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しっぽや【アラシ】(No.23~31)

ファミレスを出ると映画館に移動するため駅に向かう。
「今なら夕方からの上映に間に合うな
 少し時間あるから、お店とかも見て回れるよ」
俺はスマホで上映時間を確認しながらそう話しかける。
「はい」
白久は頼もしそうな顔で俺のことを見ていた。

映画館はショッピングモールの中に併設されているので、時間をつぶす場所には事欠かない。
先にチケットを買うと、俺達はお店をあちこち見て回った。
「並ばずに映画が見れるのですか
 便利な世の中になったものですね
 映画を見るために何時間も並ぶ、というニュースを見てから、絶対に映画館になんて行きたくないとクロと話したことがありました
 私達にはそこまでして見たい映画は無かったので」
白久が感心したように言うので、俺は可笑しくなる。
「白久、親父と同じ事言ってる
 未だに『見た映画より、外で並んでた時間の方が長かった』とかブツブツ言うんだ」
俺の知らない時代を生きてきた白久。
白久の孤独を埋めるため、俺はもっともっと白久のことが知りたくなったし、白久にも俺を知って欲しかった。

「あ、あれ白久に似合いそう」
ふと、店先に置いてあった帽子に目が止まる。
「白久、ちょっと被ってみて」
俺の命令に、白久はすぐに従った。
「うん、やっぱ、今日の格好に似合う
 それ買ってあげるから、俺と出掛けるときは被ってね
 普段の業務中は被っちゃダメだよ、スーツには合わないから」
俺が言うと
「荒木にお金を使わせる訳にはまいりません
 今回の費用は、全て私に払わせてください」
白久が慌てて財布を出そうとする。
「ランチも、映画のチケットもお金出してくれたじゃん
 これは俺からのプレゼントにしたいから良いの
 付き合ってくれてありがとう
 そのかわり、白久は帽子を被った格好いいワンコの姿をプレゼントして
 犬ってさ、帽子被せるとクールに見えるんだよね」
俺は笑って白久の動作を手で制した。
「かしこまりました」
白久は素直に引き下がり
「荒木、ありがとうございます」
嬉しそうに微笑んだ。

すぐに使いたいからと、帽子の会計を済ませた後その場で値札を取ってもらう。
帽子を被り髪の色が隠れると、白久は普通に格好いいお兄さんに見える。
以前ゲンさんが
『化生ってのは動物に好意を持ってる人間以外が見ても、あまり特異な存在に写らないみてーだぜ
 動物好きな奴も「まあ、キレイ!でもうちの子の方がもっとキレイ!」としか思わないみたいで、ナガト連れ歩いても騒がれて人だかりが出来た事ねーし』
と少し不満げに言っていた。
そう言われると、俺も初めて長瀞さんを見たときは神秘的な感じに驚いたが、すぐに白久の方がキレイだと印象が変わっていた。
羽生を黒猫コミュのオフ会に連れて行ったときも、皆、すんなり受け入れてくれていた事を思い出す。
『化生って、不思議だ…』
犬のことはカズハさんに色々教わった。
今度は化生のことをゲンさんに教わりたい、と俺は改めて感じるのであった。


映画を見終わった後、喫茶店で一休みする。
「面白かった?話とかわかった?
 TVでやってたシリーズだけど、映画用に単独で見れる作りになってたんだ」
それは、猫の好きな侍の映画であった。
「はい、面白い話でした
 あのお侍さん、何だか波久礼のようでしたね」
悪戯っぽく笑う白久の言葉に、俺は思わず吹き出してしまった。
「ちょっと厳つくて真面目一辺倒そうなのに猫バカ…確かに!」
上手い例えを上げる白久に、俺は『楽しんでくれたみたいだ』とホッとする。

「初めて映画館で見た映画が荒木と一緒に行けたもので、楽しいお話で、本当に嬉しいです
 また、荒木と一緒に『初めての楽しい体験』が出来ました」
嬉しそうに微笑む白久に、俺は胸が熱くなる。
「これからも、いくらだって初めての体験を2人でしていけるよ
 次は『初めて白久のリードでお店に行く』だね
 どんなとこだろ、楽しみ」
俺はへヘッと笑ってみせた。
「気に入っていただけるか、ドキドキしてきました」
白久はとたんに緊張した面もちになる。
「じゃ、そろそろ移動しようか」
俺の言葉に
「はい!」
白久は緊張した顔のまま答えるのであった。


電車に乗って、俺にとって馴染みになっているしっぽや最寄り駅に降り立った。
「カズハ様の働くペットショップの近くにあるお店なのです」
今度は白久が先に立って歩き出す。
「ふーん、俺、あんまりあの辺歩き回ったことないからお店とかよくわかんないや」
白久が案内してくれた店は、オシャレなカフェといった外観で高校生が1人では入り難い感じだった。
そのため、今まで特に意識したことはない店である。
「え、あれ、この店って?」
俺はこの店の特異な点に気が付いた。
「はい、犬と一緒に食事できる『ドッグ カフェ』というお店です
 こちらでの夕飯でよろしいでしょうか」
白久が緊張した顔で聞いてくる。
「もちろんだよ、俺、ドッグカフェって行ってみたかったんだ
 こんな近くにあったんだね」
俺は物珍しくて、チラチラと店内をのぞき込む。

「良かった、では参りましょう」
ホッとした顔の白久にエスコートされて店内に入ると、小型犬連れの人が何人かいた。
しかし、犬を連れていない人の姿もチラホラ見える。
「この店は料理も美味しいので、普通にカフェとしての人気も高いと空が言っていました」
奥の落ち着けるテーブルに座ると、白久がそんな説明をしてくれる。
店内の犬たちは白久を見て緩やかに尻尾を振っていた。
「知り合い?」
俺が小声で聞くと
「私から空の気配を微かに感じているのでしょう
 空はこの店の常連ですから、知り合いの犬も多いのです」
白久は微笑んでそう答える。

「荒木、こちらが人用のメニューになります
 何になさいますか?
 空のお勧めはローストビーフサンドです
 私はそれにしてみようかと」
白久に渡されたメニューに載っている物は、どれも美味しそうな物ばかりだった。
「ローストビーフサンドも美味しそうだね
 でも俺、この肉球ケーキも食べてみたいから、もっと軽めのにしとくよ
 アボカドシュリンプサンドにしようかな」
「荒木、それならサンドイッチを2種類頼んで半分こいたしませんか
 そうすればどちらも楽しめますし
 最近はそのようなことを『シェア』と言うのでしたか」
白久の言葉に
「じゃあ、ケーキも2種類頼んで半分こだね
 色々楽しめてお得!」
俺は笑って答えるのであった。

その後、俺達は先に運ばれてきたアイスティーで乾杯する。
「夏休みに乾杯!」
渇いた喉に冷たいアイスティーはとても美味しく感じられた。
俺は店内を見回すと
「俺も犬連れで来てる、ってことになるのかな」
何だか不思議な気持ちで聞いてみる。
「はい、私もトレンディーな犬の仲間入りです」
白久は悪戯っぽい顔で笑って答えた。
「この夏休み色々あったけど、今日は今までで最高に楽しい夏休みになったよ」
俺が笑うと
「私にとっても、最高の夏休みです
 このように幸せな時を過ごせるなんて」
白久が穏やかな笑顔を向けてくれた。
「まだまだ、俺達いっぱい楽しいことするんだからな
 俺より先に消滅なんてしたら、絶対ダメだよ」
俺の言葉に
「はい」
白久は力強く頷いた。
その後運ばれてきた料理もデザートも、とても美味しかった。


店を出てマンションの白久の部屋に帰ると、まだ10時前である。
「明日も1日一緒にいられるんだね」
俺はクッションに座り、幸せを噛みしめるように確認した。
「はい、ずっと一緒です」
白久も嬉しそうな顔を見せる。
慌ただしく感じたこの数日が嘘のように、穏やかな日常が戻ってきていた。
「そうだ、俺、カズハさんに犬のシャンプーの仕方教えてもらったんだ
 白久、シャンプーしてあげるよ
 前に黒谷に言われたし」
俺はふいに思いついた。
黒谷はからかい半分に言ったのだろうが、俺は何となく気になっていたのだ。
「よろしいのですか」
躊躇いがちに聞いてくる白久に
「命令した方が良い?『温和しくシャンプーさせろ』って」
俺は少し意地悪く聞き返す。
「かしこまりました、シャンプー中は静かにしています」
白久は慌ててそう答えた。
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