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しっぽや(No.32~43)

side〈HANYUU〉

「羽生、ちょっと良いかな?」
捜索を終えてしっぽや事務所に帰ってきた俺に、バイトに来ていた荒木が声をかけてくる。
「何、何?」
俺が荒木に近づくと
「前にさ、黒猫コミュのオフ会に行ったときのこと覚えてる?」
そんな事を聞いてきた。
「確か、サトシを探してもらってる時に行ったところ
 良い人間がいっぱいいて、美味しい物がいっぱいあるところだね」
あの時、色んな人に『可愛い』と言われ優しく撫でてもらった事を覚えている。
あれで俺は改めて『人間って良いな』って思ったのだ。

「あの時は6月9日の祭りでプレオフ祭だったんだ
 今度は9月6日に本祭があるんだよ
 俺は参加するんだけど、皆に『羽生君は来ないのか?』って聞かれてさ
 あの人達、無意識にお前が猫だって気が付いてるのかも
 黒猫飼いって、黒猫の気配に敏感なんだよ」
荒木は考え込む顔を見せた。
「まあ、バレないとは思うし、変に騒ぎ立てるような人達じゃないから大丈夫だと思うけどさ
 良かったら、また参加しない?」
荒木はそう誘ってくれた。
「また、あの人達に会えるの?
 行きたい!俺、今はちゃんとお箸持てるようになったんだよ
 誉めてくれるかな?」
俺は何だか嬉しくなってくる。
「うん、きっと誉めてくれるよ
 高校生の箸使いを誉めるってのも何だけど、あの人達なら誉めると思う
 なんせ、黒猫飼いは個性的な人多いから
 あれ?って事は俺もか?」
荒木は少し困ったように笑って見せた。
「正式な返事は、中川先生に許可もらってからで良いよ
 どんな集まりか先生にも説明した方が安心してもらえると思うから、明日、学校で言っとくね
 羽生からも先生に話しておいて」
荒木の言葉に
「うん!」
俺はワクワクしながら頷いた。


その夜、夕飯を食べた後くつろいでいるサトシに、オフ会に行ってみたいと切り出した。
「前に参加したとき、皆、俺のこと可愛いって誉めてくれたの
 いっぱい撫でてもらったよ
 皆、猫が好きで、すごく良い人達なんだ
 荒木が『変に騒ぎ立てるような人達じゃないから大丈夫』って言ってたし
 未成年者の参加時間は9時まで、ってちゃんと決まってるの
 ネットの集まり、って言っても、ちゃんとしたとこなんだよ」
一生懸命説明する俺を、サトシは微笑んで見ていてくれた。
「そうか、可愛がってもらったのか
 野上も一緒に行くなら、大丈夫だろう
 きちんとしたオフ会みたいだしな」
サトシはそう言って優しく頭を撫でてくれる。
「飼い猫が誉められるのは嬉しいけど、羽生が他の人に懐くのはちょっと妬けるかな」
少し苦笑するサトシに
「でもでも、俺が1番好きな人間はサトシだからね!」
俺は慌てて抱きついた。
「うん、そうだな」
サトシは笑って俺にキスをしてくれた。

俺とサトシはそのまま何度も唇を合わせる。
最初は軽く、しかしそれは徐々に深いものに変わっていった。
胸がドキドキし、体中に甘い痺れが広がっていく。
「これしたいの、サトシとだけだから」
熱い吐息とともにサトシの耳元で囁くと
「俺もだよ」
サトシも囁き返してくれる。
俺達はそのままベッドに移動して、お互いの思いを確かめ合うのであった。



9月6日、オフ会当日。
しっぽや事務所に迎えに来てくれた荒木に制服を借り、着替えてから会場であるファミレスに移動する。
荒木と一緒に電車に乗ると、ドアガラスに映る俺達の姿を荒木がマジマジと見つめていた。
「やっぱり…、前の時は俺の方が背が高かったのに
 抜かされてる
 デカくなったな、とは思ってたけどさ
 こんなに急激に差が付くとは思わなかったよ
 3cmくらい違うんじゃないか?」
荒木がため息とともに言う。

「え?俺、デカくなった?
 だって白久とか空の方が全然デカいよ?」
首を傾げる俺に
「最初に会ったときは、羽生より俺の方がデカかったの」
荒木は少しムクレた声を出した。
「でも、前から荒木は小さくて可愛い人間だったけど」
荒木が何を気にしているのかわからず、俺はそう言ってみる。
「子猫に『小さくて可愛い人間』だと思われてたとか…
 …良いんだ、俺、日野よりはデカいんだから…」
荒木は何故か遠い目をして呟いていた。


荒木に案内されたファミレスに行くと、すでに何人かの人達が盛り上がっているところだった。
「こんにちは、早いですね」
荒木が声をかけると
「お、くろすけ君、こんちは」
「くろすけ君も早いじゃん、君、帰宅部だって言ってたもんね」
「ちわー、お先にやってます」
次々に親しげな声が返ってくる。
荒木はこの集まりでは『くろすけ』と呼ばれていた。
「こんにちは」
荒木の後ろから俺が声をかけたら
「うお、育ってる!」
「何々、羽生君、ちょっとみない間に大人っぽくなっちゃって」
「うーむ、この成長の早さ、子猫のようですな」
「そうそう、子猫って、3ヶ月も経つと別の猫みたいになるよね」
「うちのシンイチも拾ったとき片手にのるような儚い子猫だったのに、4ヶ月で立派なオッサンになっちゃったもん」
「あんたがアップした写真、あれ、ビックリだったよねー」
彼らは少しドキッとするような事を言い出した。
荒木を見ると軽く頷いて
「俺と羽生、そこに座ってもいいですか?」
さりげなく話題を逸らしてくれた。

荒木とドリンクバーで飲み物を選んで席に戻ると
「2人とも、何か食べたいものある?
 適当に色々頼んであるけどさ」
メニューを差し出され、そう聞いてきてくれた。
でも、テーブルの上にはフライドポテト、唐揚げ、サラダ、ピザ、パスタ等が所狭しと並んでいる。
「俺、そこの唐揚げ食べたいな」
俺が言うと
「たーんとお食べ、めんどいから直箸で良いよ」
唐揚げの皿を、俺の前に押し出してくれた。
「いただきます」
箸で唐揚げを自分用のお皿に取り分ける。
ゲンちゃんの部屋での歓迎会で、大勢で食事する時の食べ方は学んでいた。

「あ、箸、ちゃんと使えるようになったんだ」
「前の時は、フォークぶっ刺してたもんね」
皆に目ざとく気がつかれ、そんな言葉をかけられる。
「ああ、そうそう、こいつやっと箸使いまともになったんですよ
 矯正箸とか使って、直したんだよな?」
荒木が慌ててフォローしてくれた。
コクコク頷く俺の頭を
「スゴいねー、頑張ったんだ」
「エラい、エラい」
皆は誉めながら優しく撫でてくれた。
サトシに撫でられている心地よさとは別の、暖かい気持ちになる。
子猫の時、俺は人間に親兄弟から引き離され捨てられた。
でも、サトシが俺を助けてくれた。
人間には、俺達に冷たい人もいるけど、俺達が好きな人もいるのだ。
俺も、俺達のことが好きな人間達が好きだった。

「まだ来てない人もいるけど、けっこーメンバー集まってるし7時になったんで、取りあえず乾杯しまーす
 今回のメンバーは顔見知りばっかだから、挨拶は省略な」
黒猫コミュ管理人の男性である『ブラッキーさん(通称ブラさん)』がそう切り出した。
ここのオフ会は大人の人達もファミレスにいる間はアルコールを頼まない事になっているので、皆でジュースで乾杯する。
「愛すべき黒猫に乾杯!そして、全ての猫に乾杯!」
猫としては嬉しい限りの乾杯を、皆がしてくれる。
俺はまた、暖かい気持ちになっていた。

その後、黒猫パズルで盛り上がる。
黒猫パズルとは、寝ている黒猫の写真を撮って、どれが何足なのか当てるクイズであった。
皆、この日のために自分の家の猫の寝姿を写真に撮って、プリントアウトして持ってくるのだ。
黒猫が寝ていると、何がなんだかわからない塊になるのを面白がって始めた企画らしい。
「尻尾が長いと、足が5本あるみたいに見えるよね」
「何でこんなポーズで寝てて、寝苦しくないのか不思議」
「これが後ろ右足とは…って、わかるかー!
 何じゃ、この柔軟性!」
「このポーズ、ビーム発射してるって」
「前足で顔を隠す可愛さは、卑怯すぎる!」
文句を言っているようにも感じるが、皆、写真を見ながら目尻が下がっていた。
「皆、黒猫のこと好き?」
俺が聞くと
「もちろん!」
皆から笑顔の答えが返ってきて、また、頭を撫でてもらった。

乾杯から30分くらい過ぎた頃
「遅くなってごめん」
サトシよりは若い女の人が慌ててやって来た。
「あれ、羽生君、来てくれたんだ
 すごい大きくなったねー」
その人は俺を見て笑ってくれるが、その目は不吉な赤色に染まっていた。
俺はその赤い色を知っている。

「クロ美ちゃん、どうしたの」
彼女の目が赤いことに気がついた他の人が、ためらいがちに質問した。
「え、いやー、ちょっと」
彼女は曖昧に笑っていたが、徐々にその顔が歪んでいき、目から大きな涙があふれ出した。
皆は驚きながらも彼女を落ち着かせようと席に座らせる。
「昨日…、クロミンが…クロミンが死んじゃったの…」
席に座った彼女はそう呟くと、テーブルに突っ伏して本格的に泣き出してしまった。
皆は、シーンと静まりかえってしまう。
彼女の嗚咽だけが、静寂の中にこだましていた。
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