このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.32~43)

テーブルに次々と料理の皿が並び始める。
中川先生、羽生組『季節感』あふれる飲み物類。
空、カズハさん組の『モドキ』
カニカマサラダ、ズッキーニのカナッペ、焼きガンモドキ生姜(しょうが)醤油かけ。
俺と白久の『肉屋』
ササミフライ各種、軟骨揚げ、湯通しした鶏ササミ生姜醤油。
「おお、皆、趣向を凝らしてくれて、面白豪華!
 ちなみに、俺とナガトのミッションは『対、食べ盛り』
 つーことで、やっぱ炭水化物だろ」
ゲンさんが大きな桶をテーブルの真ん中にドンと置く。
そこにはご飯が山盛りに入っていた。
「各自手巻き寿司を作っていただこうかと」
長瀞さんが、海苔、細長く切った刺身や厚焼き卵、キュウリなどがのった大皿を持ってくる。
「わー豪華!」
思わず歓声を上げた俺に、ゲンさんは得意そうな笑顔を向けていた。

そんなタイミングで、チャイムが鳴る。
「ああ、やっと来ましたね」
長瀞さんが、すぐに対応に向かった。
「遅くなってすまないね
 『飼い主とお買い物』が楽しくて」
黒谷がスーパーのビニール袋をガサガサさせながら姿を現した。
「ごめんなさい、ちょっと家に物を取りにいってたから」
日野が恐縮した顔を向ける。
「いいって、いいって
 今日は黒谷、大変だったんだって?
 日頃捜索に奔走してるナガトの苦労を感じてくれたかな」
ゲンさんがニヤニヤしながら黒谷に声をかけた。
「改めて長瀞の凄さを思い知ったよ」
黒谷が首を竦めて見せた。
黒谷、日野組がお菓子類を長瀞さんに借りた籠の中に入れテーブルに置き、皆のグラスに飲み物が注がれるとパーティーの始まりとなった。


「今回、ご新規さんは日野少年だけだからな
 俺たち全員からの言葉だ」
ゲンさんの言葉を合図に、俺、中川先生、カズハさんも一緒になって
「しっぽや世界へようこそ!
 これからも黒谷を可愛がってくれよな」
日野に向かってそんな言葉をかける。
日野は一瞬呆気にとられた顔をし、すぐに泣きそうな笑顔を見せた。
「よろしくお願いします!
 もちろん黒谷のことは、ずっとずっと可愛がります」
深々と頭を下げる日野の横で、黒谷も黙って頭を下げた。

「堅苦しいことは良いんだよ
 さ、食った食った!
 で、どれ、ミッションの『古今東西お菓子』はどんな感じだ?」
ゲンさんがさっそく日野達が買ってきたお菓子の入った籠を漁り始めた。
「おお!これは!やるな、日野少年!
 これだけで十分古今東西になり得るとは!」
感心したゲンさんの手にある物は、駄菓子の『美味しん棒』だった。
何種類物もの『美味しん棒』が籠にてんこ盛りに入っている。
「こいつは、俺がガキの時からあるもんな
 これで古今
 しかも『明太味』『コンポタ味』『エビマヨ味』『照り焼き味』『チーズ味』『カレー味』
 まさに東西!
 何だこりゃ、プレミアムなんてあるぞ?」
驚くゲンさんに
「ゲンさん、今はご当地ものもあるんですよ
 旅行に行った友達に、土産をもらったことがある」
中川先生が声をかけていた。

「そして、こんな食べ方もあるんです」
日野が秘密兵器のように取りだした物を見て、俺はハッとする。
「それ、前にゲーセンで取ったやつ!」
日野は悪戯っぽい笑顔になると、それを使ってみせる。
ゆで卵を均等に切る道具に近いと言えばいいのだろうか。
それは、美味しん棒を縦に裂ける道具なのだ。
「こうやって裂いて違う味同士を一緒に食べると、新たな味になるんです」
日野の説明に、早速ゲンさんが試してみていた。
「面白れー!」
ご満悦で美味しん棒を裂きまくるゲンさんを横目に
「考えたな日野、あれ、ゲーセンでノリで取ったはいいが使い道ねーって言ってたやつじゃん」
俺は日野にこっそり話しかける。
「買い物してるときにあれのこと思い出してさ
 パーティーでしか使い道無いもんなあれ、普段はあんなチマチマ裂いて食ってらんないよ」
日野は笑顔を見せた後
「あ、これ…、よかったら白久に…」
籠からお菓子を取って、少しオドオドと俺に手渡してきた。

「あられ…」
それは、白久の好物であった。
「白久、これ好きだろ?
 庭にいる時、あの人が投げてやると、凄く良い音たてて食べてたから」
上目遣いに俺を見る日野に
「俺もその光景は白久の記憶の転写で見たよ
 犬があられ食べると、シャリシャリって、凄く美味そうな音たてるよな」
俺は笑ってそう答え、袋を開けると取り出したあられを白久に向かって放り投げた。
俺の動きを目で追っていたのであろう、白久はあられを見事に口でキャッチすると美味しそうに咀嚼する。

「わざわざありがとな
 黒谷の好きなものは買ってやったのか?」
俺がそう聞くと日野はホッとしたような顔になり
「うん、チーズおかき買った」
黒谷を指さして答えた。
日野に買ってもらえたことが嬉しいのだろう、黒谷の前にはチーズおかきの小袋が早くも小山を作っていた。

「余計なことすんな、って言われなくて良かった」
白久にあられを買ったことを気にしていたのか、日野がサバサバした顔になる。
「よし、俺達も食おう!」
鼻息も荒い日野の言葉に
『こいつ、さっきランチ食いに行ったばっかじゃ…』
俺は戦慄する。
「手巻きなんてチマチマ作るの面倒だ
 荒木が良いもの買ってきてくれたから、スペシャル巻き作ろうっと
 長瀞さん、巻き簀(す)あったら貸してください」
日野は長瀞さんに声をかけ、何やら簾(すだれ)の小さいような物を借りていた。
「何それ?」
俺が聞くと
「いや、太巻き作ろうと思って
 このササミフライ、良い具になるんだ
 ササミと厚焼き卵で親子巻き!
 野菜も入れると彩り良いからサラダと、うん、カニカマの赤も栄えるな」
日野はテキパキと巻き簀の上の海苔の上にご飯や具を乗せ、器用に巻いていった。
あっと言う間に特大太巻きが出来上がる。
唖然とする俺にかまわず、日野は太巻きにかぶりついていた。
「ちょっと、節分気分」
日野がエヘヘッと笑う。

「自分で太巻き作れるなんて、スゲー!」
つい大仰に驚いてしまう俺に、日野も驚いた顔を見せた。
「え?節分の時、自分の好きな具で作るだろ?」
そんな事を問い返され、俺は首を振る。
「うちはスーパーで買ってくるから
 さすが婆ちゃんっ子だ…」
呆然と言う俺に日野は照れた顔を見せた後
「んじゃ、荒木にもスペシャルなの作ってやるよ」
言うが早いが、同じ物を作って手渡してくれた。
そんな俺に、黒谷から羨ましそうな視線が突き刺さる。
「おい」
俺が日野をツツくと日野も気が付いて
「黒谷にも作るからね」
慌てて太巻きを作り始めた。

「お、何々、日野少年、料理マンガの主人公みたいじゃん
 オジサンとナガトにも天才少年シェフおまかせ太巻きお願い」
「寄居、上手いじゃないか、俺と羽生は刺身盛り合わせで」
気が付いたゲンさんと中川先生からも注文が入る。
「あの、空にササミ巻きをお願いします
 僕は卵とサラダ巻きを」
カズハさんも控えめながら、しっかりと注文する。
日野は次々とかけられる声に嬉しそうに
「はい、はーい」
笑顔で答えて、次々と腕前を披露していった。
もちろん人の分を作る合間に自分の分も作って食べ、料理の皿や、お菓子類も攻略していった。
俺の隣にきたゲンさんがその様子を眺め
「何という食欲…
 日野、恐ろしい子」
マンガの真似をしてわざとらしくそう言った後、笑顔を見せる。
「ここに馴染んでくれたかな」
ホッとした顔で日野を見るゲンさんに
「うん、あいつ楽しそうだよ」
俺は頷いてみせた。

「過去世の記憶なんてもんは、思い出さなくたって生きていける
 思い出したからって、特別な存在じゃない」
ゲンさんはまじめな顔でそう言った。
「過去に貴族やら王様だったとしても、今、その身分じゃなければそんな肩書きは意味がない
 その身分で出来なかったことをするために、違う道を選んで生まれてきたんだからさ
 でもあいつは、過去に化生の飼い主で、現在も化生の飼い主だ
 過去に出来なかったことをやり直すために、同じ境遇を選んで生まれ変わった
 俺や荒木少年はそんな過去があるのかどうかわからない
 それでも化生の飼い主として生きることを選んだ
 過去の絆が無くったって、気にせずいこうや
 絆なんて、今生(こんじょう)で作りゃ良いんだからさ」
ゲンさんが俺の頭をポンポンと優しく叩いた。
「色々あったって、日野少年とは親友なんだろ?
 まったくわだかまりのない友人関係なんてないんだ
 何かあってもそれでも友達でいられるか、で成り立っている関係って案外多いんじゃねーのかな
 これからも日野少年と仲良くやっていきたいな」
ゲンさんの言葉に
「あいつといると、やっぱ楽しいよ」
俺は心から同意した。

「しかし荒木少年『肉』といえば牛、豚、を押さえてあえて鶏で勝負とは、なかなかやるな
 ビールに軟骨揚げ鉄板だ!
 ササミもあーやって食うと、刺身っぽくてビックリしたぜ
 初めて食べた
 生姜じゃなく、ワサビでも合いそうだな」
ヒヒッと笑うゲンさんに
「あ、白久がワサビあんまり得意じゃないから」
俺は親ばかなセリフを言っていた。
「おお、愛してんな」
からかうようなゲンさんの言葉は、それでも嬉しそうなものだった。
3/35ページ
スキ