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しっぽや(No.32~43)

「俺の連れに、何か用かよ」
空が今まで聞いたこともないような、怒気をはらんだ声を出した。
恐る恐る空の体の向こうの男達を伺うと、明らかに怯んでいる。
空は彼らより、頭1つ分は背が高かった。
それでも男達は数では勝っていると思ったのか
「は?お前には関係ねーだろ?」
「そのお兄さんが俺らに鞄をくれるって言うから、貰ってあげようとしてただけじゃん」
そんな風に、空に対して虚勢を張っていた。
空が僕を振り返る。
僕は言葉にならず、首を振ることしかできなかった。
「バカか、てめーら
 黄金が入った鞄を、てめーらなんかに渡すわけねーだろ」
人間に対して化生がこんなに攻撃的な声を出すのを、僕は初めて聞いた。
しかし空の言った『黄金』と言う言葉はマズかった。
「もしかして、貴金属換金業者さん?」
「その中身は、本日の売り上げってか」
男達の態度が変わる。
まさか『黄金』が『カステラ』とは思わないだろう。
「こりゃ、ますます貰ってさしあげないと」
男達は一斉に、僕たちに飛びかかってきた。
しかし空は僕を背に庇いながら、最小の動作で身をかわす。

再度対峙した男達に
「俺は武衆(ぶしゅう)やってたんだ、人の体のどこを突けば意識を失うかは承知してるぜ」
空が凄みを効かせた声を出す。
「俺らだって、カラテやってんだよ」
男達はそう言いながら、今度も3人いっぺんに空めがけて飛びかかってきた。
それを除け様、空は男達のうちの1人の首筋を軽く突いた。
さして力を込めたようには見えなかったのに、突かれた男はその場に昏倒する。
残りの2人はそれを見て、明らかに狼狽していた。

「空、ペースメーカーやってくれって言ったろ
 急に全力疾走すんなよ
 さすが犬、本気出されると全く追いつけない」
日野君がそんなことを言いながら、コース上に姿を現した。
空に庇われている僕、昏倒する男、対峙する男。
きっと日野君の目には、いっぺんにそんな光景が飛びこんだであろう。
「あれ、あんたら…?」
走ってきた日野君は男達に視線を向ける。
男達も日野君を見て、苦い顔になった。
「おい、行こうぜ」
昏倒する男を担ぎ、男達はそそくさ、と言った感じでその場を立ち去った。

「大丈夫ですか?何かされました?」
日野君が近づいてくると僕の緊張の糸はプツンと切れてしまい、その場にヘタり込んでしまった。
「カズハ」
空が慌てて僕を抱きしめる。
「すいません、あいつら同じ学校の先輩です
 うちの学校、生徒の質、ピンキリで
 本当なら春にうちの部長と一緒に卒業してくれるはずだったんだけど、ダブったんですよ
 学校来ないなら、ダブんないで退学すりゃ良いのに
 部活だって幽霊部員だし
 空手部の友達が、あいつらに所属されてるだけで部のイメージ悪くなる、ってグチってました」
日野君が苦々しくいう言葉を、僕はボンヤリと聞いていた。
「カズハ、大丈夫か?」
しゃがみこむ僕と視線を合わせるように、空もしゃがんで僕の目をのぞき込んだ。

本当に怖かった瞬間、僕が頼りにしたのは空だった。
エレノアはもう居ない。
空こそが今の僕を守ってくれる大事な飼い犬だと、痛感していた。
空の存在が頼もしくて、空が愛しくて、僕は空に抱きついて少し泣いてしまった。

「カズハの呼ぶ声が聞こえたんだ
 それ聞いたら、いてもたってもいられなくて、体が動いてた」
泣きやんだ僕の背中を撫でながら、空がそっと言う。
「間に合って良かった」
笑顔を見せる空に、僕は胸が熱くなる。
「空、すごいスピードで急に走り出したから、何事かと思いましたよ
 こいつ俺と走ってるとき、かなり手を抜いてたんだな
 陸上部エースとしては、ちょっと屈辱的」
日野君が拗ねた笑顔を見せた。
「空、活躍したみたいだから、ご褒美ねだったら」
日野君が悪戯っぽい顔でそんな事を言うので
「何が欲しい?」
僕も慌てて聞いてみる。

空は暫く考えてから
「今日、俺の部屋に泊まっていってくれる?」
遠慮がちにそう言った。
てっきり食べ物系のおねだりをされるものだと思っていたので、僕は驚いてしまう。
日野君も同じだったのか驚いた顔を見せたがすぐにハッとして
「そろそろ帰るから夕飯作ってくれって、婆ちゃんにメールしないと」
そんな事を言いながら、ポケットから携帯を出して僕たちから視線を外した。
先ほどの騒動のせいか、ランナーの姿はこの辺からは消えている。
僕たちを見ている者は誰も居なかったので
「うん」
そう答え、そっと空と唇を合わせた。

「空、今日はありがとな
 物騒だから、もう自主トレは止めとくよ」
日野君が申し訳なさそうな顔をするので
「せっかくだから、続けましょうよ
 僕も少し走ってみたくなりました
 いや、走るって言うか、多分歩く方が多いけど
 今度は黒谷も一緒に来れば、きっと走るのが趣味のサークルみたいに見えますよ
 僕たち、年齢も外見もバラバラだから」
僕は笑顔でそう言った。
日野君はビックリした顔をした後、華やかな笑顔になり
「はい!」
元気に返事をする。

以前、荒木君に言われたよう、空とはゆっくりとお互いの関係を築こう。
今日のことで、僕と空の心の距離は、きっと1歩近づいたのだ。
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