の物のようにも聞こえ、俺達はさらに警戒する。
やがて土盛りの前に、見たことのない生き物が2匹も姿を現した。
『熊みたいに2本足で歩いてるけど、熊じゃない』
『母さんが言ってた「人間」ってやつかも』
俺達は木の上で息を殺して『人間』を見ていた。
『人間』は土盛りの前まで来ると
「やあ、ベル、元気かい?」
「お父さん、死んでいるのに元気も何もありませんよ」
そんな事を話している。
「いやいや、元気みたいだぞ
母さんも見てみろ、カリカリも水もきれいになくなっとる
食いしん坊ベルが食べたに違いないわ」
「あら、狐でも来たのかしら」
2匹は白い物をのぞき込んで笑っていた。
「森に仲間入りさせてもらったんだ、森の仲間に分けてやるのが筋だろうな
おい、ベルが残していったカリカリはまだあるから、また食べにおいで」
「お父さん、大声出したらビックリして逃げちゃいますよ」
2匹は白いものに小石と水を入れ、土盛りに花を置くと居なくなった。
また
ブロロロロロ
と、鳴き声が聞こえた。
2匹が戻ってくる気配を見せないので、俺達は土盛りの側に近付いていった。
『これ、この土盛りのものだったのか』
俺達は顔を見合わせる。
小石からは、良い匂いが漂っていた。
『土盛りはこんなの食べないんだから、もらっても良いよな』
俺が言うと
ー 良いよ ー
犬の気配が答えた。
俺達は野犬に襲われたこともあるので、驚いて木の上に駆け上がった。
しかし野犬の姿はなく
ー お父さんとお母さんをよろしくね ー
優しく穏やかな犬の気配だけが答えてくる。
俺達はビクビクしながら土盛りに戻り、小石をキレイにたいらげるのであった。
それから人間『お父さん』と『お母さん』はちょくちょく土盛りに来るようになった。
「狐や犬より小さい足跡だな」
「狸かしら?」
俺達の足跡を見ながら不思議がっている姿をこっそり木の上から見るのは、何だか楽しかった。
ここにいるだけで食べられる小石(カリカリと言うらしい)が手に入るのも楽で良かった。
何より、人間を警戒する狐や野犬が来ないことはありがたかったのだ。
早くカリカリが食べたくて、俺達は大胆な行動をとるようになっていった。
木の上からではなく、もっと近くでお父さんとお母さんが立ち去るのを待つようになったのだ。
「あらあら、お父さん、あそこ」
「なんとまあ、こんなところに猫が…」
2人は俺達を見て驚いた顔をする。
「俺は猫にドッグフードをあげとったのか
猫がドックフードなんて食うんだなあ」
「お腹空いてるのね、まだ子猫っぽいし痩せてるわ
トムキャット、っていうのかしら
お腹が白くて、背中が黒い猫」
「2匹とも前足には手袋、後ろ足はソックス履いてるように白いじゃないか
面白いなあ、可愛いねえ」
「ええ、可愛いですねえ」
2人が何を言っているのかこの時の俺達にはわからなかったが、誉められている気がして悪い気はしなかった。