しっぽや(No.1~10)
食べ終わると、今度はスーパーに買い物に行く。
さすがに買い物は日常的に行っているため、俺が教える事は何もない。
白久は慣れた様子で、お茶菓子を選んでいた。
「やっぱり白久は和風な物が好きなのかな?」
羊羹を選んでいる白久にそう聞いてみると
「好きと言うか…私はあのお方が食べていたような物を真似ているだけです
あの方はお茶を飲まれる際、庭にいた私にいつもお菓子を分けてくれたのです
それが懐かしくて、頂いた事のある物に似た物を選んでいるのですよ」
白久は少し寂しそうに答えた。
『あのお方』と言うのは、白久の元の飼い主だ。
俺はそれを聞いて、胸の中にモヤモヤした思いが広がっていった。
「荒木はいつも、どのような物を召し上がってますか?」
不意に白久に尋ねられて、俺はそのモヤモヤの正体を掴む前に現実に引き戻された。
「え?うーん、ポテチの季節限定が出ると、つい買っちゃうかな
後、冬はチョコ、夏はアイスとか」
「ポテチ?それはどの辺に置いてありますか?
せっかく荒木と一緒に買い物をしているので、買って食べてみたいです」
白久が嬉しそうに言うので、俺も嬉しくなってくる。
「季節限定は、端の方に積んであったりするんだ
今だと、何が出てるかなー」
俺達は、揃ってスーパーの中を物色して回った。
それもまた、とても楽しい時間であった。
買い物を終え、荷物を置きに事務所に戻ると
「お疲れ様、今日はもう上がって良いよ」
黒谷にそう言われ、俺は拍子抜けしてしまう。
「え?仕事って、これだけ?」
戸惑う俺に
「何だったら、そのワンコをグルーミングしといて
ブラッシングとか、シャンプーとかさ」
黒谷はニヤニヤしながら言った。
「シャンプーって…」
俺は、顔が赤くなるのを自覚する。
「荒木、私は自分でシャンプー出来ますから」
白久が慌てて言うと、黒谷が可笑しそうに笑った。
事務所を後にし、俺達は白久の部屋に向かう。
白久の部屋に入るのは、久しぶりだった。
視線を巡らせると、つい、ベッドに目が止まってしまう。
『あそこで、白久と…』
先週の事を思い出して、俺は急に恥ずかしくなった。
「何か召し上がりますか?」
白久が優しく聞いてくれる。
「ううん、まだお腹空いてないよ」
そう答えた俺に、白久は冷えた麦茶を出してくれた。
「白久って、和風な感じなのに、置いてある物は最新式なんだね」
部屋を見回しながら聞くと
「ここの家具や家電は、入居当時から用意されていたものです
最初は使い勝手がわからず、難儀しました」
白久は苦笑して答える。
『それで最初に来た時、無個性な部屋だと思ったのか
何か、置いてある物、TVで見たことあるウィークリーマンションの備品みたいだもんな』
俺は納得していた。
「人を模してはいても、なかなか上手くはとけ込めませんね
財を成された化生の方に援助していただいているため、このような暮らしが出来るのです」
苦笑気味に微笑む白久を見ていると、もっと白久の事が知りたくなってくる。
「そのネクタイの色って…元の首輪の色…?」
俺は、見せてもらった白久の過去を思い出していた。
「首にこの色を巻いていると、落ち着くのです
犬の身である時はハッキリとした色は見えなかったのに、不思議ですね」
『元の飼い主が選んでくれた色…』
俺は何となく面白くない気持ちになる。
「やっぱり、今でも忘れられないんだ」
どうしても、棘のある言い方になってしまった。
「そうですね…」
ネクタイを大事そうに触りながら言う白久に、俺は苛々とする。
『今の飼い主は、俺なのに』
「白久、シャンプーしてやろうか?」
死んでしまっている人と張り合うのも何なのだが、俺はついそんなことを聞いていた。
「いえ、クロの言うことを真に受けないでください
彼は時に、冗談が過ぎるので」
白久は苦笑する。
「俺に何か出来る事ってある?
何かして欲しい事は無い?」
矢継ぎ早に言う俺に
「荒木、いかがなさいましたか?」
白久は心配そうな顔になった。
「俺だって、白久の飼い主として、白久が喜ぶことをしてあげたいよ。」
だだをこねる子供みたいだ、と思いながらも、俺は苛々する気持ちを持て余していた。
「やっぱり白久は前の飼い主の方が良いの?」
自分の問いかけに、俺は悲しくなる。
「荒木…」
白久はそんな俺を優しく抱きしめ
「お見せしましょうか、今の私の心を」
そう言うと、そっと俺の額に自分の額を押し付けた。
以前に見た、庭先の風景が見えてくる。
しかしそれは、少しボンヤリと霞んで見えた。
飼い主の青年の姿が、霞の中に浮かぶ。
その優しい笑顔は、どうしようもない憧憬に感じられた。
しかし、その青年の顔がもっと幼いものに変化していく。
ハッキリと像を結んだ時には、それは俺の顔になっていた。
白久の頭を撫でる俺、白久とキスしている俺、泣きながらすがりつく俺
そして、ベッドにいる…
「ちょ、待って、これ以上は見れない!」
俺は慌てて白久から額を離す。
恥ずかしすぎて、パニックを起こしていた。
しかし、今の白久の中で前の飼い主より、俺の方が比重が大きくなっているのがわかる。
俺にはそれが、とても嬉しかった。
「荒木の事を、もっと教えてください
私は、荒木の役に立ちたい」
そう言って、白久は俺に顔を寄せてくる。
「荒木が喜ぶ事が、私の喜びです」
俺達はそのまま唇を重ね、濃厚なキスを繰り返した。
先程見せられた映像のせいもあって、俺はどうしても興奮してしまう。
背筋にゾクゾクとした快感が走り、体の中心が熱くなっていく。
もつれるようにベッドに沈み込むと、俺達は体を重ねた。
行為が終わり、気怠く、でも充実した時を俺は白久の腕の中で感じていた。
「少しずつ、お互いの事を理解していきましょう
私はもっと、現代の人に近付く勉強をしないと
教えていただけますか?」
白久の言葉に
「うん」
俺は素直に頷いていた。
バイトして初めての給料で、俺は白久に真っ赤な大型犬用の首輪を買った。
被ってしまうのは癪な感じもするが、やはり白久の毛色には赤が似合うと思ったからだ。
これで、白久のネクタイの色は、俺の所有物としての色に変わる。
さすがに買い物は日常的に行っているため、俺が教える事は何もない。
白久は慣れた様子で、お茶菓子を選んでいた。
「やっぱり白久は和風な物が好きなのかな?」
羊羹を選んでいる白久にそう聞いてみると
「好きと言うか…私はあのお方が食べていたような物を真似ているだけです
あの方はお茶を飲まれる際、庭にいた私にいつもお菓子を分けてくれたのです
それが懐かしくて、頂いた事のある物に似た物を選んでいるのですよ」
白久は少し寂しそうに答えた。
『あのお方』と言うのは、白久の元の飼い主だ。
俺はそれを聞いて、胸の中にモヤモヤした思いが広がっていった。
「荒木はいつも、どのような物を召し上がってますか?」
不意に白久に尋ねられて、俺はそのモヤモヤの正体を掴む前に現実に引き戻された。
「え?うーん、ポテチの季節限定が出ると、つい買っちゃうかな
後、冬はチョコ、夏はアイスとか」
「ポテチ?それはどの辺に置いてありますか?
せっかく荒木と一緒に買い物をしているので、買って食べてみたいです」
白久が嬉しそうに言うので、俺も嬉しくなってくる。
「季節限定は、端の方に積んであったりするんだ
今だと、何が出てるかなー」
俺達は、揃ってスーパーの中を物色して回った。
それもまた、とても楽しい時間であった。
買い物を終え、荷物を置きに事務所に戻ると
「お疲れ様、今日はもう上がって良いよ」
黒谷にそう言われ、俺は拍子抜けしてしまう。
「え?仕事って、これだけ?」
戸惑う俺に
「何だったら、そのワンコをグルーミングしといて
ブラッシングとか、シャンプーとかさ」
黒谷はニヤニヤしながら言った。
「シャンプーって…」
俺は、顔が赤くなるのを自覚する。
「荒木、私は自分でシャンプー出来ますから」
白久が慌てて言うと、黒谷が可笑しそうに笑った。
事務所を後にし、俺達は白久の部屋に向かう。
白久の部屋に入るのは、久しぶりだった。
視線を巡らせると、つい、ベッドに目が止まってしまう。
『あそこで、白久と…』
先週の事を思い出して、俺は急に恥ずかしくなった。
「何か召し上がりますか?」
白久が優しく聞いてくれる。
「ううん、まだお腹空いてないよ」
そう答えた俺に、白久は冷えた麦茶を出してくれた。
「白久って、和風な感じなのに、置いてある物は最新式なんだね」
部屋を見回しながら聞くと
「ここの家具や家電は、入居当時から用意されていたものです
最初は使い勝手がわからず、難儀しました」
白久は苦笑して答える。
『それで最初に来た時、無個性な部屋だと思ったのか
何か、置いてある物、TVで見たことあるウィークリーマンションの備品みたいだもんな』
俺は納得していた。
「人を模してはいても、なかなか上手くはとけ込めませんね
財を成された化生の方に援助していただいているため、このような暮らしが出来るのです」
苦笑気味に微笑む白久を見ていると、もっと白久の事が知りたくなってくる。
「そのネクタイの色って…元の首輪の色…?」
俺は、見せてもらった白久の過去を思い出していた。
「首にこの色を巻いていると、落ち着くのです
犬の身である時はハッキリとした色は見えなかったのに、不思議ですね」
『元の飼い主が選んでくれた色…』
俺は何となく面白くない気持ちになる。
「やっぱり、今でも忘れられないんだ」
どうしても、棘のある言い方になってしまった。
「そうですね…」
ネクタイを大事そうに触りながら言う白久に、俺は苛々とする。
『今の飼い主は、俺なのに』
「白久、シャンプーしてやろうか?」
死んでしまっている人と張り合うのも何なのだが、俺はついそんなことを聞いていた。
「いえ、クロの言うことを真に受けないでください
彼は時に、冗談が過ぎるので」
白久は苦笑する。
「俺に何か出来る事ってある?
何かして欲しい事は無い?」
矢継ぎ早に言う俺に
「荒木、いかがなさいましたか?」
白久は心配そうな顔になった。
「俺だって、白久の飼い主として、白久が喜ぶことをしてあげたいよ。」
だだをこねる子供みたいだ、と思いながらも、俺は苛々する気持ちを持て余していた。
「やっぱり白久は前の飼い主の方が良いの?」
自分の問いかけに、俺は悲しくなる。
「荒木…」
白久はそんな俺を優しく抱きしめ
「お見せしましょうか、今の私の心を」
そう言うと、そっと俺の額に自分の額を押し付けた。
以前に見た、庭先の風景が見えてくる。
しかしそれは、少しボンヤリと霞んで見えた。
飼い主の青年の姿が、霞の中に浮かぶ。
その優しい笑顔は、どうしようもない憧憬に感じられた。
しかし、その青年の顔がもっと幼いものに変化していく。
ハッキリと像を結んだ時には、それは俺の顔になっていた。
白久の頭を撫でる俺、白久とキスしている俺、泣きながらすがりつく俺
そして、ベッドにいる…
「ちょ、待って、これ以上は見れない!」
俺は慌てて白久から額を離す。
恥ずかしすぎて、パニックを起こしていた。
しかし、今の白久の中で前の飼い主より、俺の方が比重が大きくなっているのがわかる。
俺にはそれが、とても嬉しかった。
「荒木の事を、もっと教えてください
私は、荒木の役に立ちたい」
そう言って、白久は俺に顔を寄せてくる。
「荒木が喜ぶ事が、私の喜びです」
俺達はそのまま唇を重ね、濃厚なキスを繰り返した。
先程見せられた映像のせいもあって、俺はどうしても興奮してしまう。
背筋にゾクゾクとした快感が走り、体の中心が熱くなっていく。
もつれるようにベッドに沈み込むと、俺達は体を重ねた。
行為が終わり、気怠く、でも充実した時を俺は白久の腕の中で感じていた。
「少しずつ、お互いの事を理解していきましょう
私はもっと、現代の人に近付く勉強をしないと
教えていただけますか?」
白久の言葉に
「うん」
俺は素直に頷いていた。
バイトして初めての給料で、俺は白久に真っ赤な大型犬用の首輪を買った。
被ってしまうのは癪な感じもするが、やはり白久の毛色には赤が似合うと思ったからだ。
これで、白久のネクタイの色は、俺の所有物としての色に変わる。