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しっぽや(No.32~43)

「クロミンちゃん、かなり年だったよね…」
ブラさんがためらいがちに声をかけた。
「うう…先月、18歳になったばかりで…
 20歳目指して…ひっく…頑張ろうねって言ったのに…
 今月に入ってから、何も食べなくなっちゃって…うう、わーん」
彼女はまた、盛大に泣き出してしまう。
「20歳って、壁だよね…」
「うん、後ちょっとってとこで、たどり着けないんだ」
「うちは19歳だったな」
「うちも、18歳だった」
皆、暗い顔で囁いている。
「うちは、17歳だった…」
荒木も暗い声を出す。
このコミュに参加している人たちは、すでに猫とのお別れを経験している人も多いようだ。
俺はそんな人達を見て、堪らない気持ちになった。
俺が死んだ後、まだ中学生だったサトシはこんな風に泣いて泣いて、あの赤い目になっていた。
そして、猫と関わることを止めてしまったのだ。
だから俺は、猫に転生する気になれなかったのかもしれない。

「もう、もう、猫は飼わない!
 クロミンが私にとって、最初で最後の猫で良い!」
クロ美さんは泣きじゃくりながら、そんな事を言い出した。
皆、そんな彼女を辛そうな顔で見ている。
俺は堪らない気持ちが爆発し
「違う、ダメだよ、そうじゃないんだ
 俺達はまた行きたいんだよ!」
気がつくとそう叫んでいた。
その場の全員の驚いた瞳が、俺に集中する。
「関わって欲しくなくて死ぬんじゃないんだ
 死んだって、また会いたいんだよ
 死んだって、皆に笑ってて欲しいんだ」
こんな時、長瀞や白久なら自分の気持ちを上手く言葉にできるのだろう。
でも俺は、どうやってこの胸のモヤモヤを言葉にして伝えれば良いのかわからなかった。
死んだ直後の気持ちがよみがえる。
サトシに泣いて欲しくなくて、俺も泣きたくなったあの嫌な気持ちでいっぱいになって、ポロリと涙がこぼれてしまった。

ふと気がつくと、クロ美さんの肩に、ボンヤリとした猫の影が見えた。
その影はテーブルの上をスーッと移動すると、俺の胸に飛び込んだ。
『ちょっと貸して』
そんな気配が伝わってきた気がした直後、俺の体は勝手に動いていた。
クロ美さんの側に移動すると、俺はその肩を両手で掴んだ。
しっかりと彼女を自分の方に向かせると
「クミコちゃん、ありがと、また行くから
 落ち着いたら、必ずまた行くから、待ってて
 また、見つけて」
そう言って、彼女の鼻に自分の鼻をツンとくっつける。
その瞬間、俺の胸から抜け出た猫の影はクロ美さんの胸を突き抜け、天に駆け上がって行った。
影が向かったその先は、照明とは違う光で明るく見えた。
クロ美さんも他の皆も、ポカンとした顔で俺を見ている。
俺は注目を浴びていることが恥ずかしくなり
「いや、その、きっとクロミンちゃんは、こう思ってるかなって…」
頭をかきながらシドロモドロに言い訳した。

「何で、名前知ってるの?私、久美子っていうの
 クロミンの名前、黒猫だって言うのもあるけど、自分の名前もじってつけたの
 コミュではそんなカキコしたこと無かったと思うけど」
彼女は俺に呆然と呟いた。
荒木が慌てて話題を逸らすよう
「クロミンちゃん、生まれ変わってきっとまた、クロ美さんのとこに来ますよ
 猫って執着激しいから
 だからまた、猫、飼ってください
 俺んちの新しい猫の『カシス』って何気に俺より親父に執着してるの、前に飼ってた『クロスケ』そっくりでさ
 クロスケが乗り移ってるんだって、よく話してるんです」
そんな言葉を口にする。
「くろすけ君、高校生なのに、シブいこと言うなー」
「でも教えてないのに、新しい子が前の猫と同じ事やりだすときってあるよね」
「あるある、前の猫が躾てくれてるのかな、とか思ってた
 生まれ変わり、ってことも考えられるのか」
「生まれ変わってまた来たい、って思われるほど執着してもらえると嬉しいよねー」
「猫の執着って凄いもんね
 うちの子、徹底して『プリスキー』と『キャラッティ』しか食べないし
 具合悪くなって療養食に切り替えなきゃいけない時が怖い」
「いやー、好き嫌い無くても療養食切り替えは厳しいよー」
皆、あっさりと荒木の言葉を受け入れて、和やかな空気が戻ってきた。

「ありがとう、少し元気出た
 迷ってたけど、今日、参加して良かった
 家に1人でいたら、どんどん暗い考えになっちゃってたと思う
 すぐには無理だけど心の整理がついたら、また猫、飼おうかなって気持ちになったよ」
クロ美さんは涙を拭い、俺を見て泣きはらした赤い目で微笑んだ。
「うん、猫と関わることを止めないで」
俺も笑顔でそう伝える。
「羽生君って、本当に猫みたいだよね
 あの鼻ツン、クロミンとの挨拶みたいだった」
彼女はエヘヘッと笑うと
「ほらほら、いっぱい食べて
 猫が食欲ないと、本当に心配なんだから」
そう言ってピザの皿を俺の前に押してきた。
ピザは手づかみで食べて良いので楽だ。
俺がピザを頬張って
「チーズ、美味しい」
そう言うと、クロ美さんは優しく俺の頭を撫でてくれた。


「9時回ったから、そろそろ1次会は解散しようか
 2次会希望の人は集まって、未成年は1次会までね」
ブラさんの言葉に気がつけば、もうそんな時間になっていた。
あの後も、猫の話題で楽しく盛り上がっていたのだ。
割り勘での精算を済ませると、皆で店を出る。
「今日は羽生君の言葉に救われた感じ」
「去年お別れしたうちの子、思い出しちゃった」
「また、おいでね」
皆、そんな事を言いながら、最後にまた優しく頭を撫でてくれた。
「うん、皆も猫のこと好きでいてね」
エヘヘッと笑いながら言うと
「もちろん!」
皆は笑顔で答えてくれた。

荒木と一緒に電車に乗って帰路につく。
「猫って自分が死んだ後、悲しんで欲しくない?」
荒木は躊躇(ためらい)いがちにそんな事を聞いてくる。
「悲しまれると、俺も悲しくなる
 サトシは子猫だった俺が死んだ後、1人になるといつまでも泣いてた
 俺、ボンヤリとだけどそんなサトシを見てて、居たたまれなかったの
 死んだ後、暫くサトシの側に居たんだよ
 全然気付いてもらえなかったけどね
 大好きな人が自分のせいで泣いてるの、すごくヤダ」
俺が答えたら
「そっか、クロスケ、親父がペットロスになるのわかってて、焦って戻ってきたのか
 あいつ、本当に親父に執着してるんだから
 俺だって、うんと可愛がってたのに…」
荒木はブツブツ文句を言っていた。
「でも、クロスケさんのおかげで、荒木は白久と会えたんでしょ?
 荒木には白久がいるから、もう寂しくない?」
俺の言葉に、荒木はハッとした顔になる。
「そう言えば、白久と知り合えたのはクロスケのおかげだったっけ
 俺には白久がいるから大丈夫って思ったのかな
 クロスケ、どこまでわかっててやってるんだ?」
荒木はうーん、と考え込んでしまった。

「俺ね、ずっとサトシと一緒に居られるようになりたかった
 だから化生出来て、サトシと一緒に居られて、今、幸せ
 荒木、サトシを探してくれて、会わせてくれてありがとう」
俺は荒木に改めてお礼を言う。
荒木は照れた笑顔を見せながら
「え、いや、先生と居れて良かったね羽生」
と言ってくれた。


マンションに帰ると、サトシが少しホッとした顔で出迎えてくれる。
「やあ、ちゃんと帰って来れたね
 いや、野上が一緒だから心配ないとは思いながらも、やっぱりちょっとさ
 過保護だな、俺も」
サトシは苦笑して、ハハッと笑いながら頭をかいた。
「俺の帰る場所は、サトシのとこだよ」
俺はサトシの顔をマジマジと見ながら答える。
「良かった、サトシの目、赤くない
 泣いてなかったね
 俺ね、俺のせいでサトシに泣いて欲しくないんだ
 サトシにはいつも笑ってて欲しいの」
少しホッとして、俺はサトシに抱きついた。
「羽生…」
サトシが優しく頭を撫でてくれる。
皆に撫でてもらうのも気持ち良いけど、サトシに撫でてもらうのは別格だった。

「黒谷や白久と違って、俺は我が儘なのかも
 俺は人の役に立ちたいとか、人を守りたいと思って化生したんじゃないんだ
 俺はまた、サトシと一緒に居たかった
 サトシの笑顔が見たかった、サトシに愛されたかった、ただそのために化生したんだ」
苦笑しながら告白する俺に、サトシは優しい微笑みを見せる。
「きっとそれは、俺の笑顔を守りたいってことなんじゃないか?
 それなら俺は今、確実に羽生に守られてるよ
 ハニーが死んだ後、俺、泣いてばっかだったもんな
 あんな小さな子猫に、心配かけちまってたのか
 ごめんね、羽生」
サトシは俺にキスしてくれた。
それで俺は胸がドキドキして、嬉しい気持ちになる。

「長瀞に猫の挨拶は鼻ツンだって言われたけど
 俺は、サトシとはこっちの方が良いな」
エヘヘッと笑うと、俺からもサトシにキスをした。
何度も何度も思いを込めて唇を合わせると、もっと胸がドキドキしてくる。
「サトシ…して…」
甘えて囁く俺に、サトシは微笑んで頷いた。
「化生して、サトシと契れるのも嬉しい」
そんな俺の言葉にサトシは少し顔を赤くして
「俺もだよ、羽生」
そう答えると、またキスをしてくれた。


ベッドの中で思いを確かめ合った後サトシに優しく抱いてもらい、その胸の中で眠りに落ちる前の緩やかな時間の中で俺は考える。

人間は怖い、人間は優しい、人間は冷たい、人間は温かい。
人間は猫が嫌い、人間は猫が好き。
人間は矛盾した生き物だ。

人が猫に惹かれるように俺達もまた人に惹かれている。
猫は人が怖い、猫は人が好き。
猫は人に触られたくない、猫は人に抱かれたい。
猫は独りでいたい、猫は人といたい。
猫もまた、矛盾した生き物なのだ。

お互い関わらなくても生きていけるのに、一度でも関わってしまうと相手無しではいられなくなる。
『俺は、人と関わることを選んで良かった』
サトシの温もりを感じながら、俺は安らかな眠りにつくのであった。
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