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しっぽや(No.32~43)

side〈ARAKI〉

夏休みも残り1日の8月30日の朝。
いつもの暗証番号メールと一緒にゲンさんからのメールも届く。

『夏休みのうちに2度も歓迎会を開くことが出来て、オジサン、感無量!(≧▽≦)
 今夜は大いに楽しもうぜ(^_^)b
 今回のミッションは難易度上げていくから、全開で若人の光るセンスを見せてくれよ(・∀・)
 白久・荒木組のミッションは「肉屋」!
 何を買えば良いかって?( ´艸`)
 考えるな!感じろ!(`・ω・´)
 素材を買ってうちのキッチンで調理するのももちろんありだが、何時間も煮込むようなもんは流石にカンベンな(^。^;)
 今回人数増えたから、予算は税込み4000円前後ってとこかな?
 少年は学生だし、費用は白久に多く出してもらえよ(*´∀`)
 前回と同じ時間に全員集合!(もちろん、8時だよ!)
 では、股、後ほど(^_^)ノ』

あいかわらずテンションの高いメールだった。
でも『夏休みのうちに2度も歓迎会を開くことが出来て、感無量』というのは、俺にもわかる気がする。
しかも今回は俺が迎えられる側じゃない。
俺が日野を迎える側なのだ。
『化生の飼い主としては、俺の方が先輩だもんな』
そんなことを考えると、ちょっと偉くなった気がしてきた。
『あれ、そういえば中川先生やカズハさんより、飼い主としては俺の方が先輩なんだ』
そう気が付いて、また不思議な気持ちになる。
この夏休み色々あったけど、歓迎会はその最後を飾るに相応しいイベントに思われた。
俺は自分に気合いを入れて
『頑張って選んでみます』
と返信した。

『しかし、漠然と肉屋と言われても…』
そう言われるとメンチや唐揚げといった、いつもの肉屋の揚げ物系お総菜だけじゃセンスを問われそうで考えてしまう。
『いつもと違う肉屋に行ってみようかな
 確か学校がある駅近の肉屋は学生御用達って感じで、総菜の種類多いって部活やってる奴ら言ってたし
 珍しいのあるかも
 お昼食べた後、白久と行ってみる時間あればいいけど』
俺はそんな事を考えながら、しっぽやに行く準備をする。
夏休みが終われば、白久の所になかなか泊まりに行けなくなってしまう。
今日は夏休み最後の貴重な泊まり日だ。
俺には、今日という日が特別なもののように思われた。


業務開始前のしっぽや事務所に着くと、日野の姿が先にある。
俺は日野に近づくと声を落とし
「お前達の今日のミッションて何?」
そう聞いてみた。
「ん?ゲンさんのメールには『古今東西お菓子』って書いてあったな
 つか、これってどういう意味?」
日野は困惑した表情を見せる。
「わかんないよ、俺なんて『肉屋』だぜ?
 今回のミッション、漠然としてて難易度高すぎ」
俺は思わずため息をついた。

「学校最寄り駅の側に、部活やってる奴ら御用達の肉屋あるだろ?
 お前んちから近いし、行ったことある?
 何か珍しい物売ってない?」
そう尋ねてみても
「えー?普通の肉屋だよ
 まあ、揚げ物系総菜の種類は豊富だけどさ
 俺も部活帰りによく買い食いするよ
 つか、俺はどうすれば良い?
 こっちのスーパー、珍しいお菓子売ってんのか?」
日野に逆に聞き返されて、俺も困ってしまう。
「いや、チェーン店のスーパーだから特には…」
俺は前回お菓子を買ったときのことを思い出し、口ごもった。

ヒソヒソと囁きあう俺達に
「日野、どうしましたか?何か問題でも?」
黒谷が声をかけてくる。
「いや、今日のミッションが…」
日野がモジモジと答えると
「大丈夫です、後で2人で買い物に行きましょう、きっと良いものを選べますよ
 飼い主とお買い物…
 ああ、何て幸せなんだろう
 お金を出せば物が買える時代、素晴らしいね」
黒谷はどこかうっとりとした顔でそんな事を言う。
「クロ、私達も負けませんからね」
白久が挑発的な笑顔で黒谷に言葉をかけていた。
『いや、勝負の基準がわからないんだけど…』
俺は白久の言葉に心の中でため息をついた。
「今日は買い物があるから、昼休みは交代で長めにとっていいよ」
そんな黒谷の言葉に
『ここの経営、本当に大丈夫かな』
以前にも感じた不安が頭をもたげてしまった。

「さて、そろそろ時間ですね」
 今日はしつけ教室があるので、参加者の方が後30分くらいで来ます
 空、準備は大丈夫ですか?」
白久の言葉に
「俺はいつでも準備オッケーさ」
空が得意げにそう答え、業務開始となった。


業務開始後、しつけ教室参加希望者が事務所を去ると、室内は急にガランとした印象になった。
「しつけ教室って、人気あるんだね
 参加者いつも10人以上いるんだって?」
黒谷に声をかけると
「うん、口コミで評判になっているらしいよ
 犬を飼っている人達は散歩中に情報交換するから、それで近隣住人の間に広まったとか
 1度参加しただけでも、ある程度効果が出るのも人気の秘訣かな
 まあ、空が犬達を上手い具合に言いくるめているからね
 人間がやっているしつけ教室よりは効果的でしょう
 カズハ君の勤め先のペットショップにも、チラシを置かせてもらってるし」
そんな答えが返ってきた。
「そっか、空って単なるバカ犬じゃなかったんだ
 けっこー、イケてるじゃん」
日野が腕を組んで考え込むように唸った。
「イケてるバカ犬ってところですかね」
黒谷は『バカ犬』のくだりは譲る気はないようであった。
「大丈夫、黒谷の方がもっとイケてるから」
日野はそう言うと黒谷に近づいてキスをしたので、俺はギョッとする。
黒谷は幸せそうに日野に頬を寄せていた。

その後、珍しく甲斐犬の捜索依頼が入ってきたため黒谷が担当することになった。
「すぐに探し出して帰ってきますよ」
黒谷が得意そうにそう言って事務所を出て行くと、白久が所長代理として所長机のイスに座る。
俺と日野は書類整理をしながら、ヒソヒソと話し合っていた。
「お前、人前であんなことしてんの?」
俺が少し咎めるように言うと
「だってここの事務所、人間はお前しかいないからキスくらい良いじゃん
 お前が白久とキスしてても、見ないフリしといてやるよ
 キス以上はさすがに引くけど」
日野はシレッとそんな答えを返してきた。

「お前って、大胆だな」
俺が少し呆れて言った言葉に
「黒谷の孤独の時間を、少しでも埋めてやりたいからね」
日野は真剣な顔で答えてくる。
『孤独の時間』その言葉に、俺はドキリとする。
「断片的にしか過去世ってやつの記憶は思い出せないけどさ…
 黒谷と過ごしていた時間は、あまり多くないんだ
 それなのに俺の命令に従って、黒谷は俺が死んだ後もずっと俺の帰りを待っていた
 あの混乱の時代を独りでずっと…
 それ考えると、何でもっと早く帰ってやらなかったのかと泣きたくなるよ
 黒谷が喜ぶことなら、何だってやってやりたい」
日野の言葉は、化生の飼い主としての貫禄を感じさせるものであった。
『俺の方が先輩だと思ってたのに
 以前飼っていた記憶がある分、日野の方が先輩なのかも』
そう考えると、複雑な気分になった。

黒谷が戻ってくる前に、子猫の依頼が2件続いて入る。
「夏は、案外子猫の捜索依頼が多いのですよ
 早く見つけてあげないと交通事故の危険があるので、波久礼にバイトに来て欲しいものです」
白久が苦笑しながらそう言った。
「波久礼なら、喜んで探しに行きそうだね」
その様子を想像すると、笑いがこみ上げてくる。
しかし余分な子猫も探し出してきそうで、その考えを思い直す。
「波久礼って、あの外人みたいな背の高い化生?
 あの人と一緒にいた女の子も化生だよね
 この辺に住んでるの?
 あの子にもらった数珠、婆ちゃんに見つかって
 『こんなに凄い物をいただいたのだから、きちんとお礼しなさい』
 って怒られてさ
 何かあれ、パワー半端ないみたい
 俺、あの時ろくにお礼言えなかったから」
日野が慌てたように聞いてきた。

「三峰様はこことは離れた場所にお住まいです
 あまりこちらには出てこられませんが、日野様にクロを飼っていただけたことを殊の外喜んでいますよ
 化生した後にも飼い主を失ったクロのことを、とても心配していたので
 日野様がクロのことを大事にするだけでも、十分お礼になっていると思います」
白久が優しくそう答えた。
「ミイちゃんコンビニの限定アイス好きだから、今度会った時におごってあげると良いよ」
先輩ぶって言った俺の言葉に、日野は神妙な顔で頷いた。
俺でも日野に教えてあげられる事があることに、俺はホッとした思いを感じていた。

そうこうするうちに、子猫の捜索に出ていた長瀞さんと羽生が戻ってきた。
羽生は子猫の時に死んでしまったので、他の猫の気配を探ったり意志疎通させることが未熟であるため、長瀞さんと組んで勉強している最中らしい。
長瀞さんは生前複数の猫と暮らしていたので、その辺はベテランなのだ。
「子猫は羽生と一緒に探した方が効率的ですね
 子猫の思考は突飛すぎて、私では上手く捉えられない」
苦笑する長瀞さんに、羽生はエヘヘっと得意げな笑顔を向けた。

「2人ともご苦労様
 もう1件子猫の依頼が入ったけど、そっちは双子に出てもらってます
 羽生、先にお昼に行っておいで
 中川様と買い物に行くのでしょう」
白久が言うと、羽生はチラリと長瀞さんを見た。
「行ってきなさい、書類は私が作成しておきますから
 ゲンが喜ぶ物を選んできてくださいね」
長瀞さんの笑みに後押しされ
「うん、じゃあ、行ってくる」
羽生は元気に事務所から出て行った。
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